第7話「入学試験開始~体術~前編」
体術の試験も剣術の試験と内容は同じだった。要は目に入った相手を指名してボコボコにすれば勝ち。
血気盛んな獣人たちはこぞって僕を指名してきたけどみんな返り討ちにした。
まあ、こんなものだよね。常人より遥かに素早いと言っても、所詮は普通の獣人。苦戦する要素がなかった。
大柄な獣人を投げ飛ばして動かなくなったのを確認。試験官から勝ったのを知らされて周囲を見やる。
人数はだいぶ減ってきた。数百人規模だった受験生も残るは10人。もうこの時点で残っている者は勝負の結果によらず、入学が確定していることになる。
そして案の定というか予想通りというか、彼女たちはお互いに勝ち残っていた。
「んー。そろそろ活きのいい獲物が欲しいな。よし、シャウラ。余の爪の犠牲となれ」
「ロカってば酷い!? でも、嬉しい! 私、ロカの爪になら八つ裂きにされてもいいわ! あ、でもむしろ爪より牙。ロカのちっちゃなお口でゆっくりねっとりがぶがぶされて失血死するのも悪くないかも!」
「よし、いつも通りの気持ち悪いシャウラだな。さあ、どこからでもかかってくるが良い」
ロカもシャウラもこれまでの試験などものともしていないような余裕に満ち溢れていた。
最初は彼女たちを舐めてかかっていた受験生たちも、今ではその目に入らないように隅っこで固まってひっそりと試合を行なっている。完全に戦意喪失しているんだろう。
「ああ、そうだ。シャウラ、面白いことを考えたぞ!」
「? なぁに?」
ロカは自分の指の関節をぽきぽきと鳴らしながら、不敵な笑みを見せる。
「余を倒せたら1つだけ願いを聞いてやろう。お前の望みを何でも叶えてやるぞー?」
「!? それ本当!? 女に二言はないわね!? 何でもって言ったわよね!?」
「無論だ。普段は余が飼い主でお前は犬のようなものだが、立場を逆転してやっても良い。お前を主と認めても構わんぞー?」
「……1つだけ確認させて」
きりっとしたシャウラの言葉にロカは無言で先を促す。
「お願いって言ったら、ロカを押し倒して好きに出来る!? しゃぶり尽くせる!? 合法的にいやらしいことが出来る!? 涙ぐんで恥ずかしがるロカの顔が見られる!? もちろんその後は一線を超えて私とロカは無事に結ばれるのよね!?」
「あー、構わんぞ」
耳に小指を突っ込みながら適当に答えるロカ。どう見ても真面目に聞いてない。
「やる! ええ、やるわ! やりますとも! ロカの柔肌に、一生消えない傷痕を刻み込んであげる! あなたは私専用の奴隷だっていうマーキングしてあげる!!」
ハァハァと息を荒らげながら絶好調で語るシャウラの頬は紅く染まっていて、何だか狂気じみている。
どこからどう見ても立派な変質者だ。見た目は美少女だけど中身は汚い親父か何かじゃないのかなアレは。
とは言っても、彼女の気持ちもわかるけど。余裕ぶってる少女の涙目ってそそられる。
『……ルシファーさま。何かおかしな妄想をなさっていませんか?』
「いやちょっとだけ。それよりもほら、始まるよ」
試験官が「試合開始!」と叫んだ。
瞬間、危ない妄想に浸っていたはずのシャウラの瞳がぎらりと輝く。切り替えが速い。目的のためには手段を選ばないという彼女の性格が伝わってくる。
ロカはやる気があるのかないのかあくび交じりにそれを眺めている。
犬歯の見えるほどの大あくびが終わる間際。自然と誰もが油断してしまうその瞬間にシャウラが暴風のような勢いでロカに迫った。
電光石火と呼ぶに値するほどの凄まじい速さでロカの首を掴み、突撃の勢いのまま地面に叩きつける。
受け身を取った様子がなかった。しかもシャウラのアレはどう見ても本気だ。下手をすれば首の骨が折れて頭が粉砕されていてもおかしくない。
「ふふっ! 一本取ったわ! さあ、今から服を剥いであげる! たっぷり辱めてあげるんだからぁ!」
真っ白な狼少女が、押し倒した狐少女の眼前に顔を近付けて狂気に走った瞳を細めた。
「……シャウラ、やはりお前は変わらんな」
「なぁに? 命乞い!? そんなこと言ったってやめてあげな……にゃっ!?」
「うむ、シャウラはやはり良い匂いがするぞ」
押し倒されたロカはシャウラの身体をそっと抱き寄せて、その首筋をふんふんと嗅いだ。
