頬の手形と、鉄板の焼き焦げ
学校から帰宅した爽太は、自分の部屋に引きこもっていた。
勉強机でしょんぼりと項垂れながら、机の上に置いてある白のハンカチを見つめては、
「はあ~……」
と、深くて重いため息を何度もついている。もうかれこれ1時間はそうしているだろうか。
アリスへのスカートめくりの件で、あの後爽太は、取り巻きの男子達も含めて藤井教諭にみっちり叱られた。そして、今後スカートめくりはしないように、と大きく釘をさされたのであった。
藤井教諭の立会いのもと、爽太はアリスにちゃんと謝ったものの……。
悲し気な様子で終始俯いたままだったアリス。
返すタイミングが解らず、そのまま家に持ち帰ってしまったアリスの白のハンカチ。
見るたびに、爽太の心が痛む。
どうすればアリスにちゃんと許してもらえるだろう。どうすれば、もとの元気で明るい顔をみせてくれるだろ。
「はあ~……」
ガチャリ。
突如、部屋のドアが開く音に、爽太の両肩がビクッと跳ねる。慌ててハンカチをポケットに隠した。
「爽太、あんたなに? 珍しく大きなため息なんかついて」
爽太の母である絹江は怪訝な様子で尋ねた。
爽太は慌てて話す。
「べ、別になんもねえし!? そ、それよりさ! 勝手に入ってくんなよ‼」
「はいはい。そんなことより、ちょっと店を手伝ってくれるないかい? お客が多くて焼くのが間に合わないのよ」
開け放たれたドアから、ソースのこうばしく焼けたスパイシーな香りが、ふわふわと、爽太の部屋に流れ込んでくる。
「ええ~……、今、そんな気分じゃないんだけど……」
「…………、小遣い減らすよ」
「…………わ、わかったよ」
爽太は眉間にしわを寄せながらも、絹江と一緒に自分の部屋から出て行った。
〇
閉店後、爽太が鉄板の掃除をしていた時だった。
「爽太、あんた今日、女の子とケンカしたでしょ」
「なっ⁉⁉」
カチャン‼ カチャコン‼
爽太は思わず手にしていたコテを鉄板の上に落とした。かん高い音が店に響き渡る。爽太が声を荒げる。
「なっ、なんだよいきなり⁉」
絹江はあきれた声を出す。
「あんたの顔にそう書いてあるんだよ」
「はっ、はあ⁉ そんなわけねえだろ⁉」
「じゃあなんだい、それは? あんたのその、ほっぺたに付いた手形のあとは」
「へっ? あっ!?」
爽太は慌てて左頬を片手で隠したがもうすうすでに遅かった。
今日、常連客のおっちゃんらが、『そうちゃん、今日学校でなんかあったんかい?』とニヤニヤしながら聞いてくることが多かったのは、これのせいだったのか。
左頬がジーンと急にうずく。アリスの悲し気な表情、涙が脳裏に浮かぶ。
「あんた、その子に手を出してないだろうね」
ギロリと絹江の鋭い視線が爽太に向く。爽太の体が強ばる。
「手、手は出してない」
そう言ってハッと思う。スカートをめくるというのは、ある意味手を出しているのではないかと。
難しい顔で俯く爽太に、絹江は呆れた声を出す。
「まったく……。ちゃんとその子に謝ったんだろうね」
「あっ、謝ったよ ! ちゃんと!」
「ふ~ん。ちゃんと許してもらえたのかい?」
「…………うん」
「ふ~ん、…………、それなら、良いんだけど?」
絹江の問いただすような声音に、爽太はつい顔を伏せてしまった。大きな鉄板に視線を集中する。鉄板の上に落としたコテ。今度はしっかり持ちなおし、鉄板に付いた焼き焦げを一心不乱にを落としにかかった。
ゴリ、ゴリ、ゴリ、 ゴリ。
鉄板についた焼き焦げは、今日はなぜかやけにへばり付き、中々落ちてはくれなかった。