第6話「空中移動要塞」
「アレはゼナンの『空中移動要塞』であるな」
「ええ。でも帝国で見たのは初めてよね」
ロカとシャウラが言う中、キースは飲み干したスープのお椀を置きながら言う。
「アレはゼナンに7基あると言われている空中移動要塞――恐らく形状と色合いからして『リンドヴルム』だろう」
「そーいえば、ゼナン竜王国にはそういう物騒なものがあるんだっけ。ツェフテ・アリアでは滅多にお目にかかれないからすっかり忘れてたよ」
リンドヴルムは緑色を基調として造られた大きな城そのものだった。
その巨大な建造物全体に、どのような攻撃をも防ぐかのように緑色の膜が張られている。恐らくは高度な結界術式だろう。
帝国のどんな大貴族が所有する城よりも遥かに大きいそれが土台ごと宙に浮き、ゆっくりと西方へと向かって移動していく。
「あらあらまあまあ、嫌ですよ私は……何であんな物騒なものが帝国領内を飛んでいるんだか」
御者の婦人が顔をしかめながら言った。
夫の方もそれに続く。
「確かに。先のゼナンとの戦では、空中移動要塞のせいで多大な被害が出たからなぁ……もう二度とあんなものは見たくなかったというのに」
そう。あの空中移動要塞は守りだけではなく攻撃に転じることも出来る難攻不落と言われていたものだ。
超高度から放たれる魔導砲による一撃は辺り一帯に甚大な被害を与える。
キースも若干苦々しい顔をしながら要塞を見つめる。
「アレはルーガル王国の更に東方にあったとされる先史文明の遺産をゼナン竜王国の手によって復活させたものだと聞き及んでいる。攻撃と防御にこそ抜かりはないが、自動的な移動を完全に制御するまでには至らない――故に他国の上空を移動するのもやむなしというのがゼナン竜王国の主張だ。馬鹿げた話ではあるがな」
「あらまぁ、そうなんですか……。アレが近くにいる日はとてもじゃありませんがおちおち寝てはいられませんよ。私たちも北方での被害は散々目にしてきましたからねぇ」
無理もないだろう。アレは最初から人が立ち向かえるようなものではない。
空中を移動し続け、周囲にあるものを根こそぎ破壊し尽くす驚異的な代物だ。どのような仕組みで動いているのかは僕にもよくわからないが、魔力が関連しているのは間違いないはず。
「あんなデカブツが空中を動き回るとかとんでもねえよな。しかもどんだけ攻撃してもびくともしないんだろアレ」
「エルベリア帝国軍もあの空中移動要塞の対処には相当苦しめられたと聞いている。アレら7基の要塞はそれぞれ違った特徴を持っているが、中でも驚異的だったのが紅き要塞『ドライグ』だった」
流石にこの中では一番帝国の戦に詳しいだけはある。キースは更に続けた。
「彼の空中移動要塞の特徴は何と言っても、『超遠距離間集中爆撃魔導砲だ。1分間で禁術の上位階梯に相当する砲撃を300連発してきたとされている。にわかには信じられないかもしれんが実際に北方領はその被害を受けた」
「300って……そんな馬鹿げた代物を帝国軍はどうやって凌いだのよ?」
「魔導に関して最も造詣の深いミルディアナ軍を筆頭に、東西南北すべての軍から魔力制御の扱いに長けたものがかき集められて膨大な量と質の対禁術用結界を張った。その陣頭指揮を執っていたのが、ランベール中将閣下の師であったとされる『オードラン元帥』閣下だった」
「しかし防戦一方では勝負にならないのではあるまいかー?」
「うむ。実際にドライグは300連発の砲撃を終えた後、一定の時間を魔力充填にあてて再度同様の攻撃をしてきたらしい。それをすべて受け止め、数々の魔法を用いてドライグを直接破壊したのがランベール中将閣下だったのだが……あのお方が防衛戦から抜けたことにより結界の維持が弱まり、元帥閣下は散華されたのだ」
なるほど。リューディオ学長にはそんな過去があったのか。
ゼナン竜王国の空中移動要塞の破壊……。それだけの実績があれば、いくらハーフエルフであっても総司令官の座に就くのもおかしくはない。
とは言え。
「ランベール中将閣下はその実績を買われ、皇帝陛下から中将の位を授けられた。だが、あのお方が防衛戦から抜け出した影響でオードラン元帥閣下が戦死されたのも事実ではある。そういう経緯とハーフエルフという種族上の問題もあって、中将閣下は軍部からの非難の矢面に立たされる形となった」
「それが帝国軍の一部のアホ共が末期の雫事件に手を貸した発端でもあるんだよな? あのハーフエルフにしちゃ踏んだり蹴ったりだったんだろうな」
「正に。だが、中将閣下がその時点で動かなければ被害は更に拡大したとされている。そしてあの難攻不落とされたゼナンの空中移動要塞を破壊した功績は、市井の人々からも称賛された。元帥閣下の戦死は無念極まることではあるが、やむを得なかった。あくまでも私見だが、俺はそう思っている」
「本当に五大英雄って感じよね。あのリンドヴルムとかいうのと同じくらいの大きさだったんでしょ? 信じられないほど規格外だわ、あの中将は」
