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 ナニコレ


 なにこれ


 何これ


 何これぇ!?


 い、今の状況、整理してみよう。




 毎月恒例の配達で大樹海に赴いたら、例の老人が亡くなったと聞いた。

 なので、もうここに来る必要は無い──と。


 ソレを聞いた時は、頭の中が真っ白になった。

 せっかくのオイシイ仕事が無くなる。


 行き帰りの数日間、店の連中と顔を合わせなくて済むこの仕事は、襲いくる魔獣とひとりで闘うことを加味しても、癒やしの数日間だったのだ。

 何より、美少年と会話できるまたとない機会。


 それが無くなってしまうのだから、衝撃は大きかった。


 そんな私に彼は言ってくれたのだ。


「貴女の住む街に連れて行ってくれませんか?」


 ──と。

 大樹海の中でずっと暮らしていたので、街に行ったことすら無いらしい。

 なので、私の住む街に行ってみたいと。


 もちろん、二つ返事で了承した。


 これから街へ帰る道程で一緒に過ごすことができるのだ。

 しかも、街まではまる1日半ほどかかる。


 ……つまり、つまり、だ。


 途中で野宿するのだ。


 この美少年と2人で!


 何というご褒美!


 元々、胸の無い私に対しても丁寧に接してくれる()()()なのだ。

 期待しても良いのではないだろうか?


 そう、コレはあの出会いの日からの運命だったのではないだろうか?


 はじめて会った日。

 この少年は私を見ても蔑むでもなく、自然に接してくれたのだ。


 そんな風に接してくれたのは、母さんくらいだったのだから、惚れるなという方が難しい。


 しかも、この少年。

 収納魔法まで使えるのだ。


 いや、養母だというあのお客も、私が馬車で持ってくる商品を魔法で収納していたので、彼女から習ったのであろう事は、想像に難くない。


 でも、こんなに若い……ともすれば幼いとも言える年齢で収納魔法が使えるとなると、男にしておくのはもったいないくらいの天才だ。


 ……そういえば、この子の歳はいくつなのだろう?


 1年以上の付き合いとはいえ、1月に1回会うだけ。

 なので、お互いの身の上話はほとんどしていない。

 最初に自己紹介くらいはしたので、マオという名前は知っているけど、それだけだ。


 移動の途中でそういう話もできれば良いな。

 そう思って、なんとなく、お互いの呼び方から変えてみることにした。


「マオさん。これからは……その、お友達ということで、マオと呼んで良いですか?」


 そう。

 先ずはお友達からだ。

 一足飛びにこ、恋人とか、そんな処女臭いことは言わない。


「ああ、こちらこそ、お願いします! シエルさ……シエル。あ、その、できれば、敬語とかも無しで!」

「……っ、ああ! もちろんだよ」


 まさか、向こうからもぐいぐい来るとは、思わなかった。

 これは、もう、脈アリということではないだろうか?


 や、やはり、今夜が勝負だな。うん。


 そうして、私たちは街に向けて移動を開始した。


 ちょっと狭いけれども、御者台にふたり並んで座って、話をしながら馬車を進めた。


 マオは本当に大樹海から出たことが無いらしく、街道をすら、珍しそうに見たり、樹海には無い木や動物を見かけては、アレは何だと聞いてきたので、おしゃべりが途切れる事はなかった。

 ……身の上話に踏み込む機会は見失ったけど。


 でも、それを補って余りある報酬があった。


 狭い御者台で並んで座っているのだ。


 自然、体は密着する。


 マオの格好は、シャツに短パンという、ラフな格好なのだ。

 手足に着けた、ぶかぶかの手甲と脛当てがいっそ微笑ましい。


 歳相応といえばそうなのだけど、その、なんというか、そんな格好で密着されるというのは……色々マズいコトになりそうだ。


「ねえ、シエル。あのヒトたちは何をしているの?」


 ああ、マオの声が耳に心地良い。

 ちょっとした下着の不快感など、どうでも良いと感じるくらいには……ヒト?


