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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第2章 『戒められし魔神編』

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幕間「2人の冒険者」

 夜の帳が落ちる頃合い。

 城塞都市グランデンの西側の大門が閉められようとしている最中だった。

 そこに慌てたような声がかかる。


「ちょ、ちょ~っと待ってくださいー! 入ります、入りますんでぇ!」


 守衛たちが見やると、慌てて駆け寄ってきたのは1人の小柄な少女だった。

 その腰には鞘に収まった細剣を身につけている。

 被っていたフードを脱ぐと、彼女の顔が露わになってそよりと吹いた風が髪をさらった。


 編んだ紫色の髪を肩まで伸ばした少女は、くりくりとした瞳も紫色だった。

 華奢な身体は冒険者特有の軽装に包まれている。

 14、5歳のように見える可憐な彼女の姿を見て守衛が笑みを浮かべる。


「よぉ、トト。今日は遅かったじゃねえか。危うく閉めちまうところだったぜ」

「ごめんなさいー! 今日は色々あったんですよぉー……」


 息を整えるために深呼吸をしていた彼女に向かって、別の守衛が言った。


「そういやぁ、あいつはどうしたんだい。確か、名前はハ――」

「……」

「うぉっ!?」


 いつの間に、とその場にいた誰もが思っただろう。

 そこには黒尽くめの男が立っていた。フードを被り、口許まで布で覆い隠しているせいでその表情まではわからないが若い男のように思えた。

 誰もその男がいつそこに現れたのかわかっていない様子でいる中、トトと呼ばれた少女が腰に手を当てて言う。


「ちょっとハインー! あんたはただでさえ不気味なんですからもっと愛想良くしてくださいよー!」

「……くだらぬ」

「『くだらぬ』じゃないですよー! あんたのせいでトトの評判まで悪くなっちまうんですからねー!? あ、おい、ちょっと聞いてますー!? 先に行くなー!」


 元気にわめき散らかす少女をよそに、大柄の黒尽くめの男――ハインはゆっくりと城塞都市の中に入って行った。

 その背中には白い布で覆われた大剣が括りつけられている。


「いやー、ほんっと申し訳ないですー! ハインは根暗で無愛想で……腕は立つんですけど、ほんとそれだけなんですあいつ」

「はっはっは、まあ確かにびっくりしちまうけどトトがしっかり者だからなぁ。もうすっかり気にならなくなっちまったぜ」


「違いねえ違いねえ。さー、トトちゃん、中に入って飯でも食っていきな。『フクロウの止まり木亭』ってところがオススメだぜ。飯も食えるし宿もある」

「そりゃぁ、おめえの親戚の店じゃねえか!」


 どっと笑いが起こった。

 トトも明るい笑顔を見せながら答える。


「グランデンにいるうちは色々宿を見て回ろうかなって思ってたんでちょうどいいですー。今夜はそこにお邪魔しますかねー。あ、守衛さんの知り合いだって言ったらちょっとお代サービスしてもらえたりしますー?」

「おうおう。こいつの親戚の店だからな。全部こいつの名前でツケとけばいい!」

「おい勘弁してくれよ。この間、賭場で派手にスっちまったから給金が出るまできついんだよ!」


 またしても笑い声が上がるが、トトは先に行った連れのことを思い出してはっとした。


「あー、すみませんー! ハインの野郎が行っちまったんで、トトもそろそろ」

「おう、またな」

「今日はお疲れさん。ゆっくり休みな」


 守衛の1人がトトの頭を撫でると、彼女は幼い少女のように無邪気な笑みを浮かべた。

 それもつかの間。慌てて守衛に別れを告げ、グランデンの中に入り込んでいたハインのところまで追いつく。


「ちょっと先に行かないでくださいよー! あんた1人だと厄介事になることだって多いんですからー! ついこの前だって酒場で絡まれそうになっちまったの覚えてませんー!?」

