末席の『剣鬼』欠席の『剣刃』
この世界は王都スカルトフェイスを中心に、東西南北4つの大都市が存在する。
西の美欧都市エクセリア。東の防衛都市ウィンデル。南の海霊都市シガンナ。そして最後に北の法箱都市リベリオン。
人口約350万人。内20万人を咎人が締めるリベリオンは、四大都市の中で最も治安の整備された都市とされている。
法箱都市リベリオン。別名『罪の箱』。名だたる悪人を収容する大罪監獄アーゼンファルドが存在する大都市である。
リベリオン郊外。半スラム街の奥。そこに古びた建物がある。壁には至るところに亀裂が見られ、屋根の瓦はところどころが剥がれ落ちている。
この建物を初めて目にする者なら、そこが廃屋だと勘違いする程度には十分古臭く荒んでいる。
かつてこの建物は『ギルド』と呼ばれていた。今から20年も昔の話だ。リベリオンが四大都市で最も治安が乱れていた時代、組織やら盗賊やら手配犯やら。とにかく悪い連中が集う裏酒場だった場所だ。
そんな今にも倒壊しそうなギルドの古扉が、勢いよく開け放たれた。
「おーいレイドいるんだろう? 邪魔するぜぇ〜」
古扉に備え付けてある鈴がリンリンわななく。
中から現れたのは、いやこの場合扉から現れたのは、爽やかな蒼翠色の髪に顎髭を生やした男。
身長は2メートル近く、身体はがっしりと肉付きがいい。袴のような上着からは鍛え上げられた右半身をさらけている。
そして、腰には一振りの剣を下げている。
彼の名はヴェザイン・ヴェルノーア。又の名を剣鬼ヴェザイン――。
「………ん〜っ」
ヴェザインが元ギルドの古扉を潜った先、バーカウンターの前に設置してあるベッドの中で、もぞりと黒い膨らみが機嫌悪く唸った。
「なんだ朝から騒々しい……」
狼のように乱れた黒髪。だらしなくヨレたノースリーブ。年齢は20を超えたか超えないかの辺りだろう。ヴェザインよりかは確実に若い。
眠たそうに瞼を擦る男は、ぼりぼり頭を掻きながらのそりと上半身を起こした。
「――それに。俺はもうレイドじゃねぇよ、剣鬼」
「うははははっ! すまんすまんつい癖でな。許せカルア」
ちっとも悪気もなさそうに、ヴェザインはそう言った。
「それより聞いたか。セクスが亡くなったらしいぜ?」
「んだって? セッ○スしたくなくなったって?」
「アホか。寝言は寝て言え。セクス・エイズ・スカルトロ7世が死んだっつったんだよ」
「ああ、王様が死んだのな……え王様死んだの?」
眠たそうにしていたカルアがピクリと固まった。顎に手を添え、何やら真剣な面持ちで目を細めた。
「まさかテクノブ……」
「――なわけあるか。召喚した勇者に殺されたんだとよ」
「勇者に殺されたぁ? 王様お気に入りの王剣はどうしたよ? 近くにいたんだろ?」
「ソープじゃなくてソードな?」と訂正してからヴェザインは続ける。
「ソードどころか召喚に携わった近衛騎士と精鋭魔導士、総勢50が仲良くお陀仏だ」
ヒュー、とカルアは口笛を吹いた。
「へぇ。やるじゃんソイツ」
近衛騎士と言えば《王剣》お抱えの精鋭部隊である。十剣に届かずとも、各々がそれなりの実力を備えており、並の騎士や兵士では歯が立たない。
そればかりか精鋭魔導師も纏めてやられたとなれば、その勇者の実力はかなりのものだ。
「生き残った……いや、生かされた勇者の嬢ちゃんの話によりゃあ、ソードは手も足も出なかったらしい」
「いうて所詮王様のご機嫌取りで十剣入りした奴だろ? アイツじゃお話になんねぇっての」
興味なさげにカルアは小指で耳をほじる。
「ふむ。お前さんが言うと説得力が違うねぇ。実力は二席と互角。なのに王様の不況を買って降格された男の言葉は一味重みが違う。なぁ? 十剣王位第欠席〝剣刃〟カルアス・ローディア」
ヴェザインが面白そうに視線を投げるが、カルアは鬱陶しそうに手を振ってみせるだけ。
「2度目だぜオーガ。今の俺はレイドじゃねぇって。そしてなんだ欠席って」
「はは、上手いよな。アリアが考えた。欠席ってのは名目上の空席。存在しないはずの番席。十剣の多くはお前さんの除席に対して不服だったからな」
「もちろん俺も含めてな?」ヴェザインは片目を閉じて肩をすくめた。
「お前さんを席から降ろすにゃちと惜しい」
眼を優めて微笑むヴェザインに対し、今度はカルアが挑発的に笑ってみせる番だ。
「はッ、よく言うぜ。わざと実力隠して十席に居座ってやがるおっさんが。あんた影でなんて呼ばれてるのか知ってるか? 十剣最後の砦。末席の剣鬼だとよ」
「うはは、大層な二つ名だ。俺は十という数字が好きなだけだというのに。困ったもんだ」
「言ってろ。んなことより世間話をしにきたわけじゃあないだろオーガ。早く本題を話せ」
「急かすな。挿入たがりはモテんぞ?」
「なら帰れ」
「うははははっ! 変わんないねぇ〜相っ変わらずツッコミの冴えねぇ男だなぁお前さんは」
