最強の魔導士が二千年後に転生するそうです
山々は砕け、地面は割れ、巨城は傾いた。
荒れ果てた荒野。乾き果て生命の枯渇した大地。黒雲立ち込める灰色の空がそこにはある。
ところで、ここに一人の男がいる。
彼の名はロディエス・アルター。
汚れ一つない見るからに高そうな純白のローブに身を包み、先端に大きな宝珠のついたこれまた見るからに高そうな等身大の魔杖を身につけている。
彼のことを説明するのなら〝最強〟という言葉一つで事足りよう。
「―――残念だ。黄昏の、魔導士よ……」
荒地にひび割れた鈍重な低声を響かせ、王は嘆いた。
「ああ、非常に残念でならない。『魔王』として貴様と対等に戦ってやれぬことが……」
根本から折れた頭角。潰れた右目。ひしゃげた剛翼。右腕は肩から先が丸ごと切断され、その屈強なる体躯には無数の風穴が空いている。
王は瀕死だった。
「貴様は強すぎた……貴様は生まれる世界を、間違えたのだ――……」
そう言い残し、魔物の王は息絶えた。
静かな荒野に一人、ロディエスは魔王であった魔物の亡骸を前に独り言ちる。
「………つまらない」
ロディエス・アルター。人は彼を《神童》と呼ぶ。
かいつまんで少しだけ、彼の人生の一端をお伝えしよう。
生まれながらに常人が持ち得る数十倍の魔力量をその身に宿し、全属性系統全てに魔法適性を持つ異端の神童。
齢6歳にして最高位の火炎魔法を発動することに成功。
10歳で王立魔導学院に入学すると、12歳で全属性最高位の魔法を修得。
13歳の時、当時の技術では不可能とされていた時空間系亜種魔法に関する論文を提出し、魔法学会の常識を大きく覆す。同年、時空系魔法を確立。
14歳で王立魔導学院を主席で卒業。その後、数多の魔法学会からの勧誘を一蹴し冒険者の道に進む――と、大きくこんなところだろうか。彼の偉業を数えればキリがないので、最後に『魔王バビロン』の討伐を付け加えておく。
「魔王バビロン。かつて四大陸を滅ぼし勇者を殺めた最悪の化身も、所詮はこの程度でしかないのか」
――世界が狭いと感じたのはいつの頃だったろう。
この世界には『井戸の中の蛙、大界を知る』ということわざがあるらしいが、そもそも世界の中から出られぬ蛙に大界を知る術はない。
大界を知ろうとして冒険者となり、そして魔王に挑んだ。結果はこの有様。彼の魔王ですらロディエスに傷一つ、いや埃一つつけることは叶わなかった。
「生まれる世界を間違えた、か。たしかに私は生まれる世界を間違えたのかもしれない」
果たして間違えたのは生まれる世界か、それとも生まれた時代か。神という輩がいるのなら教えてくれ『どうして私だけ完璧に造ったのか』と。
ロディエスを侵す、退屈という名の病。
最強という肩書きは孤独にすぎる。肩を並べ共に歩んでくれる友さえいはしないのだから―――。
「―――魔法式展開。時空座標指定 二千年後。空間座標指定 現在位置固定」
ロディエスの足元に展開される緻密で繊細な光の魔法陣。幾重にも織り重なる難解な魔法式の羅列。それがざっと九層。
魔術に成通している者の目から見ても異常なソレは、もはや人の領分を大きく逸脱している。
「……この世界は窮屈だ。どこまでも退屈だ」
それは世界の常識を変える真理。
それは世界の摂理を乱す罪過。
そしてそれは世界の法則を歪める禁忌。
言ってしまえば魔法とは、世界の掟を書き換える呪文に過ぎない。
言霊を使って理に干渉し、魔力を使って法則を捻じ曲げる。つまり魔法とは世界に対する叛逆なのだ。
「今より千年と千年の後に飛ぼう。二千年後、魔法がより高度な次元へ到達していることを願って――!!」
今まさにロディエスが行使しようとしている魔法は、何もないところから炎を生み出すだとか、優雅に漂う水に形を与えるだとか、そういったものの延長線上でしかない。世界条理である輪廻の理を書き換え、記憶と魂を未来へ紡ぐ禁忌。
「転生魔法《輪廻歪曲時空転魂渦》!!」
ロディエス自身が開発し、そして自らの名をつけた《転生魔法》は、全属性に加え空間属性と時空属性、二つの亜種属性を揃え持つ魔導士にしか扱えない。
仮に条件を満たせる魔導士がいたとして、転送魔法陣の構築は複雑で難解だ。
魔法陣の構築とは、言ってしまえば魔法式を魔力で編んでいく細かな作業。パズルと似ている。絵柄も紋様も違う大小様々な欠片を繋げて一枚の作品を形作る、という点では。相違点は、魔法はパズルと違って欠片をはめていく過程で一度のミスも許されないということ。
転送魔法に至っては、失敗とは消滅だ。
なにせ記憶と魂を未来へ転送する魔法なのだから。運が良ければ暴発で済むが、運が悪ければ転送するはずの記憶と魂とを逆に喰われる。
魔法というヤツは繊細なんだ。
魔法式に必要な構築一つ欠ければ機能せず、構成一つ違えば効果も変わる。より高位の魔法を行使しようとすればするほど、魔法式はより複雑なもの、魔法陣はより多くを刻まなければならない。
そしてロディエスが開発した《転生魔法》は、間違いなく最高難易度の魔法だ。
この魔法を行使できる魔導士は世界にただ一人。
つまり《転生魔法》は、ロディエスだけの固有魔法である。
ロディエスに呼応し、魔法陣が青白い光を放ち始める。
刻んだ魔力が仄かな熱を帯び、その効果を発揮すべく浮かび上がり、そして――――、
硝子片が割れるような音とともに砕けた。
「な――――ッ」
粉々に砕け散る光の欠片。
―――失敗した……私が?
一瞬脳裏に浮かんだ不安を、しかしロディエスはすぐに否定する。
―――ありえない。
魔法陣の構築はこれ以上ないほど完璧だった。上位魔族での試作魔法実験も成功している。理論上問題はない。この場合、問題があること自体が問題なのだ。
―――なら、いったい………?
呆然とするロディエスの背後、
「――退屈してんなら俺と遊ぼうぜ?」
ニヤけ面を浮かべる漆黒の男が、そこに立っていた。
「お前の退屈を俺が奪ってやる。喜べ最強、主人公のご登場だ!!」