第24話「誕生祭の後遺症」
「うぅっ……きもち、わるい……ロカ、私もうダメだわ」
「そうか。今までよくやった。余はお前の分まで生きようぞ」
「ちょっと……! そこは引き留めるところでしょ!? うっ……」
「うるさい、黙れ……頭に響くのだお前の声は……」
練兵場で魔導銃を使った授業をしている中、シャウラが地面に倒れ伏し、ロカはぺたりと座り込んで後ろの壁に全体重を預けている。
なにかと隙があるように見えて実は警戒しているいつもの彼女たちの様子はそこにはなく、ただの二日酔いで苦しんでいる哀れな少女たちは呻いたり吐きそうになったり散々な状態になっている。
「流石のロカたちも二日酔いには勝てないようですなぁ」
魔導銃を片手に様子を見に来たリズが面白そうに言った。
「みたいだね。ところでそういうリズは大丈夫なのかい? なんだかんだ言って、君も結構な量を飲んでたよね」
「やー、実はこれでもちょっと頭痛かったり。悪酔い予防のためにお薬煎じて飲んでおいたからそんなんでもないけど、魔導銃の音はちょっと厳しいかなー……」
「む、おい、リズ。その薬とやらを余にもくれぬか。言い値で払うぞ……足りない分はシャウラを好きにして補填してくれ。何をしても良いぞー」
「ロカぁ……ぁ、ちょっと今は、無理……」
シャウラはいつものように蔑ろにされてぱっと嬉しそうな顔をして起き上がったのもつかの間、すぐにぐったりとした表情で倒れ込んだ。
「残念ー。これ、あくまで予防のためのお薬だから二日酔いになってから飲んでも効果ないんだよねー」
「うぅっ、そうか……」
「なんとなくこんなことになりそうだからキミたちの分も用意しても良かったんだけど、アレすっごく苦いからさ。嫌がるかなーって思ったの。ごめんね」
「いや、いい……苦いのは、苦手だ……」
ロカの耳は垂れ、長い尻尾もぴくりとも動かない。
というわけで、シャウラ共々獣人娘たちは見学扱いになっている。
本来ならこの程度で休むようじゃ軍人失格ではあるものの、無理をさせて動かしても役に立たないのだから仕方ない。
まあ、獣人に魔導銃を使わせる必要もあんまりないし問題ないだろうけどね。それに彼女たちは隠れて銃を撃つのではなく、最前線で戦うのを最も得意としているから不慣れなことをさせても何にもならない。
「それでは、皆さま。ご注目ください」
控えめながらも練兵場にしっかりと響き渡る声で言ったのは、デュラス公爵家のメイドのエルザだった。
魔導銃の扱いが得意だという彼女が特別に教官として招かれたらしい。
生徒の群れの中で金髪の髪を右で結っている少女の姿が見えた。
今日のクラリスは教官としてではなく、一生徒として授業に参加しているらしい。
しかしどこか忙しない様子だった。
恐らくは神殿襲撃事件のことが気になって、授業にのめり込むことが出来ないんだろう。
「学園内で扱う魔導銃の威力は、魔術に換算すればおよそ第2位階程度のものとなっております。その程度でも殺傷能力がないとは言えませんので取り扱いには細心の注意を払ってください。ちなみに装填されている魔石の質にもよりますが、この威力ならおよそ20発程度の射撃を行なうことが可能です。――それではご覧くださいませ」
エルザは一通りの説明を終えた後、魔導銃を構える。しかも両手に一丁ずつだった。まるで二刀流だ。
目標は彼女からおよそ40メートル以上離れた場所にある人型の的。
結界術式を施しているから、威力の弱い術式ならかなりの回数を耐えることが出来る。
そして、エルザは片手の銃を構えると一気に連射した。
耳を聾する砲撃の音が続く。
反動が手ぶれを引き起こして狙いが徐々に外れていくのが普通のはずなのに、彼女の連射にはそれがない。炎弾が次々と的に当たっていく。
20発すべての銃撃が寸分の狂いもなく的に命中して、生徒たちからどよめきが起こったと同時にもう片方の手で構えていた魔導銃の引き金に手をかける。
その後の射撃も狙い過たず的に命中した。
歓声が上がる中、それを見ていたリズが呟いた。
「凄いねー、エルザは。家事はもちろん戦闘能力も。公爵家のメイドさんってみんなあんな感じなのかなー」
「いや、彼女が特別なだけだと思うけどね」
エルザの戦闘能力は極めて高い。
恐らく何かしらの神からの加護を受けている気がする。
そしてそんな彼女を少し離れたところから見ている小さな人影が1つ。
