第26話「神殿と神の加護~前編~」
僕は城砦都市グランデンの内部にある大神殿へと辿り着いた。
建物の荘厳さや神聖さには目を瞠るものがあるけど、入口を筆頭に夥しい数の軍人が警備のために配置されているから眺めている暇もない。
少しでも立ち止まっていると、すぐに軍人たちが警戒の目をこちらへと向けてくる。
神殿の内部の造りというのは大体同じものだ。
とは言え、それも僕が帝国の神殿の中を見て回った時以来のことだからずいぶん前のことだけどね。
今回は改めてその中身を確認しにきた。当時と今で中の様子は違うのかどうか知りたかったんだけど、この様子じゃ入れてもらえるかどうかすら怪しい。
今回はレナに頼るわけにはいかない。
デュラス将軍とその娘のシャルロットはともかく、他の人間たちには彼女の姿は一切感知出来ないはずだ。
しかし、もう1人、あるいは1体、もしくは1柱。正体はわからないけど、レナの姿を視認したばかりかその素性すら暴いた僕や彼女の目にも見えない何者かが存在する。
恐らく戦闘能力に関してはあまり高くないと思われるけど、隠密能力の精度は恐ろしく高い。今もどこかしらから僕を見張っていても何らおかしくはないんだ。
……でも、デュラス将軍とその傍にいた何者かは神殿襲撃事件の犯人の情報も探りたいはず。
ミルディアナで僕がレナに頼んだように、その隠密性を利用して事件の犯人の手掛かりを探すために今はこの地にはいない可能性もあるんだけど。
下手にレナを動かすよりは僕が直接動いた方がいいだろう――と思ってはみたものの、これは難しいな。特待生であることを理由にして、半ば強引かつ穏便に突破してしまうか? などと考えていると。
「テオドール?」
声をかけてきたのは、金髪を右側で結っている少女であり軍人でもあるクラリスだった。
今もまた制服に肩章という出で立ちで神殿の警備をしていたらしい。
見れば、クラリスの後ろでは魔導銃を装備した彼女の指揮下の軍人たちの姿も見えた。
「やあ、クラリス。凄い警備だね」
「当然です。次はいつここが襲われてもおかしくはありませんから……」
「その顔だと、もう少し他の部分が気になっているようにも見えるけど?」
「何でもお見通しというわけですか。……そうです。グランデン領の神殿は6つありますが、その中でも既に4つが潰された。あくまでも犯人側の視点に立つとするなら、次の標的はこの神殿ではなく、グランデンの外部にあるもう1つの神殿の可能性の方が高いのではないかと考えています」
「まあ、そういう考え方もあるね。相手の狙いがわからない以上、完全に決め打ちするわけにもいかないけど」
「ところで貴方はどうしてここへ? と言いますか、よくよく考えれば今は学園で授業を行なっている真っ最中のはずですが?」
「体調がよろしくなくてね。気分転換に神聖なる神殿の見学でも出来たら、少しは楽になるかなって思ったんだけど」
我ながら白々しい言い訳だ。
でもまぁ、今更彼女にこんなことで窘められることもないだろう。
その証拠にクラリスはまるで頭痛がしんどいかのように眉間を指で揉んで、深い溜息を吐いてから言った。
「神殿の警備は厳重で、今はグランデン領内の民であれど立ち入りを禁じているのですが……」
「仮にもミルディアナの事件解決のために奔走した将来有望な軍人志望の特待生相手であっても、それは変わらないかい?」
「むぅ。それを言われると弱いのですが……」
クラリスは少しだけ考えた後、「少し待っていてください」と言って立ち去り、すぐに戻ってきた。
彼女の隣には軍服を纏った年老いた男が立っていた。胸元の徽章からして将官か。
「現在、神殿警備の指揮を行なっているカルサティ少将閣下であらせられます。閣下、こちらが彼のミルディアナの末期の雫事件を解決へと導いた立役者の1人でもあるテオドールといいます」
