第20話「賑やかな邂逅」
夕陽が射してきた頃合い、リズとシャウラは色々な店に立ち寄っては結局何も買わずにグランデンの中を練り歩くハメになった。
「まったく、どうしてこのあたりの店はどこもかしこも趣味の悪いものしかないのかしら」
「グランデンは元々が城砦都市でその中に住居がぽつぽつと建ち始めたわけだし、飾りっ気がないのも仕方ないんじゃない?」
「まったく……道は迷路みたいになってるし、連絡路がたくさんあるせいで日当たりは悪いし、こんな街に住み着く人の気持ちがわからないわ。……あら」
真っ白な狼少女――シャウラ・ブランネージュはふと露店を見つけた。
何の変哲もない店のように思えたが、敷布の上に置かれた物品はどこか懐かしい気分を感じさせるものだった。
店主は年老いた男で、椅子に座ってぼんやりとしている。
「ねえ、店主。これってルーガルから取り寄せたものかしら」
「ん、そうだが……」
シャウラが手にしたのは、奇妙な生き物の彫刻だった。
木彫りのそれは、狼の頭部に獅子のタテガミ、身体には虎を思わせるような縞模様が刻まれ、手足は熊のようにいかつい半面、臀部から生えた尻尾は狐のようになっている。
「うわー、なにこの……変な生き物的な彫刻」
「これは神獣王ルーガルさまよ」
「おお、詳しいねぇ……ってよく見りゃぁ、あんたは獣人かい」
それまでろくにこちらを見てこなかった老人が初めてシャウラを目にして驚いたようだった。
可愛らしい少女の雪のように白い身体と赤い瞳をまじまじと見つめる。
それでもシャウラはそんなことにはお構いなしとばかりに彫刻を手に取って眺めた。
「なかなかよく出来てるじゃない。ロカもこれなら喜んでくれるかも……!」
「んー、これがあの神獣王さま? なんだか色んな動物が混ざってて変な感じ」
ひゅっと喉元に鋭い感覚を覚えてリズはごくりと唾を呑み込む。
見れば、シャウラが片手の指先をリズの喉に突き刺さる寸前で止めていた。爪が皮膚に触れる感じがとても気味が悪い感じがして冷や汗が出てくる。
「リズ。いくら貴女でも神獣王や我らルーガルの民を侮辱することは許さないわ」
「わ、悪かったって~! でも、本当にそんな感じなの、神獣王さまって」
「そうよ。木彫りだからわからないでしょうけど、体毛は白銀だったとも黄金だったとも言われているの。とても神秘的だったに違いないわ。ルーガルさまが、我ら獣人をお導きになっている。…‥さっきの言葉、ロカの前で言ったらダメよ。殺されはしなくても腕の骨を折られるくらいはするかもしれない」
シャウラは真面目にそう言った。
「確かにその……『交ざり者』って禁句だもんね」
「そう。特にロカはルーガルさまを心から信仰しているから、そういう部分には敏感なの。……ねえ、これ頂けるかしら」
「あ、ああ、構わんよ。グランデン領の人たちはあまり興味がないようでな。言っちゃあなんだが売れ残りのようなものなんだ。安くしておこう」
「ありがとう」
素っ気なく言ってから、シャウラは代金を払おうとした。
その仕草をまじまじと見つめていた店主の老人は、意を決したように言う。
「お嬢ちゃん、もしかしてあんたは……あのブランネージュ家の人なんじゃないか」
「ブランネージュは死んだわ。誇りと名誉もすべて捨て置いて、残るのは在りし日の栄光のみ。私はただの残りカスみたいなものよ」
二の句を継げずにいる老店主を促して代金を聞くと、シャウラはさっさと支払いを済ませて彫刻を受け取った。
「プレゼント用に包装とかしなくていいの?」
「必要ないわ。ロカってそういうものには興味ないもの。どうせ苦労して包装なんかしてもびりびりに破いておしまいよ」
「豪快だねぇ、ほんと」
そんなことを喋りながら立ち去る2人を見つめて、老人は呟いた。
「誇り高き白狼の王族……獅子も虎もまったく寄せ付けなかったという初代ブランネージュ家当主の威光はもはやないのか――かわいそうな子だ。どうかあの子に神の祝福があらんことを」
しばらく街中を眺めて回ったが、他に良いものはまったく見つからなかった。
とは言え、シャウラは木彫りの彫刻をとても気に入ったらしくてご満悦な様子だ。
そんな彼女を見て、リズは微笑ましげな表情になる。
「なんだか意外だなぁ」
「? 何がかしら?」
「シャウラって女の子を口説く時以外は、いっつも冷めた感じがしてるじゃん。それなのに今はすごくご機嫌だったからさ」