 この辺りは、街道があるとはいえ、ヒトの往来など無いはずだ。

 大運河の開通後は、強力な魔物が出る可能性のある、大樹海の近くを通るような街道など、誰も利用しなくなって久しい。

 そんな街道なので、盗賊なんかも出ない。獲物が居ないからだ。

 だからこそ、私はひとりで護衛も兼任できているのだから。


 私は疑問を感じてマオの指差す先を見た。


 そこには、確かに何人かの集団が居た。

 お世辞にも、ガラが良いとは言い難いような集団……間違いなく、盗賊だ。


 これは……不味い。


 戦って勝てない相手ではないけど、馬車と……なによりマオを守り切れるかは怪しい。


 もし、万が一の事があれば……マオは掛け値なしの美少年だ。

 盗賊のような輩に捕まれば、どうなるかはお察しだ。


 くっ、コレは私の失態だ。


 油断した上に、マオが居ることに浮かれて盗賊の存在に気がつかなかった。

 ……もう、向こうにもこちらの姿は見えているだろう。


「マオ、逃げて。私が何とか時間を稼ぐから!」


 私がそう言うと、マオは小首を傾げて問うてきた。


「あいつら、悪いヤツ?」


 ああ、可愛い。こんな可愛い()()()を危険に晒すなんて、淑女としては許されない。


「そう。盗賊だ」


 もう、武器を抜いてこちらに向かってきている。


「盗賊……本で読んだし、養母(かあさん)にも聞いた。悪いヤツ」


 マオが知識と目の前の事態とのすり合わせを行っている。

 

 大丈夫。

 馬車や馬はともかく、マオを逃すくらいはできる。


 そんな事を考えて馬車を止めると──


「よし、ボクがやっつける」


 そんな事を言って、立ち上がった。


「あ、危ないよ!」


 咄嗟に手を掴んで止める。


 何度か荷物の受け渡しで触れた事はあるが、こんなにしっかりと握ったのははじめてだ。

 ふとももの感触と同じく、滑らかで柔らかい手だ。

 状況を忘れて、頬ずりしたくなる欲求を抑えるのに、かなりの精神力を使う。


 ……あれ? 私、ここまで変態だったかな?


 街中で男の子を見かける事があっても、こんなには……


「大丈夫。ボク、冒険者志望なんだ。商人の護衛は、冒険者の仕事だよ」


 そう言うと、ふわりと体重を感じさせない様子で馬車の……馬の前に飛び降りた。


 あれ? 手を握っていたはずなのに……


 自らの手を見ても、そこにあの瑞々しい手の感触は残っていない。


「え、あ、だから、危ないって──」


 言おうとしたところに、マオから膨大な魔力が発せられるのを感じた。


 もしかしたら、私より……いや、母さんより強力な魔力かもしれない。

 男だてらに、なんて魔力……


 そんな風に見つめていると、マオに変化があった。


 手足が伸び、ぶかぶかだった手甲と脛当てがあつらえた様にピッタリと装着された。実際、このためにぶかぶかだったのだろう。


 手足が伸びただけではない。胴体も伸びた。


 そのせいで、着ていたシャツや短パンが破れてしまう。


 もはや、体に纏わり付くボロ布と化したそれらを、躊躇なく身体から引き剥がし、その均整のとれた後ろ姿を私に晒す。


 その神々しいまでの姿に見惚れて、私は呼吸すら忘れていた事に気付き、大きく息を吸った。


「盗賊は……」

「──え?」


 発せられた声がマオのものだと、一瞬気がつかなかった。

 でも、あのマオが目の前の姿にまで成長すれば、こういう声であろうと納得できる声だし、実際にマオの声だった。

 女性のような少し高い声音が、むしろマオの魅力を引き立てているように感じた。


「盗賊は殺しても良いんだよね?」


 顔だけ振り向いたマオが、再度問うてきた。

 先ほどまでも美人なマオだったが、それは幼さを残した、どちらかと言えば可愛い。と評するのが適切な美しさだった。

 だが、今のこの顔はどうだ。

 完成された美だ。

 美の男神ナルディの化身と言われれば、素直に信じるだろう。


 そんな美の化身から発せられたその問いは、盗賊どもを殺せる自信からくるものだと分かる。

 この魔力。


 ただの盗賊にはどうにもできないのは明白だ。


「え、ええ。盗賊なら、むしろ首を持って行けば報償金が貰える──」


 けど、その姿は一体?


 そう問いかける間もなく、マオは盗賊の方へと跳躍した。


初戦闘モード(全裸)

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