「ほほぅ。いや、君の姿はシャルロットさまがご乱心めされた時に見かけていたが、こうして相対するとやはりその青髪は不思議よなぁ」
「よく言われるよ。それで単刀直入なんだけど、神殿の中を見せてもらえないかな? 何か事件を解決するための手掛かりの1つでもあればいいかなと思ってさ」
クラリスが「そんなものがあればとっくに見つけて――」と言いかけていたのをやんわりと制止した後、カルサティ少将は言った。
「私もフレスティエ少尉と同じ意見ではあるのだよ。そんなものがあればとうに見つけている。……だが、あのランベール中将閣下に認められた者ならばあるいは何かを見出せるかもしれない。よかろう、入りたまえ」
「ありがとう」
「ただし」
年老いた少将はクラリスへと振り向いた。
「フレスティエ少尉。君の同行を条件とする」
「わ、私がですか? しかし……」
「あいにく、僕は神殿の内部の状況にはあんまり詳しくはないんだ。道案内というわけじゃないけど、色々と話も聞きたいし一緒に来てくれるならありがたいんだけどね」
そうダメ押しすると、クラリスは困惑した顔になりながらも言った。
「か、かしこまりました。閣下がそう仰るのであれば。部下の者たちに今後の各自の行動を伝えてからにしますのでしばらくお待ちを」
クラリスが小走りで駆けて行った後、カルサティ少将は呟いた。
「どう思うね」
「……ん? 僕に聞いてるのかい?」
「他に誰がいる。あの生意気な小娘を見て、どう感じる」
それまで温厚だった少将が鋭い瞳を向けてくる。
しばらく考えた後、僕は思った通りのことを口にする。
「素晴らしい逸材だよ。実力はあるし、部下や民からの信頼も厚い。彼女なら、いずれは将官になるのも夢じゃない」
「……ほう。実力不足、または身の丈に合わない待遇だとは思わなんだか」
「いいや、まったく。戦闘能力なら……カルサティ少将より遥かに高いだろうし、若さによる血気盛んで先走りなところも経験不足によるものから来ている。もう少し時間をかければ、これ以上ないというくらいに立派な軍人になれるんじゃないかな。デュラス将軍っていう規格外の化け物がいるから少し霞んでしまうけど、それでも僕は彼女を高く評価しているよ」
見たところ、目の前の老軍人は神の加護を受けてはいない。
それでもこの歳まで生き残ってきただけあって、かなりの実力があるのはわかる。
ただ、それも神使であるクラリスには到底及ばない。彼が彼女より優れているとすれば、その年齢から来る他人からの信頼と戦場の経験だけだろう。
それすらも、恐らくはそう遠くないうちにクラリスには及ばなくなる。
そういう思いを込めて言ってのけると、カルサティ少将は愉快そうに笑った。
しかしそれは悪意のあるようなものではなく、単純に面白いものを見たといった感じのものに思えた。
「正直な少年だ。私もまったく君と同じ感想を持っているよ。彼女は素晴らしい逸材だ。力はもとより、信頼も厚く、付け入る隙などないかのように見える。私の形ばかりの階級などさっさと譲ってやりたいと思うくらいにはなぁ」
「意外だね。カルサティ少将みたいなご老人なら、ああいう卓抜した才能を持つ若者には嫉妬するものだとばかり思っていたけど」
「していないと言えば嘘になる。だがな、その感情も戦場に出れば一変してしまうのだ。戦はもはや神使の力無しでは成立しないのだ。どんな戦場でも真っ先に戦場の最前線へと向かい、敵兵を蹂躙するその姿は勇敢で頼もしく、羨望の眼差しすら送ってしまうのだが……」
老軍人は顎髭を撫でさするようにしながら続けた。
「怖いのだよ、私は」
「怖い? 何がだい?」
「神使と呼ばれ、絶対なる力を持つ者が背負う圧倒的な重圧がだ。国のため、民のため、ひいては大事な人のためにあの者たちは死すら厭わずに戦いに出る。敗戦は許されず、自分が先に戦闘不能に陥れば後方で待機している多くの兵たちに犠牲が出る。神の加護同士が激しくぶつかり合う戦場で、常に仲間の命すべてを背負って戦う彼らに圧し掛かる責任……私にはもはや想像すらつかん」
