涙と白いハンカチ
現在、放課後の4年1組の教室に面している廊下には、爽太とアリス、クラスメイトの女子である高木と林の4人がホウキを持っていた。アリスはホウキにまたがり、魔女の真似をして高木や林を笑かしている。アリスが外国人のせいか魔女のモノマネが様になっていて、少し離れた距離で身構えていた爽太も思わず吹き出してしまった。するとアリスがその笑い声に気付き、爽太に顔を向ける。
ニコニコと、とても嬉しそうな顔。
アリスの傍にいる高木と林の警戒するような表情とは全く違う、その満面の笑みに爽太は慌てて視線をそらした。鼓動が早い。何とか気を落ちつかそうと教室の方に目を向けると、クラスメイトの男子達が、じとーっと羨まし気な視線を送っていた。
今日だけ、男子居残り率がやけに高い放課後の教室、そして廊下にも何人かがたむろしているこの異様な光景に、掃除当番で残っていた女子達は鋭い目つきで警戒心をこれでもかと男子達に向けていた。
男子の視線が爽太に集中したことで、アリスを覗く掃除当番の女子達が一斉に爽太を要見据える。
爽太はクラスメイトの男子、女子双方からの突き刺さるような視線に耐え切れず自分の足元に目線を落とした。手にしていたホウキにすがるかのように、思わず両手でぎゅっと握りしめ、激しく後悔していた。自分がやるっと胸をはったことに。
元々クラスで一番やんちゃな爽太が始めたのがきっかけだった。それをかわきりに禁断の遊びはクラスの男子達にも広がっていった。
だが、転校してきたアリスという外国人の美少女に、爽太を含めた男子全員は気が引けて、その日を境にピタッとなりを潜めてしまっていた。また、アリスに気が引けた自分に身勝手な敗北感を抱いていた爽太は、その気持ちを払拭したい思いが強かった。さらに席が隣同士、しゃべった事がある、今日の掃除当番が一緒、そもそも俺達のリーダー的存在、と周りの男子達にのせられ、『俺に任せろ!』と胸を張って宣言してしまったのだった。
なんで俺はあのときそんなこと言ってしまったのか。
俯いていた視線に、ふわっと水色のスカートが突然映った。スカートの先からすらっと伸びる雪のように白くてキレイな両足。
「そうた?」
その声に思わず爽太が視線を上げると、そこにはアリスがいた。
「なっ!? えっ!?」
さっきまで向こうにいたのに、なんでこんな近くに!?
戸惑う爽太をよそに、アリスは二ヤッといたずらな笑みを浮かべると、自分が手にしていたホウキにまたがった。
爽太は目を見張る。魔女がホウキにのっているような恰好。どや顔で爽太を見つめるアリス。
水色のスカートはホウキの柄に持ち上げられ、両膝がはっきりと顔を見せ、キメの細かい白い足がさらにあらわになっている。
つっ!
爽太は顔を強ばらす。アリスの魔女のモノマネに笑う余裕が全くなかった。今、爽太にとって、またとないチャンスが突然訪れたのだ。だが、嫌われたくないという気持ちが爽太を押しとどめる。
つい周りにいる男子に助けを求めるような情けない視線を送ると、キラキラした少年の目で爽太に大きく期待する眼差し。
爽太の額に嫌な汗が一筋流れる。もしここで怖気づいてしまったら、男子皆からバカにされる。それに、周りにいる女子たちも何か気付いたかのように、爽太に慌てて近寄ろうとしていた。
もう、いましかない!
爽太はグッと覚悟を決めた。それに―。
アリスに視線を戻す。
茶目っ気たっぷりの明るい笑顔で、ホウキにまたがって魔女の真似をしている彼女。
アリスなら、誤ったら必ずゆるしてくれる。そんな身勝手な安心を担保に、爽太は手にしていたホウキを手放した。
アリスの目が、廊下に落ちていくホウキを追いかける。爽太はその隙に自分の両手をアリスのスカートよりしたに下げた。
カラーン、カラン。
ホウキが廊下に打ち付け、乾いた音を立てたのを合図に、爽太はおもいっきり両手を上へ上げた。
ぶわっ、と上へ盛大に舞う水色のスカート。
その先には同じ水色の小さなパンツが姿をあらわした。白い両足にキレイに映える水色のパンツ。爽太は思わず釘付けになる。
クラスメイトが声を上げざわついた。男子からは歓声が、女子からは悲鳴が。
ふわっと水色のスカートが舞い降り、アリスのパンツを覆い隠した。ハッと我に返る爽太。つかの間、 水色のスカートを見つめながら、さぞ怒った顔をしてるんだろうな、と想像し、息を飲みつつ、そっと視線を上げアリスの顔をみた。
えっ?
アリスは無表情だった。
予想外のできごとに、爽太が少し唖然としていると、
バチン!!
「つっ!?」
爽太は何が起きたか一瞬解らなかった。だが、ぐわんと揺れた視界に、左頬に感じる強烈な痛み。爽太は眉間にしわを寄せ、いら立ちをあらわにアリス見据えた時だった。
じわっ。
アリスの瞳が潤んだ。
なっ!?
初めて見るアリスの悲し気な顔。
アリスが瞬きする度に、涙がこぼれ落ちる。
爽太はもうただ戸惑う事しかできなかった。予想していた怒った顔はどこにもなかった。爽太の今目の前には、ただ悲しく傷ついた、はかなげな女の子がそこにいた。
「ア、 アリス―」
爽太の弱々しい声に、アリスはくるっと背を向けタタッと廊下の向こうへ小走りで去っていった。
唖然とする爽太と男子達をよそに、「爽太のくず!」「ゴミ!」「最低!」「変態!」と女子達が大きく罵った後、慌ててアリスを追いかけていったのだった。
廊下に茫然と佇む爽太。それを悲痛な顔で見守る教室や廊下にいた男子達。
爽太は左頬をさすりながら、自然と俯いてしまった時だった。
視界に白い布みたいなのが落ちていた。
爽太は弱々しく手を伸ばし拾い上げる。
白のキレイなハンカチだった。
これって、アリスの。
スカートがめくり上がった時にポケットから落ちたのだろうか。爽太は、罪悪感に包まれながら、力の無い目で、ただその白いハンカチを見つめていた。