脳みそうんちでも詰まってるんですか?ハエでも湧いてるんですか?
《竜神威圧》は全種族の頂点に君臨する竜種を統べる王【竜神】バファル・ゼル・ガルハートを殺して奪った能力だ。
あれは悪い意味でいい戦いだった。竜の王と言うだけあって、バファルの実力は圧倒的だった。それこそ魔王オルゼアと互角。
当時のシドではバファルに対し、レベルも膂力も何もかもが及ばなかった。ノアがいなければシドはあの戦いで終わっていただろう。
はは、まぁ今となれば片手で捻れるくらいの存在だけどな?
何はともあれ竜神から奪った能力は有能だ。当時命をかけるに見合った恩恵をシドに与えてくれた。
《竜神威圧》の能力効果は"対象の基礎能力値から自身の基礎能力値の十分の一をマイナスする"といったもの。
つまり人間をゴミ以下にできる能力だ。
名前:アルゼル・ユディウス
ステータス:Lv.27
筋力1(-2640)
体力1(-2580)
敏捷1(-2840)
耐久1(-2050)
魔力1(-2700)
種族:人間族
職業:聖騎士長
能力:《腕力増強》《身体硬化Lv.9》《身体強化Lv.8》
二つ名:王剣
特殊装備:『聖騎士長の首飾り』『聖騎士長の鎧』『聖騎士長の腕輪』『聖王剣ラグラディスタ』
膝から崩れ落ちたまま、アルゼルはピクリとも動かない。
「な…………れ……は。……に……を……!?」
「ははっ、何言っているのかさっぱりわかんねぇよ。ちゃんと人間語喋ってくださーい」
途切れ途切れの日本語もとい異世界語に、シドは嘲笑でアルゼルを見下ろしている。
シドのステータスの10分の1をステータスからマイナスされたアルゼルのステータスは、本来ならマイナスになるところだが、《竜王威圧》の能力ではステータスがマイナスになることは決してないのだ。だから必然的にアルゼルのステータスは全て1になる。
しかしステータスが全て1となると、それは生まれたばかりの赤ん坊以下のステータスに相当する。
自ら飲食を摂取することもできず、排便もだだ流し。もはや今のアルゼルは廃人同然の存在だ。
そんな廃人アルゼルこと元懐刀の目も当てられない悲惨な姿に、王様が堪らず声を上げた。
「貴様、アルゼルに何を―――」
「だーかーらー」
上げてすぐ、廃人の仲間入りを果たした。
「ちゃんと挙手して質問しろって言ってんだろスカトロ大王。あんたの脳みそにはうんちでも詰まってんですかー?」
「「ひぃッ……!!」」
主君と上司の喪失に、ようやく自分達がナニと敵対しているのかを理解したのだろう。
王室に集った精鋭達が我先にと逃げ出した。
「あ、あ………うああああああッ!!」
「どけ! 早く、邪魔だッ!?」
「ひぃいいいいいいいいいッ!?」
「アルゼル様が負けた輩に勝てるわけがない!!」
その必死な姿はいっそ清々しい。
その滑稽な背中に笑いが込み上げる。
颯爽と逃げる者。腰が抜けて動けない者。
戦おうなどという勇敢な者は一人もいなかった。
そんな彼らの足掻きを嘲るように、シドは一言。
「『待て』」
途端、彼らの動きがピタリと止まる。
悪魔呪言《言霊支配》。自身の言霊に魔力を付与し強制力をかける悪魔特有の特筆能力で、魔王軍最高幹部〝七帝将〟の一人【悪魔帝】ベルゼド・ラゼスが得意としたものだ。
悪魔呪言の恐ろしいところは完全な隷属と支配にある。
耐性がない者に抗う手段はなく、本人の意志とは関係なく身体が動く。
集団戦闘において悪魔呪言ほど制圧に特化した効率的な能力はないだろう。同時に戦略の多彩さにおいて奴の右に出る者もいない。
かつて王国兵団1万の大部隊が魔界侵略を試みたときがあったそうだ。そしてその道中、運悪く彼らはベルゼドと遭遇してしまった。
ベルゼドはたった一言『殺し合いなさい』とだけ命令を下した。
それで終わりだった。
いいや違う、それが地獄の始まりだった。
どこかで赤い華が咲いた。またどこかで赤い華が咲く。悲鳴が飛び、雄叫びが上がり、それらはまたたく間に伝染していった。
同士討ちである。
王国に戻った唯一の生存者は、その地獄を報告した次の日、自宅で首を吊っていた。