青髪の少女シャルロットは、エルザの射撃をじっと見つめている。あまり気分が良くないのか、どこかつまらなそうに感じる。
その後、エルザの講義が終わったところで休憩時間となった。
にもかかわらず、練兵場にはクラリスとその部下の者たちが残っていた。
「さて、皆さん。先程のエルザ教官のように魔導銃を使いこなすのはとても難しいことですが、鍛錬を怠ってはいけません。もちろん魔導銃はまだまだ試作品の段階を抜けていませんので、不意の故障による事故などが起こる可能性も十分あります。日頃から魔導銃の構造を理解し、分解と組み立てなども出来るようにしておくこと。いいですね?」
「「「はっ!!」」」
クラリスの部下は小隊規模の10人らしい。
彼女よりいくつか年上の者ばかりだ。女性が1人だけ混じっている。良く統率が取れているようだった。
彼らはみな魔導銃を手にしていた。
末端の兵士や軍学校の生徒にも与えられているということは、一定以上の数を量産出来ている上に最前線ではもっと技術の進んだ武器が使われている可能性が高いはず。
実戦での魔導銃は第7位階程度の術式に相当する破壊力を秘めている。それを魔術の鍛錬を何もしてこなかった一兵士が扱えるというのだから、なかなか恐ろしいものだ。
北方と東方ではここ以上に魔導銃の技術の進歩が進んでいる。その大軍が押し寄せるとあっては、彼の魔術大国も苦戦は必至。いや、極論を言えば万に一つも勝ち目はないだろう。
そこまでの戦力を集中させる以上、帝国は本気でキアロ・ディルーナ王国を陥落させようとしていると思っていい。
何が原因かはわからないけど、それだけ深い意味があるのかもしれない。
本当に、今はこの大陸の歴史そのものが書き換えられようとしている時期なんだろうね。
……かつてのディルーナの笑顔が脳裏に蘇った。あの無邪気な少女がもしこのことを知ったらどう思うのか。最愛の者との間から紡がれてきた血筋の終着点が自国の滅亡だと知っていたら、彼女はそれでもなお神獣王ルーガルと結ばれる道を選んだのか。
なんてことを考えていると。
「テオドール。何をぼさっとしているのです」
「えっ? なんだい、急に」
目の前にクラリスがいた。
彼女の手には魔導銃が握られている。
クラリスは魔導銃をずいっと押し付けてきた。
「ミルディアナの特待生とは言え、今現在ここにいるからには貴方はこのグランデンの軍学校の生徒に等しいのです。さあ、鍛錬をしましょう」
「でもとっくに授業時間は終わってるんだけど」
「軍人には体力も気力も必要です。まさか授業も終わって、そのまま帰ろうだなんて思っていなかったでしょうね」
クラリスの射撃技術を少し確認したら帰ろうかと思ってたよ、うん。
と、その彼女が僕の耳元に口を寄せてきた。
「もしかしたら、神殿を襲撃している不埒者がこの街を襲う可能性も十分考えられます。少しでも鍛えて返り討ちに出来るようにしておきなさい」
「僕はこんなもの使わなくても平気なんだけど」
「い・い・か・ら・やってください」
有無を言わせない態度だった。
まったく仕方がないな。ちょっとだけ付き合うとしようか。
最初こそ反動の制御に癖を感じたものの、すぐに慣れた。
20連射を的に当ててから、内部の魔石が砕け散ってただの長い筒と化した魔導銃を肩に乗せる。
「思ったより簡単だったかな」
「……流石ですね。私だって、今の領域に至るまでにもう少し……」
「ん? 領域が何だって?」
「ふん、何でもありません! して、どうですか。魔導銃は」
「魔術が使える僕には必要ないものだけど、ただの兵士なら習得しておいて損はない――というより、これからはこの武器をいかに扱うかが戦局を左右してくる可能性があるね」
下手をすれば剣術と体術が必要ない時代が来るかもしれない。
もっとも、神使という常人離れした神の加護を受けた相手と戦う可能性を考えると、1つの武器だけに頼るのは危険だけど。
「やはり貴方もそう思いますか。いずれはミルディアナにもこの武器が伝わり、戦い方自体が劇的に変わっていくのではないかと思っています。技術の進歩がどれほどかにもよりますが」
「だろうね。とは言え、この武器の要は魔石だ。ルーガル王国で採掘出来るわけだけど、それも無限じゃない。そこまで考えるなら、今のように魔石の中に眠る魔力に頼るような方法じゃなくて――」
自然とクラリスと今後の戦い方を話し合っていると、それまでこちらを黙って見ていた女性兵士が言った。
