第1話「色欲」
「よしっと。これで全部かな」
エルベリア帝国の南方領ミルディアナの地が天魔に襲撃されてからおよそ半月と少し。
僕たち軍学校の生徒は学園での授業を受けながらも、度々外に駆り出されては街中の瓦礫の撤去作業や建物の修繕作業を手伝うことになっていた。
天魔たちが暴れた痕跡は今もなお色濃く残っているけど、少しずつではあるものの元の状況に戻すための作業が行なわれているのだ。
周囲の状況を見ると、建設現場の近くを大きな瓦礫を軽々と持ち上げながら走るロカの姿が見えた。
狐の獣人の少女はきびきびと動きながら撤去作業を続けている。
「ロカの嬢ちゃん。いつもすまねえなぁ」
「良い良い。困った時はお互いさまだからな。それに学校の授業は退屈でつまらぬ。これくらいの運動をしなければ物足りぬぞー」
「ロカちゃんは偉いねぇ。……その言葉を、あそこでサボってる白い狼娘にも伝えてくれんか?」
見れば、真っ白な髪と肌をした狼の少女が同じく軍学校の生徒である女子に声をかけていた。
優しく語りかけて腰に手を回している。アレは十中八九、口説いてるな。しかも相手もそれなりに乗り気らしい。
まあ、シャウラは可愛いし美人さんだからそうなるのも無理はないのかもしれない。
「シャウラー!」
「ロカ? な……げふっ!?」
「ひぃっ!?」
ロカの飛び膝蹴りがシャウラの顔面にめり込んで、狼っ娘はその勢いのまま吹っ飛んで瓦礫の山に頭から衝突した。
今までシャウラに口説かれていた女子生徒はそそくさと立ち去っていく。
「このドアホは本当にしょーもないな! 作業をサボって女を口説くなー!」
「いったぁ……うふふ、今日のロカは最初から容赦がないわ。素敵」
シャウラは身体から瓦礫の欠片をぱっぱっと払いのけてロカの方に歩いていく。
「せっかく可愛い女の子を口説いてたのに台無しよ。ロカ、責任を取ってわたしに抱かれて?」
「気色悪いことを抜かすな。ほれ、まだ瓦礫が残っておるだろうが。さっさと作業に戻るぞー」
「ええ!? 嫌よ! 手が汚れちゃうじゃない!」
「わがままを言うでない。それとも学園の授業にでも戻るか? 今日は一日中魔術の講義だぞー? 地獄だぞー?」
「……くぅっ。わかってるわよ。やればいいんでしょ、やれば」
シャウラは散々悪態を吐きながらも作業に戻っていった。
ロカが言う通り、今はもう軍学校での授業も再開している。
今日は1日中ずっと魔術の講義らしい。恐らくは街中の修繕作業のための人手を増やすために、あえてそういうことをしているんだろう。
魔術が得意な生徒ならともかく、ロカたちみたいな獣人族や剣技と体術しか興味のない生徒を少しでも作業に割り当てるために。
一応生徒の自由意思で決めることになってるけど、魔術の講義なんて興味のない者からすれば地獄以外の何物でもないだろうからその心理を上手く突いているとも言える。
住民が協力して炊き出しをしてくれることがあって、それも結構おいしいから食事目当ての者もいるかもしれない。
僕はもちろん修繕の手伝いをしている。
低レベルな魔術の授業を大人しく座って聴いていることほど苦痛なことはない。それくらいなら外でこうやって動いていた方がマシだ。
とは言え。
――つまらない。
何もかもが退屈だ。
あの天魔たちとの戦いで少し火がついてしまったような気分だ。
『女神』の正体も気になるけど、このまま学園生活を続けていて関わり合いになれそうにもないし。
今からでもリューディオ学長に頼んで、軍人扱いにしてもらおうか? 僕にとってはすべての始まりとも言えたあの古代文字の書かれた本は元はと言えば彼が出した試験のようなものだった。
現実に同じようなことが起きててそれどころじゃなかったけど、暇で暇で仕方がない今なら軍人になってもいいかもしれない。
とは言え、ゼナン竜王国との戦はもう終わっている。
次に開戦すると言われているのは、ルーガル王国との混成部隊を率いてのキアロ・ディルーナ王国との戦だ。
あの2国間には少し思い入れがある。自ら進んで戦うのも少し気が引けるか。いやでも、この身体の疼き――破壊衝動はなかなか治まってくれそうにない。
戦か、もしくはもっと刺激の強いことが起きない限りは。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、既に夕焼けが目に眩しい頃合いになっていた。
