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王都に次ぐ第二都市ドヴァー。
そこの冒険者ギルド。そこが私、シュヴァリエの職場だ。
……聞こえは良いだろうが、字面が実態を表しているとは言いがたい。
王都に次ぐ第二都市ドヴァー。
100年前なら、何ら疑問のない表現だった。
主要交易路上の、大樹海前に位置している街という事で、かなりの人が逗留し、商品をやりとりし、護衛を雇い、それらの人々を対象とした商売。
そんな活気のある街は王都くらいで、第二都市という評価は妥当……いや、それ以上だったと言って良い。
だが、五十余年前。大運河が開通してからは衰退してきている。
ハッキリいえば、大運河を通る船が、わざわざこの街で停泊する旨みが無いのだから。
最初は、第二都市と呼ばれるほどの都市だったので、それまで通りの物流があったが、大樹海に備える必要が無いので、そのまま素通りして日程を短縮する選択ができるとなると、そちらを選ぶ商会が増えてきた。
今や、運河を通る船でドヴァーに停泊するのは、半分にも満たない。
あと十年もすれば、さらに半分になるだろう。
そして、冒険者ギルド。
そこに所属している構成員は、冒険者と名乗っている。
その実態は、冒険者という言葉からはかけ離れている。
「冒険者として生き残る者は、冒険をしない者だけだ」
なんて言葉さえある。
普通の仕事は、街中の雑務。
外に出たとしても、薬草の採取や、小型モンスターの肉と素材の調達。
遠出をするのは、手紙や物資の配達。
物語にあるような、強大なモンスターを退治するような冒険者らしい仕事というものは、基本的に無い。
そんなモノは、国の仕事だ。軍隊の出番だ。
とはいえ、モンスター退治も無くはない。
軍を動かすほどではないが、少々強いモンスター。
具体的には、ランク5……高くとも6程度までのモンスターが対象となる。
間違っても、伝説級のモンスターの討伐など依頼にならない。
ハッキリ言って、冒険者というよりは、傭兵……いや、何でも屋とでも名乗った方が、実態に合っているのだ。
では、なぜ冒険者なのか?
今や全世界に広がり、本部は王都にある冒険者ギルドだが、元はこのドヴァーにあった酒場だった。
酒場の名はズバリ、「冒険者の酒場」。
酒場は人が集まる。人が集まるなら、求人情報を張り出せば、受ける者も多いだろう。都合が良いことに、酒場には酒代を稼ぎたい者も多い。
そうした仕事の中には、荒事も多かった。
荒事の仕事が多かったから、「冒険者の酒場」という店名になったのか、そんな店名だから荒事の仕事が増えていったのか。
今となっては分からないが、そんな店の名前がそのまま「冒険者ギルド」という名前で残った。
それだけの話だ。
それでも、大樹海の脇を通る街道の護衛依頼があった頃であれば、まだ冒険者ギルドという名前に疑問は無かったのだ。
いや、今でもそういった依頼がある街なら、そうなのだろう。
この街は違う。
もはや街道の護衛依頼など無い。
1年ほど前までなら、定期の依頼があるにはあったが、最近では必要ないと切られてしまった。
世知辛い。
そんなこの街の冒険者ギルドに勤めて、そろそろ30年。
前の職場に嫌気がさし、この国に流れてきて、新しい自分として冒険者登録をしてからなら、60年ほどか。
私は、これでも前職は騎士だったのだ。
隣国の、だが。
既に前の私を識っている者は、ごく親しい者を除いては皆無だ。
まぁ、おかげでこうして正体がバレずに仕事もできるし、息抜きだってできるのだ。
「よう、シュバリエよぉ、今日こそ食事でもどうだよ?」
カウンター越しにそう言ってくるのは、大きな胸をこれ見よがしに露出した女だ。
声をかける相手の名前もマトモに覚えていないのは、マイナス。
まぁ、ご丁寧に私がカウンターに座る日は毎度声をかけてくるマメさは、評価しても良いだろう。
私が男なら、惚れていたかも知れないし、その胸から目が離せなかったかも知れない。
残念ながら、私は歴とした女だ。
男装で男のフリをしているが女だ。
だから、そんな胸には釣られない。
……決して僻みとかではない。
「仕事中なので、個人的なお誘いはお断りします」
私は、いつもの定型句を告げる。
「仕事中、つっても、受付にくる奴なんていねぇじゃねーか」
こう返されるのも、毎回の話だ。
衰退している街に、美味しい仕事なんか無い。
だから、冒険者たちも他の街に移動する。
声をかけてくるこの女は、留まってそれなりの仕事をしてくれる分、出来た冒険者なのだ。
「ほらほら、今なら!」
上腕の筋肉を誇示する。
「このアタシの!」
背筋にオーガを浮かび上がらせる。
「肉体を!」
何個あるんだその腹筋。
「堪能できるぜ!」
最後は前屈みで筋肉と脂肪を強調。
……ああ、この熱苦しささえなければ、食事くらいはいくらでも付き合うのだが。
さて、今日はどう言って断ろうか?
そんな事を考えていると、ちょうど誰かがギルドに入ってきた。
それは、クロークで全身を覆った、小柄な少年だった。
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