「我が主の記念すべき誕生日にとても良いものが手に入ったんだもの。まあ、結局この彫刻しか見つからなかったけど……と、そういえば長い間付き合わせてしまったわね。貴女には関係ないことなのに、ごめんなさい」
「シャウラって謝れるんだね」
「首を掻っ切るわよ」
「あはは、冗談だって。だいじょーぶだいじょーぶ。あたしもキミと店を冷やかして回るのは楽しかったからさ」
「じゃあ、今晩はベッドの上でもっと楽しいことをしましょうよ」
「ん~、先約があるからダメかなぁ。テオくんって言ってね。とっても可愛くて凛々しくて素敵な男の子と一夜を共にするっていう――」
「いやらしい妄想をしてるのね。この痴女。とても知的で誇り高いエルフだとは思えないわ」
「シャウラにだけは言われたくないよ! ていうかそんなエルフなんて今時ほとんどいないんだってば。最近の子はそれらしく見せてはいるけど、みんな肉食系なの。気に入った相手はがつんがつん落としていくんだから」
「私のエルフのイメージが台無しになるのよね。特に初めて知り合った貴女がそんな感じだから尚更。幻想を壊された気分だわ」
「勝手に期待して勝手に幻滅しない! あたしだってシャウラを見た時はびっくりしたよ。こんなにきれいで可愛い子がいるんだ~、とっても儚げだなぁって思った。話して3秒くらいして『あ、なんかこれ違うやつ』って気付いたけど」
「ふっ、お互いさまね」
2人で笑い合いながら歩いていた時、ふと路地裏から歩いてきた何者かにぶつかりそうになってシャウラは慌てて足を止める。
「ちょ、危ないわね……」
「うわー、すみませんすみませんー! お怪我はないですかー!?」
紫色の髪をした少女が謝り倒してくる。
呆気に取られていたシャウラだったが、相手が美少女だとわかるとすぐに表情を緩めた。
すかさずその少女の手をがっしりと握る。
「大丈夫よ。ねえ、それより貴女のお名前は?」
「トトはトトって言いますー!」
「そう、トトって言うのね。可愛い名前に可愛いお顔。最高だわ」
シャウラが整った顔を台無しにするほどのにやけた表情をしながら頬を撫でても、トトという少女は動じなかった。
普通ならびっくりするか慌てて逃げていくかなのに。リズはそんなことを思いながら2人のことを見つめる。
「可愛いって言うなら、獣人さんもですよー。お名前は何て言うんですー?」
「私はシャウラ」
「ほほー。シャウラさんですかー。覚えておきますよー……それにしても、どれどれ」
「ひぁっ!?」
トトがいきなりシャウラの耳に触れた途端、変な声が上がる。
その後もトトは感心したような声を上げながらシャウラの身体を撫でさすった。
そして、最後にはトトの手がシャウラの尻尾の付け根を掴む。
「ぁっ……!」
「おおー! もしかしてちょいとここが感じやすいとかっていうやつですー? それ、もふもふー」
「ぁぅっ……あ、貴女……見かけによらず大胆、なのね……」
「よく言われますー。しかしお肌も毛並みも真っ白ですっごくきれいですねー。持って帰りたいくらいですー」
「お、お持ち帰りされたいわ……嗚呼、でも私は今日はどうしても外せない用事があってぇ」
「何かあるんですー?」
「ええ。ちょっとロカ……私の飼い主の誕生日があるの。そのための買い出しをしてたところなのよ」
「なるほどー。しかし飼い主ですかー……もしかして奴隷さんだったりするんですー? とてもそうは見えねーですけど」
「うふふ、良くしてもらってるから。愛でてもらってるから。うふふふ」
妖しい世界に入り込みそうになっているシャウラの頭をぽんぽん叩いて現実世界に引き戻す。
「ちょいちょい、シャウラ。あんまり話し込んでる時間はないよー? テオくんたちともそろそろ合流する時間だしさ」
「そ、それもそうね……」
シャウラは名残惜しそうにトトを見つめてから言った。
「近いうちにまた会えるかしら!?」
「もちですー。トトたちはもーちょいこのグランデンに滞在する予定なんでー」
「『たち』? 貴女以外にも可愛い子がいるの!?」
「いやいや、そうだったら良かったんですけどー……残念ながら無愛想で不気味な男ですー」
「あら、そうなの。じゃあどうでもいいわね。で、貴女は冒険者か何か?」
「そうですよー。冒険しつつ何でも屋みたいなことやってますー。この前は神殿の警護に行ってたリで、また近いうちにやらせてもらうつもりだったりしますー」