「……」

「ハインてめえこのやろー、無視決め込んでんじゃねえですよー!」


 歩みを止めないハインの周りをうろちょろしながら騒いでいると、やがて露店が見えてきた。

 ちょうど夕飯時ということもあって、食欲をそそられる匂いが漂ってくる。


「おー、今日はあの肉の串焼きが食べたいですー! ハインも食べましょうよー!」

「……それがしには不要」

「まあまあ、そんなこと言わずにー! ちょっとここで待っててくださいよ。1人で行くのは無しで頼んますー!」


 トトはてててと走って露店に向かい、すぐに肉の串焼きを2本買って戻ってきた。

 その場から微動だにせずにいた黒尽くめの男に向かって1本の串を差し出す。


「ほらー! 食欲、そそりませんー? まずはトトから食べちゃいますけど……もぐっ、んぐ……おぉー、うまー!!」


 嬉しそうにはしゃぐトトを、ハインは無表情で見つめていた。

 覇気がなく何を考えているのかわからないような瞳を見て、トトが言う。


「むむっ!? その視線、さてはとうとう串焼きを食いたくなっちまったって感じですねー!? いいですよ、1本あげますー! 存分に貪り食らってください!」

「…‥美味いのか」


「なかなかどうしてイケますよこれー。あんたがいつも喰ってるようなゲテモノとはわけが違って最高ですー!」

「……ならば、お前がすべて食えばいい」


 ハインはそれだけ言い残してさっさと歩き始めてしまう。

 串焼き肉の味を楽しんでいた少女は、いつも通りの展開に呆れて溜息を吐いた。

 偏食家の青年とは長い付き合いだったから今更どうこう言うつもりもなかったので、大人しく自分で2本分の肉を味わった。


 そして守衛の者から教えられた宿に向かい、数日間分の宿泊代を前払いしてから部屋に向かった。節約のためにいつも2人で1部屋を使っている。

 部屋に着くなり、ハインは床に座り込み、背中に括りつけていた白い布に包まれた大剣を取り出して手入れを始める。


「……ちょっとハインー? ここ夕食付きですよー? さっきの串焼きだけじゃ足りないんで、トトは食べてきちゃいますけどー」


 青年はそれに答えることなく、光の反射すらさせない漆黒の大剣を撫でる。

 もはや自分の世界に完全に入り浸っているかのように。


「はぁ~、つまんねー奴ですねー。トトだけお腹いっぱい食べてくるんで、せいぜいあんたはひもじい思いでもしてればいいんですよー!」

「……無駄口を叩く暇があるなら早く行け」


 トトは「またこれか」と今日何度目になるかわからない溜息を吐いて、紫色の髪を翻して無言で部屋を後にした。

 そして階下の酒場のカウンターで夕食の味を楽しんでいた時、ふと近くのテーブル席に座っていた2人組の男たちの会話が耳に入ってきた。


「――それにしても、シャルロットさまはまた一段と強くなられたもんだな」

「いくらデュラス将軍のご息女とは言え、アレはな……俺も3年前に勝負を挑まれてボコボコにされたものだ」

「神使の力ってやつか、羨ましいもんだ……俺たち凡人には縁がないとは言え、妬ましさがないと言えば嘘になる。神の気まぐれで一体何人の凡百なる者たちの心が折られていったものやら」


 やや年長でひげ面の男と、若さを残しながらも数多くの戦場を生き抜いてきたであろう風格を漂わせた男は共に黒い軍服を着用している。

 どうやらグランデン領の軍人らしい男たちの会話が続いた。年若い男が言う。


「しかしあのお方の剣術はもはや真っ当なものではないと感じる。今のうちに誰かが正さねばいずれは……」

「俺ももう剣術一筋でやってきて20年余り。多少の心得があるからこそ感じるが、今のシャルロットさまの剣術はただの鬱憤晴らし……もはや幼少のみぎりに無邪気な笑顔で鍛錬に励んでいた面影はないな」


 年長の男がそこで麦酒を呷り、懐かしむかのように呟いた。


「やはり、ナスターシャさまが何者かに殺害されたことがきっかけとなり、あの無邪気な少女を根本から変えてしまったのだろう……」

「惨かったと聞いてはいるが、俺はそん時はまだグランデンにいなかったから詳しくは知らん。何が起こったんだ?」


「……お前もしばらく肉が食えなくなるぞ」

「そこまでのものだったのか」


「ああ。おまけに第一発見者はシャルロットさまだ。何と残酷なことよ」

「デュラス将軍もシャルロットさまも共に神使だというのに……神も何とも酷なことをなさるものだなぁ」


 まだ若干若さの残った男が頭を振りながら言うと、年長の男が呟いた。


「神か……いや、アレは……」

「何だ。どうした?」


「んん、俺も現場の様子を確認したのだがな。まあ、その……部屋中が凄惨なことにはなっていたが、その中で妙なものを見たのだ」

「妙なもの?」


 怪訝そうに問う男に対して、年長の軍人が腕を組んで唸る。


「『神に祝福あれ』」

「何だそりゃ?」


「……血飛沫の飛んでいなかった窓ガラスに、恐らくはナスターシャさまのものだと思われる血でそう書かれていたのだ。ああ、一応このことは外には漏らさんでくれよ」

「何とも不気味な。そのような残虐無比なることを見てどこのトチ狂った神が喜ぶというのか。犯人はわかっていないのか?」


「わかっていればとうに捕まえて斬首され、頭は野晒しにされているだろうよ。つまりはそういうことだ」

「痛ましいなぁ……。現場にそんなものを残すとなれば何かの狂信者のようにも思えるが、何の力もない夫人を殺害せしめて何の祝福があると言うのだ」


 2人の軍人が食事も忘れて深い溜息を吐くのを盗み見ながら、トトは骨付き肉を齧った。


「神に祝福あれ……」


 その言葉の意味を考えていると、年下の軍人が空気を変えようとしたのか別の話題を振った。


「ああ……そういえば、ミルディアナから来た特待生たちは凄かったらしいな」

「おう。フレスティエ少尉との戦いの様子は俺が教えている生徒たちから聞いたが、凄まじいものだったらしい。しかもレルミット伯爵家の嫡男がいたとか。俺もとくとその戦いを見たかったものよ」