神使と普通の軍人たちの力の差は歴然としている。
1人の神使が数百の軍人たちを制圧する事例もいくつもあった。
それ故に神使に課される役割とその責任は、戦場で実際に指揮を執る将官のそれよりも遥かに重いものとなるということだろうか。
「かつて、私の親友にも神の加護を得た者がいた。実際に強大な力を手にして戦いを挑み、連戦連勝をしていったが……とある戦でその者は重傷を負って動けなくなった。爆発的な魔術の力によって吹き飛ばされた先が崖の下であり、相手にそれ以上深追いされることなくその者は何とか生き延びることが出来た。だが、それは運がいいとは言えなかったのかもしれない」
「どういうことだい?」
「やっとのことで戦場に復帰したその神使が見たのは、戦場に散らばる味方の屍の山だった。誰1人生きている者はおらず、そこにはただ蹂躙された痕跡があるのみだった。恐らくは相手方の神使によってもたらされたその光景を前にして、その者の心は――容易に壊されてしまったのだ」
かつての光景を懐かしむように空を仰ぎ見ながら、老軍人は言った。
「身体は完全に回復しても、心まではどうにもならなかった。その者はその敗戦をきっかけに軍部から退き、私の前からも姿を消し――つい最近になって、風の噂で聞いたのだ。自分の無力さを恥じる旨の書き置きを残して自刃したらしい、と」
「……」
「嗚呼、すまない。老人の脱線した長話に付き合わせてしまって悪かったな。私が言いたいことはこうだ。いくら神の加護を得て強大な力を持とうと、その心は普通の人間とまったく変わらん。見方を変えれば、神使もまた普通の人間と何も変わらないのだということ。それを知っておいて欲しかった。フレスティエ少尉にも、将来有望な軍人となる君にも」
その言葉を聞いて、僕はぽつりと呟いた。
「なるほど。人間というのはそういうものか」
「む……?」
「いや、何でもないよ。興味深い話だった」
「そうかそうか。爺の他愛もない話だと聞き流されるかと思っていたがなぁ」
その時、クラリスが慌ててこちらに向かってくる後ろから声がかけられた。
「フレスティエ少尉ー! 神殿の案内の際には是非テオドールくんの腕を取って、自分の胸にぎゅーっと押し付けるんですよー!」
「い、いい加減に黙りなさい! そういうものではないとアレほど言ったでしょう!」
例の年上の女軍人にからかわれて、クラリスは大声で反論した後にはっと我に返って僕の方に向き直って、お互いの視線が合う。
瞬間、彼女の顔がかっと紅潮する。
しかし、それもつかの間。クラリスはすぐに頭を振ってこほんと咳払いしてから敬礼した。
「それでは、カルサティ少将閣下。用意も整いましたので行って参ります」
「うむ。頼んだぞ」
クラリスはつかつかと歩いて来て僕の手をがっしりと握った。痛い。
「案内します。神殿の中は意外と広いので気をつけてください」
「了解。よろしく頼むよ」
神殿の中に入っても、クラリスは僕の腕を握り締めてきた。
「あのさ、クラリス。痛いんだけど」
「暴れ馬を手綱で制するようなものです」
「じゃあ、さっきのイリア一等兵だっけ? 彼女が言ったみたいに君の胸で優しく」
「その話は忘れなさい!!」
一喝されたけど、はっとしたのはむしろ彼女の方だった。
神殿の中にいた修道女たちからは何事かと訝しげな視線を向けられている。
クラリスは居心地が悪そうにしながら、無言で僕の腕を掴んだままくいくい引っ張る。
早く来いということなんだろう。
お堅い人物に見えて、クラリスは意外と表情豊かな一面があるように思える。それもまた彼女の魅力の1つかもしれない。
神殿の内部を早足で突き進む。
昔と比べて特に変わった様子は見受けられなかった。
