天変地異とか自然災害とか
「――第十位階神炎魔法《炎天柱》!!」
天空より雲を突き破り、地上へと落とされる豪炎の火柱。
遠方よりこの天変地異を目にした者は、ぽかんと口を空けその神秘的『暴威』に世界の終わりを覚悟したことだろう。
炎柱が地上の半径二千メートル円方を焼き払う。
凄まじいまでの火力と熱派。魔王城だった物の残骸は焼け焦げ溶解し、かつて魔王だった魔物の屍は燃え尽き灰燼と帰した。
炎が収まると、そこは灰の散りつく煉獄と化していた。
「最高位水凛魔法《水籃の王妃》」
そんな煉獄の中心にぽつんと一人、唯一炎の侵食を防いだロディエスが立っている。
「ははっ、無傷かよ。やるじゃん最強」
大空に浮遊したまま目を凝らし、優雅に高みの見物をキメているのは天変地異を巻き起こした当人のシドである。
「さてさてさてと。次はどんな魔法で遊ぼうか」
遊んでやるよロディエスとかなんとかかっこいいこと言っておいてあれだが、ぶっちゃけシド自身もこの戦いを存分に楽しんでいた。
なにせこういう相手でないと、地形を変えるレベルのアホみたいな魔法を使う機会は限られてくる。
いやまぁ周りの迷惑や世界に及ぼす影響その他諸々伝々を考えなければ別にいくらでも使えるわけだがしかし、やはり使うなら相手がいた方が何倍も楽しいし面白い。
しかも相手は世界最強の魔導士だという。そんな大物と戦り合える機会もなかなか巡ってくるもんじゃない。
しかもしかも世界は退屈だとかほざいて二千年後に転生して周りからちやほやされようとしてる典型的ハーレム路線まっしぐら下心丸出し野郎の自信をへし折るほど気分が良いことは………
「―――っと、」
妄想を巡らせている最中、風に肌を撫でられシドは我に帰る。
黒いローブがバサバサ忙しなく荒れる。いつの間にか空は陰り、風が蜷局を巻いていて。
「おっ?」
不穏感に空を見上げたシドの真上、暗雲が差していた。それもただの暗雲じゃない。ゴロゴロバチバチ低い唸り声を鳴らす雷雲である。
「最高位風雷魔法《靈嵐の神父》!!」
風が嵐を呼び巨大な台嵐が生まれ、そこに雷雲が巻き込まれて台嵐が稲妻を纏う。
さきほどシドが創った炎柱が天変地異なら、今度の台嵐は間違いなく自然災害だ。まぁ同じ天災に変わりはない。
遠方からこの自然災害を目にした者がいたなら、口をぱくぱく魚のように開閉させ、その悪魔的『暴力』に思考を放棄していることだろう。
雷嵐乱れる混合魔法の中、慌てる様子一つ見せずシドは静かに呪文を紡ぐ。もちろん、その顔には絶えず笑みを貼り付けて。
「使わせてもらうぜ、レイシア」
かつて《氷華の魔女》と呼ばれた魔法使いがいた。
俗に言う天才の部類に入る人間だった。
その魔法は彼女が生み出した新たな摂理。
かつて愛した少年を守るために編み出した究極の叡智。
氷華の魔女だけが行使できる、氷華の魔女だけの固有魔法。
ここで一つの矛盾が発生する。魔女だけの固有魔法ならば何故、どうしてシドがその魔法を行使できるのか、という矛盾が。
答えは単純だ。
―――彼女を殺して奪ったから。
だからシドにも使える。正確にはもうシドにしか使えない、シドだけの固有魔法。
「――第零位階固有魔法《絶対永久零度》」
この魔法は生命、物質に至る全存在の全自由を理不尽に奪う。全て――そうそれは魔法も例外ではなく、燃え盛る灼炎も、生きとし生ける生命も、もちろん吹き荒れる大嵐も。丸ごと呑みこみ時を凍結する。
そう、この魔法の前では全てが無意味無力。
見る間に自然災害級の超巨大台嵐の時が凍てついた。暴れる形状を保ったまま氷の結晶に早変わる。
「砕けろ♪」
パチンッ、とシドが指を鳴らす。それを合図に台嵐が粉々に砕け散る。
陽光を浴び幻想的に煌めく氷の破片。
「――からの」
せっかくできた氷の資源を無駄にせず有効活用し、シドは欠片を集めて無数の氷剣を作り出した。
ズラリと並ぶ氷剣が空一面に広がっていく。千本じゃ足りない。万本でもまだ少ない。一国の軍隊を壊滅させ一掃させても余りある刃の猛威。
「第七位階霊氷魔法《蒼氷剣》」
シドは頭上に掲げた右手を躊躇いなく振り下ろした。
その動作を皮切りに、空を覆う無数の刃が、一斉にロディエスに向かって振り落とされた。
喩えるならそれは、まさしく刃の雨だ。
