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「おい、シエル! コレ片しておけ」
仕事をしている私にそう命じてきたのは、半年前に入ってきた新人だ。
店の序列的には私の方が上にも関わらず、こんな態度をとる彼女は、かなり小さな胸だ。
……ソレより小さい……というか、平面な私の胸と比べれば、十分に大きいと言って良いが。
だからだろう。
他では最底辺の胸だからこそ、ソレより下の私に高圧的な態度になるのだ。
他の何でも負ける気はしないが、胸の大きさだけは誰にも勝てない。
無いモノでは勝負できない。
女なのにこんな胸なんて、男なんじゃないのか。と云われるのは日常茶飯事だ。
……そして、そろそろ勤めて2年になろうとしているのに、未だに最底辺の仕事しか与えられないこの店にも、そろそろ嫌気がさしてきている。
胸の大きさが全てなのか!
と声を大にして言いたいが、この世の中「そうに決まっているだろう」という答えしか返ってこないだろう。
実際、胸の大きさと優秀さは多くの場合、比例する。
だが、例外だってあるじゃないか。
どう考えても私より弱い姉たちが周りから評価されていたのは、未だに納得がいかない。
元々軍人になる気は無かったので、家を飛び出してきたけど、商人の世界でもこんな風だとは思わなかった。
私を胸の大きさで差別しなかった母さんの言う通りだった。
世の中、胸の大きさが全てだという人たちでまわっているなら、その価値観の中で生きていくしかない。
世間的には男々しいと云われる商人の世界ですら、こんななのだから、あのまま家に居て軍人としてやっていけたとは思わないけど、コレで良かったのか? という疑問は尽きない。
いっそ、男装して男だと偽ってみるか?
なんて考えたこともあったけど……
云われた荷物を持つ自分の腕を見る。
三毛の毛皮だ。
それなりに気を遣っているので、毛並みは美しいと自負している。
自慢の三毛だ。
だけど、そのせいで男装は論外だ。
三毛の男など居ないからだ。女模様だから。
無いモノも有るモノも足枷になる袋小路。
こんな店はさっさと辞めて、もっと持たざる者への待遇の良い店に転職でもすれば良いのだが、出来ない理由がある。
ひとつ。そんな店は無い。
いや、あるのかも知れないが、知らない。
だから、生活の為にもここで働くしかない。
ふたつ目。
こんな環境でも、オイシイ役目を持っているからだ。
新人の仕事として、大樹海への配達の仕事があるのだ。
大樹海といえば、魔物の巣窟。
入り口付近は比較的安全とはいえ、道中は数多くの危険がある。
そんな場所に住んでいるという変人がいるのだが、この人が先代の店主の恩人だとかで、毎月必要な物資を届けているのだ。
それなりに護衛も必要なので高額になるのだが、50年ほど続けているらしいので、よほどの金持ちなのだろう。
聞いた話では、かなり高ランクの冒険者だったらしい。
引退後に大樹海で隠遁生活をしているようだ。
まぁ、その配達の仕事。護衛料込みでそれなりの高額取り引きではあるのだが、恩人価格の為に儲けはほとんどない。
恩人が生きている限り、絶対にこの仕事を続ける事を条件に店を受け継いだ今の店主としては、かなりの負担になっていたようだ。
だからと言って、先代の言を無視して止めると、妹が煩い。
そうして悩んでいた所に、私は言った。
「だったら、護衛無しで届けてみせる」
自分の能力アピールのつもりで志願し、見事に現在まで仕事をこなしている。
件の客は、護衛が無くともその分を値切る事は無かった。
私には、護衛料分の利益を店にもたらせるのだから、一気に昇進できるだろうという目論見があった。
だがそんな貢献は、胸が無いという事で相殺になっているのが現状だ。
いや、何をどうしたところで、評価はされないだろう。
胸の無い者にこの世は厳しい。
失敗したかと思っていた時、件の客が倒れた。
どうやら、年齢が年齢なので、そろそろ動くのも覚束なくなってしまったようだ。
この情報を私に伝えた人物こそが、まだこの仕事を続けている理由だ。
なんせ、美少年だ。
少々歳下のようではあるが、これほどの美人はそうは居ない。
どうやら、客の養子らしい。
50年も樹海に引きこもっているような老人が、どうやってこんな美少年を養子にできたのか、是非とも詳しい話を聞きたいものだ。
だが、私にはこの美少年とお近づきになるチャンスを得られたのだ。
月に1度とはいえ、樹海の箱入り息子に接触できる役目。
こんなオイシイ立場を捨てて転職するなど、あり得ない。
さて、今日はその彼に会うため……もとい、商品を届けるために店を出る日だ。
はやる気持ちを抑えつつ、私は商品の準備に戻った。
キャラ紹介にシエルを追加しました。