警備のために常駐している軍人の数が多いことに目を引かれる以外、特にこれといったものは感じられない。
そんな時、クラリスが不意に話しかけてきた。
「テオドール。貴方はどんな神から加護を受けているのですか?」
「え?」
思いも寄らない質問に呆けていると、クラリスは少しだけ呆れた顔になって言った。
「貴方も神使でしょう。自分に加護を与えた神の名前くらい知っているはず……ですが」
クラリスはそこで顔色を微妙なものにした。
「……貴方なら知らなくても無理はないかもしれませんね。興味すらない可能性もあります」
「あ、ああ、まあ、うん、そうだね」
僕の力は特定の神に与えられたものではないからね。
魔神としてこの世に顕現した時に最初からあったものだ。
そして魔族は他の種族と違って、神々からの加護を受けて神使になるということもない。魔神が力を与えて強化をすることくらいならあるけど、それは神による加護とはまったくの別物だ。
「神殿とは神を奉る場所であると同時に、神の声をお聴きすることが出来るかもしれない場所です」
「神の声を聴く?」
「はい。私には経験がないのですが、神使は時と場合によっては神殿で自らに加護を分け与えた神の声を聴くこともあるのだそうです」
この大陸で最も信仰されているのは、やはり創世の大女神であるオルフェリアだ。
でも、この世界には数多くの神々がいる。実際に僕も何度かその姿を見たこともあるし、少しだけなら話をしたこともある。
だけど、彼ら彼女ら……性別の概念すら曖昧な者もいるけど、神と呼ばれる者たちはひどく気まぐれで尚且つ意思の疎通などまったくしない、あるいは出来ない者もいる。
普通に喋ったり感情を露わにしたりする僕ら魔神とは根本的な部分で違うところがある。だから、僕も神についてはほとんど知らないと言っていい。
神が自らの力を分け与えて神使と呼ばれる者たちを『作る』理由もわからない。
「貴方には神に加護を与えられた記憶はありますか?」
「……いや、ないね。クラリスにはあるのかな?」
「ええ。アレは私がまだ幼少の頃。場所は神殿などという厳かな場所はではなく、珍しく両親と一緒に街の広場に買い物へと出かけた時でした」
クラリスが両親のもとから離れ、広場の噴水を興味津々と眺めていた時。
不意に周囲の音が消えたのだという。
「驚きました。気が付けば、街中の人間すべてが動きを止めていてその場で固まっているのですから。しかも、色鮮やかだった街並は濃紺色に染め上げられ、まるでこの世ではない場所に迷い込んでしまったのではないかと思ってしまったほどです」
そんなクラリスが困惑していた時、突然上空に稲光が見えた。そして。
「私は落雷に貫かれました。すべての音が消えていた空間で、その雷が発する轟音だけが耳を劈いたのです。でも、痛みもなければ傷もない。落雷が起こった痕跡などまるでなくて、夢か何かだったかと思った時――」
『くすくす』
女のような子供のような可愛らしい笑い声が聴こえたのだという。
それが少しだけ続いた後――気が付けば、周囲の色は元に戻り、動きを止めていた人間たちは何事もなかったかのように歩き出したらしい。
「その日を境に君は神使としての力に目覚めた、ということかい?」
「そうです。後に調べたところによれば、それは気象を司る女神『メティオ・ロロジー』さまらしきことがわかりました。しかし、それ以降は何度神殿に通っても神の声を聴くことは叶いませんでした」
メティオ・ロロジーか。
気象を司る神は何柱かいるけど、彼女の名はあまり聞かない。
気まぐれな神々の中でも、最も正体不明に近い者のうちの1柱だ。
「何故、私のような者を選んだのか。どうして選んでおきながら、私からの度重なるお声掛けにも答えてくださらないのか。気まぐれな性質だというのは理解しているのですが、時々不安になります」
