かつて剣聖と呼ばれた青年
その世界には、かつて《剣聖》と呼ばれた青年がいた。
生まれた世界が違ければ、きっと最強と呼ばれる器だったはずの男だ。
底無しに強く、そして底無しに優しい。
人は彼を天才と呼んだ。
青年の一太刀は海を割り、空を裂く。
たしかに彼は天才だった。
だが、天才として生まれながらも、慢心せず剣の道を極め続けた。
青年は誰よりも優しく、誰よりも紳士であろうとした。
『助けて』と願われれば、無償で手を差し伸べる。
『助けて』と請われずとも、無償で手を差し出してしまう。
そんな清らかな心の持ち主だった。
それは紛れもない青年の長所である。他人を思う心は美しく尊い。
しかしその優しさが、青年の弱点でもあった。
自らの優しさ故に。人としての美しさ故に。青年は死んだのだから。
死ぬその瞬間でさえ、青年は自らを殺す少年のことを想っていた。
自身の胸に剣を突き立てる黒髪の少年のことを―――。
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「「―――――」」
同時。ヴェザインと同じモノを感じ取ったカルアが、視線をギルドの古扉へ向けた。
反射的にヴェザインは腰の蒼剣に手を置き、カルアは左手の黒剣の柄に手を添えていた。
チリンチリンと軽やかな鈴音を立て、古扉がギシリと開く。
「…………」
扉から中に入ってきたのは、狐色の髪をした青年だった。
身長は180センチメートルくらいで、年齢はカルアと近いと見える。
汚れのない純白の騎士風服。そして腰には純銀の鞘に収まった剣を携えていた。
立ち姿を見て、強いなとカルアとヴェザインは思った。
「なんだぁ盗人か? 人様の家に堂々と入り込みやがって」
「お前が言うかそれ?」
ヴェザインの軽口にカルアが乗った。ふざけているように見えて、二人とも青年の出方を見計らっている。
それを知ってか知らずか、狐色の青年はその整った白顔に微笑みを浮かばせ答える。
「いいや、僕は盗賊じゃないよ。少し強そうな気配を感じたから、つい立ち寄ってみただけさ」
「ドライブスルーや観光名所じゃねぇんだ。つい、で立ち寄られちゃ迷惑なんだよ」
「まったくだ」
「おまえだよ」
「なんだ俺かよ。まぁ盗賊じゃねぇってんなら、こんな安っい廃屋に何のようだ兄ちゃん?」
違和感を与えず、あえて陽気に振る舞いながら、ヴェザインは一歩踏み込んだところに探りを入れてみる。
「ここに用はないかな。僕は君たちに話を聞こうと思ってここに来たのさ。腕に自信のありそうな君たちなら、何か手がかりになるんじゃないかと思って」
「生憎、悪いが俺達は情報屋じゃねぇんだ。裏の情報が欲しけりゃそういう業者がいる場所に行くことを進める……」
「―――蒼髪の少女を探している」
「「…………」」
青年の藍色の瞳が、真っ直ぐカルアとヴェザインを射抜いた。
全身の毛が逆立つ。気の弱い者なら失神してもおかしくない。
微笑の奥に潜む、化物の圧力。有無を言わせぬ迫力と貫禄が青年にはあった。
ごくり、と唾を飲み、ヴェザインは気にせぬ風を装い軽気に笑う。
「うはは、知らねぇよ。蒼髪なんて探せば山ほどいるだろう」
青年は床に落ちている一枚の紙切れを拾った。記事を読み終えカルアが放った、ヴェザインが持ってきた手配書である。
「新聞の人相書きの子さ。何か知っていることがあれば教えて欲しい」
「さて。知らないねぇ。たとえ知ってたとしても、お前さんに教える義理は……」
「奇遇だな。手配書の女なら、俺達も探してるとこさ」
言いかけたところで、カルアがヴェザインの言葉の上に言葉を重ねた。
「おいレイド!」
「そんくらい隠す必要はねぇだろオーガ。教えてやれよ」
青年は眼を細め、そして小さく息を吐いた。
「嘘は、ついていないようだ。ありがとう。お邪魔したね」
「気にすんな。仲良くいこうぜ」
ふふ、とマントを翻し、青年がカルア達に背を向けた。そして、
「――おっと。そうそう。それともう一つ」
古扉の取手に手をかけ、ふと青年の動きが止まった。
「君たちは、シドの敵かな?」
そう質問を投げる青年の右手には、いつの間にか鞘から抜かれた銀の剣が握られている。
「ほれみろレイド。結局こうなる」
「仲良く行きたかったんだがな」
カルアとヴェザインは、愚痴を溢しながら剣を抜いた。




