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ゴーストスパイラル  作者: 有田和也
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二穴

何かに急かさる様に歩いている人々の周囲には数多くのビルがあり、多種多様な会社が賃貸しているが

その中でもひと際異彩を放っている名前が一つのビルの案内板に書かれている。

”霊談所”百人に聞けば百人が同じ回答をするだろう、何の会社なのだろうと。

大都市の中でも一等地と呼ばれる場所であり、ターミナル駅とも呼ばれる駅が近辺にあり往来する人々の数などは数えきれない。

そんな中でどんな人間が働いて居るのかが気になるのは、ほんの一握りだろう。

初めは異彩を放って入るが、何十回、何百回と見ていく内に人はその光景に見慣れ気にしなくなるのだ。

だが異彩というモノは気にしなくなったとしても、心中ではかなり印象に残っており彼女もその一人。

「此処なら…」と彼女は扉を叩くと、中からは若い女性の声でどうぞと返ってきたので彼女は意を決して中へとはいる。

「ようこそ霊談所へご依頼ですか?」

扉を開けると眼の前に一人の女性が立っていた、紺色のスーツに首筋を少し超えた所まで伸びた黒髪、その姿は彼女が普段から見慣れている

同僚や自分の姿と変わらないで少し困惑していると女性が再び声をかける。

「あのう、大丈夫でしょうか?」

その声で我に返えると大丈夫ですと答え、女性が扉から離れた場所にあるソファーへと案内し腰を下ろす。

「本日は霊談所へお越しいただきありがとうございます。私は伊織いおりと申します、早速ですが本日のご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「はい、私は佐倉佳苗さくらかなえと言います、先月からその何と言いますか見えない者が見えたり音が聞こえると言いますか。どの様に形容していいのか解らないんです」

それが彼女こと佐倉佳苗がこの事務所を訪れた理由、夜寝ていると何者かに見られている感覚や、通勤や勤務中などに耳元で息遣いが聞こえたりと

普通では考えられない事が起こり続け少しづつ恐怖を感じ始めた彼女は神社などでお祓いを受けたのだが効果は無く、打つ手がないと思っていた時にこの場所を思い出し

訪れたとの事だった。

伊織は彼女の話が終わると同時にこう聞いた、霊が集まりそうなスポットに行かれたり身近でご不幸は無かったと。

佳苗は首を横に振りそれを否定した。

「でしたらご先祖様にお祈りされたのは何時でしょうか?」

「そういえばここ最近行けてないですね」

「それが原因かも知れませんね、祖先と言うのは子孫が可愛くて仕方がないのですよ。1年に1度でも良いから顔が見たいと思うのですが、

言葉が通じないのでこういう現象を起こすこともあるのですよ」

「はぁ、そういう事だと言われれば納得は出来ますが…」

佳苗が少し心配そうな顔をしていたので伊織はなら少しお祓いをしておきましょうと言い、テレビでよく見かける簡易的なお祓いをしてみせた。

「ありがとうございます。この足で祖先の墓参りに行ってこようと思います」

頭を下げた佳苗は踵を返し事務所を後にした、後姿を伊織は心配そうな視線を送りながら見送り事務所の窓から彼女がビルから出ていくのと確認すると息を吐くように喋り始めた。

