なに見下ろしてんだ? 殺すぞてめぇ
そこは暗く狭い空間だった。
ざっと周囲に視線を走らせ、状況の把握に務める。
簡素な室内。ひんやりと肌寒く、音の反響が少ない壁。恐らく地下室なのだろう。なるほど、半日も見つからないわけだ。
光明は部屋の壁に設置された魔石のランプ。仄かに橙色の輝きを放っている。
こちらを見定める豚男と獅子男とローブ男の三人。そしてその奥。四肢を縄で縛られソファに寝かされたノアを見つけ、俺は安堵に胸を撫で下ろす。
しかしその反対。肌けた衣服と乱れた髪に、胸の内から沸々と憤怒と焦燥が込み上げて来る。
「よくやったロディー。あとは、下がっていい」
「仰せのままに」
頭を下げるロディエスを背中に置き去り、俺は半歩で男共の隙間を抜けた。
「よお、助けに来たぜお姫様?」
背中からそっと抱き起こし、その綺麗な海色の瞳を正面から見つめながら、俺はノアに笑いかけた。
するとノアもつられて笑う。俺の心を擽る、こちらを小バカにするような、そんな笑み。
「遅い」
手足の縄を切ってやると、ノアはそのまま俺に抱きついてきた。細く小さなその身体を、優しく抱きとめてやる。
心音と心音が重なる。
歯車のように呼吸と呼吸が交互に繰り返される。
体温が温かい。肌が柔らかい。いい匂いがする。
このままずっとこうしていたいという衝動に駆られながら、俺は問いかけた。
「なんか、されたか?」
抱擁していて表情は見えない。
恐怖を胸の内に隠し、焦燥は微塵も感じさせないよう己を律する。
けれど、どれだけ声音やその他を繕ったとて、密着し交わる心臓の高鳴りで俺の心境はバレバレだろう。
ノアが小さく笑った気がした。
ぎゅう〜っと抱き締める腕に力が込められた。
それからノアは、首を横に振った。
「ううん。大丈夫。危なかったけど」
今度こそ安堵に満たされる。
その一言で、十分だった。
それ以上の言葉はいらない。
――そうか、間に合ったのか、俺は。
緊張から開放された俺は、無意識のうちにノアを抱きしめる力を強めていた。
「そっか。間に合ってよかったよ、ほんとうに」
無理にでも考えないようにしていた最悪の事態は、どうやら免れたようで一安心である。
しかしそれはそれとして。俺にはやらねばならないことがある。
「おいおい聞いてねぇぞ、こんなバケモンがいるなんてよォ……」
そう口にするのは、ぎこちない笑みを浮かべる獅子男だ。
屈強な体躯とそれなりに様になっている構え。場数は踏んでいるのだろう。俺との戦力差を図れているのがその証拠だ。能力無使用状態だけれど。
ノアを犯そうとしたのはコイツか、もしくは隣で呆けた顔をしている醜豚男だろう。
まぁ何でもいいか。どうせここにいる連中皆同罪だ。許すつもりはないし逃がすつもりもない。
ノアとの抱擁を済ませ、俺はゆらりと立ち上がった。
獅子男の瞳を、正面から見上げる。
「なに見下ろしてんだ?」
「あ?」
「あ?じゃねぇ。図が高ぇって、そう言ったんだよ」
無詠唱で重力魔法を行使した。
獅子男の膝が折れ、地面に両手をつく。
「ぬぅ――――ッッッ!?」
必死の形相で耐えようとしている男の肩を、俺は足で踏みつけた。
「足りねぇ。まだ高ぇ」
「おッ、うを………ッぐ!!」
地面に這いつくばる獅子男。
―――不味いまずいまずい。なんだこの化物共は!? 逃げなくては!!
黒ローブの男が魔法を行使しようと動くが、それよりも早くロディエスが動いていた。
「ふっ、逃さんよ」
「ッ!? なぜ、魔法が発動しない!?」
ロディエスの対魔法が男の魔法効果を打ち消した。男の顔色が青ざめる。
「空間魔法……お前か。俺の女を拉致った野郎は?」
「くッ!」
地面に伏す獅子男。腰を抜かす豚男。そして黒ローブの鴉男。
「誰一人逃しはしねぇよ」
俺は爛々と瞳を輝せ、男共を見下ろした。
「せいぜい悔め。そして知れ。良かったな、お前らは極刑だ。無様に滑稽に失禁して、生まれてきたことを後悔しながら死ぬといい」
そうして、笑顔で嗤った。