その者は、仲間を殺して生き残った、最後の一人だった。
ベルゼドはたった一言で万の軍を壊滅してみせたのだ。
ではなぜシドもそんな悪逆非道な呪言を使えるのかって? そりゃもちろん奴から殺して奪ったからである。
「身体が動かない!?」
「どうか命だけは、命だけはっ!!」
「娘が、家族がいるんです! ですから!!」
「『黙れ』」
その一言で、聞くに耐えない命乞いがピタリと止む。
「『お前らの中で一番この世界の状勢に詳しい奴は誰だ?』」
これもシドは呪言を使って言葉にした。
言霊支配は命令が長くなれば長くなるほど効力が落ち、逆に一言で命令を下したほうが効力が上がるという効果がある。
他にも、集団に呪言を使うと効果が分散するだとか、個人一人に使用した方がより強力になるのだとか、そういったものもある。
しかしまぁこの場合、こいつら程度の相手なら効力が落ちたところで……という話ではあるのだが。
「……!!」
腰を抜かした奴らの中から、なにやら髭を伸ばした宰相っぽい老男が手を上げた。
「ノア。他の奴ら全員殺そうと思うけど、他に使いみちありそうなのいる?」
「んー、わかんなーい」
適当だなぁとシドは笑った。思っただけだった。
「んじゃ、『ひしゃげろ』」
頭に浮かんだ言葉を、シドはそのまま口に出した。
そして命じてすぐ、失敗したなとも思った。
ひしゃげるという言葉を聞き、一番最初に連想するものは何だろう。
自転車がひしゃげる。空き缶がひしゃげる。鉄がひしゃげる。肉がひしゃげる。
"ひしゃげる"という言葉の意味は、"押されて潰れる"という意味らしい。
つまり、そういうことだ。
まず骨が軋んだ。ミシミシ音を立てながら身体が捻じれ、限界と同時にバキン。砕けた骨は内蔵を突き破り体外へと飛び出す。
筋繊維が千切れる耳障りな音。トマトを握り潰したときにでるような、内蔵が破裂する音。そして中身が勢いよく吹き出す。
目を覆いたくなるような光景だった。
少なくとも、見ていて楽しいものではなかった。
これは、少しきつい。
断末魔すら上げることも叶わず、人間だった彼らは肉塊へと変化を遂げた。
「シド、……ちょっとグロい」
微かに目を背け、ノアはシドに寄りかかった。
「ああ、次からは気をつける」
ぽふんと空色の髪を撫で、シドはゆっくりと歩き出す。
肉塊を避けながら、血の海を進んでいく。
「おえっ……、おぇ、ぇっ……」
絶望に涙を流し、恐怖に下着を濡らし、込み上げてくる吐瀉物を口から吐き出す女。
血の海に座り込み、転移者の一人である黒髪の女子大生だけが生き残っていた。
血の海の中を真っ直ぐ、女の元へと向かってシドは歩く。
女の前まで来ると、立ち止まり、しゃがみこむ。
女がびくりと肩を震わせる。構わずシドは右手を近づけた。
「……ぁ」
固く瞼を閉ざす女のその頬に、シドの手が添えられた。
頬に跳ねた血痕を優しく拭ってやり、
「やっぱ。似てるな」ぽつりとシドは呟いた。
「……?」女が恐る恐る瞼を開ける。
「誰に?」ノアが尋ねた。
「昔好きだった子に」シドが答える。
「……もしかして、妬いてほしいの?」
「かもな」
「そっか。じゃあ最後に言い残すことはある?」
「とりあえず1つだけ。なんで俺今殺される流れになったんだ?」
「浮気は極刑。不倫は死刑でしょ?」
「それ、どっちも意味同じじゃないか?」
「ならシドは極刑にしてから死刑にするね」
「んー、そういう意味じゃないんだけどなー」
「言い訳ならベッドで聞くけど?」
「望むところだ」
「さて」立ち上がり、シドは女に背を向けた。
「シド、あたしお腹へった」
「俺もー」
お腹に手を添えるシドとノア。まずは腹ごしらえだ。
「おっさんえっと……サイラス? 悪いけど『食堂に案内してくれ』」
言われるがままに髭の老人こと大臣サイラスは血の海から立ち上がり、シドとノアを先導して王室を後にした。
静まり返る王室には、黒髪の女が一人取り残された。
「……うっ、ぁ……ひっぐ……」
これからどうしていいかもわからず、女はただただ現実逃避の闇に落ちる。