「ふむ。混合魔法とはまた違う。生み出されたリソースを次の魔法に繋げる連繋魔法、とでも言うべきか。実に効率的だ」
飛来し接近する氷剣を、地上から眺めるロディエスがそう呟く。
だが、ロディエスとてただ黙ってシドの魔法を眺めていたわけではない。
「最高位樹霊魔法《神樹の精霊娘》」
大地が振動し、地中より巨大な神樹が芽吹く。
ジャック伝説に登場する神樹を地上に降臨させる、木緑系最高位の樹霊魔法。
その白く豪太な幹に比べれば、降り注ぐ氷剣など針のようなもの。ロディエスには届かない。ロディエスを樹頭に乗せ、天空に向かって幹を伸長させる神樹の成長も止まらない。
再び魔力を熾すシド。シドの周囲に熱量が収束し、炎の槍となり形を帯びる。
「第八位階極炎魔法《炎槍四滅穿》!!」
直径三メートルは下らない灼炎の長槍が四本、神樹に向けて発射された。
今までの魔法と比較すると明らかに規模は劣るものの、見た目だけで軽視する判断は些か早計だと言えよう。この炎槍にはシドの魔力が存分に凝縮し圧縮されている。ということは、皆まで説明する必要はあるまい。
放たれた炎槍の内三本が神樹に直進し、もう一本は神樹とは検討違いの方向に飛んでいった。
「燃え尽きろ」
炎槍が神樹に衝突した瞬間、莫大な熱量が激しく炙れ、眩ゆいほどの極炎を放ち盛大に爆散する。熱風に肌が焼かれる。
「わふっ」海に着水した一本は、巨大な水柱を立て海温を人肌程度に暖めた。きっと予想以上に冷たかったのだろう。まだ海に浸かれず寒さと格闘していたらしいちっぽけな蒼色が、嬉しそうにぬるま湯に飛び込んだ。
やれやれとシドが苦笑をもらしたその直後、
「―――余所見とは余裕だなシド」
シドの胴体程もある太さのツルが、爆炎を突き破りシドを串刺しにすべく迫る。
「ああ余裕だよ、俺の方はな?」
「ふふ、吐かせッ!」
軽口を叩きながら、人差し指でツルをいなすシド。先鋒のツルに遅れて神樹が姿を現す。
「………」
数本のツルの攻撃を軽くかわしながら、シドは神樹を観察する。
幹や枝のところどころが焼け焦げているものの、予想と威力に反してダメージが少ない。
「ずいぶんと不思議そうな顔をしている。知らなかったか? 神樹が火に耐性を持っていることを」
「へぇ、そりゃ初耳だ。覚えとくよ」
あまり驚いた様子も見せずシドはそう言った。
実際のところ、炎に耐性がある神樹が存在するとは聞いたことはなかったが、まさかあの程度の魔法で殺れる相手ではないし、殺れてしまってはこちらが困る。
故にシドは炎槍を放った直後、次なる魔法を行使すべく魔力を練り上げていた。
掌を神樹に向け、シドは練り上げた己が魔力に名を与える。
「第十位階神氷魔法《雪華結晶六花七陣》」
神樹に対抗すべくシドが行使した魔法は、六枚の花弁からなる七枚の雪の結晶盾。
文様や色彩、形状など七枚とも目立って相違する点はないが、強いていうならその大きさだろう。シドのいる方を一枚目の盾とするなら、神樹の方に向かうに連れ段々と盾の大きさが変化している。
一枚目はシドの身体もろくに隠せない直径一メートル程度の面積だが、二枚目はその倍の二メートル、三枚目は一枚目の三倍である三メートルと倍化していき、七枚目は七倍の七メートルとなっている。
神樹が一枚目の華盾に衝突。一度ミシリッと重たい音の直後、儚げな破砕音をたて華が砕ける。
一枚、また一枚と華は散っていく。
「なんだその薄い硝子は? まさか盾じゃあるまい? そんなもので私の攻撃を防げるとでも思ったか!」
「もちろん思ってるさ」
一枚、また一枚と。気づけば残る華は二枚だけ。
ついに神樹が六枚目の華を砕いた。
だが、それでもシドの余裕が崩れることはなかった。
神樹が最後の一枚に接近する。
「―――それに」
神樹と華盾との距離が縮まり、接触。パキッと乾いた音をたて神樹が―――、
「こいつは盾なんかじゃない」
―――神樹が、割れた。
硝子に亀裂が伝染するように、ヒビ割れは蜘蛛の巣状に広がり一瞬で拡散した。ヒビ割れた箇所から崩壊が始まる。
「これは……!?」
足場を失い宙に投げ出されるロディエス。
抗えず崩れ逝く不滅の神樹。
「ありがとうロディエス・アルター。もう十分だ、もう十分楽しめた。だから、もう終わりにしよう」
漆黒の少年は笑みを深めた。