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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第2章 『戒められし魔神編』

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第2話「魔神たちの語らい」

「ふふっ、今の我が君が人間の力しかないというのは本当ですわね。これくらいで足腰が立たなくなってしまうんですもの……可愛らしい人間の少年そのもの」


 アスモは嬉しそうにしながら、自らの胸に僕の顔をぐいぐいと押し込んできた。

 思いきり精気を吸い込まれた……そのせいかひどくだるくて眠い。

 アスモはぐったりとした僕を抱え上げて、ベッドに寝かせた。その上に圧し掛かってくる。


「やり場のない性欲は吸い取りましたわ。まだ他の女を襲う妄想を楽しむ余裕はありまして?」

「……無理だ」


「いくら人間の姿を保っていても中身は魔神。欲望の強さはそう簡単に抑えられるものではありませんわ。たとえ毎夜、愛妻と交わったとしても時間を気にしていては余計に雑念が生じてしまうというもの。数日間は欲望の限りの行為に没頭することをオススメ致しますわよ?」

「人間として暮らす以上それは出来ん……。しかしあまりにも暇過ぎると、こうなってしまうのだな。困ったものだ……」


 何とか魔神としての口調で話すが、口を開くだけで精いっぱいだ……。

 しかし、アレだけ悶々としていた気分はさっぱり消えていた。賢者の心境というのはこういうものなのかもしれないな。


「人間として過ごすのは不便でしょう? 気に入った女がいたら手籠めにしてしまえばよろしいのに。我が君に愛されて悦ばない女はいませんわ」

「私は、敵意を向けてきた女には容赦しないが……自分から進んで無力な女を襲うようなことはしない。しないと、決めた」


「……『先代のルシファー』が存命だった頃の想いをまだ引き摺っていらっしゃるのですわね。律儀なお方。もっとも、そんなところも我が君の魅力的なところですけれど」

「だがこうして理性のタガが外れそうになる。私の悪い癖だ。……アスモ、そこをどけ」


 大人しく従う魔神の少女から解放され、私はベッドに座り込んだ。

 先代のルシファーがいた頃のことはあまり思い出したくはない。結果的には私がアレを滅殺するに至り、魔族の暴走は鎮まった。


 だが、それまでは私も衝動に身を任せて暴虐の限りを尽くしたこともあった。ただの人間を虐げて笑い、たのしんでいた時が確かにあったのだ。

 そんなことを思い出しながら、私は力の抜けた声で言った。


「アスモ、感謝する。おかげで気が晴れた」

「いいえ、むしろ感謝するのはわたくしの方ですわ。久しぶりに我が君の精力を存分に味わうことが出来たんですもの。出来れば、あと一晩か二晩か、半月か1ヵ月か1年かそれ以上愛し合うのが一番なのですけれど」


「この身体では最初の1日で干からびる。勘弁しろ」

「接吻だけでもうくたくたですものね。無理もありませんわ。……レナにもう少し魅了の技を教え込んでおいた方が良さそうですわね。あの子が貴方さまの精気を吸い取れるようになれば気分も治まるでしょうから」


「レナとはもう会ったのか? 既にここに帰っている頃合いかと思ったが」

「ええ。我が君がせっせと街の復興作業に勤しんでいる間に、あの子と接触しましたわ。少しだけ我が君を借りたいと言いましたの」


「……後で構ってやらんといじけそうだな」

「そうなさった方がよろしいでしょうね。なんなら、あの子も交えて一晩を過ごします?」


 私の肩に頭を乗せてきたアスモが面白そうに言う。

 この雰囲気に呑まれたいところではあるが、今はあまりそういう気分ではないのが救いだった。


「またいずれな。――して、アスモ。何故お前がこのミルディアナの地にいる?」


 先程から聞きたかったことだ。

 いつもの彼女であれば自らの豪奢ごうしゃな宮殿の玉座に座って、宮殿の周りに実る極上の果実の味を楽しんで優雅に過ごしているはずだが。


「わたくしの眷属がたまに帝国を訪れているのはご存じですわよね?」

「ああ。たまには人間の味が恋しくなるだろう。……一応聞くが、ヤり過ぎていないな?」

「もちろん。我が君のお言い付けにはきちんと従っておりますわ」


 アスモは色欲を司る魔神でもある。

 彼女の配下は淫魔と呼ばれるインキュバスやサキュバスといった者たちで構成されている。


 私は先代のルシファーを滅してから、魔族に人を喰らうことを禁じた。

 だが、淫魔に関しては禁じていない。淫魔たちが喰らうのは人の精力であって、身体そのものではないからだ。


 もっとも、あまりにも精力を吸い取ってしまえば当然死んでしまうが、それはアスモからも厳に慎むようにと伝えられている。

 人間の味に馴染んでしまっては困るから帝国に来る頻度には制限をかけてもいるが。


「その眷属から連絡がありましたの。帝国の西方領できな臭い出来事が相次いでいると」

「西方か。具体的に言ってみろ」


「西方領には神殿の数が多いのは覚えていらっしゃいます?」

「無論だ。とは言え、それも500年以上前の記憶ではあるがな」


 帝国の西方領は、我がテネブラエ魔族国と目の鼻の先にある。

 帝国が勇者を派遣してきた場合も、我ら魔族が帝国に攻め入る場合でも真っ先に戦の只中ただなかに置かれる激戦地だ。


 その中でも、いくつかの砦を突破した後に待ち構えている城塞都市グランデンは西方の首都にして防衛の要の地でもある。

 この城塞都市を陥落かんらくさせれば、魔族側にとっては非常に大きな戦果となる。


 そして我ら魔族は1000年近く前から何度か勇者を派遣されてきたわけだが、その報復としてグランデンに攻め入ったことが何度かあった。

 いわゆる見せしめのような行為であるため、グランデンを陥落させればそれで戦は終了させる。帝国もあの城塞都市を失えば帝都の防衛に回らざるを得なくなるため、わざわざ追加の軍隊を派遣したりすることはない。