なぜか嬉しそうに笑うヴェザインに「ほっとけ」カルアが苦い顔をする。
「まぁいい。それがいい。お前さんはそれでいい」
ひとしきり笑った後で、ヴェザインは自身の顎髭をさすった。
「変わってねぇってことを確認できたとこで、そろそろ本題に移るとしようか」
「はよ話せ。でなきゃ帰れ。冷やかしなら斬るぞまじで」
「はは、まぁ聞けって。実は最近俺の息子の勃ち具合が悪くて……」
「そうかそうかそりゃあ一大事だなぁ。今すぐこの場で俺が斬り落としてやろうかヴェザイン?」
「待て待てわかったわかった悪かった。謝るからその物騒なのしまえって。剣童からの伝言だ」
ベッドに立てかけてある剣を鞘から抜こうとするカルアを止め、ヴェザインは懐から一枚の紙筒を放った。
紙筒に記されていたのは、黒い男と蒼い少女の人相書き。つまりは手配書だった。
「さっきも話したが、王が殺された。どんなにクズでも俺らの王だ。ケジメはつけんといかん。それで3日前、急遽十剣に収集がかかってな。円卓が開かれた」
円卓というのは略語で、十剣が一同に集まり会議を開く。通称《円卓会議》のことである。
「円卓か。懐かしいな。今回は何席埋まったんだ?」
「王剣を除いて七席。剣獣はいつものサボりで剣閣の爺さんは行方不明。珍しく剣童と俺が席についたってのによぉ」
「なんだ。いつものメンツじゃねぇか」
「ま、そうなんだけどよ? とりあえず長くなるんで結論だけ言うぜ。十剣を総動員して奴子さんを討つことに決まった」
「へぇ、総動員か。思い切ったな。東の砦はどうするつもりだ?」
東の砦とはつまり、防衛都市ウィンデルのことだ。
あの壁は言ってしまえば防波堤だ。魔族との抗争の最前線であるウィンデルが落ちれば、魔族の進軍を止める手段は人類にない。
例え十剣を総動員したとろころで結果は見えている。人外の領域に立つ十剣と言えども所詮は人であることに変わりはない。対処できる数に限りはあるし、物量で攻められればいずれは力尽きる。
ウィンデルは事実上の最終防衛ラインなのだ。
だからこそ保険として常にウィンデルには十剣の誰かしらが配置されている。
それを取っぱらうということがどういうことか。
「もちろんわかってるいるとも。十剣の過半数は反対だったしな」
「ならなんで」
「東の砦を空にしてでもすぐに討つべき相手だと剣童が判断したのさ。剣童曰く『たぶん僕より強いから』だとよ」
「根拠は?」
「キッドの感だ」
「なら間違いねぇな」
「ああ、間違いねぇ。あのガキの山が外れたことはねぇからなぁ」
十剣王位第一席〝剣童〟ラルクス・エメラルド。
年は14。十剣の中で最も幼く、そして最も強い男である。
十剣で最強ということは、イコール世界最強の男でもある。
「んで話の続きだが。奴子さんの強さがわからねぇ以上、二人組で行動することになったわけだ。そんでソードがしくった今、十剣で二人組を作ると一人余る。それが俺がここに来た理由だ」
「なるほど可哀想に。ハブられたのか、おっさん」
「そう、まいった。俺ハブられたんよ。ひっでぇよなぁアイツら」
「日頃の行いだろ。つか王様の弔い合戦ならあんたら十剣だけでやれよな。引退した俺を引っ張りだすな」
「ああ。そうそう忘ってた。ほれ」
思い出したように、ヴェザインは腰の布袋から腕輪を取り出しカルアに放る。
それは黒革に金で王剣の刺繍が施されたものだ。
「受け取れよ。ちょうど席が空いたんだ。今からお前さんは十剣王位第三席〝剣刃〟だ」
「勝手に決めるな。俺はもう十剣に戻るつもりねぇぞ、オーガ」
「おっと。愚痴やら何なのは次の円卓で言ってくれ。もう決まったことだ。お前さんに拒否権はねぇよ」
「……ちなみにだが、報酬は?」
「2億フィード」
「そりゃ手配書の報酬だ。しかも半分になってる」
「俺とお前さんで半々だろ?」
「せめて7:3にしろ」
「おーけい。わかった決まりだ。それでいい」
「え、ちょ、おい待て。まだ決まったわけじゃ」
「なーに、わかってるって。お前さんが7で俺が3だろ?」
「だからちが」
「なんだもっと欲しいのか? 欲張りな奴だ。しゃあねぇ8:2でいい。決まりだ」
ニカッと清々しい笑みを浮かべるヴェザイン。
「あー……ヤられた」
カルアは渋々折れるしかなかった。
十剣絡みな以上、どのみち折れるしかなかったわけだが。
「元気出せって。剣帝から教えてもらった可愛い姉ちゃんがいるお店でも紹介してやろうか?」
「ロード? 誰だそりゃ?」
「あー、そうか。知らんのも無理ないな。十剣王位第七席〝剣帝〟レオナルド・ホワイト。お前さんが抜けた席に座った男さ」
「へぇー。強えのか?」
「まぁまぁだな。いい感じに色々偏った男だよ。まぁその話は道すがらするとして。俺らの担当はリベリオンだ。とりあえず街中をぶらりと散さ―――」
そこで。唐突にヴェザインの言葉が切れた。




