序章
エルベリア帝国西方領の首都グランデン。
街の広場から少し離れた位置にある大きな屋敷の1室にその少女はいた。
「ねえねえ、母さま! 今日はどんなお話をきかせてくれるの?」
「あらあら、シャルロットは今日も元気いっぱいね。また私を夜遅くまで寝かせないつもりなのかしら~?」
美しい青髪を持つ少女を抱いて、その頭を優しく撫でる。
最近、7歳になったばかりのシャルロットはとにかく明るくて元気だった。
ぐいぐいと全身を押しつけて愛情表現をしてくる少女のことがとても愛おしくなる。
「でも、私が知っているとびきりの面白いお話なんてもうとっくに聞かせてしまったわ」
時刻は既に夜。
月明かりと蝋燭だけが室内を照らす中、小首を傾げて考える。
「何がいいかしら。エルベリア帝国の皇室だけに受け継がれるとされた『神剣』のお話か、1000年以上前にゼナン竜王国に住まう竜神王さまと戦った伝説の勇者さまのお話か、創世の大女神オルフェリアさまのお導きか」
「それ全部きいた~!」
「あら、そうだった? 勇者さまの武勇伝から神々の言い伝えまでほとんど話してしまったし……何か、面白いお話はないものかしら」
しばらく瞳を閉じて考え事をしていた時に、ふと口を開いた。
「……そうね。今日は魔神のお話をしましょう」
「まじんー? 魔族のえらい人のことー?」
「ええ、そう。あらゆる魔族の中でも頂点に位置すると言われるのが魔神。その中でも最高の力を持つとされる七柱の魔神のことを『王族』として崇め、『魔王』と呼ぶのよ」
「ななはしら……?」
「神さまのことを数える時は『にん』ではなくて、『はしら』と数えるのよ。魔神だって立派な神さまの一部だもの。みんなには怖がられているけれどね」
シャルロットは「おー」と声を上げながら、母を見上げる。
「さいこーの力をもつの? お父さまより強い?」
「……ふふ。あの人の肩を持ってあげたいところだけど、魔神とだけは戦ってほしくはないわね」
「むー、ぜったいお父さまのほうが強いのにー……」
父のことも大好きな少女はふくれっ面になる。
その頬をぷにぷにとさせながら言った。
「どちらが強いかはともかく、彼らはとても強大な力を持っているの。特に王族と呼ばれる七柱の魔神たちは格が違うとされているわ」
「ふぅん?」
「たとえば、炎獄の魔神と謳われる魔神マモンはあらゆる魔獣を従え、敵をことごとく蹂躙していったわ。彼らが戦った後には草きれ1つ残らなかった」
「ふんふん」
「たとえば、すべての死者を統べるとされる魔神レヴィアタンは夥しい数の死者を従えて、このグランデンに攻め入ってきたことがあるの。人間たちは為す術もなくやられてしまったわ。死んでしまった者はすべてが『彼女』の配下になってしまった」
「えー? でもグランデンにはそんなやついないよ?」
「もう何百年も前のお話よ。当時はキアロ・ディルーナ王国と親交が深かった帝国は、あの国の魔導生物の力を借りて何とか死者の軍勢を退けることに成功した」
「ほうほうー」
「そんなにも強力な魔神たちの中でも、最も強いとされるのが魔王ルシファー。高位の魔神たちをも配下として従える絶対無二の存在。伝承では数千の規模で襲撃をかけた天使たちも、帝国から送られた勇者さまたちもそのことごとくがルシファーの手によって狩り取られてしまったとか」
「むぅ……わるいやつなの?」
「起こったことだけを見ればそうかもしれないわね。でも、ルシファーがいるからと言って今のこの国に何か被害が出たかと言われればそれもまた違う。よくわからない、謎の存在でもあるわね」
「お父さまにたおされちゃえばいいのにぃ」
「もう。そうやって何でも武力で解決しようと考えてしまうのは、あの人の影響かしら?」
シャルロットは可憐な容姿をしていながらも、聖騎士としての父の背中を追うように剣術を習っている。
つい最近は、軍部の演習場にひょっこりと顔を出して稽古に励んでいた兵士たちを木剣でボコボコにしてしまった。