「しかし、そのランベール中将ですら5人いる英雄のうちの1人に過ぎぬのであろう? それを凌ぐとされるデュラス将軍とは一体何を以てして大英雄と称されるまでに至ったのであるか」
ロカの疑問は僕も気になるところだった。
キースは続ける。
「まずゼナン竜王国との戦が始まったのは8年前になる。デュラス将軍の当時の階級は少佐。しかもデュラス家と言えば、帝国で並ぶ者がほとんどいないほどの名家だ。故にあのお方はしばらくの間、後方での支援に徹していた」
「名家の軍人さんが真っ先に死んじゃうと困るから?」
リズの質問にキースは曖昧に頷いた。
「それもあるのだが……デュラス将軍は帝国一の剣の使い手だということは誰もが認めているのは知っているか? その代わりと言ってはおかしいかもしれんが、あのお方には普通の人間をも下回るほど微量な魔力しか宿っていないのだ」
「なるほどな。我ら獣人族も竜族とは相性が悪い。自らの身体を武器として使う我らにとって、アレらの岩よりも硬い表皮は極めて厄介だ。それは剣技であっても同様であろう。つまり、戦力として期待されてはいなかったのであるな?」
「その通りだ。いくら剣聖や武神と呼ばれようとも、竜族や竜人が相手では分が悪過ぎる。誰もがそう思っていた――しかし」
赤髪の青年は感慨に耽るように言う。
「どのような事情があったかは定かではないが、デュラス将軍はあの創世の大女神オルフェリアさまがお造りになった『神剣リバイストラ』を手にして戦場の最前線へと向かったのだ」
「リバイストラってアレだよな……帝国北方領のフォルカス大山脈に建立された大神殿の中にある台座に突き刺さってたっていう誰にも引き抜けなかった幻の剣」
「そうだ。長らく一部の者の間でその噂を囁かれていた神剣だ。それを手にしたデュラス将軍は神の力を得て、ゼナンの難攻不落の空中移動要塞『ベルーダ』を単騎で破壊せしめた。これが決定打となりゼナン竜王国は停戦を要求、皇帝陛下もそれに応じた」
僕は空中移動要塞ベルーダの特徴を思い出した。
確かあの要塞も攻撃的な性質を持っていたけど、本質はその防御力にあったはず。
キースがそれを補足してくれた。
「ベルーダと言えば、禁術程度では何百発当たろうともびくともしないとされる高度な結界術式が特徴的な要塞だ。ゼナンの防衛の要であり、同時にドライグには劣るものの強烈な魔導砲を用いて周囲を残らず焼き尽くす強力な代物だったとされる」
「空中移動要塞を破壊したのは凄いが、それはランベール中将も同じであろう?」
「ランベール中将閣下も確かに偉業を成し遂げた。だが、流石のあのお方も無傷というわけにはいかなかった。戦でかなりの重傷を負ったのだ。……今ではすっかり回復されているが、一時期は危険な状態であったともされる。だがな」
キースは少し空恐ろしいものを感じているかのような口調で言った。
「デュラス将軍は防衛特化のベルーダのみならず、彼の要塞を守護していた何千もの竜族や竜人、更には飛竜を使う竜騎兵を相手に単騎で戦いを挑み、そのことごとくを撃破した後にベルーダを破壊せしめたのだ。無傷でな」
「……ハッ。まるで英雄譚に出てくるような話じゃねえか。エルベリア帝国建国のきっかけとなった大勇者さまの活躍と似てるぜ」
「恐ろしい男がいたものだ。そんな者が我らルーガルの援軍となってくれれば心強いのだが……」
「馬鹿馬鹿しいけど事実なのよね。大英雄と持て囃されるのはいつもその将軍だもの」
「いずれにしろ、7基あるとされる空中移動要塞のうちの2つを撃破されたのだ。流石のゼナンも堪ったものではなかったのだろう。あのままデュラス将軍が進撃を進めていれば一体どうなったのやら……同じ帝国の者であっても、少しばかり震えが走る」
「ゼナンにとっては、残る5基も壊されるわけにはいかなかったのであろうなー。しかしそんな光景を間近に見たら、いくら余でも自分の頭を疑ってしまうであろう」
「大英雄さまっていうより、何か化け物かなにかみたいだよね。や、別に悪く言いたいわけじゃないけどさ……凄いとかそういう次元の話じゃないもん」
みんなが頷くなか、僕は知らなかった事情に触れて感心を覚えた。
クロード・デュラス将軍か……。
あの竜たちを無傷で退け、強固な空中移動要塞も陥落させた。正に大英雄だ。ますます会うのが楽しみになってきたね。
でも、さっきぼんやりと呟いたロカの言葉は正確には違った。
ゼナンに残された空中移動要塞は『5基』ではなく、あと『4基』だ。
何故なら、遥か昔に僕の同胞がもう1基――空中移動要塞『ファフニール』を破壊しているから。
――私はその懐かしき出来事を思い出して、空を見上げた。
なあ、サタン。いま、お前は一体どこで何をしている?
どうしてあの時、私たちの前から姿を消した。何か理由があるのか? あるのなら教えてくれ――我が友よ。
特待生たちがその後も話を続ける中、私はしばしの間、古き盟友のことを思い出していた。