「何が祖先のお墓参りに行かれてみてはですか、私を笑わせたいのですか?大切なお客様の前で、悠馬」

「彼女が恐怖を覚え、真の意味で自分の身に起きている事の現象の原因を知るためには良い薬だと思うけどな」

「恐怖ね、2~3日後にはまた来るでしょうから、今度はちゃんと対応しなさいよね」

事務所を後にした佳苗の姿は先祖の墓ではなく数駅先に居り、友人と共に食事や買い物を楽しんでおり、伊織に言った言葉など既に脳内に無いだろう。

友人と別れ帰宅した佳苗はお風呂に入り、髪を洗っていると妙な感覚が襲った。

髪の量が多い、佳苗はショートボブで首より下に髪の感覚があるのも変だが、自分の手は二本しかないのにそれ以上の手で髪を洗われている様な感じに加え

誰かに見降ろされている、それも数人の人物に。

恐怖もあったがそれ以上にイラついてもいた、休みの日に胡散臭い事務所まで行き、料金の請求は無かったが変に説教じみた解釈までされたのだいい加減にして欲しい。

この感覚のせいで睡眠不足に悩まされ、仕事をしていても落ち着かず下らないミスを連発し上司から怒られる。

「もういや、何なのよ」

佳苗が叫ぶように髪に付いていた泡を落とし周囲を見渡すが誰も居ない、何のよ本当にあのインチキ女、本当にお祓いしたんでしょうね。

やり場のない怒りを取り合えず伊織にぶつけるがそれで、彼女の気持ちは少しは落ち着きを見せるが、完全に落ち着いた訳でも無くふてくされながら布団に入り眼を瞑ると

直ぐに意識が遠のいていった。

佳苗が寝てどのくらいの時間が経ったのだろうか、突如として目が覚め枕元に置いていたスマホを開き時間を見ていると午前三時を少し過ぎていた頃。

起きるのにはまだ早すぎると思い再び眼を閉じようとした時だった、何かを引きずるような音が聞こえてきた。

それは絹を擦るような音であり、手か足で床をこする音であり、たえず歩き回っている音にも聞こえる、違和感を感じながらも寝ぼけているので

聞き間違いだろうと考え佳苗は再び眠りに落ちる前に耳元で何かを呟かれた。

「…て…は…か」

翌朝佳苗は目覚めると少し身体が重いなと感じながらも、昨日の疲れだと思い仕事に出かけた。

その日は何事もなく一日を終え帰ってくると同時に布団に入りそのまま寝入ってしまう、そしてまた昨日と同じように目が覚め時間を確認すると午前三時。

「昨日と同じ時間…」

何だか妙な違和感を感じていると昨日と同じような音が聞こえてきたのだが、今度は子供の様な笑い声に加え妙に獣臭いのだ。

そして何か見知らぬモノが身体を這いずり回るような嫌な感じ、鳥肌が全身に立つのを感じながら眼を閉じようとするのだが閉じれない。

瞼を押さえつけられているのかどんなに頑張っても閉じれない。

佳苗は初めて恐怖を覚えた瞬間だった、手足を引っ張られ引きちぎられるのではないのかと思うほどの痛みが襲い、首は絞めつけられ息もまともに出来ない。

死ぬんだ思うと急に痛みが無くなり、息も出来るようになり落ち着いていると耳元でこうつぶやかれた。

「まだまだよ、だからね安心しないでね」

その声は子供の様な幼い声であったが子供の残酷さを感じさせられ、意識がなくなる前に昨日と同じ文言が聞こえた。

「…て…は…か」

佳苗は目覚めるると同時に会社に休むことを伝えると三日前に訪れたあの事務所を再び訪れる。

目的の階まで行くと佳苗は乱暴に事務所の扉を開く以前とは違う一人の男性がソファーに座りながら、デスクワークに勤しんでいる。

「やはり三日か、その辺が限界だろうね。幾ら感覚が鈍いと言っても命の危険を感じれば否が応でも行動をせざるを得ないよね佐倉佳苗さん」

男性は初めから佳苗の来訪を知っていたかのように言った。

「アンタらきちんとお祓いをしたのかよッ!あれから毎日、毎日、異常な現象が起こりまくってるんだぜ」

「当然でしょうね、私どもが貴女の感覚を少し広げ恐怖を感じさせるように細工をいたしましたから。その結果、ご自身の身に起きている事がどれほどの危険かを

ご理解いただいたかとは思いますがそれを踏まえた上でもう一度、お聞きしますね」

”霊が集まりそうなスポットに行かれたり身近でご不幸は無かった”かと。

佳苗は押し黙っている、三日前の様にきっぱりと否定できないのは身に覚えがありすぎて、どれを答えたら良いのかが解らないからだ。

それは佳苗の人生の汚点や分岐点になった出来事では無く、日常生活で起きた些細な事件程度にしか考えていない。

「ご自身でご理解いただけないのなら私がお教え致しましょうか?」

男性の口から語られたのは佳苗の半生で起きたほぼ全ての事件、堕胎、動物虐待、いじめ、先祖の墓を無縁塚にしたりと何かから恨まれたり、憎まれたりするのには

十分すぎるほどの原因が大量にある。

普通ならもっと前に相談に来ていても不思議ではないのだが、佳苗は転生の鈍感な性格であった為に、霊たちの存在を認識する事なく生活していたのだが

仕事疲れや、生活疲れが等が重なり少しづつだが、精神的に影響を及ぼすようになり、三日前に訪れた時に伊織が少し感覚を広げた事で、命の危険を感じるほどに

霊の存在を認知出来たのだ。

「まぁこれだけの事をしてよく平気だったものだと思いますよ、天性の才能は自身を救うとは言うが君の場合も同じだとは思えないかい?」

「ご立派な解釈や、うざったい説教は耳にタコなんでよ、私が知りたいのはこの現象をてめぇは止められるのかそれだけだ」

「止められますよそれも至極簡単にね、お仕事と言ってしまえばそれまでですが、貴女の様な地獄の穴に片足を突っ込んでいるような方のご依頼は多いですからね。

それで、食うに困らないのですから私としましては、悪人根絶をされては路頭に迷いますよ。まぁ、悪人の依頼ばかりではないですから食うには困らないでしょうけどね」

笑いながら男性は佳苗に投げかかる、馬鹿にしている様にも聞こえるが、一定の礼節はわきまえている。

「なら早くやりなさいよ、除霊だとか浄化を」

「お仕事ですからやれと言われればやりますけどね、少しは気にならないですか?ご自身が恨まれ、憎まれる理由を」

「興味ないわよ。所詮は死人でしょ死人に口なしと言うように、死人の発する言葉だなんて殆どの人間には聞こえないじゃない。ネットで人の悪口を言うみたいに姿が見えないから