冗談のような話だが、この少女には神の力が宿っている。『神使』と呼ばれるに値する力を有しているのだ。
「そのルシファーにも腹心の部下……というよりは、友と言える存在がいたとされているわ。それが王族のうちの一柱である魔王サタン」
「ほー」
「ルシファーに勝るとも劣らない強大な力を持つ魔神であり、長年ルシファーの右腕としてテネブラエを支え続けていたの」
「ふぅん」
「そんな強大な魔神が、とある日を境に忽然と姿を消してしまった。もう1000年以上前のお話」
「え……? なんでー?」
愛娘が青い瞳をぱちくりとさせながら、興味津々に聞いてくる。
「その理由はわからないの。どんな文献を調べても書かれていないことだし、時間が経った今となってはもはやそのことを知るような者もほとんどいないでしょう」
「むー、家出したのかなぁ」
「うふふ。そんな理由だったら可愛らしくていいかもしれないわね。とにもかくにもテネブラエはサタンという大きな存在を失ってしまった。残された魔神たちはどうなったか、シャルロットにはわかるかしら~?」
無理難題をふっかけてみると、愛らしい少女は顔をしかめてうんうんと唸り出した。
しかしすぐに降参したのか、母の胸元にぼふりと頭を埋めてしまう。
苦笑しながらその頭を撫でてあげた。
「そんなテネブラエ魔族国も、以前は王族と呼ばれる魔神たちの『合議制』で国の在り方を決めていたの」
「ごうぎせい?」
「そう。簡単に言えば多数決。たとえば、明日の晩ご飯でお肉が食べたいか、お魚が食べたいかを決めるとするでしょ? 決めるのはシャルロットとあの人と私の3人」
「わたし、お肉がいい!」
「あら~? でも、あの人と私はお魚がいいわぁ。多数決で2対1でお魚が出ることになったわ。かわいそうなシャルロットはお肉を食べられずにお魚をもそもそと食べるしかないの」
「むー!! 母さまのいじわる~!!」
「うふふ。これが合議制のようなものよ。でも、今はサタンがいなくなって6柱の魔神しかいなくなってしまったわ。もしも3対3の意見が出て主張することがバラバラになってしまったら、どうなるんでしょう?」
シャルロットは顔に疑問符を浮かべながら指を折って一生懸命考えている。
可愛らしいその姿を堪能していたいのは山々だったが、そろそろ就寝の頃合だった。
「――さあ、今日のお話はこれでおしまいよ。続きはまた今度」
「えー!? やだやだ、もっとききたいー!!」
「ダーメっ! もう寝るのよ!」
駄々をこねる少女を抱きしめて、えいやっとベッドに寝転がる。
シャルロットは嬉しそうな悲鳴を上げて、大好きな母親に思いきり抱きついた。
その小さな額にキスをしてから、少女の背中を優しく撫でてお尻をぽんぽんと叩いてあげる。
するとアレほど元気だったシャルロットは、ふにゃっと顔を弛緩させてくったりと眠りこけてしまった。
すやすやと愛らしい寝息を立てる愛娘の寝顔を優しい瞳で見ながら、ひっそりと呟いた。
「――破壊と殺戮の魔神サタン、か。今はどうしているのかしらね」
もはや真相を知る者はいない。
「ただ単に国を捨てて逃げ出してしまったか……あるいは、もうとっくに死んでしまったのか」
ふっと自嘲した。
「そんなわけないわよね。必ずどこかで生きている。――もしかしたら、そう遠くないうちに……」
ゼナン竜王国との戦で大英雄と呼ばれたクロード・デュラス将軍。
その夫人であるナスターシャ・デュラスは、古き出来事に思いを馳せながらシャルロットの寝顔を見つめ続けた。
第2章の連載を開始致しました。
同時に更新する活動報告にも書きますが、これからは不定期更新となります。(時間も不定ですが、あまり早過ぎたり遅過ぎたりする時間にはならないと思います)
しばらくは物語も更新期間もややスローペースとなりますが、気長に付き合って頂ければ幸いです。