「ふぅん……それって稼げるの? 神殿の僧兵たちってかなり強いんでしょ? 襲われてもあんまり出番はないんじゃないかしら」
シャウラが首を傾げると、トトは不敵に笑う。
「それがですねー……最近ここいらはちょいと物騒なことになってましてー。ただ1日神殿でぼけーっとしてるだけで、結構な額がどさどさーっと貰えたりしちゃうんですよー」
「ねね、トトちゃん。冒険者に神殿の警護を頼むの? それって変じゃない? 軍部がやらないの?」
口を挟んできたリズを見ても、トトは表情を変えなかった。
「普通は軍部がやるんですよー。でも何か人手が足りないとかどうとかそういうのみたいで、腕が立つ冒険者が雇われたみたいな感じですー。で、エルフのお姉さんのお名前は?」
「あたしはリズ。よろしくね」
「おおー、リズさんもよろしくですー!」
エルフっ娘の手を取ってぶんぶんと乱暴な握手をしていたトトだったが、そこではっとしたような顔になる。
「ああ、そうだった。こんなことしてる場合じゃねえんでした……すみませんが、お2人とも。黒尽くめで長身の男を見かけませんでしたー?」
「さっきの男の話かしら? どうでもいいわね……って言っても、そんな嫌でも人目につくような奴を見かけたら覚えておきたくなくても記憶に残っちゃうかしら。リズはどう?」
「んー、あたしはさっぱりかな? そんな格好の人は見なかったと思うけど」
「あちゃー……ほんとにあの野郎、どこに行ったんですかねぇ……」
頭を掻きながらやれやれといった様子で呟くトト。
リズはその腰に装着されている鞘と細剣の柄頭に目が行った。
「んじゃまぁ、トトはまだ捜し物の途中なんでこのへんでお暇しますー!」
「そういえば、どこに泊まってるんだったかしら? 近いうちにお邪魔したいのだけれど!」
熱心に迫るシャウラに安宿の名前を告げるトト。
彼女はそのまま元気よく手を振ってさっさと消えてしまった。
「不思議な子だったわね。いや、でもかなりの美少女だったわ。あの身体をまさぐれたら……へへ」
「……」
「……なに黙ってるのよ、ここは突っ込むところでしょうが」
「いや、そんな無茶ぶりされても」
「なに? あの子に気になる部分でもあったの?」
「んー……あのトトっていう子が持ってた剣がちょっとね」
「そういえば、細身の剣を持ってたけど……それが?」
「ん、いや、やっぱり何でもない。それじゃ行こ、シャウラ」
「あ、ちょっと、変なところで話打ち切るのやめなさいよ!?」
後ろからぐちぐち言いながらついてくるシャウラに笑いかけつつ、リズはあの少女の剣から感じた不思議な感覚を思い出した。
――神剣リバイストラ。
大英雄クロード・デュラスが所持していた神剣から感じられた神の加護による力。それがあの少女の剣からも感じられた気がしたのだ。
神剣とは神が直接創ったもの、あるいはとてつもない力を与えた剣のことを言う。
神の力を断片的に与えられているとされる聖剣はそこそこ存在するが、神剣と呼ばれる領域のものなど実在するかどうかすら疑わしかった。
リズも実物の神剣を見るのはリバイストラが初めてだったが、あの少女が持っていた剣がもしも神剣だとしたらどうにも腑に落ちない気がした。
何故、一介の冒険者に過ぎない少女がそんな大層なものを持ち歩いているのか。
いくら考えてもわからないことだらけで、結局何がなんだかわからないまま時は過ぎて行く――。
☆
「テオくん、ですかー……」
早足で歩いていたトトは不意に立ち止まって呟いた。
「あの2人、軍学校の生徒でしたよねー。しかも2人揃っていっぺん見たら忘れらんないくらい印象深いのに、見たのは今日が初めて。アレが最近やってきた噂の特待生ってやつですかねー」
トトは腰に括りつけてある鞘に納められた細剣の柄頭を撫でた。
「見た感じ、あの狼の方はなかなか強そうでしたけどー……直接ヤり合うほどのもんでもないですかねぇ。ね、あんたはどう思いますー、『メアヴァイパー』?」
細身の剣が一瞬だけ震える気配がした。
それを見てトトはふっと笑う。
「ですよねー。んじゃ、やっぱ『テオくん』の方を探さなきゃいけねーです。この街を離れるまでには絶対にいっぺん勝負してもらいたいんで」
まだ見ぬ強者の顔を想像しながらトトは最後に呟いた。
「デュラス将軍の娘さんは大したことなさそうでしたけどー……青髪の持ち主の実力とやら、しかと見せてもらいたいもんですねー」