「レルミット伯爵家か……あの『聖炎を失いし家系』の嫡男も成長したのであろうな」

「その話はよくは知らないんだが、ゼナンとの戦の最中に聖炎の力を失ったんだったか?」

「そうだ。魔術に関して言えば他に類を見ないあの五大英雄の1人リューディオ・ランベール中将閣下だが、こと業炎術式にかけてはレルミット伯爵に及ばなかったとされている。無論、それをも遥かに凌ぐ聖炎に関しては言わずもがな。正に炎帝えんていと呼ぶに相応しいお方だったのだが……何の前触れもなく、突如として聖炎の力を失ったのだ」


 感慨深そうに麦酒をちびちび飲んだ年下の軍人が続ける。


「その後、深手を負ったあのお方は戦線から外され、伯爵家に帰還なさった。俺もあのお方のすぐ傍で戦っていたから悪くは言いたくないのだが……自分にも他人にも厳しく、いつでも威風堂々としていたあの炎帝が酒に溺れてそれはもう酷い有様だった。軍部からも除隊を言い渡されて今はどうしているのやら知れぬがな」


「聖炎もまた神々から与えられし力だと聞く。いや、アレはそもそも『神そのもの』であるとか。先の話でお前が言ったように、神々の気まぐれで一体どれほどの人間が涙を呑んだものやら」


 聖炎のことはトトも知っていた。

 それもまた神々から与えられし力であると同時に、神自身もまた聖炎であるという。そして聖炎は他の神とは一線を画する存在だと言われている。


 この帝国では創造の大女神オルフェリアを主神として崇めているが、彼の聖炎と呼ばれしモノもまたオルフェリアに並び立つほどの存在であると聞いたことがある。

 しかしそのような強大な力を持つ神が何故帝国の貴族――しかもたかだか伯爵家の者だけに力を与えているのかはわかっていない。


「ああ、まずいな。思わず湿っぽい話になってしまった。何か明るい話題にしよう。飯が不味くなってしまう」

「それもそうだ。では、アレはどうだ。お前も間近で見ただろう。シャルロットさまの攻撃を容易く受け止めて平然としていたあの青髪の少年――確かテオドールと言ったか?」


「おお。見た見た。もはや俺の目では最初の踏み込みすら見定めることの出来ぬシャルロットさまの攻撃を完全に見切っていたな。いや、恐ろしい少年がいたもんだ。しかも何の偶然か、シャルロットさまと同じく美しい青色の髪をしていたなぁ。容姿端麗で仕草も洗練されたそれであったから貴族だとばかり思っていたが、どうやら平民らし――」


「青髪、ですかー?」


 不意に問いかけられた言葉に、2人の軍人は咄嗟に反応出来ずに何事かとこちらの様子を窺い、相方と顔を合わせた。


「あ、申し訳ないですー!  ちっとばかし気になったもんで」

「……おう。いや、こっちこそすまないな。まさかこんな酒場でお嬢ちゃんみたいな若い子に声かけられるとは思ってなかったんだ」

「いえいえー! それで、その青髪の少年とやらの素性はー?」


「ああ。ミルディアナの軍学校から来た特待生の1人なんだよ。あの他人の強さを見切ることに長けたシャルロットさまが他には目も暮れずに真っ先に話しかけた少年で――」

「おい、喋り過ぎだ」

「おっと……すまない。その格好、お嬢ちゃんはこの街の人間じゃないよな。どうしてここに来たんだ?」


「ちょっとした出稼ぎの冒険者ってやつですー。最近はこのへんじゃ神殿を荒らし回ってる不埒者がいるとかいう話を聞いたんで、朝から夕方近くになるまで西の神殿の警護に行ってたんですけど……結局なーんにも起こらなかったんでつまんなかったですねー。まあ、護衛だけでも多少のお金は貰えるんでいいっちゃいいんですけどー」

「ほーう、すげえなぁ。その年で冒険者かい? 1人でやってるのか?」

「いやいやー、相方がいるんですけど、そいつがもう超無愛想な上に食事もしねえってんで1人寂しく夕飯をかっ食らってたってわけでしてー。良かったらちょっと一緒に食事しませんー?」


「そういうことなら構わないぞ。なあ?」

「ん、まあいいだろう。よし、これも何かの縁だ。一皿奢ってやるよ」

「恩に着ますー! それじゃ、何にしますかねーっと」


 トトは2人の軍人の中に自然と溶け込み、存分に食事を味わった。

 その後、酒を飲んですっかり上機嫌になった軍人たちが帰って行くのを見届けた後、含み笑いを漏らす。


「なるほどー。青髪の美少年、ねぇ。グランデンどころか帝国内じゃほとんどいねえ感じの子ですよねー。しかもめっちゃ強い……デュラス家の1人娘以外にもそんなすげー奴がいたとは! んー、わくわくが止まらねえですー! トトともひと勝負してくれないもんですかねー」


 トトはそう言って、自らの腰の鞘に納めてある愛剣の柄を撫でた。

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