危険ですので、観客の皆様は紫の線までお下がりください
自身が殺した相手を操ることができる能力。それが特筆能力《屍操者》の力だ。
屍は生前の力や能力などのスペックを全て引き継いでおり、命令を下せば傀儡の如く動き命令を実行してくれる。その際、屍が消費する魔力はシドが肩代わりしなければならないが、逆に魔力を提供しさえすればこれほど有能な能力は他にない。
一度に操れる屍の数に限りはなく、過去に殺した者なら何だって使役できる。
そして《屍操者》と相性がいい特筆能力《統率者》を上掛けすることで、屍の能力値を五割増することが可能だ。
「俺が飛ばされた世界は、お前みたいな最強がゴロゴロ転がってる世界だった」
呟くシドの瞳は彼方を見据え、遠い過去を思い出す。
「俺は運が良かった」
そう一言で片付けてしまえるほど、シドの歩いてきた道は平凡ではない。
シドの背後に並ぶ歴戦の戦士たちの顔を見ればわかるように、シドはいつも命がけだった。
様々な策略と謀略と思略の末に、シドはこの場にこうして立っている。生きている。選択を一つ間違えれば、恐らく死んでいただろう。そう考えれば、たしかにシドは運が良かったのかもしれない。
「そう固くなるなよロディエス。今から20Pするってわけじゃねぇんだから」
背後に控える屍達に視線を注いでいたロディエスに、シドが笑いかける。
「それは良かった。さすがに私でも10Pが限界だ」
わぁ絶倫、とノアが両手で口を抑えた。
「それは男として素直に尊敬するよ」
シドは苦笑を漏らし、ノアの頭に手を伸ばす。
それが真実かどうかはさておき、英雄女を好む、ということわざがあるのをシドは思い出した。
しかし女を好む習性はオスとして当前の生理現象ではないだろうか。英雄だろうがなかろうが、喉が乾いたら水を欲すように、男に生まれた以上女を求めるのは当然の行動だ……とシドは思っている。
「ま、尊敬はしても羨みはしないけどな」
たくさんの花に囲まれるより、たった一つの花を愛でる方がシドの性には合っている。
「………」
ノアの髪を優しく撫でるシドを見て、ロディエスは少しだけ羨ましいと思った。羨ましいと思っただけだった。それ以上の想起想像は、ロディエスにとって毒だ。
再びロディエスはシドの背後に視線を戻す。
「それで、その者達は?」
「死人だよ」
「……ああ、なるほど。ネクロマンサーだったのか」
シドの発言を受け、納得したようにロディエスは頷く。
「死霊使いが死霊を使わず魔法だけで戦っていたとなれば、たしかにそれは本気であっても全力ではないな」
「勘違いしているようだがロディエス、俺はネクロマンサーじゃないし後ろの奴らはただの観客さ」
「ただの観客にしてはずいぶん豪勢な面子と見える」
「安心しろよ、お前もすぐそこに加えてやる」
そう言ってシドは「ラディナ」の名を呼んだ。
シドの背後に並ぶ人垣の中、紅髪の女が反応し、無言のまま右手を真上へ伸ばす。
すると薄紫色の幕が、シドとロディエスを中心に円形状に展開され始めた。
それが魔法だと、すぐにロディエスは察知する。そして丁寧に編み込まれた繊細な魔法式を見れば、彼女がロディエスと同等級の実力をもつ魔導士であるともわかってしまう。
「これは……アンチマジックエリアか」
「やっぱどこの世界も共通なのか。効果は知ってるな?」
「領域内での魔法使用を封じる結界、で合ってるかな?」
「ああ、合ってるとも」
そう言ってシドは、自身の右横に膝まずく、勇者らしき格好の男から剣を受け取った。
「そういうことか」
「そういうことだ」
魔法封じの結界の中で、剣を携えるシド。それが示す答えはただ一つ。
にやりと笑い、シドは一歩踏み込んだ。その一歩で、ロディエスとの距離が詰まる。
眼前に迫る神速の剣閃を見据え、ロディエスは小さく笑う。
「ふっ、ナメられたものだな私も」
そして次の瞬間、盛大な火花が散った。
「私がいつ、魔法しか使えないと言った?」
ロディエスが手にする剣の、純白の刀身が鈍い輝きを放った。