気になるフードの名前は
スカートめくり事件後の、次の日。
生徒が誰もまだ登校していない朝早い時間。爽太はもう小学校に着いていた。下駄箱付近で辺りを伺うようにキョロキョロしている。
よし……、誰もいないな。
用心深く確認した後、爽太は恐る恐る自分のとは違う、ある下駄箱の蓋を持ち上げた。
そこにあるのは、赤いラインが入った女子の上履き。
その上履きの上に、爽太はそっと白のハンカチを置いた。
ゆっくり下駄箱の蓋を閉め後、爽太はまた少し周りを見渡した後、駆け足で4年1組の教室がある校舎へと向かった。
〇
この日、爽太が学校で過ごした時間は今までで一番つらいものとなった。
なにせ女子達からはずっと下げすんだ目で見られ、時々小声で「きもい」「変態」と罵られるは、周りの男子達はそんな女子達に恐れ、爽太に慰めの声も掛けれず、近寄ることもなかった。
そして、爽太にとって何よりも辛かったのが、アリスの視線。アリスがクラスで女子達と楽し気に話してる最中に、チラ、チラ、と向けてくる視線は、悲しそうにも、不思議そうにも見える。なんだか感情が読めないその視線に、爽太は必死に見ないようにしていた。
自分が蒔いた種とは言え、アリスの視線を感じるだけで、爽太の胸は痛く締め付けられるのであった。
〇
この日の下校時間、爽太はクラスメイトよりも遅いタイミングで校門を出た。1人教室に残って反省文を書き、職員室で藤井教諭に渡すという大仕事があったからだ。陽は少し落ち始め、夕方が顔を覗かせている。
1人とぼとぼと歩きながら、アリスのことが頭から離れない。
クラスの女子達といつも通り、笑いながら楽しそうに会話をしていたアリス。
でももう俺には、あんな笑った顔を見せてくれないんだろうな。
「はあ~……」
爽太は重いため息とともに目線が下がる。地面を見つめながら歩きつつ、転校初日の出来事を思い出していた。
隣の席にやって来たアリス。
身動き一つ取らない俺を見て、可笑しそうに笑った顔。
そして急に瞳が大きく見開いて、好奇心一杯の様子で、俺に顔を近づけてきたあの日。
アリスのまじかに迫った可愛い顔を思い出し、爽太の顔が少し熱を帯びる。
そういや……、あの時。
なんで俺に、あんな顔を近づけたのだろう? あと小声でなんか言ってたよな……。『イト、スルメ、グッド』だっけ? いやいや、なんだよそれ。イギリス人のアリスがなんでいきなりスルメの話すんだよ。う~ん……、アリスにもう一度聞ければいいんだろうけど。それはもう一生無理だよな。
「はあ~……」
爽太が深いため息を付いたときだった。
下を向いていた視界に突如、青空のようにキレイな色のスカートが飛び込んでくる。
「えっ……?」
爽太は立ち止まる。胸が一気にざわつく。
だって、その水色のスカートー。
目線をバッと上げた先には。
「ア、アリス⁉」
爽太の驚いた声に、アリスが少し目線を逸らす。
な、なんで⁉ アリスはクラスの女子達と家に帰ったはずじゃ⁉
アリスがおもむろにスカートのポケットへ片手を突っ込んだ。
爽太はただじっとアリスの動きを見つめている。
するとアリスがポケットから、白のハンカチを取り出した。爽太は目を丸くする。
「あっ。それ……」
アリスはハンカチを自身の前にかざし、
「そうた」
「‼」
爽太の両肩がビクッと跳ねる。アリスは気難しそうな表情を爽太に向けながらも、こそっと呟いた。
「ありがと」
「えっ?」
まさかのお礼に、爽太はただ茫然としていた。
アリスは日本語で、少しおぼつかない感じのお礼を言うと、ふっ、と爽太から顔をそらし、背中を向け立ち去ろうとした。
もうこんなチャンスはない。
「アッ! アリス‼」
ピタッと、アリスが止まる。ゆっくりと爽太に向き直る。
どこかムッとしているような表情。
爽太はたじろぐ。何をしゃべればいいか分からなかった。もう一度、謝ればいいのだろうか、いやそれでは何も変わらない気がした。何を口にすれば、何を口にすれば……。
爽太は思わずアリスが手にしているハンカチを指さした。
怪訝な顔をするアリス。
お、俺は一体何してんだ!? ハンカチを指さしてどうすんだよ!?