「不安?」
「……この加護は本当に私のことを護ってくれるのかと。ひいては、私に本当に神使となるべき資格があるのかと考え込んでしまうのです。気まぐれで力を分け与えたのなら、これもまた気まぐれで力を奪われるかもしれないと」
「あの聖炎の加護を失ったレルミット伯爵家みたいに、かい?」
「はい。稀なことだとは理解していますが、そのような事例もありますから」
神々の気まぐれによって分け与えられる神の加護。
だけど、レルミット伯爵家の場合は少しだけ事情が違う気もした。
何故なら、聖炎は何の理由があってかはわからないけど、ずっとあの家系にのみ力を与え続けてきたからだ。これを気まぐれだと断じるのは流石に早計じゃないだろうか。
なんて思いつつ、いくら考えても理由はわからない。
この世の神々の気まぐれさと理不尽さは、あるいは魔神たちよりも性質が悪い。ただそれだけの話かもしれないしね。
そんなことを思いながら、僕はクラリスに引き連れられて神殿の奥へと向かっていった。
☆
夜間。
馬車の中で毛布を被って眠りこける御者の老夫婦を横目に、竜族の少年は教会から持ち出した資料を眺めていた。
それを閉じて、ふうと溜息を吐く。
「……馬鹿みたいなこと調べやがって。今までよく殺されなかったよな、あのジジイ」
ジュリアンは資料の一束を薪にくべた。
先に飛び出して行った特待生たちはとっくの昔にグランデンへと辿り着いたはずだ。
1人だけ取り残されても別に思うところなど何もなかった。むしろ教会に立ち寄れただけでも収穫と言って良かった。
いくら探してもまず見つからないであろう昔の資料や、他の学者とのやり取りなどが記されたそれを手にすることが出来たのだから。
ただ中身は古代文字で書かれたものも多かった。癪だが、今の自分では読めない部分も多々ある。
古代文字に詳しい者と言えば、ミルディアナにいるリューディオが筆頭だが彼に見せるには憚られる内容のものが多かった。
結局、あの陽気に見えてどこか掴みどころのない青髪の少年に頼らざるを得ない。
彼なら何のしがらみもなく、古代文字で書かれた文章の内容を教えてくれるだろうし、それを誰かに言うこともないだろう。ある意味、最も信用出来ないが、別の意味では最も信用出来るという二面性を持つ男とも言える。
「……それにしても、神殿の襲撃ね。神さまに何か恨みでもあんのかね」
ジュリアンは資料の束の中から1つを選んで手にした。
だいぶ痛んだ資料の表紙にはこう書いてある。
『帝国歴798年に発生したゼナン竜王国の大飢饉について』と。
記録は、かつて竜王国が凄まじいまでの大飢饉に襲われたことを淡々と記したものだった。
夥しい数の餓死者が出て、諸外国の援助がなければ今日のゼナン竜王国はなかったのではないかとすらされている。
その資料の中で少しだけ興味を惹かれる単語があった。
「『豊穣の神』に対する信仰ねぇ……今時、そんなもん誰も信じてねえよな」
飢餓に苦しんだ人々が願ってやまなかったのは、豊穣の神による救済だったとされている。
しかし現実にそんなことが起こることはなく、飢饉は時間が経つに連れて徐々に回復していった。
「馬鹿馬鹿しい話だよなぁ。そんな神さまがいたら飢え死にする奴なんていなくなるってのに……でもなぁ」
あの偏屈な老神父がわざわざ書き記したこの資料の意味がわからなかった。
資料には大飢饉が起こったことと、豊穣の神に対する信仰のみが書かれていて現在の研究対象にすべきものがほとんどなかったからだ。
他の資料と比べても重要度が低いように見えたのだが、この資料まで燃やせと言われた理由もわからない。
「……ちっ。結局、またあいつに聞かなきゃわかんねえのかよ」
飄々とした青髪の少年の姿を思い出しながら、ジュリアンは目的地であるグランデンの方角へと目を向けるのだった。





