できることならずっと。あなたの隣にそっと咲いていたい
「ぬ――――ッ」
瞬間、ぞわりとロディエスの背中に悪寒が走った。
全身の血が震える錯覚。肌が泡立つ。殺気……とはまるで違う。
それは魂が知っている。身体が覚えている。そして本能が叫んでいる。
久しぶりに……それこそ前世ぶりに感じる感覚。
紛れもなく抗いようのない、冷たくて凍えそうになる"死"の香りだ。
条件反射でロディエスは、全身全霊の力を込め聖剣を地面に振りかざしていた。
「―――剣聖剣舞〝剣鬼〟ッ!!」
剣撃が地面を叩き、巨大なクレーターを生む。逃げ場を失った衝撃がロディエスに跳ね返る。その力に抵抗せず、逆に地面を踏み砕いたロディエスの身体が弾丸の如く吹き飛んだ。
その直後、ロディエスは違和感に気づく。正しくは喪失感に気づく。
宙を舞いながら、一瞬前まで自身が立っていた大地に視線を向け、そこでようやく納得した。
どうやら左腕を忘れてきてしまったようだ。
よくある話ではある。慌てて家を飛び出したはいいが、家に財布を忘れてきてしまった、みたいな。
そんなことよりも驚くべきは、剣線上にある尽くが全て、斬られたということ。
「………ふっ」
ロディエスの『剣神』などとは比較するのもおこがましい。
一撃で大地が裂け、空間がズレ、空が割れた。
アンチマジック・エリアすら断絶してみせたその一撃は、紛れもないシドの全力。
「ふははッ! 何が本気で戦っていただ? 笑わせるな、化物め!!」
転がるように地面に着地したロディエスは、斬られた左腕を反対の手で抑え、即座に時間魔法で傷を治そうと試みるがしかし、アンチマジック・エリアの効果は継続されている。
真横を見る。斬られた薄紫色の結界の代わりに、違う魔導士が既に薄緑色のアンチマジック・エリアを展開していた。
「なるほど。手が速い……」
腰のポーチから火の魔石を取り出し、ロディエスは斬られた左腕に無理やり押し付ける。
「……っ」
焼肉をするときに出る肉の水分が蒸発する音と、皮膚の細胞が溶ける嫌な匂い。
焼けるような痛みというか実際に焼けている痛みだが、それを奥歯の中に噛み締める。
「なんだどうしたもう終わりか? ロディエス!!」
嘲笑で煽りながら、シドが迫る。
「私はロディエス・アルター。世界最強の男だ」
止血を終えたロディエスが、右手で聖剣を握りしめた。
その顔には絶望など欠片もない。恐怖など微塵も持たない。ただひたすらに歓喜の表情で満ちていた。
「まだまだこれから――――」
その瞬間、ロディエスは声を聞いた。
『――見てみてロディー、菜の花よ?』
踏み出そうとした、その足がぴたりと止まる。
「………」
振り返ったロディエスの視線の先、一輪の黄色の花が咲いていた。
それはどこにでも咲いている普通の花だ。そう、少なくとも多くの者にとっては。何の特別性もないただの野花。
『女の人は花を育てて、女の人が育てた花を男の人が守るの』
それは記憶だ。守ることのできなかった約束。
『だからねロディー。私だと思って、お花のことも守ってあげてちょうだい?』
それは楔だ。果たせなかった前世の悔恨。
『ねぇ、ロディー。もし生まれ変われるのなら……私は綺麗な花になりたい。あなたの隣にそっと咲いていたい』
迷いはなかった。考えるよりも先に、自然と身体が動いていた。
踏み出そうとしていた右足が、真横に踏みしめられる。菜花を背に、ロディエスは聖剣の構えを静かに解いた。
直後。シドの左手が、ロディエスの胸を貫いた。
「……おい、お前。ふざけてんのか?」
シドの左手の中には、脈打つナニカが握られている。
トクントクン。トクントクン、と脈打つ真っ赤なナニカ。
「ふざけてんだろお前、なぁ?」
現状を理解できない、いやロディエスの行動の意図が理解できない。シドの顔から笑みは完全に抜け落ちている。
ごふっ、と音を立てロディエスの口から大量の血が吹き出る。
ロディエスは笑った。
「どうやら、私の……っ、勝ちのようだな……」
「……どこからどう見ても俺の勝ちだろ」
「いいや私の……俺の勝ちだ」
ロディエスはふっ、とその口元を綻ばせた。
「最後の最後でようやく……守ることが、できたのだから」
そして満ち足りた表情を浮かべ、最強の男は事切れた。
❦
《レベルが上がりました。基礎ステータスが更新されます》
Lv146→Lv147.
体力:26400
筋力:25800
俊敏:28400
耐久:20500
魔力:27000
《【ロディエス・アルター】の死亡を確認しました。以下の能力の中からいずれか1つを『簒奪』することが可能です》
脳内にシステムメッセージが響く。
それはロディエスが確実に死亡したという証であるとともに、戦いの終わりを告げていた。
ステータス更新画面など見向きもせず、腑に落ちない様子でシドはロディエスの亡骸を見下ろしていた。
「ねぇねぇシド。これ見て」
ふと、ノアの声にシドは視線を向ける。
「………花?」
「うん。綺麗な菜花」
そこにあったものは、一輪の菜花。
ロディエスの背に守られるようにして、そいつは今も美しく揺れている。
「まさか……。いや、まさかな」
地に倒れ動くことのない、最強の男を前に、シドはぼそりと呟いた。
お久しぶりです、というか初めましてハイパーれもん汁こと星時 雨黒ですはい。
もし転生特典で能力奪う系チートもらったら僕だったらどうするかなーと考えてみて、こんな主人公と物語になりました。
初っ端からラスボス戦並の戦闘描写書いてしまってこれからどう話を進めてくか悩みながら仕事に向かってる僕ですが、どうでしょう少しは楽しんでもらえたなら嬉しいです。
えと第二部は主人公無双書きたいなと思ってますが、ストック切れたので少々お待ちを。では、また会いましょう!