爽太はパニックになりながらも、そこから必死に言葉をひねり出そうとする。
「そ、その、ハンカチが……、えっと、あっ! 落ちてたから、拾って! んで、げ、下駄箱に―、ん? あっ、あれ?」
しどろもどろでしゃべりながら、ふとある事に気付いた。
そういやなんでアリスは―。
ハンカチを下駄箱に入れたの俺って知ってるんだ?
朝早い時間、学校の下駄箱付近には爽太しかいなかった。それはちゃんと周りを見渡して確認していたのに。じゃあ一体どうやって俺って気付いた?
「そのハンカチ、なんで俺って? ああ~えっと―」
爽太は身振り手振りを交えてアリスに伝えた。
するとアリスが、少し警戒しながらも爽太に近づいてくる。ハンカチを持ってない片手が水色のスカートをしっかり押さえつけていた。
その様子に爽太の気分が重くなる。
そんな身構えなくても……。もうしないって……。って、そんなこと言っても信じてもらえないか……。
そんなことを思っていると、アリスは爽太の手の届く距離まで近づいていた。
爽太の鼓動が早くなる。
アリスが突然、白のハンカチを爽太の顔に近づけだした。
「えっ⁉ ええっ⁉」
突然の行動に焦る爽太。
だがアリスのハンカチが爽太の鼻に触れた時、謎が全てとけた。
「あっ、ああああああああっー‼‼ お好み焼きの匂いか‼‼」
爽太の大きな声にアリスがびっくりする。 だが爽太はそんなアリスにお構いなし。
「そっかそっか‼ 昨日、俺ハンカチポケットに入れっぱなしだったもんな‼‼」
「……そうた?」
「それでそのまま店の手伝いしちゃったから‼ そん時に匂いがついちゃったんだなあ~。そっか、そっか~‼」
「そ・う・た‼」
「ひっ⁉ は、はい⁉」
1人で勝手にしゃべり納得顔の爽太に、アリスがすごみを利かせた声を出す。
なんだか不満げな顔をしているアリスが、聞いてくる。
「おこの、みやき?」
「へっ?」
アリスの少し不思議そうな声音に、爽太は戸惑うも、ハッと気づく。
そうか、もしかしてアリス、お好み焼きを知らないんじゃ。
「あっ、えっとさ! 俺んちお好み焼き屋でさ! その、お好み焼き、っていう食べ物を作ってて! あっ、えっと……、フード! その……、えっと~……。あっ、そう‼ スシ! テンプラ! オコノミヤキ‼ って、言う……ね。そ、その、オッ、オッケー?」
何とも情けない英語。
ちゃんと伝わってるかな……。あとどうしよ、外国人は寿司と天ぷらと同じくらいお好み焼きが好きって言っちゃったよ……。
爽太がそろっと、アリスの表情を伺うと、そこには―。
「なっ⁉」
大きく見開いた瞳に、好奇心でいっぱいのアリスの顔が近くにあった。
アリスの表情が急に明るくなっている。
「おこのみ、やき」
なんだか楽しそうに呟くアリス。口元が優しい笑みを浮かべ始めていた。
もう見れないと思っていた。
アリスのそんな可愛いくて、楽しそうな表情。
転校初日のドキドキした気持ちが蘇る。
もうこんなチャンスはない。
「あっ、あのさ‼」
「?」
首を少し傾けるアリス。
「そ、その……。くっ‼ ア、アリス‼‼ お、俺の家に来てほしい‼‼」
なおも首を傾げるアリス。爽太は記憶にある、ありったけの英語を口に発する。
「レッツ、イート! お、お好み焼き! フード! 俺のホーム‼‼」
ビシッと自分を指さし高らかに叫んだ爽太。その言葉にアリスは、とても嬉しそうに大きく頷いていた。