王子様は白雪姫のキスで目覚めます
時間系最高位の魔法《刻の番人》は世界の刻を止める大魔法だ。
転生魔法と同等か、或いはそれ以上の禁忌。なにせ規模が違う。そして規模が違えば必然的に必要となる魔力量も変わってくる。
常人の数十倍数百倍の魔力を持つロディエスでも、《クロノスタシス》を発動するには圧倒的に魔力が足りなかった。だが、シドとロディエス互いに空間魔法の連続使用で、時空間に少しずつ歪みが生まれ蓄積していたことにより、必要魔力を大幅にカバーできた。
残る課題は魔法陣の構築である。
魔法陣の数は転生魔法と同じく九層。加えて《クロノスタシス》は魔法詠唱を必要とする。
本来ならば、魔力が安定する儀式用の魔法領域の中で唱える魔法で、間違っても戦闘中に行使できる魔法ではない。それを可能にしたの神童と呼ばれしロディエスの才能である。
シドとの戦闘中、魔法の詠唱に見せかけ少しずつ《クロノスタシス》の詠唱を済ませながら、一度も間違えることなく魔法式を編み魔法陣を組み立てきった。しかも挙動を見抜かれぬようにシドとの会話を続けながらだ。どれだけの集中力が必要となったことか、想像を遥かに絶する行為。まさに天才。まさしく最強。
「時間系魔法の対策はしていなかったか、シド」
時の止まった世界で、ロディエスは一人呟いた。
反応する声はない。
雲も。海も。風も。音も光も。全てが止まっている。全てが色を失った白黒の世界。
まるで世界に一人しかいないような錯覚に陥るが、実際そうなのだ。
「こんな勝ち方をしてずるいと、お前は私を責めるかシド?」
「………」
ロディエスの投げた問いに返答はない。
シドはただ、最後まで不敵に笑っている。
「楽しいひとときだったよ、ありがとうシド」
そう言って、一歩を踏み出そうとしたところで、
「――あーあーまったく。言わんこっちゃない」
そんな声を、ロディエスは聞いた。
声の方に視線を送る。
静まり返った世界、止まった時の中で、悠然と歩を進める蒼髪の少女。
「……どうして、動ける?」
気づけば、ロディエスの喉が勝手に動いていた。
「さぁ? 動けるから動いてるんだよ」
少女はロディエスのことなど見向きもせず、シドの元に真っ直ぐ近づいていく。
マズい、とロディエスは思った。思って、思いとどまる。
「―――」
ロディエスが今すべき行動はなにか。
いち早く少女を殺すことだ。時の停止した時間の中で動ける異物を排除することだ。明らかに異常で間違いなく危険な状況。今すぐにでも手を打たねば手遅れになる予感がする
では、最強が今すべきことを考える。
そして最強は――ロディエスは、少女の行動を見守る選択を選んだ。
少女はシドの前で止まると、首元に腕を回し、背伸びをしてシドに顔を近づけた。
「ほら起きて王子様。お姫様から目覚めのキスだよ」
そして唇と唇が触れる。
途端、パキッと乾いた音が響いた。パキ、パキパキパキッ。見る間に色褪せたシドの身体がヒビ割れ、白黒の衣が剥がれ落ちる。
ゆっくりとシドの瞼が上がり、漆喰の瞳が開かれた。
「おはよ、シド」
「ああ、おはようノア」
シドはノアの頭を撫でながら、ちらりと視線を巡らせる。
周囲の状況。今自身に何が起こっていたのか。今世界に何が起こっているのかを認識し、整理して、シドは笑った。
「完敗だよ、ロディエス」
なぜか嬉しそうに。なぜか悔しそうに、そう呟く。
「魔法の腕前だけじゃ、どうやら俺は最強には及ばないらしい」
だから、とシドは続けた。
「拘るのはやめだ。手加減してたわけじゃないが、本気と全力は違う。俺は全力でお前を殺すよロディエス―――」
「…………!?」
途端、数十人という人影が、どこからともなくシドの背後に現れる。
その面子は種族も性別もバラバラ。天使に悪魔に魔王。勇者に賢者に聖女。
中にはロディエスと同等、それ以上の実力を備えている者も。中でも異質なのは白金色の髪の女。彼女だけは生物としての次元が違う。
「さぁ、第二ラウンドといこう!」
ピリピリと伝わる闘気と殺気に、ロディエスは自らの推測が正しかったのだと改めて理解した。
ねぇ、ロディエスさん強すぎん? 今回プロット作ってないからキャラがほんと自由に動きすぎ。特にノア。君、なんで海で泳いでんの??