 何度も戦火に見舞われたグランデンだったが、人間たちの魔族への対策も案外馬鹿に出来たものではなかった。

 西方の各所にある神殿に名のある魔術師たちを配備し、いざ魔族がグランデンへと攻め入った時に強固な防性術式による結界や魔力を枯渇させる術式を遠距離から発動させて我らを妨害してくるのだ。


「神殿からの遠隔術式には苦労させられたとベルフェが言っていたな。あいつの眷属はゴブリンやオークを主体とした魔力耐性のほとんどない者たちだったからさぞきつかっただろう」


 ベルフェとはテネブラエを支える7柱のうちが1柱だ。正式にはベルフェゴールという。

 魔術に関しての才はないが圧倒的な剣技を以てして暴虐の限りを尽くす好戦的な魔王だ。王族の中では強硬派と言えるだろう。

  

「懐かしいですわね。勇者を送ってきた報復措置として意気揚々と戦場に出かけていって、結局グランデンをとせずに帰ってきたお馬鹿さんは彼くらいでしたわ」

「あいつは剣士や獣人相手には負け知らずだったが、こと魔力に関しては……ああ、すまんな。懐かしくて思わず話の腰を折った。用件を続けてくれ」


「ええ。西方の各所にある神殿で相次いで死者が出ているとの報告がありましたの」

「何か変わった死に方でもしたのか?」

「変わったというより、全滅ですわね」


 アスモは淡々とした口調で続けた。


「神官たちだけではなく、信徒も何もかも。その場にいた全員が殺されていたと。そんな事件が既に3件。犠牲者の数は100はくだらないそうですわ」

「情報の信憑性しんぴょうせいはあるのか?」

「我が配下が、懇意にしている教会の司祭から聞いたのだとか。そういう事件が起こり始めたのは1ヵ月と少し前あたり。ちょうど貴方さまが帝国にやってきた時と同じくらいの時期ですわね」


「……なるほど。そんなことがあったとはな」

「テネブラエに帰ってきたルミエルから我が君が解決へと導いた事件の詳細は既に聞きましたわ。あの色惚け天使はことある毎に貴方さまとの逢瀬おうせの話に飛んでいくものですから、いちいち軌道修正しなければならなくて大変でしたが」


「あいつはそういう女だ……許してやってくれ」

「まあ、普通に話している分には楽しいですし別にあの子のことを嫌ってはいません」


 色惚けぶりでは目の前にいるアスモも同じようなものだが、こっちは自制が利くからまだマシだ。


「というわけで、危急ききゅうの件というわけではありませんでしたが、一応貴方さまのお耳に入れておいた方が良いかと思って馳せ参じました。……まあ一番の目的はやっぱり貴方さまの精力だったのですけれど」

「…‥ああ、感謝する。ただ西方のその件は確かに気になるが、いかんせん今の私は軍学校の一生徒に過ぎない。直接事情を探りに行くのは難しいな」


「わたくしが代わりに調査しても良いのですが、西方を守護するのはあの大英雄と謳われたクロード・デュラス将軍。……このミルディアナの地にやってくる時に一瞬だけその姿を見ましたが、彼からもほぼ同時に視線が返ってきました。魅了の力は抑えていたというのに、わたくしが魔族であることに勘付かれたかもしれません。迂闊でしたわ……」

「たとえ魔神の姿であってもお前を普通の人間の女と見分けることが出来る者はまずいないと思っていたが、本当に帝国の戦力は侮れぬものになっているかもしれんな」


 アスモは王族の中でも穏健派にあたる。

 戦うこと自体は嫌いではないが好きでもない。そんなことよりももっと楽しいことがある。それが彼女の口癖だ。


 そして戦うことが苦手というわけでもない。一度本気になると手がつけられなくなるほどの強さを発揮する。

 ……あまり帝国内をうろちょろさせておくわけにはいかん。何かの弾みで力を暴走させれば都市1つが丸ごと壊滅してもおかしくない。


「というわけですので、わたくしは少し動きづらいのです。以降も眷属たちからの情報収集はこまめに行なっておくとして、わたくし自身は一旦テネブラエに戻ろうかと」

「その方がいいだろう。今回はよく知らせてくれた」


 アスモの頭を撫でると、彼女は猫が甘えるような声で鳴いた後、私に抱きついてくる。


「我が君も早くテネブラエにお戻りくださいな。既に貴方さまがこの地にいることは他の王族たちの耳にも入っております」

「『女神』とやらを見つけ出すのが先だ」

「もう。つれないお方」


 そう呟いてアスモはそっと私の頬にキスをした後、身体を離して瞬く間にコウモリの姿に変身した。


『それでは、愛しの我が君。もうじきレナも帰ってくる頃合いでしょうし、わたくしはそろそろお暇致しますわ。良い夜を』

「うむ。お前も達者でな」


 彼女は黒い翼をはためかせて、部屋の壁をなんなくすり抜けて夜の闇へと消えていった。

 1人残された部屋で考える。


 西方領での不穏な事件は、先の末期の雫事件と何か関係があるだろうか。

 神殿の者たちが皆殺しにされることなどまず有り得ない。

 神殿を守護する神官の中には並の軍人では歯が立たないほど強い者たちもいる。


 特に強い者は、我が同窓の特待生たちと比べても見劣りすることはないくらいの力がある。

 ただの山賊や夜盗の類などに皆殺しにされるわけがないのだがな……。

 何か大きな力が動いている可能性は十分にある。用心するに越したことはないだろう。

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『世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。』第4巻が10月22日頃発売です!
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