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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第2章 『戒められし魔神編』

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第22話「小さな誕生祭~後編~」

 僕とロカはデュラス公爵家のテラスで杯を交わした。

 友としての杯なんて初めての経験だったけど、まあ悪くはないかもしれない。

 その後、お互いにしばらく沈黙を続けながら月明かりを眺めた。


 先に沈黙を破ったのはロカだった。


「……テオ。余は強いか?」


 いきなりの問いかけだった。


「もちろん。特待生の中じゃ僕の次には強いんじゃないかな。戦い方によると思うけど」


 本音を隠す必要もない。

 僕はどう手加減したところでこの少女には負けない。そしてこの少女もまた僕以外の誰かと真正面からぶつかり合えば負けることはないだろう。


「そうか。お前がそう言うのなら、余の力もそう馬鹿に出来るものでもないか」

「どうしたんだい。そんなことを聞いて」

「……いつになるかはわからないが、余はルーガルへと戻ることになる。蛮族共の中でも王族の生き残りの首級を挙げるのは余の役目だ。いや、余がやらなければならんのだ」


「いま、戦場で戦っている人たちに任せることは出来ないのかい?」

「無理だ。余は必ずや、あの者共を根絶やしにせねばならない」


 根絶やしか。あまりいい響きじゃない。


「我らが獣人族を蔑み、好き勝手にのさばる連中をこれ以上好きにさせてはおけん。何としてでも余が陣頭に立ち、みなを導いて見事に勝利し、その後は善き王としての務めを果たさなければ……」

「そういえば、今まであまり意識したことはなかったけど今までに狐の獣人が獣王になったことはあったのかい?」

「ない。ただの一度もな。だからこそ、ルーガル国内には未だに余が獣王となることを望まぬ者も多い。まあ、今はそれよりも目の前の敵への対処の方が重要であるから大した問題にこそなっていないが……戦後はさて、どうなるやらだ」


 ロカは俯き、下唇を噛んだ。

 序列として最下位の狐の獣人が獣王となることへのプレッシャー。

 それは無意識に彼女を追い詰めているのかもしれない。


「ルーガルには頼れる者たちがたくさんいる。今はレザンという――獅子の獣人なのだがな。そいつが女帝の名を冠して奮闘しているはずだ。まだ死んでいなければの話だが」

「女帝っていうのは、獣王とは違うのかい?」

「ルーガルの王族は余を残してみな死に絶えた。だが、まだ力のない余の代わりとしてみなを指揮する存在が必要だ。故に一番力のある者に指揮権を委ね、その存在が女だから女帝と呼んでいるに過ぎない。獣王のように絶対的な統率力を持つようなものではないのだ」


 なるほど。

 女帝は、あくまでも獣王がいなくてもみんなを統率出来るようにするだけの役職ということか。人望や功績などは必要なくて、力が強ければそれだけでいいわけだね。


「レザンには頼れる副官も付いている。なかなかの切れ者でな。獣人のくせに魔術に興味を持ったり、各国の歴史を研究したり……軟派な奴だが、替えの利かない存在で重宝されている」

「どの国にも変わり者はいるってことだね。そんなに頼れる者たちがいても、やっぱり祖国のことは心配になってしまうのかな?」


 そう問われると、ロカは少し項垂れながらも呟いた。


「……うむ……レザンもジェックスも、余を帝国に送り出す時には笑って送ってくれたものだがな……。同じような笑みを浮かべて戦場に向かって、そのまま帰ってこなかった者も大勢いたのだ」

「そうなんだね。辛いかい?」

「正直、な。余がルーガルに帰る頃にはもうあの2人もおらぬのではないかと思うと、な……余がこうして帝国でのうのうと過ごしている間にも、ルーガルの者たちは必死に戦っている。もしかしたら、たったいま死した者もいるかもしれぬ。そう考えると堪らなく……」


