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能力奪う系チートの正しい使い方  作者: ハイパーれもん汁
序章・女神編
1/26

女神殺しの簒奪者

―――そこは広い空間だった。

 天井がなく、床も壁も仕切りさえない開放的な空間。そもこの場所には距離という概念が存在せず、どこまで行っても平行線が続く。上も下も、右も左もなければ東西南北方角さえ曖昧にして不明瞭。

 ここだけで完結された一つの『世界』なのだ。

 

 空間の色は白を基調とした単色で構成されている。まるでキャンパスに絵を描いた後、仕上げの色彩を怠ったかのような、小物一つとして存在しない酷く殺風景で物寂しい世界。

 そんな世界の中心で、震える女の声が呟かれた。


「――――バ、カな」


 透き通るかのような白金色の頭髪と、万物を見通す翡翠の瞳。華奢な四肢、汚れを知らぬ白い肌の上には一枚の薄衣服(ドレスワンピース)しか纏っておらず、少々主張の激しめな胸部と臀部のラインが透けて見える。

 ひとえに美しい女だった。

 美という美を注ぎ込んで作られたかのような、完成された美の象徴、美の究極、美の極地。


「ありえない……ありえてはいけない、こんな事実(こと)


 見れば、女は這いつくばっていた。白い紙の上に、間違って絵の具を溢してしまったのだろうか。真紅の絵の具の上に女はうずくまっている。

 よく見れば、女の衣服にも真紅が侵食していた。

 さらによく見れば、女の胴体には大きな穴が空いていた。つまり、それは真紅の絵の具などではなかった。あたり一面にぶちまかれたそれは、全て女の血だ。

 

お前は(・・・)女神であるこの私をも(・・・・・・・・・・)喰らおうというので(・・・・・・・・・)すか(・・)……!?」


 ごぽり、と音を立てて女の口から血が溢れる。

 咳込みながら、怯える瞳で、女は自らの(かたわ)らに立つ()を見上げる。

 女の叫びを受け、男の黒髪が揺れる。口元に満面の笑みを浮かべて、髪の色と同じ黒い瞳で女を見下ろしながらその男は言った。


「おいおいやめてくれよ。そんな言い方じゃあ、まるで俺が悪者みたいじゃないか? こんなとこまで呼び出しといて、先に喧嘩を吹っかけてきたのはアンタの方だろ、女神様」


 男の見た目は10代後半から20代前半。体型はやや細めで身長は180と中々のルックスをしている。

 男がその手に握るのは白蒼(はくそう)の剣。翼の形を模した純白の(つば)から伸びる、美しい蒼空の刀身。


「ねぇシド。その話を持ち出すんなら、無理やりシドのことを異世界転移させたところから言葉攻めしたほうがいいんじゃない?」


 そう発言するのは、男――シドの隣に並ぶ蒼い少女。

 シドの手にする剣のような、澄んだ蒼氷色の髪。その髪の隙間から覗く蒼空(そうくう)の瞳。小さな口にクスクスと愛らしい笑みを浮かべて少女は笑っている。


「あー、うん。それはたしかにな」


 納得を浮かべるシドに、地に伏した女が堪らず叫ぶ。


「このような蛮行、他の神が黙っているはずがないッ!!」


 すると、シドが興味深そうに目を細めた。


「へぇ……アンタ以外にも神がいるのか」


「ええ、私以外にも神は存在しますとも。中には美の女神であるこの私とは比べ物にならぬくらい武に秀でた神も!!」


「そうかそうか。そいつは楽しみだ」


「なッ――――!?」


 嬉しそうに笑うシドを前に、女は言葉を失った。


「やー、正直落胆してたんだよ。神ってのがまさかこの程度のレベルだとは、期待はずれにも程がある。けどそれを聞けて安心したよ。この世界はまだまだ退屈しないで済みそうだ」


「よく言うよ。あたしのこと使っておいて」


 不敵な笑みを浮かべるシドを見上げて少女が口を尖らせる。しかし言葉とは裏腹に、少女は嬉しそうにシドを見上げている。

 くッ、と女が割れんばかりに奥歯を食いしばった。


「余裕ぶるのも今のうちです……!! すぐに追っ手が迫ることでしょう。この世界のどこにも、貴方の隠れる場所など存在しない!!

