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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第2章 『戒められし魔神編』

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幕間「小さな教会」

 賑やかな特待生たちがいなくなってからしばし。

 竜族の少年――ジュリアンは、馬車の中で魔導書を読んでいた。

 夕日は既に西の稜線に消え行こうとしている。


「到着しましたよ」


 御者が告げた時には、馬車は小さな教会の前に停められていた。


「おう、今日はここで泊まる。あんたらも入ってきていいぜ」


 ジュリアンが荷袋を背負って歩いていくと、御者の夫婦が遠慮がちについてくる。

 教会の敷地内に入ると、きゃっきゃと遊んでいた少年少女3人組が一斉にこちらを振り向いた。


「あー! ジュリアン兄ちゃんだー!」

「ほんとだ! おかえりー!」

「おかー!」


 叫びながら走ってきたチビっ子3人にまとわりつかれて、ジュリアンはふっと苦笑する。


「ただいま……ってわけじゃねえんだ。泊まるのは今日だけだからな」

「えー!? またどっかに行っちゃうのー!?」


「ジュリアン兄ちゃんだけ旅なんてズルいぞー! おれも連れてけよー!」

「バーカ。お前みたいなのが旅に出たら1日もしないうちに野垂れ死ぬっての」

「なんだとー!?」


 不満そうに叩いてくる少年の頭を乱暴に撫でながら歩いていた時、教会の中から1人の女性が顔を出した。


「どうしたんですか? 騒々しい……あら?」


 修道服を着用していた女性は黒髪の少年の存在に気付くと、顔を輝かせた。


「まあまあ、ジュリアン! 久しぶりですね! 元気にしていましたか?」

「見ての通り。あんたも後ろのバカ3匹も元気そうで何よりだよ」

「バカじゃないもん! バカっていう方がバカなんだよ、ジュリ兄のバカー!」


 少女がわめき立てるのを尻目に、ジュリアンは言った。


「ちょっと野暮用が出来て西方領に行かなきゃならねえんだ。ここに来たのは道すがら。後ろにいる御者の夫婦と一緒に今晩だけ面倒見てくれ」

「もう……ミルディアナに行ってから便りの1つもよこさないでいきなり。もう少しゆっくりして行けないの?」

「無理。それよかさ」


 ジュリアンは教会の中を覗き込む。


「あのジジイはまだ元気にしてんのか?」

「ぁ……ええと、神父さまは……」


「なんだ? とうとうくたばったか」

「違います! ただ、お一人で歩くのが辛くなっただけです。食事もちゃんと摂るんですから。むしろジュリアン。あなたの方が心配です。まだそんなに小さくて、痩せっぽちで」