結局のらりくらりと復興作業を手伝っただけで今日はおしまいか。毎日こんな感じだけど。
最近の楽しみと言えば、寮に帰ってからレナを愛でることくらいしかない。
彼女の身体はいくら抱いても飽きない。時間を忘れさせてくれる。
……でも、それじゃあテネブラエにいてルミエルと過ごしていた頃とまるで変わらないんだよなぁ。
せっかく帝国にいるんだからたまには他の女でも抱いてみるのもいいかもしれない。
リズを口説いて2人きりになった後に手籠めにしてしまうのもいいし。
ロカを誘って強引に犯すのも悪くない。シャウラが邪魔してきたら彼女も一緒に頂くのもありかもしれないな。
まあ、彼女たちとの関係もそれなりには気に入ってるからそれを壊すのは気が引けるんだけど。
実にもどかしい。強引に服従の術式でもかければ関係にヒビが入ることもないけど、1回でもそれをやってしまえば彼女たちと築いた関係が根本から変わってしまう。
あの勇猛な狐っ娘がとろけた表情で僕を見つめてくる。あの大の男嫌いな狼娘が僕に身体を押しつけて誘惑してくる。
どれも素晴らしい光景だが――そんな簡単なことをするよりも、強引にモノにする方が楽しいだろう。
黒い感情が僕の中で渦巻く。この国に来たのも、元はと言えば破壊衝動から始まった発作的なものだった。
末期の雫を巡る一連の事件は退屈しのぎになったし、天魔との戦いはそこそこ面白かった。でも、それだけじゃ満足できない。
悶々とそんなことを考えながら寮に戻った。
……そこでふと我に返る。
いかんいかん、こんなことじゃ『アスモ』に笑われる。いくら破壊衝動が収まらないからってここまで性的なことを考えていると彼女と同類じゃないか。
アスモ――アスモデウスは色欲の魔神にして、テネブラエを支える7柱のうちの1柱の王族だ。見た目は人間の少女と変わらないけど、そのうちに秘める力は凄まじい。
僕が最愛の妻たち以外で最も長い時間を過ごした女性だ。何をして過ごすかと言えば、わざわざ説明する必要もないことで数年くらい夢中になってしまう。
一時期は本気で妻として娶ろうかと思ったものだけど、色々とあってその話はなかったことにした。
そういえばここ10年か20年……あるいは30、いや31、2年だっけか? とにかくそのくらい会っていないな。
目の前にいたら犯してしまいそうだ。彼女の魅了の力は凄まじいから傍にいるだけで凄いことになる。
魔神の身体をした僕がいるだけで周囲の者を殺してしまうとしたら、彼女はいるだけで周囲の者を魅了してしまうのだ。
そんな麗しい魔神の少女のことを思い出しながらも自室の部屋の鍵を開けて中に入った時。
「お待ち致しておりましたわ、我が君!」
目の前にアスモがいた。
何の冗談だ? 暇で暇で遂に頭がおかしくなったのか、僕は。
でも、この長い桃色の髪と紅い瞳が特徴的な少女は間違いなくアスモ――。
「きゃはっ! 我が君! 我が君ー!!」
「うわっ!? あ、アスモ……」
いきなり抱きついてきたアスモは、その豊満な胸を僕の胸板に押しつけながら艶めかしい瞳で見つめてくる。
「くす。素敵ですわ、我が君。魔神の姿の貴方こそが至高ではありますけれど、人間の姿の我が君もこれはこれで可愛らしくて堪らない。愛おしい。抱きしめたい。押し倒したい。ハァ、ハァ!」
「アスモ、待て。落ち着け」
「さあ、我が君! 愛しの我が君! 久しぶりの挨拶として口付けを」
「なっ、ま、まっ――」
アスモの唇が僕の口に吸いついてきた。
それは挨拶などという生易しいものではなく、明らかに興奮したもののそれで――。
気が付くと僕は彼女の唇に夢中になってしゃぶりついていた。
小一時間後。
銀色の橋を作りながら、彼女の唇はゆっくりと僕から離れていった。
途端に僕はその場にくずおれそうになるものの、アスモによって身体を支えられる。
彼女の大きな胸を強調するように露出させた衣服は布地の役目を放棄して、僕の顔をその柔らかな乳房に誘い込んだ。
胸はレナも大きいけど、アスモもほとんど同じかそれ以上だ。
下半身には純白で丈の短いスカートにロングブーツ。淫猥さと可愛らしさの二面性がとても素晴らしい。
しばらくの間、久しぶりに味わう彼女の豊満な身体の柔らかさに包まれて夢心地の気分を満喫させられる羽目になった。
1話に詰める予定でしたが、思いのほか長くなってしまいましたので分割。
明日、続きを投稿します。





