盗まれた簒奪者。壇上で悪魔は笑う
観客がざわつく。
「どうしたのかしら?」「なんだ失敗か?」「ただの演出だろ?」
しかし一番動揺しているのは他の誰でもないマジシャン当人である。
「皆様申し訳ございません。イリュージョンマジックに少々不備があったようで、今しばらくお待ちを。なんたってイリュージョンマジックですからね。時間のズレとかかな、ハハ」
マジシャンは必死に言葉を並び立てるがしかし、その表情は青白い。
「あれ、いや……なんで……ハハ、何がどうなって……」
慌てて箱の中を確認するマジシャン。けれど箱の中には何もない。
「おいラック」
背中に声がかけられ、ビクリとマジシャンは肩を震わせた。
振り返った先にいた人物は、
「シド、さん……」
そう、白髪の男。シドである。
「これはその……えと」
マジシャンの声は明らかに震えていた。シドは端的に要件を述べる。
「言い訳はいい。とりあえず答えろ。ノアをどこに飛ばした?」
「飛ばす……?」マジシャンは眉を寄せる。
その見え透いた嘘に、さすがのシドも怒りを抑えきれずスーツの襟元を掴んで引き寄せる。
「とぼけるな。テレポートの魔法だろ、今の」
ノアを箱の中に入れ、シートで観客から見えなくした後で、マジシャンが空間魔法を発動させたことを見抜けぬシドではない。
世界毎に構築する魔法式に多少の工程や癖はあれど、魔法式の根底となる部分は大して変わらない。
故に先ほど行使された魔法が恐らく空間系統の魔法であることもシドには分かっている。
分かっていたからこそ、あえて手を出さずに静観したのだ。それが仇となった。
重いシドの声に、しかしマジシャンは大きく首を振る。
「いえいえそんな!? 僕が使ったのは透明化の魔術ですよ。テレポートなんて高位の魔法は僕には使えません……」
「透明化、だと? テレポートじゃないのか?」
「はい。予めポッくんには透明化の魔法式を付与してあり、この箱の中にも認識遅延の魔法式が組み込まれていて、それでイリュージョンしたかのように見せかけるフェイクマジックなのですが……」
ちらりと箱の中に視線を移すマジシャン。
「どういうわけか……ノアちゃ、お嬢さんの姿が……」
「………」
シドは黙ったまま動かない。
あの魔法は完全に空間系統の魔法だとシドは確信を持っている。そして目の前で俯くマジシャンの言葉もどうやら嘘ではないらしい。
その結論が結ぶ答えは1つだけ。極めてシンプルだ。彼ではない何者かが別に空間魔法を行使した。そしてノアを連れ去った。
これ以外に考えられる可能性はない。
五感をフル動員し、魔法の痕跡を追おうと試みるが全ては後の祭り。既に断絶された空間の先を把握することはシドにも不可能だった。
「―――ハハ」
腹の底から込み上げて来る笑いを、シドは止められない。
「はははっ! あははははハハッ!!」
「「―――」」
観客が不穏に顔を見合わせ、シドの拘束を離れたマジシャンが恐怖に腰を抜かす。
壇上で一人、シドの高笑いだけが街に響く。
「ああ、笑えねぇ。こいつは傑作だ。この簒奪者が奪われるとは。何たる失態だ」
半笑いを浮かべるシドの周囲、幾人もの人影が生まれる。
それはローブを羽織った魔女。
それは聖剣を差した剣聖。
それは魔杖を携えた魔導師。
それは人間だけではない。
それは牙を生やした吸血鬼。
それは角を宿した悪魔。
それは魔族を支配する魔物の王。
それは白翼を持つ美の女神。
人に異形に王に神。ありとあらゆる種族の精鋭が、どんどん影より生み出されていく。
「ノアを探せ。邪魔する奴は殺していい。ただし主犯は殺すな、俺の獲物だ」
何が起こったのか。否、何が起ころうとしているのか。混乱する人々の真上。その頭上に巨大な影が差した。
反射的に空を見上げた人々が、即座に凍りつく。
ソレはこんな街中に現れていいモノではない。
天空を支配する黒翼の厄災は、都市で一番大きな時計塔の上に舞い降りた。
「てめぇがいったい誰の女に手を出したのか、脳髄に刻んでやれ」
黒髪の悪魔に応えるように、
「――グガァアアアアアアアアアアアアッ!!」
黒翼の竜が、咆哮を上げた。




