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養母が死んだ。
ヒューマンの彼女の寿命は短い。
赤ん坊のボクを拾って五十余年。
十分に生きたと言って良いだろう。
悲しくはあるが、空虚というほどでもない。
幼い見た目のボクを心配して逝ったが、それほど心配されるほどではないだろう。
山の中で獲物を狩り、山菜を採ることができる程度には自活能力はある。
そもそも、50歳といえば、ヒューマンならば十分大人……どころか、孫が居てもおかしくない年齢だというではないか。
それをボクに教えた彼女自身がそんな心配をするとは、どういうことなのだろうか?
親にとっては子供はいつまでたっても子供というやつだろうか?
家にある本の内容を思い出して、そんな事を考えるが、まぁ、つまりは愛されていたという事だろう。
……戦闘訓練の時には、異様に厳しかったのも、愛ゆえだったのだと思うことにする。
さて、いつまでも過去を振り返っていても仕方がない。彼女を埋葬し、それなりの墓を築いたので、これからの事を考えよう。
正直にいえば、ボクは50年間この家の周りの森から出たことがない。
1月毎に訪れる商人のシエルさん以外、外のヒトとの接触も無い。
……うん。最低限の自活能力はあるつもりだけど、ソレはこの森の中だけの話だ。
本からの知識で最低限の常識はあるとは思うが、それを確かめた事はない。
確かに、養母が心配するのも仕方がないだろう。
でも、そう仕向けたのは彼女自身だ。
シエルさんに会うことすら、最近まで無かったくらいだ。
老いで動けなくなって、やっとボクが森の入り口まで出向いて応対することを許された。
なので、ボクは箱入り息子ならぬ、箱入り……いや、森入り娘なわけだ。
養母はいつも、森の外はとても危険だと言ってた。
それは、ボクが森の外に勝手に出て行かないよう、躾として言っていただけだろう。
実際、シエルさんのような商人でも、街とこの森を行き来できているのだから。
出ようと思えば、森から出る事はできたが、ボクはずっと養母に従って森の外には出ないでいた。
とはいえ、森の外に興味はある。
養母も、まさか自分の死後もボクに森の中で一生を過ごせとは言わないだろう。
なので、森を出ることに決めた。
ちょうど、あと2日でシエルさんが来る日になる。
養母が死んだことも伝えなくてはいけない。そのついでに、彼女が住む街まで連れて行ってもらおう。
流石に、見ず知らずの人ばかりの場所へ行くより、ひとりでも知り合いが居る街へ行く方が安心だ。
そうと決めれば、片付けや準備もある。
たった2日だ。時間は無い。