強くでれるの、文句があるなら堂々と姿を見せなさいよッ!」

男性は何かを言おうとしたのだが途中で言葉を飲み込んだ、この人には何を言っても無駄だと、救いようのない人間などは居ないと良く言うが男性はそうは思わない。

世界中の聖人の言葉を持ったとしても、救えないのは無神論者や罪を罪だと思わない人間でもない。佳苗の様な既に自分で自分を死に追いやっている人間。

死に追いやると言うのは肉体的や精神的にではなく、彼女の魂は既に死んでおり、魂が死ねば神や仏であっても救えない。

待っているのは地獄ではなく虚無と言われる場所、地獄には一片の希望や救いはあるが虚無には何もなく、あるのはただ無、転生の枠から外れ未来永劫その場所に漂い続けるしかない。

「解りました、ではこちらにおかけ下さい」

佳苗は男性に案内されるがまま三日前と同じように座る。

「先ずは先日伊織が開いた感覚を閉じますね、これを閉じておかないとまた見なくても良い存在を見てしまいますから」

その手順は同じで直ぐに済んだのだが問題はこれから。

「では除霊を始めます浄化と言う行為は私が好まないので、ご気分が少し優れなくなると思いますが耐えてください」

佳苗の肩に手を置きながら男性は少しずつ空気を吐き出していく、少しずつだが室内の空気が変わっていくのが解る。

空気が旨いと表現されるがそんな感じでは無い、少し前までは空気が何かに押し付けられ暴れていたのが、解放され自由に動けるようになった様な感じだろうか。

そして暴れていた自分の感情が落ち着き始め、暫く安らぎと言う行為を思い出し始めた。

安心、心地よい、忘れていた自分が本当の意味で安らげる場所とはこういう事を言うのだろうと改めて理解し、自分の過去の過ちを少しづつ思い出す。

幼少期に近所に居た野良ネコや犬を見つけては石をぶつけ遊んでいたり、鳥の巣を意味もなく落としたり、責任も取れない行為をし中絶も行いその後は供養も上げない。

両親が他界し先祖の墓の手入れを頼まれていても自分には関係ないと考え放置した。

思い出すにつれて自分のこれまでの行為に自分自身でも嫌気がしてくる、いつの間にか瞑っていた眼を開けると其処には巨大なクロイ影が自分の眼前にあった。

言葉にならない何かを呟きながら佳苗の身体を触ろうとするが、直前で手を引っ込め触れない。

「これが霊だよ、いや霊と言うより一つの概念の集合体かな君からある言葉を聞きたいが為だけの存在になりつつあるね。

君も言った様に霊は喋れないからこういった行為で意思表示するんだ。そういった行為を霊障と呼んでいる」

「散々苦しめてこられたけどさ元はと言えば私の過去の行いが原因だからさ、アンタらを恨むのはお門違い」

そう言うと佳苗は霊に頭を下げごめんなさいと謝ると、クロイ影は溶けるように消えていった。

少しの間、放心してた佳苗だったが我に返ると男性にお礼を述べ、依頼料を払い明るい顔で事務所を後にした。

「意気揚々ね彼女」

「伊織か、君なら彼女にとびかかると思っていたけど良く我慢したよね」

「それ以上に残酷だよね悠馬は、彼女は”救われた”と思っているのに…」

「救いですか、彼女はもう手遅れですよ。私が払ったのは一握りで、謝罪程度で救われるのならあそこまで恨みませんよ。自らの姿形を歪めてでも彼女を許せないのでしょう。

お気づきでしょうが彼女を本当の意味で苦しめているのはあれらではない事を」

人を呪わば穴二つと言うが、悠馬の自論ではすこし違う。

人は生きていく中で2つの穴を掘りながら生きている、一つは天国と呼ばれる場所につながる穴、もう一つは地獄につながる穴。

善行では天国の穴が、悪行では地獄の穴が広がり、死んだ後に落ちるのが大きい方の穴、そして言うまでもなく佳苗の穴は…。

「呪詛だと気付きながら払わないのは依頼がだから?」

「それもありますが彼女は既に手遅れ、彼女には聞こえてはいないでしょうがずっと耳元で言ってましたよね、”…て…は…か”」

「安心して眠れるのは後4か、体のいい死刑宣告。4日後に何か起きるのでしょうけど手は出さないのよね」

「えぇ、この依頼料も彼女への香典としてお返ししましょうか。最もそういう行事を行ってくれる方たちが居ればですが」

5日後、新聞の小さな一面に都内に住むOL佐倉佳苗さん、死亡と言う記事が載っていた。

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