「うるせえな。俺は人間じゃねえんだから同じ尺度で測るなよ。これでもちゃんと食ってっから」


 素っ気なくそう言うと、ジュリアンはさっさと教会の中に入って行った。


「ジュリアン、ちょっと待ちなさい。まずはお祈りを」

「興味ねえな。代わりにやっといてくれよ」


「そうやってあなたはまた……! 天罰が下りますよ!」

「へいへい、不信心者ですいませんね。それよか、ほら……これ」


 ジュリアンは懐から巾着袋を取り出してからシスターに投げた。

 それを慌てて受け取った彼女は怪訝そうな表情を浮かべる。


「これは?」

「まあ、今日の宿代みたいなもんだ。それとチビ共の食費とかそんな感じ」


 シスターが思いのほかずっしりとした重みの巾着袋を開けると、中には多くの金貨が入っていた。


「こ、これは……どうやってこんな大金を?」

「ああ。ミルディアナで色々あってな。その謝礼金みたいなもの」

「でも、そんなこと言ったってこんな……あ、こら待ちなさい」


 呼びとめる声を無視したジュリアンは狭いながらも清掃の行き届いた礼拝堂の中を進み、奥にある扉をノックした。


「何か用か」


 ぶっきらぼうな口調で返事があった。


「オレだよオレ」

「『オレ』なんて奴ぁ知らんわ。帰れ」

「相変わらず口がわりいな、入るぞ」


 奥にいる相手に気を遣う様子もなく、扉を開ける。

 神父の生活のために用意されたその部屋は、所狭しと本棚が並べられていて書斎のようにも思える。

 奥にあるベッドに寝ている白髪の老人がジュリアンを見て大袈裟な溜息を吐いた。


「お前も相変わらず変わらんのう、ジュリアン」

「そんなすぐに変わってたまっかよ。ここから旅立ってまだ1年ちょいしか経ってねえんだから」


「ふん、そうかい。無事に軍学校にも入れたか」

「ったりめえだろ。このオレがそんじょそこらの雑魚に後れを取るかっての。無事に特待生枠にも入れたし」


 ジュリアンは室内の様子を窺う。

 清掃がきちんとなされていた礼拝堂とは違い、この部屋は埃まみれだ。天井には蜘蛛の巣が張られている。


「ジジイ、少しは片付けろよ。マリテも困ってんじゃねえの」

「わしゃぁ他の奴らに自分のもんをいじくり回されるのが辛抱堪らんのよ」


 マリテとはさっきの修道女の名前だ。ジュリアンが幼い頃からの顔馴染みである。

 そういえば、今年で20歳かそこらだったかなと思っていると。


「軍学校はどうだった。やっぱりお前のような逸材はなかなかいないもんか」

「まあな。オレが一番……だったら良かったんだけど、世の中そう上手くは回らねえらしい」


「どうしたよ、お前らしくない。まさかあのリューディオ・ランベールと比べて言っとるんじゃなかろうな。アレは規格外の化け物ぞ」

「んなこたぁわかってら。確かにランベール中将は化け物だよ……この目で見たからはっきりとわかる。ただ、1人だけ変な奴がいた」


 蜘蛛の巣にかかったハエが、ちょうど蜘蛛に見つかって糸でぐるぐる巻きにされるのを見ながら呟いた。


「お前より変な奴がこの世にいるってのか、え? そりゃ、どんな奴だ」

「……どうもこうも、普通の人間だよ」


「普通の人間が魔術でお前に勝てるってか。鍛えられた軍人ならわからねえでもないが」

「俺より1個か2個くらい年上の優男だよ、剣術・体術・魔術の3つの試験を受けて全部で首席。ランベール中将よかあいつの方が化け物じみてると思ったぜ」


 当時の魔術の入学試験を思い出して言うと、ベッドに寝たままの老人は呟いた。


「……まさかわしが生きとる間に、人間でそんな記録を打ち出すような奴が出るとはなぁ。名のある貴族の出か? 姓は何と言う?」

「流石に昔は色々研究してただけあって興味が出てきたか? 姓なんざねえってよ、ただの平民だから」

「何と……」


 老神父は驚愕したかのように沈黙した。

 ジュリアンが続ける。


「おまけにそれだけじゃねえ。……おい、ジジイ、あんたは古代文字は読めるか?」

「歳は取りたくないもんだ。昔は少し読めたが今じゃさっぱりよ。あの文字で書かれた文献があったら全財産をはたいてでも買いてえくらいだ」


「この教会が潰れるだろうが、ボケ老人」

「知ったことか。わしゃ己の知的好奇心を満たせればそれでいいんじゃ。他のことなんぞ知らんわ」


 とても教会の神父とは思えないこの老人は、孤児だったジュリアンを引き取ってくれた恩人にして育ての親のようなものだった。

 竜族として元々魔力と親和性の高かったジュリアンは、持ち前の才能を開花させて瞬く間に様々な魔術を覚えていったが、それも元はと言えばこの風変わりな神父が集めていた魔導書を読み込んだおかげでもある。


