ただのしがない魔導師だよ
世の中には様々な"力"が存在する。目に見えるものとそうでないもの。
例えばそれは"法"だ。世界にルールを敷き、無秩序を縛る力である。
例えばそれは"理"だ。世界に法則を課し、条理を定める力である。
例えばそれは"愛"だ。人を愛し想う心が、肉体の限界を超えた力に繋がる。
ベクトルの違う様々な力の中で、バーキンスが持つ力とはすなわち"金"だ。
バーキンスは金が好きだ。ピカピカ光る色。鉄臭い香り。ヒンヤリと冷たい触感。
金があれば何でも手に入る。衣類に食料。宝石に豪邸。奴隷に女。法や愛だって。何もかもが手に入る。
何度でも言おう。金の力は偉大だと。金さえあれば何でも買える。容姿を繕い、強さを補える。
何より金は裏切らない。嘘をつかない。
だからバーキンス・ベットマンは金が好きだ。
「むぐぐぅッ〜〜!?」
低い唸り声をあげる醜豚もといバーキンス。
彼は焦っていた。焦りまくっていた。
それもそのはず、大金叩いて買い取った金木が今、目の前で壊されようとしている。これは非常に由々しき自体である。正直シャレにならない。
エルラザが拐ってきた手配書の娘を見て、迷わずバーキンスは4億出した。
公の市場には出せないが、闇取引きの競売でなら10億で捌ける自信があったからだ。
奴隷市場において、女の価値は鮮度にある。
年齢。容姿。経歴などなど。
たまに競売にかける前に一度強姦してから売るバカがいるが、その行為ひとつで奴隷の商品価値がどれだけ下がることか。
拉致られ現実逃避を決め込んでる奴隷を自分の手で調教し、自分色に染めてやりたいという支配欲の強い客は多い。そういう輩は少々奴隷の値が貼っても買い取ってくれる富裕層の連中だ。つまりは格好のエサである。
今回の娘もその富裕層の上客に売り払うつもりでいた。
しかし一度手をつけられたとなれば、娘の価値は半額以下になってしまう。これではバーゲンセールだ。それでなくとも手配書の顔を市場に出すというのはリスクを伴うというのに。
仮に嘘をついて出品したとしよう。
もしその嘘がバレた場合、バーキンスには『嘘つき』だという烙印が押されることになる。それは商売人にとって、とくに奴隷商にとって致命的だ。
商売人は実績の積み重ねが信用に繋がる商売だ。だから一度でもその烙印を押されてしまえば、バーキンスには『次』がなるなる。
真実を少し濁らせる言い回しをしたとしても「嘘だけはつかない」というのがバーキンスの信条でもあるのだ。
だから何がなんでも、バーキンスはダリスを止めなければならない。
苦考の末にバーキンスが出した結論、それは。
「エルラザ、追加報酬を出す!! ダリスを止めてくれ!!」
腕っ節の強さを持たないバーキンスが持つ、唯一絶対なる金の力だ。
ようやくか、とエルラザは閉じていた目を開いた。
そして淡々と告げる。
「追加報酬、2億フィードだ」
「ほぇッ!?」バーキンスの目ん玉が浮き出た。
「2、2億だとッ!? ふざけるなエルラザ!!」
「はて。ふざけているのはどっちかな。相手は現十剣〝剣獣〟だ」
「はッ」ダリスが鼻で笑った。
「ふざけてんのはてめぇだろうエルラザァ。たかだか2億程度で俺様と殺り合おうってのか、えぇ?」
そしてダリスの広角が吊り上がる。
「"堕ちた翼"がしゃしゃんじゃねぇよ」
「――追加で2億。全額後払いでいい。それでお前の眼前に下卑た獣の首を差し出してやろう」
エルラザの周囲に濃厚度な魔力が渦を巻く。
「取り消すなら今のうちだぜエルラザァ?」
ダリスが白毛の浮気から爪のついた手甲を取り出した。
「「――――」」
「………!!」
殺気にピリつく室内。一触即発の状況。バーキンスがごくりと喉を鳴らした。
それが合図だった。
両者がぶつかり合う、寸前――
「――ボ、ボスッ、大変ですぜッ!!」
ノックもなしに部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
