最強の盾は量産品で替えが効くそうです
特筆能力《死神》。魂を刈り取る者。
数あるシドの特筆能力の一つで、斬けた負傷を魔法で治癒することを封じる、といったデバフ効果を持っている。
シドが転移させられた最初の世界で、八罪迷宮の一つ、<大罪怠惰イリアス大墳墓>地下最下層にて、墓荒しから神話級宝箱を守護していた死骸帝を殺して奪った特筆能力である。
単純ではあるが、それだけに強力だ。普段から傷を回復させながら戦うスタイルの者なら恐らく初見で殺される。傷が治らないという現象は、それだけで大きなプレッシャーとなる。
実際、この能力を手に入れるためにシドも苦戦を強いられた。
しかし、相手が魔法使いであれば絶大な効果を発揮してくれるはずの《死神》さんなのだが、最強の魔法使いとやらが相手では形無しだ。
回復魔法の効果が弾かれたと判断するや否や、ロディエスは時間系魔法で『腕が斬られた』という過去を消してみせた。さすが最強と言うべきか、ふざけんなこの野郎と叫ぶべきか。まぁ予想通りではあったが。
「黒の指針。薔薇の棘」
漆喰の魔槍が飛ぶ。
魔法の華やかさなど微塵もない漆黒のそれは、人を殺すことを目的に創作された特化型対人魔法《夜闇の童子》。
『威力よりも貫通力を。美麗さよりも殺傷性を』というプロットのもと開発された殺傷魔法である。
操作性と飛翔速度、そして貫通力にステータスを全振りした低コストの魔槍。
だが、それ故に―――、
「ブンブン鬱陶しいな。ハエみたいで」
耐久性に劣る。シドが手の甲で弾いただけで砕け散ってしまうほどに、脆い。
「わざとだ」
「あっそう」
ロディエスとシド。互いに空間魔法を行使する殺し合い。互いの背後の奪い合い。
軽く撃ったシドの魔弾でロディエスの防御魔法が砕ける。砕けた瞬間に新たな防御魔法がロディエスを覆う。
「ずいぶんと脆い盾だな?」
「ああ、使い捨てだからな」
「強がるなって。自慢の盾なんだろ?」
「なに予備なら腐るほどあるさ。気にすることはない」
「はは、気にしろよ」
軽口を交わすロディエスだが、実際のところロディエスの防御魔法は世界屈指の強度を誇っているはずなのだ。この防御魔法一枚で隕石さえも防ぎきる。かつてこの盾が砕かれたことはなかった。
それが何の冗談か、硝子のようにバリンバリン砕けていく。悪い夢でも見ているようだ。
そんなロディエスの懊悩を察してか、シドが動きを止めた。
「特筆能力《殲滅者》。効果は魔法攻撃力を二倍にする」
「……なんのつもりだ?」
一定の距離を保ちロディエスもまた動きを止める。
「不思議そうな顔してたからな。ユグドラシルのお返しだ。良いことも悪いことも、やられたらやり返すが俺の信条でね」
シドは肩をすくめてそう言った。
「ふむ、なるほど。やはり親切はしておくべきだな」
「やめとけやめとけ。親切の押し売りほど迷惑なもんはねぇ」
「覚えておこう」ロディエスは苦笑し「だが謎は解けた。突然魔法威力が跳ね上がったのはそういう理由だったのか」
「そういう理由だったわけだ。降参するなら今のうちだぜ?」
「その言葉そのまま返そう。降参するなら今のうちだ。命までは取らない」
「寝言は寝て言え」
「そうか。残念だ」
ロディエスは左手を腰の高さまで持ち上げると、右手に持つ魔杖を地面に一度打ち付ける。
「溢れる眼。溢れる滴」
すると見る間に左手に魔力が収束し始め、それは紅色の炎と化す。
「我は世界の条理を否定する。最高位爆裂魔法《紅摩の爆裂娘》」
掌に収まるサイズの小さな球体。紅く蠢く炎の玉は、半径数百メートルを更地にする程の威力が秘められている。
「今さらそんなもので俺を殺せるとでも?」
そう、そんな魔法はシドには通用しない。
「さてな。物は試しよう、魔法は施しようというやつだ」
ロディエスは魔杖の先端をシドに向けた。
「漆喰の指針が刻を告げる。空間魔法《魔術転送》」
瞬間、左手の炎玉が跡形もなく消滅する。
そして、シドの目が大きく見開かれた。
「―――爆ぜろ」