 ジュリアンはふと老人の姿を見つめる。

 ベッドの上ではきはきとした様子で元気そうに喋る老人の姿を見て、少しだけ目を細めた。


 ――もって後1年ってところか。

 竜族の直感のようなものが、老人の残された時間がほとんどないことを悟った。

 どんな人間も老いには勝てない。外法に手を出さない限りは。


「おい、ジュリアン。黙っとらんでお前より強いその人間のことを教えろ」

「棺桶に両足突っ込んだようなジジイのくせに好奇心だけは相変わらずかよ。教え

るも何もねえ。戦闘に関しちゃあいつに勝てる奴はミルディアナにはいねえな」


「それほどの逸材が突然現れたとでも言うのか。恐ろしいもんだ。他には?」

「オレだって会ってからまだ1ヵ月ちょいだ。そこまで深くは知らねえよ。ただまあ、ちょっと変わってるところがあったな」


「それを早く言わんか、クソガキ」

「前置きくらいは言っておくもんだろうが、この死にかけのクソジジイ」


 ジュリアンは悪態こそ吐くものの特に気分を害した様子を見せなかった。

 この老神父とのやり取りはこれが自然だからだ。自分の態度や言葉遣いが悪いのもこの老人の影響なんだろうと考えていた。


「魔族のことをえらく気にしてた様子だったんだよ」

「魔族……ほぅ、今時の若者がか」

「オレは昔のことは知らねえが、あんたの頃はどうだったんだ? 魔族のことを深く知ってるような奴はいたのか?」


「おらんかったな。わしも興味はあったが、アレらに関する書物はほとんど見つからんのよ。……恐らく、焚書ふんしょされたんではないかと思っとる」

「500年前に勇者が討伐に行って返り討ちに遭ったって話くらいなら、多少歴史を噛んでる奴なら知ってんだろ? 結果は帝国の負けだったわけだが……それと関係あんの?」

「都合が悪い歴史は隠したいものよ。流石に最後の戦の結末まで隠し通すことは出来なんだが、他のことはすべて忘れ去りたいんじゃろう」


 末期の雫事件を経験したばかりのジュリアンはその意見を否定することは出来なかった。

 アレもまた歴史の闇に埋もれた事件だった。リューディオから他言は厳禁とされているために詳しくは話せないが、恐らくはそういうことが他にもいくつもあるんだろう。


「で、魔族に興味があったってわけか?」

「いや、魔族ってよりもそれを討伐する勇者の方を気にしてたような気もするけどな……あんな奴、初めて見たから正直よくわかんねえ」


「ふぅむ。勇者、か。500年前の勇者と言えば……文献こそほとんど残っていないが、それはそれは美しい女性だったという話だ。なんぞその勇者さまに恋焦がれでもしたのかのう」

「かもしれねえな。何となく女好きっぽかったし……ああ、そういやもう1つ変わったところがあったっけな。そいつさ、青髪なんだよ」


 そう告げた途端、ベッドに大人しく寝ていた老神父が跳ね起きた。


「何だと!? おぐっ……うぅ」

「おい!? ったく、腰悪くしてんのにいきなり起き上がるんじゃねえよ……なに興奮してんだクソジジイ」


 ジュリアンは呆れながらも腰を痛める老人に手を貸して、大人しく横たわらせた。


「いてて……あー、嫌だ嫌だ、こんな身体で生きとるのはもうまっぴらじゃ。早いとこあの世に逝きたいわい」

「縁起でもねえこと言ってんなボケ。で、何をどう興奮して起き上がったんだよ?」


「……ジュリアンよ。帝国において、青い髪を持つ者がどれだけ希少な存在かお前にはわかるか」

「詳しくは知らねえが、他に見たことは……ねえよな……ああ、ないはずだ。かなり珍しいってのはわかってっけど?」


「では、『神剣リバイストラと青髪の大勇者』の話は覚えておるか」

「ん、昔聞かせてくれた話だっけか……? 確か、エルベリア帝国の建国に尽力して、北の『ゼナン竜神域りゅうじんいき』で暴走した竜神王りゅうじんおうを倒した伝説の勇者が青髪だったんだっけ?」