「やっぱりフレスティエ少尉とテオドールくんは仲良しですねー」
「なっ!? どっ、だっ……どこの誰が、何と仲がいいと!?」
「テオドールくんが来てから、フレスティエ少尉は何かと一緒にいるじゃないですか。この間、路地裏でフレスティエ少尉がテオドールくんのお口にクレープをあーんと食べさせるのを見ました!」
男の部下たちからどよめきが走り、肝心のクラリスはと言うと顔が真っ赤になって慌てふためいた。
「あっ、あーんなどしているわけがないでしょう! 口うるさいこの男を黙らせるために仕方なく……!」
「またまたー。有能美少年とフレスティエ少尉、なかなかにお似合いですよー。ねー、みんな」
「お、俺は納得行きません! その男がフレスティエ少尉を誑かしているのではありませんか!?」
「そうだそうだ! そもそも、彼は平民だと言うではありませんか! フレスティエ公爵家のご令嬢ともあろう女性と釣り合うわけがありません!」
慌てるクラリスとはよそに話が勝手に進んでいって、状況は混乱に陥っている。
そこで唯一の女性の部下が言った。
「じゃあ、肝心のテオドールくんにお聞きしましょう! フレスティエ少尉のことはどう思っていますか!?」
「そうだね。可愛いと思うよ」
「おぉーっ!」
「な、何を!?」
「ふざけんなー!!」
実に様々な声が飛んできた。
「フレスティエ少尉! 後は少尉が勇気を出して告白するだけでイケる雰囲気ですこれ!」
「待ちなさい、何がいけるというのですか!? わ、わ、私はこの男のことなど……」
「ことなど?」
「ことなど……ゆ、優秀ですし、見目麗しいとも思います……けど、ぜ、全然認めていませんから!」
「認めてるじゃないですかー!!」
きゃあきゃあと騒ぐ女性の軍人に向かって、クラリスは怒鳴った。
「イリア一等兵! いい加減にしないと懲罰として軍学校の周囲を100周してもらいますよ!?」
「今は有事だからそんなことしてる暇はないと思いまーす!」
「くっ……ああ言えばこう言う……」
これは意外だ。
てっきり優秀なクラリスが完璧に部隊を指揮しているかと思えば、どうやらそうでもないらしい。
ただ別に侮られているわけではなく、親しまれているようにも感じる。これはこれでいい関係なのかもしれない。
その時、イリア一等兵が言った。
「テオドールくん! フレスティエ少尉はほんと甘いものに目がないですから! デートする時は必ずそういう店を周るようにしてください!」
「イリア一等兵!!」
「ひゃはは、怒られた~! じゃあ罰として校舎の周り走ってきま~す!」
そうして女性軍人の元気な声が周囲にこだましたのだった。
☆
グランデンの外部の一角。
かつて荘厳な雰囲気を保っていた神殿はあちらこちらがまるで『串刺し』にでもされたかのように損壊し、今にも崩れそうな状態となっている。
内部の状況観察を終えたグランデンの軍人たちが何かのやり取りを行ないながら、神殿の内部から出てきた。
『視点』は彼らを通り過ぎて、神殿の中へと入り込んでいく。
中は更に酷い有様だった。
壁や天井の至るところに多量の血液がべっとりと付着し、遺骸と思しき物体がバラバラに散らばっている。
軍人たちが大きな布袋を外部へと運んで行く。その袋にもまた血液が大量にこびり付いていた。
凄まじいまでの殺戮の痕。その光景をまるで矯めつ眇めつするかのように眺めた黒髪の少女は呟いた。
「酷い状態ね。人間を殺すだけにしては明らかにやり過ぎだと思うわ」
フリルの付いた黒いドレスで着飾った少女が、紅茶のカップを傾けながら現場の状況を優雅に確認していた。
無論、彼女の姿はその場所にはない。
テネブラエのルシファーの宮殿にいるジゼルの空間魔法が、遠方にある神殿の1ヶ所を映し込んでいるのだ。
そこは最近になって襲撃された神殿。つまり4つ目に当たる場所であり、このテネブラエから最も近い場所だった。
「アスモ。あなたにもこれをした者の正体は掴めていないのね」
「ええ。わたくしのところに情報が届くのは、事件が起きてしばらくしてからですもの。よっぽど特徴的な痕跡がない限りは何もわかりませんわ。……ただ」
ジゼルと同じくテーブルを囲っていた色欲の魔王が続ける。
「こんな事態を引き起こせるのは並の人間ではありませんわね。それに見る限りでは魔力が使われた形跡もない。どのような方法でこんなことをしでかしたのか、見当がつきませんわ」
「くす。でも、あなたにならこの現場を再現することは出来るでしょう?」
