残虐な風船殺人事件
空間魔法とは、その名の通り離れた場所に一瞬で移動することができる魔法だ。
ロディエスの世界の空間魔法は、予め座標と座標を点と点とで繋ぎ空間を飛び越える(他にも細かな法則やら工程やらがたくさんあるが、長く難しい退屈な話になるので、この場での説明は省かせてもらおう)。
そんな便利な空間魔法だが、言わずもがなお察しのとおり誰しもが使えるわけではない。
まず大前提として、全属性の魔力を有している必要がある。俗にいう『白銀』の魔力というやつだ。この時点で対象者は三桁を切る。だが、その三桁の者達全員が空間魔法を使えるのかと問われれば、断じてNOである。
空間魔法はその性質上最高位魔法の中でも更に難関な部類に入る。難解な魔法式の構築過程で挫折する者が大半で、世界中探しても空間魔法を扱える域に達した魔導士はひと握りしかいない。
ここを乗り切れるかどうかで魔導士の器が問われる。
そう、いわば空間魔法とは魔導士を秤る一種の境界線なのだ。
と、そんな難関な空間魔法《物質転移》は、人やら物やら何やら好きな物質・物体を飛ばすことが可能で、使いこなせれば『魔法』自体も飛ばすことができる。
そして更に空間魔法を極めた場合の話をしよう。
空間を様々な場所に繋げることができるようになる。
例えばそれは、空間の隔絶された壁の中。
例えばそれは、光の届かぬ地底の奥。
物質の内側へと空間を繋げ物質を転移させることができる。
そう、例えばそう、人間の身体の内に転移先を設定することも、可能だということ―――。
ロディエスの手中から忽然と消滅した炎の玉。見開かれるシドの瞳孔。微笑むロディエスが口ずさむ。
「―――爆ぜろ」
瞬間、シドの胃中に転移した炎の玉が。地表をさら地に変える、爆裂魔法が。ぼふんっ―――と腹が膨らんでそして、それで……「ゲプッ」……それだけだった。
「ふむ」ロディエスが興味深そうに顎に手を当てる。
「ふむ、じゃねぇよ」ロディエスを見据えるシドの目はちょっと引いている。
「えぐいこと考えるなお前。いや俺も人のこと言えた立場じゃねぇけどさ、俺じゃなかったら人間風船割れてたぜ? げっぷじゃなくて中身ぶちまいてたぜ?」
「なら初めて試すのがお前で良かった。ふふ、危ない危ない危うく爆殺犯になるところだったよ」
「ほんと初めてが俺でよかったな」
「ああ本当に良かったと、心の底からそう思うよシド」
そう言ってから、ロディエスは一度瞼を閉じ、開く。シドの姿を瞳に映す。
「"世界の価値基準で俺を測らない方がいい"、たしかお前はそう言ったなシド」
「ああ、言ったな」
「なら私からも同じ言葉を返そうシド。お前の世界の価値基準で私を測らないほうがいい、と」
その直後、ロディエスの背後に巨大な刻計が現出した。
酷く錆びれた時計だった。
黒色の計縁には白いツルのような植物が無数に絡まり、黒色の秒針がギシギシと時を刻む。
今にも止まりそうな、古臭い時計だった。
ロディエスは杖を掲げる。
魔力が荒れ狂う。
「時空干渉 時間停止」
ロディエスの言葉に反応するかのように、白いツルが時計の針に絡みついた。
「おいおい待て待て、お前、何して――――」
そう言ってシドは笑ったまま―――
「最高位時間魔法《刻の番人》」
―――時を止めた。