 ロカの言葉は途切れた。彼女の声が少しだけ震えている気がした。

 でも泣き出したりはしない。ぎりぎりのところで自制しているようだった。


 普段は傍若無人で勝手気ままに見える彼女の本当の姿といったところかな。

 勘違いしがちだけど、彼女も今日でまだ16歳だ。たったそれしか生きていない少女が獣王の役目を担うのはあまりにも重い。


「……テオ。これから言うことはみなには内緒にしておいてほしいのだが」

「何だい?」

「余はな。シャウラに感謝しているのだ……あいつはいつも何も疑うことなく、余を獣王たる器の持ち主として認め、無邪気に慕ってくれている。過分に女好きなところがあるシャウラも、相手が女だからと言うだけで従ってくるわけではない。むしろ格下だと思う相手は容赦なく尻に敷くような奴だからな。余の力をしっかりと認めてくれているのだと思っている」


 素直な感謝の言葉。

 普段は絶対に言わないようなことを言った。つい口を滑らせてしまったわけでもなく、自然と口にした。

 本人の目の前で言ってあげれば一番喜ぶだろうに。それはまだ出来ないのかな。


「そうだろうね。彼女は君のことをとても大事に思っているんじゃないかな。今回の誕生祭だって彼女が考えたことだし……もうちょっと早く教えてくれても良かったんじゃないかと思うけど」

「あいつは思いついたことは何がなんでも実行せねば気が済まんのだ。余と同じでな。昔からそうだった……そうやってよく周りの大人たちを困らせたものだ。まあ、それは今も変わらぬかもしれんが……すまんな、このような些事でお前たちの時間を潰してしまって」


 どこか懐かしさを覚えているような口調で言う。

 少しだけ呂律が回っていない感じがする。確実に飲み過ぎだ。

 いつもの陽気な彼女の様子とは違うその様を見て、思わず笑ってしまう。


「構わないよ。君の誕生日を祝うことを嫌だと言った人がいたわけじゃないしね。ジュリアンがここにいたらわからないけど。でも、何だかんだで祝福はしてくれるんじゃないかと思ってる。彼は口こそ悪いけどそこまで傲慢じゃないしね」

「むー……あの竜族に祝われる様子など想像出来んがなー」


「今日ばかりは誕生祭を楽しむといいよ。楽しい時間はあっという間に過ぎ去るけど、記憶にはずっと残っているものだからね。まあ……今の君の様子じゃ、明日の朝には全部忘れていてもおかしくなさそうだけど」

「むー、なんだとー? 余は酒には強い方なのだぞー」


 そう言って、ロカは杯に残っていた酒をくいと飲みながら、尻尾をふりふりと揺らした。


「しかし、気分が良くなってきた。出来のいいルーガルさまの木彫りも手に入ったことだしな」

「近いうちにシャウラにはお礼を言った方がいいんじゃないかな。彼女は君のことを祝いたいと言った後に、こうも言っていたよ。君のことは何もわからないって」

「む……わからない、か? 傍にいてわからないことなどあるものなのか」


 ルーガル王国の将来はロカの双肩にかかっている。そして彼女自身がその重さに押し潰されそうになっているのではないか。それを誰よりも気にしているのがシャウラだろう。

 しかしこの狐っ娘は余程のことがない限りは弱音を吐いたりしない。いつも豪快で傲慢でわがままで元気なように見える。

 恐らく、シャウラに相談事を持ちかけたことすらないんだろう。だからこそ、シャウラはあの時に少しだけ不満に近い不安を漏らしたんだ。ロカの立場や辛さを完全に理解することが出来ていない自分に対しての苛立ちも強かったんだろう。


 想いは口にしなければ伝わらない。

 魔族とだけ過ごしている間にはそんなことは気にしなかったけど、ジゼルやレナという元は人間だった者たちと過ごしていくうちに、僕も少しだけ人間の感情の機微というものがわかるようにはなっていた。