最強の魔王の第二夫人からの問いかけに、アスモデウスは桃色の髪を弄りながら鼻を鳴らす。
「当然ですわ。ただ、わたくしがやれば神殿一帯がそのまま無くなってしまいますわね。こんなに中途半端な壊し方をする方が難しいくらいですの」
「何らかの強大な力を持った人間の仕業と考えるのが最も筋の通る話ね。……カーラ、紅茶を頼めるかしら」
「かしこまりました」
傍に控えていた小柄なメイドの少女がジゼルのカップに紅茶を注ぐ。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「カーラ。ルミエルはどう?」
「寝ています。ご主人さまのベッドで。今すぐトドメを刺してきましょうか」
「もう。ダメよ。せっかくの憩いの時間を邪魔されたらあの子がますます不機嫌になっちゃうもの」
どこかズレた返事をしながらも、ジゼルは黒髪のメイドへと目を向ける。
見た目こそ愛らしく仕草こそ控えめだが、口調は毒舌そのもので何かと物騒な彼女はルシファーの眷属であり、吸血鬼の真祖だ。
ルミエルと本気で戦ったらこの宮殿どころか、辺り一帯が焦土と化すだろう。
「ねえ、カーラ。あなたはどう思う? この襲撃事件は」
「ご主人さまのご夫人たるジゼルさまと、王族たるアスモデウスさまのご意見に口を挟む権利などございません」
「構いませんわよ。何か意見があるなら暇潰しに聞かせてくださいな」
椅子に寄りかかって腕を組むアスモデウスの、ただでさえ大きな胸が強調される。
一瞬それに気を取られたメイドの少女は自分の胸とそれを見比べてから無表情にやや複雑な感情を浮かべてから溜息を吐きつつ、「それでは僭越ながら」と前置きをしてから言った。
「4つの事件現場のすべてがこのようなことになっていることから考えても、犯行を行なった者にはそれに付随する強い動機が必要なはずです」
「殺人、神殿の破壊……大雑把に言えば、この2つが主な目的よね」
「そこにもう1つ付け加える必要があるかと思われます。『儀式』が該当するのではないかと」
「儀式? 末期の雫の件はわたくしも聞いていますけれど、今回の事件にもアレと似たようなことが起きている可能性があるかもしれないと?」
「左様です。古来より人間は我ら魔族に対抗するために様々な儀式を行なってきました。魔除けの術式から、魔族の封印、果ては神頼みに至るまで内容は多岐に渡りますが」
「4つの神殿が襲撃された。グランデン領内にある神殿は後2つ。まず間違いなくこの2つも狙われると考えた方がいいでしょうね。たとえば、神殿をすべて破壊すると何かが起きる可能性もあるのかもしれないわ」
「ここまで大規模なことをしでかしているのです。それ相応の利点がなければ絶対にやりません」
断言する吸血鬼の言葉は確かにその通りだった。
これは場合によっては、テネブラエに対しての利敵行為に等しい。
そう考えると、やはりこの考え方が一番しっくりくる。
「もしかしたら、犯人は人間と魔族を再び争わせたいのかもしれないわね」
「有り得ない、とも言い切れませんわね。末期の雫事件は500年の刻を生きた人間の仕業でしたもの。同じような輩がいたとしても不思議ではありませんわ」
「確かに以前、魔族は神殿からの遠隔攻撃に苦慮した経験がございます。その神殿が立て続けに襲撃されれば魔族の仕業と考える者も出てくるかもしれません。ですが、それだけでは決定打とはなり得ないのです」
カーラは更に続ける。
「500年。ほぼ争いのなかった時間というのは人間の感覚を鈍くさせるものです。現に末期の雫事件は500年前に同じことが起こっていながら、人々の記憶の中から消え去っていました。アレだけ大規模な事件にもかかわらず、です」
「つまりはこういうことかしら。神殿の襲撃が続いてすべてが破壊された時、何かが起こる。それは人間と魔族の対立構造を明確にさせるほどの大事件かもしれない」
「あくまで最悪の事態を考えるなら、ですが。大体、真実は最悪の予想の斜め上くらいです」
「そうね。警戒はしておきましょう……あら」
その時、ジゼルはふと呟いた。
「このガラス片のようなものは……神殿の水晶じゃないかしら」
「確かにそう見えますわね。何故こんなに粉々に砕けているのかわかりませんが」
神殿の最奥には、まるで幾度も幾度も強い衝撃を与えられて、粉のように砕け散ってきらきらと光る水晶の残骸が散らばっていた。