急いで走ってきたのだろう。額には大粒の汗を浮かばせている。
息を切らしながら部屋に入ってきた男は、バーキンスが金で雇った手下の一人だった。
「ボス聞いてください外に化物が――あっ。剣獣の旦那、お取り込み中でしたか、す、すいやせん!!」
室内の状況にようやく気づいた(ダリスが娘を抱こうとしていると解釈した)のか、手下は慌てて頭を下げた。
通常ならタイミングの悪さに後悔と戦慄を重ねたことだろう。だが、今の男の脳内はそれどころではなかった。
優先順位を間違えない程度に、男は正常な判断ができてしまった。
「ボス、報告しやす! 何者かがアジトに侵にゅ……」
「――おい」
ダリスの鋭い声が、手下に向けられる。
「なに見下ろしてんだ、てめェ?」
「え?」
のっそりと立ち上がり、机を踏みつけ真っ直ぐこちらに向かって歩いてくるダリスに、手下の言葉と動きが止まる。
獅子を前に、未だ自分が何をしでかしたのか理解できていない男の顔面に、ダリスの右拳が炸裂した。
「図が高ぇつってんだボケがァッ!!」
拳に反応することもできず、男の身体は吹き飛んだ。そして壁に激突し、ずるりと床に落ちる。
ビクビクッと身体を痙攣されるその男の頭を、ダリスのブーツが踏みつけた。
「いいとこ邪魔しやがって!! 雰囲気が凪いだだろがぁ、あぁッ!? どう責任取るつもりだボケがァッ!!」
ぐしゃっ。びちゅっ。頭蓋が砕け中身が弾ける。構わずダリスは男の頭を踏み潰し続ける。何度も何度も、そう何度も。
男がピクリとも動かなくなった後、ダリスの瞳が次の獲物に向けられる。
「バーキンスてめぇ、部下の教育がなってねぇんじゃねぇのかぁ?」
「え?」
「部下の責任は上司の責任だよなぁ? なぁ、バーキンス」
ゆっくりと今度はバーキンスの元に歩み寄るダリス。
「剣獣。止めろ」
「あ?」
制止の声に、ダリスの歩みがピタリと止まる。
そして右脇。声を上げた当人、エルラザの胸元を強引に掴んで引き寄せた。
「今なんつったてめェエルラザァッ!? 俺様に命令していいのは俺様だけなんだよォッ!!」
「…………」
いくら怒鳴りつけようと、エルラザは無言のまま反応をみせない。ダリスには一切見向きもせず、目を大きく開いてただ一点を見つめていた。
エルラザの顔が青白いことにダリスが気づく。
「あぁん?」
振り返り、エルラザの見つめる先――部屋の扉の奥の暗がりへとダリスは視線を投げた。
コツコツ。コツコツコツと、石廊下を打つ靴音が近づいてくる。
それは男だった。高級そうなローブに身を包み、高級そうな魔杖を携えた魔導師だった。
青みがかった銀の長髪がなびく。
知的な藍色の瞳が室内を見渡し、そして縛られた蒼色の少女を捉えた。
「恐れ多いことをしたものだなお前たちは。よりにもよって王の女に手を出すとは」
ぽつり。男が言葉を漏らした。
「おうおうおうおう。なにもんだァてめぇ?」
ダリスが殺気を飛ばす。
「人に名を尋ねるときは自分から名乗るのが常だろう、凡賊よ」
涼しい顔で男は微笑む。
「はっはァッ、いい度胸してやがるぜ。いいぜ教えてやるよ。俺様は『十剣』王位第五席〝剣獣〟ダリス・レオンガルド様だァ」
「私はロディエス・アルター。ただのしがない魔導師さ」
ロディエスと名乗った男は、ひとつ溜息をついた。
「愚かで哀れで図々しく無能なお前たちに、人生の先達としてひとつアドバイスをしてやろう。
喧嘩を売る相手はよく見て選んだほうがいい。残念ながらもう手遅れのようだがな」
そしてロディエスは――元最強の魔導師は続けた。
「王のお着きだ。せいぜい自らの行いを悔やむといい」
瞬間。ロディエスのすぐわき。空間に亀裂が奔る。
続いてバリンッと音を立て、亀裂を破り腕が出現した。
そして空間に空いた穴から、王は現れた。
・転生しても異世界に行けなかった件
・Lv.0のイレギュラー
次の作品。青春イチャラブ系かリアルファンタジー系か、どっちを書こうかまゆってます。