 そしてそれは人間だけではなく、獣人やエルフや竜族も同じで――もしかしたら魔族自身もそうなのかもしれない。


「今後は少しシャウラにも頼るといいよ。彼女の意見も聞いた方がいい」

「……シャウラとて余と考えていることは同じだぞー? 蛮族共の根絶やしを信条にしているところなどは特にな」


 頑固なところは似たり寄ったりか。

 これもいい機会だろう。そう思って、僕は少しだけ口を挟むことにした。


「ロカ、少しだけ昔話に付き合って欲しい。僕の知る中でも最も強い男の話であると同時に――今後の君にも繋がる話だ」

「む、それは気になるぞ。聞かせるが良い」


 ロカは顔を赤くしながらも、興味を持ったかのように僕を見つめた。


「とある国に強大な力を持つ者がいた。その力は万物の頂点に位置すると言っても過言ではなかった」

「ふむ?」

「その男は周辺諸国を次々と攻め落とした。その結果、自国の領土と支配領域を拡げ、大国を造り上げるまでに至った」


 こんなことを言われてもロカにはわからないだろう。

 だけど僕は続ける。獣王とならなければならない彼女には知っていて欲しい。


「その男の口癖は『敵国の者は根絶やしにせよ』というものだった」

「ほほう……余と通ずるものがあるな」


「君はキアロ・ディルーナの者が憎いから根絶やしにしたいんだね?」

「端的に言えばそうなる。これ以上、あの蛮族共を放っておくわけにはいかんからな」

「自ら進んで、あの国の人たちを誰彼構わず殺して回りたいと思っているかい?」


「無論。この手で首を刈り取ってやりたい。余は常々そう思って――」

「違う。戦う力のない者をも殺したいのかと聞いているんだ。根絶やしとはつまりはそういうことだから」


「……年寄りや女子供であっても、殺さねばならない。そうしなければあの国は止まらないところまで来ている」

「ロカ。それは君の使命感であって、趣味嗜好の話じゃないよね?」


 ロカは狐の耳をぴくりとさせながら、少し困惑した表情を浮かべる。

 わけがわからないという風に小首を傾げた。


「何だ。そういう話ではないのか? お前も知っているだろうが、余は頭が悪いのだ。遠回しな言い方はよせ」

「僕は最初からそのまま言ってるつもりだよ。君は『自ら進んで戦う力や意思のない者たちを無差別に殺戮して愉しみたい』のかと」

「……! だ、誰だってそのようなことをしたいなどとは思ってはおらん!」


「ならいい。――話を戻そう。その男は自国を大国にした。誰もがその功績を持て囃した。そして、その男の配下はその理念に基づいて敵対する相手を次々と殺戮していった。老若男女関係なく、1人残らず根絶やしにしていった――」

「誰の話なのかはわからぬが、その者には相手を根絶やしにしなければならない理由があったのか?」

「そんなものはない。ただ蹂躙して殺戮したいからそうした。ただそれだけの話だよ。さて、ここで問題だ。その男はそれからどうなったと思う?」


 僕はロカの瞳を見つめた。

 彼女はまるで意味のわからない謎かけをされたかのように困ったように唸りながらも、ぽつりと呟いた。


「覇者となった、のではないか。そこまで強いのであれば」

「残念、外れだ。その男は殺されたんだよ。自らの配下の手によって、ね」


 根絶やし。それは僕の知る中でも最も強かった者――先代のルシファーが好んで使っていた言葉だ。

 敵国の者は根絶やしに。老若男女問わず、そのすべての息の根を止める。それが破壊衝動に囚われたあの男が掲げた魔族の理念だった。


「何だ、いくら強くても不覚を取ったのか。それでは覇者たる資格などないな」

「そう。そんな者に覇者を名乗る資格はない。そのことをよく覚えておいて欲しいんだ、ロカ」


「……? むぅ」

「君は確かに学業の成績は良くないし、まだまだ未熟だ」

「はっきりと言われると堪えるなー」


「でも多くの者を従える力は既にある。普段の君は余程のことがなければ余裕があるし、威厳もある。もちろん王に必要な傲慢さもね」

「それは褒められているのかー……?」


「うん。君は立派な王になれると思うよ。でも、だからこそ選択を誤ってはならない。間違っても戦う意思のない者まで殺そうとしてはいけない。その報いは必ず君を地の底に引き摺り落としてしまうから」

「……余は寝首をかかれるほど愚かではないつもりだが……まあ、忠告として聞いておこう」


 未だに腑に落ちない感じがしているロカだったけど、今はそれでいい。

 ただ彼女が本当に獣王となった時。その時にこそ、彼女の真価が問われる。


 傲慢な暴君は思わぬところで足元を掬われ、滅び去る運命にある。先代のルシファーにとって僕がそうであったように、彼女にとっても何者かがそうである可能性は十分にある。

 特に今のようにまだ未熟な少女に過ぎない彼女にとっては、その危険性は極めて高い。


 僕がこんな義理立てをする必要なんてないのはわかっている。

 だけど、こうして誕生祭を共に過ごし、親友としての杯を交わした彼女には道を誤って欲しくはないんだ。

 かつて、僕と僅かな時間を共に過ごしたディルーナとルーガル。彼女たちが目指した人間と獣の真なる融和を今度こそこの目で確かめてみたい。そんな少しばかりの期待も込めて。