 絶望に怯えなさい。恐怖に震えなさい。貴方はもう逃げられな―――ッ」


 突然、女の叫びが止まった。

 いや、正確には止められた。


「あんまり喋るなよ。せっかくの美人が台無しだろ?」


 シドの剣が、女の胸を穿ち心臓を貫いていた。

 身体を痙攣させ、女の瞳から一筋の雫が落ちる。


「後悔、することに――……」


 それ以上女が口を開くことはなかった。

 地に膝をつけた体勢のまま、近距離から女の死体を見つめるシドは感慨深く呟く。


「美の女神、か」


 少し惜しいことをしたな、とシドは思った。

 死して尚美しさを損ねない。そればかりか死したことにより、むしろ美しくなったとさえ感じられる。これこそが完成された美の結晶。

 出会い方が少し違っていれば、また違った未来もあったのかもしれない……。


「―――ねぇちょっとシド。今やらしいこと考えてた?」


「うん、ちょっとな」


 隠す気もなさげにそう言うと、むぎゅっと少女がシドの背中に抱きついた。


「ダーメ。シドにはあたしがいるでしょ?」


 抱きついて抱きしめて、両手でシドの顔を包む。その際少女の白く膨らみのある柔らかいそれが、シドの背中に押し当てられて。


「そうだな。俺には可愛いノアがいるんだったな」


「まったくもう」


 抱きしめられたまま、シドが少女の――ノアの頭を優しく撫でると、満足したのかノアはシドを開放した。


「さて、と――」


 そう言ってシドは立ち上がった。

 シドの視界の中に白いインクで文章が浮かび上がる。

 シドにしか見えない、シドにだけ見える、その文字にはこう記されていた。


《【『美の女神』ラフィア・エレ・エステニア】の死亡を確認しました。

 以下の能力の中からいずれか1つを『簒奪』することが可能です》


「どれどれ……って、え、うわ、これ全部こいつ1人の能力かよ!?」


 指でスワイプし、その下の項目に目を走らせるシドは唖然とする。


【能力】

《色欲の権化》

《不老不死》

《神威》

《完全再生》

《超速再生》

《生命保険》

《活性化》

《神通力》

《神里眼》

《無詠唱》

《全属性耐性》

《全属性特攻》

《全状態異常無効化》

《全物理攻撃耐性》

《全魔法攻撃耐性》

《全物理攻撃特攻》

《全魔法攻撃特攻》


 ズラリと並ぶラフィエの能力。まだまだあるが、とりあえず目を惹いたその内の一つを(つつ)いてみる。


《色欲の権化》

 声色(こわいろ)を通し対峙する者に心理的恋愛感を抱かせる。

 色香(いろか)を通し対峙する者に心理的罪悪感を抱かせる。

 色貌(しきぼう)を通し対峙する者に心理的親愛感を抱かせる。

 尚、対峙する者が男性だった場合効力が増加する。


「こっわ。いや、こーわ!?」


 思わずシドは口元を引きつらせた。

 物理的攻撃ならまだしも、心理的攻撃は防ぎようがない。

 先の戦いで感じた(おぞ)ましい感情の正体に、シドは苦笑を溢す。


「どうしたの、なんかいいのあった?」


「愛を操り(もてあそ)ぶ能力だって」


「そんな能力使わなくても、あたしはもうシドにゾッ婚だよ? 脱ごうか?」


「うん知ってる。面白そうだと思っただけ。まぁでも流石に趣味が悪いし脱ごうとしなくていいから」


 ということでこれはパス、と上着を脱ごうとしているノアを制して次々に能力を閲覧していくシド。


神里眼(しんりがん)

 世界を見透(みとお)す瞳。転生者を観察するための眼。

神威(かむい)

 神族の威圧。相対する者を圧倒する。

《完全再生》

 肉体が欠損しても最善の状態まで再生することができる。

《生命保険》

 死という概念に縛られず、生の輪廻から抜け出せなくなる。

《神通力》

 触れずに物を自由自在に動かせる。

 ……などなどetc.


「流石は女神。チート級のスキルばっか持ってやがる」


 見れば見るほど欲しくなる能力の数々。だが。シドの目的のものは、その能力のどれでもない。シドが目をつけている能力は他にある。あるはずなのだ。


「……っと、あったあったこれこれ」


 彼の目当ての能力(モノ)は、スクロール一番下に()った。

 他の能力に隠されるようにして存在する能力(ソレ)は、世界の(ことわり)に干渉する力。しかし同時にそれは世界の理を乱す力。

 迷うことなくシドは《美神の権能》を選択した。


「「―――――」」


 その瞬間、世界の天秤(バランス)がほんの少しだけ狂った。

 それは些細な変化に過ぎなかった。凪の水面が微かに振動する程度の僅かな揺らぎ……だが。何千年何万年と停滞していた静寂が破られたとなれば、話は大きく変わってくる。


「……6、8、9。まだ増えるか――いや、まだいるのか。敏感肌にも程があるだろ、まったく」


 この場にいない彼()彼女()に対して愚痴を漏らすシドの笑みはぎこちない。


「神様ってのはみんな暇神(ひまじん)なんだね」


「お、上手いな」


 一つ笑ってから、


「まぁいいか。待ってれば向こうから会いに来てくれるだろうし」


 シドは表情を切り替える。

 今度はとびきりの悪い笑みを浮かべて、先程女神から奪った能力を行使した。


「さてさてさてと。それじゃ始めようかノア。退屈凌ぎの異世界ぶらり旅を!」



 追記:《美神の権能》

 能力:転生システム管理者権限――。

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