9、結局のところ職業が判明しなかった件
アカガネさんのところの鬼さんが言ったことのひとつが、買った本のことだったと気づいたのは数日後のこと。
それと同時に、あの日の夕食は煮込みハンバーグじゃなく、あっさり蕎麦だったことも思い出したよギンセイさん。
『今日は外出ですから、明日ですね』
「やったー!」
『おい、俺の生姜焼きだって美味いんだからな』
「そっちは明後日食べるの!」
できれば両方と言いたいけれど、さすがにそれは(カロリー的にも)許されないと思うからやめておく。
『いいのですよ。両方にしても』
『もうちょい太ったほうがいいんじゃね?』
「そういう甘やかしは絶対NO!!」
連休最終日、親友の藤乃から珍しく呼び出しがあって、指定された待ち合わせの駅へと向かっている。
駅の周辺には、やたら「オシャレ」な店が建ち並んでいる。
細い道を入れば、ガラリと変わる風景。
「坂を、のぼった、ところに、古民家カフェで、待ち合わせ……」
体力がないため息が切れてしまうと、横からペットボトルの水が差し出される。
「ありがと、ギンセイさん」
『この先を右に曲がりますよ』
おお、ナビ要らず!! 方向感覚が樹海を彷徨ったまま帰ってこない私としては、ありがたい存在。
ちなみに今までの人生で、方向感覚というものを認知した記憶はございませんが何か。
『背負っていくか?』
「結構です!!」
そういう甘えを一度許すと、果てしなく駄々甘やかされる予感しかしない。
汗かきベソかき息切らし、なんとか辿り着いた私が古民家カフェのドアを開けると、目の前には仁王立ちの藤乃がいた。
正直、怖い。
「何か言うことは?」
「ごめんなさい?」
「なぜ疑問形で謝ったのか」
「だって何をやらかしたのか自覚ないんだもん」
「もんとか言うな」
『かわいいな、彩綾』
『かわいいです』
「黙れイケオジども」
どこぞのアニメ映画の大御所キャラみたいにいわれるイケオジたち。
ありがとう藤乃。
なぜここまでイケオジ御二方に甘やかされているのか、私にはさっぱり分からないのだよ……。
「ところで、今回は何をやらかしたの? 思い当たる節が無いんだけど」
「んー、繋がりが強くなっている。そっちの赤いほうと」
「アカガネさんと?」
そう言いながら右側の見上げて首を傾げると、アカガネさんの首を傾げている。かわいいなぁおい。
『待ってください。なぜ私よりもアカガネが?』
『アレじゃねぇか? 鬼と会ったからとか』
『なんという……!!』
私の左でガクリと膝をつくギンセイさんの頭が、ちょうどいい位置にあるから撫でてあげる。羨ましそうに見てもダメですよアカガネさん。
「やはり、やらかしているではないか」
「不可抗力です!」
深々とため息を吐いた藤乃は、奥のテーブル席へと向かう。
そこにいたのは、おっとりと笑っている和服美人だった。
「あ、この人が……?」
「紹介する。私の知人、氷室だ」
「はじめまして河野さん。お噂はかねがね」
「どうも、河野彩綾です」
ペコリと頭を下げると、クスクスと笑っている氷室さん。
どうやら、私が何をやっても面白いらしい。なんでやねん。
「職業柄フルネームは言えないの。ごめんなさいね」
「いえいえ!」
なんで職業柄でフルネーム言えないのかと首を傾げていると、またしても藤乃から盛大なため息攻撃をくらう。
「まだ、名前の重要さを分からんのか」
「ひぇっ!? いや、分かってます!! 分かりました!!」
そうだ。私は「うっかり」名前を贈ってしまったことにより、今この場所にいるのだった。あぶないあぶない。
冷や汗をかく私と藤乃のやり取りがツボにハマったのか、氷室さんがテーブルに突っ伏して肩を震わせている。
「あー、こうなったら長いから、とりあえず注文をしておこうか。彩綾はカフェラテか?」
「うん。冷たいのでお願い」
はい。氷室さんの笑いの発作がおさまるまで、五分かかりました。(校長っぽく言ってみる)
ここは知る人ぞ知る名店らしく、いつも飲んでいるカフェラテよりも美味しいのが嬉しい。まったりとした空気の中、氷室さんはゆったりと話し出した。
「さて、なぜ私が藤乃さんの依頼を、なかなか受けなかったのかだけど……」
「今なら言わんでも分かる。こういうことか」
「そういうこと」
うん、氷室さんと藤乃だけ分かっているみたいだけど、私にはさっぱり分かりません。
「彩綾に分かりやすく言うと、最初の時と今と、心境に変化があるんじゃないか?」
「心境の……変化……」
こうなってから最初に藤乃に相談した時、私はとにかく「ひとりで静かな生活を送りたい」という気持ちだった。
でも今は……。
「ね? 違うでしょう?」
おっとりと微笑む氷室さんに、私は恥ずかしさのあまり顔が熱くなっていく。
「……はい」
だってもう、御二方が居ない生活なんて考えられなくなっている。
うう、無理、無理なのよう……。
「まぁ、今後どうするかは、彩綾が決めたらいい」
「……うん。ありがとう藤乃」
だってさ、炊事洗濯どころか日々のスケジュール管理も仕事のサポートもしてくれるのよ。便利すぎてヤバい。これはヤバすぎるでしょ。
買い物だけは私がするしかないんだけどね。ちゃんと私が購入したものじゃないと、御二方は現世の「物」に触れることができないから。
「氷室、とりあえずどうしたらいい?」
「そうねぇ……今の河野さんは、そちらの方々のルーツを探しているところかしら」
「はい」
「ならそれを続けるとして、これからの河野さんは『繋がり』を強化する流れでいきましょう」
「繋がりを?」
「そうすれば、もっと色々出来るようになるから」
「はぁ……」
本来は面談にも料金が発生するらしいけれど、氷室さんは「近々こちらからお願いすることがあると思うから、今回は大丈夫よ」と笑って去って行った。
アカガネさんとギンセイさんがやたら上機嫌だし、私は何かお菓子でも送っておこうかなぁと言ったら、藤乃が渋い顔をしている。
「できれば、巻き込みたくなかったんだが」
「ん? 何に?」
『俺らがいる』
『心配しなくて大丈夫ですよ』
それが一番心配なのだと頭を抱える藤乃の頭を、私はよしよしと撫でてやる。
両側っから羨ましいオーラを感じるけれど、絶賛スルーさせていただきます。
お読みいただき、ありがとうございます。
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