お好みの香り
お好み焼き屋の玄関前に、アリスと爽太、絹江がいた。綺麗な夕日が3人を照らしている。
アリスは片手にビニール袋を下げていた。袋の中には、パックされたお好み焼き、焼きそばなどが入っている。
チラッと、アリスが絹江の方を伺う。ガサッとビニール袋の擦れる音がする。
絹江はアリスに優しく笑いかける。
「いいのよ、アリスちゃん。お家の人にぜひ食べさせてあげてね」
絹江のそのほがらかな様子に、アリスは嬉しそうにペコっと軽くお辞儀をした。
だが、またチラッと、今度は絹江が手にしている白のハンカチを見やる。
「ああ~、良いのよアリスちゃん! うちの爽太の汚い汗が染みついてるでしょ。キレイにし洗濯して、明日爽太に持たせてちゃんと渡すようにするから」
絹江は楽しそうに話す。
「汚くて悪かったな」
「なにちょっとすねてんのよ、あんたは。まだまだ子供ね~。まあ、子供だからアリスちゃんに、スカートめくりなんかするのかね。まったくバカな子だよ」
「なっ⁉ い、いまここでそんなこと言うなよ‼」
「アリスちゃん、ほんとごめんね。うちのバカ息子が。まったく、私もパンツ見られないように気を付けなくちゃいけないわね~」
「ばっ⁉ ばかじゃねえの⁉ そんなの見るわけねえだろ‼‼ バカじゃねえの‼」
「こら! 爽太! 親にバカって言うんじゃないよ! まったく! このバカ息子‼」
「母ちゃんも『バカ!』って言ってんじゃねえか⁉ バカじゃねえの!」
「またあんたって子は!」
爽太と絹江の騒がしい口喧嘩。
「クスクス」
ふと楽し気な笑い声。
アリスが可笑しそうに必死に笑いを押えようと頑張っていた。
爽太は、そんなアリスに思わず照れる。
俺は何店前で、母ちゃんと言い争ってんだよ。バカみたい……。でも。
爽太は内心とてもほっとしていた。
まさかこんな形で、その仲直りができるとは思っていなかったから。
これでアリスとも、ちゃんとした友達になれる。
爽太がそう思った時、ふと、アリスに友達になろう、と言ってないことに気付いた。今なら素直に言える気がした。
爽太は、少しむくれている絹江の耳に小声で話しだした。
訝し気な顔をしていた絹江は、爽太の話を聞き終えると、少し考えた素振りをみせ、一瞬、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。爽太に耳打ちをする。
絹江の言葉を聞き終えた爽太。絹江は、なにやら爽太の様子に興味津々。すると、爽太がとても穏やかな顔で、
「ありがとう」
と絹江に言った。
絹江の顔がぎょっとする。予想外の反応だったみたいで慌てているようだった。爽太はそんな母、絹江を無視し、アリスの目を真っ直ぐ見つめる。
不思議そうに首を傾げるアリス。
爽太は優しく微笑みながら、絹江に教えてもらった、その言葉を口にする。
「プリーズ、テイク、ア、ガールフレンド」
シーン。
辺りを静けさが襲う。
ガシャシャ!
突如、アリスがお土産のビニール袋を落としてしまった。
「えっ⁉ ええっ⁉」
声を出し、慌てて拾う爽太。
爽太はアリスにもう一度手渡そうと、パッとアリスの顔を見た。そこには―、
真っ赤なリンゴのように顔を赤くしたアリスがいた。
「いいっ⁉」
突然のことに慌てる爽太。
まさか母ちゃん、アリスを怒らすような事を言わせたんじゃ⁉ い、いや、落ち着け! そんなことする意味ないだろ!