「可愛らしいところも昔のままだ。いや、以前よりもっと磨きがかかったか? 女の余でも惚れ惚れするくらいだ」
「えっ……あ、あの……ロカ?」
「やはりお前は余のものだ。他の誰にも渡したりはせぬ。ずっと余の傍にいよ」
「ぁ……はゎぁ……」
あれほど殺気立っていたシャウラがすっかり骨抜きにされている。
どこか妖しくも美しい光景が広がった。
見守っていたみんなが動揺していて、僕は思わず笑ってしまった。
――なるほどなるほど。ロカはそういうタイプか。
「ろ、ロカ。今の話、ほんと? 本当にずっと私を傍に置いてくれるの」
「ああ、本当だ」
「ろ、ロカ」
「とでも言うと思ったか、馬鹿め」
「なっ!? あぐっ! ぐぅぅっ!!」
シャウラを優しく抱きしめていた両腕の力がいきなり強くなり、その細い体躯をぎりぎりと引き絞る。
「ぁっ……! ぐぁっ、かはっ……!」
必死にじたばたともがくものの、ロカの力が弱まることはない。次第にシャウラの顔が青褪め、その抵抗が一層強くなるがロカはまったく力を緩めなかった。
「ぐぅっ! がぁっ……! あぐぅっ、ぁっ……はぅっ……ぁっ……ぁ……ぁ」
シャウラの口から垂れた涎がロカの顔にかかる。それを受けても狐の少女は表情を一切変えないままだ。穏やかに笑んだまま。
にわかに周囲がざわつき始めた。試験官が今まさに試合を終了させようとした時。
軽く痙攣して弛緩してしまったシャウラの身体をぞんざいに放り、地面に倒れ伏す彼女の身体にどさりと座り込む。
「変わらんな、シャウラ。本当にお前は阿呆の極みだ。こんな猿芝居に引っ掛かるとは」
つまらなそうに呟いて顔にかかったシャウラの涎を拭うロカ。
下敷きにされたシャウラは何とか意識を保っているようで、何かを言おうとしているがひゅぅひゅぅとした苦しげな音が出るだけだった。
「さて、試験官よ。試合の判定はいかに?」
「あ……ああ、勝者ロカ・コールライト!」
「だそうだ。余の勝ちだ。文句はあるまいな?」
「……ふぅぅ……ロカのぉ、ばかぁ……」
「馬鹿はお前だ」
ロカは力なく倒れるシャウラの尻尾を鷲掴みにしてぐいっと引っ張った。
「ひゃうんっ!?」
「ふっ、面白い声だ。もっと鳴いてみせよ」
ぐいっ、ぐいっ、ぐいっ!
「ひゃっ、ひゃ、ひゃめへ、ひにゃああああっ!?」
喘ぎとも屈辱ともつかないような悲鳴を上げて悶えるシャウラ。
「余を辱めるつもりが、今ではお前が辱められているな? お前の嫌いな男たちに、お前のあられもない声を聞かれているぞ」
くつくつと笑いながらロカはシャウラの尻尾を弄ぶ。その瞳は穏やかなようでいて、残忍な色を浮かべている。紛れもなく狩る者の瞳だった。
陽気でどこか抜けている印象があった先程のロカとはまったく違う。戦になると性格が豹変するようなものだろうか?
シャウラは屈辱に塗れた声で泣く。
「ひぅっ……ぁ、ぁぅ……ろ、ロカ、ごめんなさい……もう、調子、乗らないからぁ……!」
「余は『王』でお前は飼い犬だ。まかり間違っても立場が逆転することはない。故に甘言に惑わされるな。身の程を弁えろ」
「うぅ……はい……」
「お前はただ余に飼われていればいい。大人しくしていれば少しは可愛がってやる。良いな」
最後にロカはシャウラのお尻をぱぁんと叩いて立ち上がった。その際にあまりにも情けない悲鳴が出たが、シャウラの名誉のためにもあえてどんなものだったかは言及しない。
そしてロカは身動きの出来ないシャウラを獲物を背負うように肩に乗せてこちらへと歩いてくる。その場にいた誰もが彼女を避けて、僕の目の前にロカがやってくる。
「くだらない茶番で長引かせてしまったな。まあこれでしばらくはシャウラも舐めた口は聞けまい」
「容赦がないね、ロカは」
「最近は少し仕置きが足りんかったからな。ちょうどよいくらいだ。……さて」
ロカは耳をぴくぴくと動かして舌なめずりをしてから、さっきまでの危うい笑顔とは別人のようなにぱっとした満面の笑顔を見せた。
「テオ。お前は最後だ。余は美味いものは最後まで取っておく性質だからな」
「気が合うね。僕もそうだよ」
「うむ。ならばさっさと残りを片付けようぞ」
ロカがそう言って周囲に視線を走らせると、残っていた受験生たちがみんな小さな悲鳴を上げた。
狐の獣人ロカ。彼女もまた面白い逸材だ。