「そこのお2人さんー。ちょっといい雰囲気なところ悪いけど、とっておきのデザートが出来上がったよー」


 のんきな口調で言ってくるリズの手に持たれた皿の上には、甘くて香ばしい匂いを漂わせるアップルパイがのせられていた。


「おおー! 最後はやはり甘味で締めるのが良いな!」

「アレはクラリス御用達のお店の材料から作ったものだから、きっと美味しいと思うよ」


「よーし、まずは余が貪り食らってやるぞー!」

「はいはい。ちゃんと切り分けてあげるからいきなり掴んでこないの! キースくんはどう?」


「俺はあまり甘いものは好みではないが、まあせっかくだから一口貰うとするか」

「うんうん、テオくんは?」

「じゃあ、僕もお言葉に甘えて」


 僕はロカと一緒に公爵家の中に入り込んで誕生祭の続きを楽しんだ。

 1回は眠りこけていたシャウラも起きて再び大騒ぎをした後、ロカと一緒に力尽きたように倒れた。

 そして後片付けも終わって、ずっと働き詰めだったリズが「うおー、疲れたー!!」とか叫びながらテーブルに突っ伏してそのまま爆睡したのをよそに他のみんなの様子を探る。


 ロカとシャウラはお互いに寄りかかってすやすやと寝息を立て、キースも腕を組んで瞑想をしているつもりだったんだろうけどいつの間にか首をこっくりこっくりと動かしていた。

 みんなお疲れの様子だ。今も残りの後片付けをしているエルザを除いて。


「エルザ、僕も何か手伝うよ」

「お気持ちだけ受け取っておきます」

「まあまあ、そう邪険にしないでよ。どうも身体を動かしてないと気分が良くなくてね」


 そう言いながら、無表情なメイドと静かに後片付けをしていると、不意に彼女は言った。


「貴方は何者なのですか」

「普通の人間だよって言ったら、信じてくれるのかな」

「……特定の貴族の出の人間だというのであれば信じられましょうが、突然変異だとすればそのあまりにも鮮やかな青髪は奇怪に過ぎます。未だかつて私はそのようなお方を他に見たことがありませんので」


 ……やっぱり青髪って目立つんだなぁ。

 あんまりよく覚えてないけど、ルミエルがやたらと拘ってた気がする。


「デュラス将軍は君には何か言わないのかな」

「必要なこと以外は何も。クロードは……失礼、旦那さまは特に寡黙な方なので」


「その口振りだと君はデュラス将軍の愛人だったりするのかな」

「いいえ。私と旦那さまは旧知の仲とでも言いましょうか。彼が幼い頃からよく知っているので、つい。実は未だに『旦那さま』とお呼びするのも慣れておりません」


 意外な事実だった。

 てっきり従順なメイドだとばかり思っていたけど、そうでもないのかな。


「でも、彼は妻を亡くしているのによく君には何もしないね。僕ならもう襲ってるけど」

「見かけによらず大胆な方なのですね。旦那さまはナスターシャさまを……奥さまを本当に愛しておりました。他の女性など一切眼中にないのです。どこまでも一途なお方です」


 最愛の妻を亡くす……か。僕には想像も出来ないことだ。

 もしそうなったら、僕は自分の破壊衝動を抑えられる自信がない。

 もっとも、今のこの身体じゃあの3人には指1本で消し飛ばされる力しかない僕が言っても仕方ないことかもしれないけど。


「デュラス将軍とは戦場で一緒に戦ったのかい?」

「私が足に深手を負うまでは護衛のような形で。戦後は昔からの馴染みだったことと、戦場での経験もあってこうしてメイドとして雇われているのです」

「面白い経緯だね。良かったらその時の話を少し聞かせてくれないかな?」


 僕はそう言いながらも、頭の片隅で思った。

 さて。今頃、レナは思わぬ難敵を前にどんなやり取りをしているのやら、と。

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小説家になろう 勝手にランキング
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