すると、アリスが慌てて爽太に背を向け、ダッシュで店の玄関から去っていった。
茫然と見守る、爽太と絹江。
爽太は、キッとするどい目つきで絹江を睨む。
絹江はぼそっと呟いた。
「あんたが、まさかそこまで英語知らずと思わなかったわよ……。ガールフレンドで気付きなさいよ……」
「はあ⁉ いったい何のこと―」
すっと、絹江が爽太に耳打ちしだした。
「……、ええええええええええええええええええっ⁉⁉⁉」
真っ赤な夕日に照らされながら、爽太の大声が辺りに響き渡った。
〇
次の日の朝、生徒が誰も登校していない朝早い時間。爽太はもう学校に着いていた。眠たげな瞳に、目元にはうっすらくまができていた。下駄箱で辺りをきょろきょろしながらそっと開けると、爽太は目を見張った。ゆっくり下駄箱の蓋を閉め、爽太は急いで4年1組の教室がある校舎へと向かった。
〇
4年1組の教室を開けると、静かな空間が広がっていた。
その静かな教室に、アリスだけがいた。
教室のドアの開く音に気付いたアリス。
爽太の方を見つめていた。
2人の視線が重なり合う。
どちらからとでもなく、思わず視線をそらした。
ゆっくり教室のドアを閉める爽太。
ぎこちない足取りで、アリスの隣の席に向かう。
何とか自分の席に辿り着く。ランドセルはとりあえず椅子横に置いた。そっと自分の席に腰かける。
爽太、アリス、共に無言。
教室の窓から入る朝日が、2人を暖かく照らす。
爽太の心臓がはち切れそうなほど鼓動をうつ。鼓動に振動する体を押えながら、ランドセルから、白のハンカチを取り出した。
アリスに振り向かず、そっと、差し出した。
アリスの白い手がスッと近寄り、ハンカチを受け取ってくれた。
「ありがと」
アリスのぎこちない声に、爽太はなんとか振り向き、言葉を繋ごうとする。
「あの! えっと、き、昨日のことは! その、う、うちの母ちゃんがー」
爽太はそこからは何も言えなかった、アリスの顔が赤いことに気付いたからだ。もはや爽太も見ていられなかった。アリスは顔を隠すようにハンカチで顔の下半分を覆う。
するとアリスの目が少し大きくなった。
「おこの、みやき」
「えっ?」
ぽつりと呟いたアリスに思わず声をあげる。
アリスは赤い顔で、爽太を見ながらハンカチを少し前に出した。爽太の鼻にハンカチが触れる。
あっ、また匂いがついちゃったか。
爽太は、ばつが悪そうな顔をしながら、ふとある事をアリスに聞いた。
「お好み焼き、さ。美味しかった?」
その言葉に、アリスは、赤い顔をしつつも、嬉しそうに頷いた。
「そっか」
その可愛い仕草に、爽太も嬉しそうに笑った。
アリスと爽太は、2人して顔を見合わせ、ぷふっと楽しそうに笑ってしまった。すると―、
「また、たべたい」
不意にでたアリスの素直な言葉。
爽太は柔らかな口調で返した。
「おっけい」
アリスはその言葉を聞くと、何だか楽しそうにまたハンカチの匂いをかぐと、
ふあ~っ、と、可愛いあくびをした。
アリスの目をよく見ると、うっすらと、くまができていた。どうやらアリスも寝不足みたいだ。
すると、アリスはスッと机にうつ伏せになった。顔を爽太の方に向け、両目をゆっくりと、つむる。
えっ、ちょっと。
爽太が内心驚くのをよそに、スー、スー、となにやら鼻音を立てている。
まさか……?
爽太も自分の机にうつぶせになり、恥ずかしながらも、アリスの方へ顔を向けた。
そこにはとても気持ちよさそうに両目をつむるアリスの横顔があった。
こりゃあ寝てるな完全に。
起こすのも悪い気がして、爽太はただその気持ちよさげな寝顔につい見惚れていた。
朝一番に来て、学校で居眠りなんて。
そんなことを爽太は思いながらアリスに微笑み、思わず目をつむってしまったのだった。
〇
爽太が目を開けた時には、クラスの皆が朝っぱらから騒ぎ立てていた。
アリスと爽太は、互いに片方の頬に机の後をくっきり残しながら、寝ぼけた頭で、周りの皆を見渡していた。
この日を境に、4年1組での爽太を含めた男子達の罪深きスカートめくりの罪はふっとんでしまった。
なにせ新たに、アリスと爽太の大スキャンダルが浮上してしまったのだから。
今は、ただアリスと爽太2人とも、必死になって顔を真っ赤にし否定するだけの現状だが、これがのちに、2人の恋愛へと続いていくのだが、それはまた今度のお話。