 現在、ゼナンは竜王国と呼ばれているが、元々の呼び名は『竜神域』だったらしい。

 今では人間と竜族が共存している国だが、昔は竜族しかいなかったのだという。


「いかにも。彼の勇者は、大女神オルフェリアさまが創りたもうた神剣リバイストラを手に竜神王を討ち取ったのよ」

「そんな感じの話だったなぁ。それで?」


「……それ以降、神剣リバイストラを振るう者は決まって青髪の者だったという。そしてあくまでも古い文献の上での話になるが、青髪として生まれた者は必ず何かしらの神がかった力を有していたとされておる」

「青髪の人間は必ず神使だったってことか?」


「そう提唱している者も多い。だが、青髪の者は時を経る毎に少なくなっていった。今ではとある公爵家の人間を除けば、突然変異でもない限り青髪の者は生まれてこないとさえ言われとるのう」

「ふぅん……? いや、でも確かゼナンとの戦で大英雄になったデュラス将軍って」


「ジュリアン」

「お? な、何だよ」


 いきなり語気を強められたせいで、ジュリアンは少しだけ怯んでしまった。

 寝たきりの老神父は腰の痛みに苦労しながらもとある方向に指を向けた。そちらへと目をやると、簡素な形で綴じられた資料の束が見えた。


「アレはすべて燃やす予定だったものだ。今日にでも、な」

「……」


 ジュリアンはその資料の束がいくつも重ねられていることに気付いた。

 それぞれに違った研究分野のことが記されている。

 それぞれの表紙には、様々な表題が付けられていた。


『ルーガル王国で発生する奇病について』

『神剣リバイストラと大勇者について』

『ツェフテ・アリア王国の血筋と大森林の腐食について』

『帝国歴798年に発生したゼナン竜王国の大飢饉だいききんについて』


 ざっと見た限りでは4つの研究成果の束のように見える。

 表題はどれも今までにあまり目にしたことがないようなものだったが、今の話の流れからすれば一番重要なのは神剣の研究成果だろうか。


「これからも旅を続けるなら読んでおけ。そしてもし、その中身をすべて記憶しておくことが出来るなら……悪いことは言わん。すぐにでも燃やせ」

「いきなりどうしたんだよ、ジジイ。あんたが自分の研究結果を人に明け渡すなんて」


「わしももう研究していけるような身体ではない。だが、この研究分野はそれぞれが重要な役割を示すものだ。誰か信用の置ける人物に託したい」

「へえ、じゃあオレを信用するってわけか? まあ貰えるもんならありがたく貰っておくけどよ。手持ちの魔導書はもう読んじまったし、ちょうどいい」


 結構な重さになる資料の束を手にした時、扉をノックする音が響いた。


「2人とも。夕飯の時間ですよ」


 シスターのマリテの声だった。


「わかったよ、いま行く」


 そう告げて、資料を持って行こうとした時、老神父が言った。


「ジュリアン」

「あんだよ」

「……『人を殺めた』な、お前も」

「……」


 ジュリアンは無言で老人を見据える。

 無表情だった。


「マリテや子供たちが知れば悲しむ」

「そういう気配がわかる魔術とかあんの? 是非教えてもらいてえんだけどな」


「馬鹿者め。わしはこう見えても、職業柄色んな人間と接してきた……だからこそ、わかるのよ。一線を踏み越えてしまった者の気配がな」

「安心しろ。殺ってもいい奴しか殺ってねえ。後はまあ、山賊に襲われたこともあったからそれを返り討ちにしたくらいだし……それに」


 ジュリアンは肩を竦める。


「軍人ってのは誰もがそうなるもんだろ?」

「……争い事をいとった幼き日のお前はもうおらんのだな」

耄碌もうろくジジイが余計なこと覚えてんじゃねえよ。せいぜい自分の身体の心配でもしてな」


 すげなく答えて、ジュリアンは部屋から出て行った。

前回の後書きでは書籍化のお知らせをしたことで思わず告知を忘れてしまいましたが、今回はジュリアン視点の幕間でした。

ただそもそも幕間を告知する意味合いも特にないと思ったので、今後はルシファー(テオドール)視点以外の幕間でも告知しないと思います。

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