第39話「殲滅戦」
「ハァッ!!」
赤髪の青年の炎を纏った聖剣が天魔の身体を真っ二つにして炎上させる。
だけど、その表情からは明らかに疲労が滲み出ている。もう長続きはしないだろう。
「くそっ、しつけえ……!!」
竜族の少年の高位術式が天魔の身体を燃やし、凍らせ、粉微塵に吹っ飛ばした。
こちらも表情に余裕はない。無尽蔵のように思えた魔力も後1、2回でも位の高い魔術を放てば空になってしまうだろう。
僕は迫りくる天魔の身体を斬りつけながらそんなことを考えていた。
冷静に考えると僕の身体にも少し疲労が出ているようだ。人間の身体というものは本当に脆弱だ。
とは言え――。
天魔の数は明らかに減っていた。
僕たちが倒した者はもとより、他の場所に飛んでいった者たちも恐らく無事では済まないはず。
リズと女王陛下は問題ないだろう。レナならむしろこれから調子が乗ってくる頃合いだろうから。
それにさっき帝国軍の本部の方から魔法に迫るほどの禁術が放たれた。
あの凍てつくような冷気はリューディオ学長のものだろう。
どうやら向こうの作戦は上手く行ったらしい。
リズが総司令官室から運ばれた後、リューディオ学長にはこう頼まれていた。
『高等魔法院にある大水晶を破壊してください』と。
そして彼は黒幕の正体についても教えてくれた。
『恐らくは実体を持たず、何者かに憑依して生き続ける者』と。
最後に彼はこう付け加えた。
『貴方がいなければ、今頃私は単独で高等魔法院に攻め入って施設をめちゃくちゃに破壊していたでしょうね。まず大水晶を破壊するまでが大変でしょうけど』
僕はこう返す。
『高等魔法院は聖域のようなものらしいね。そんなことをしたら軍法会議ものだよ』
『構いませんよ。私だけの犠牲でこの事件を終息させることが出来るのであればね。ただ、今は違う。私に考えがあります。協力してくれますね?』
大胆だけど、彼らしい作戦を聞いて僕は頷いた。
天魔の出現を前提としたその作戦は実に面白いものだった。
もうすぐで見られるはずだ。彼の本当の実力を。
そして。未だに上空に展開されている魔法陣から飛び出してくる天魔の数は減っていた。
一見、順調そうに見える。
でも僕にははっきりと感じられた。あの魔法陣の奥深くから、膨大な神気を纏ったナニカが這い出してきそうなことを。
僕の予感はすぐに当たった。
魔法陣の中からぬっと大きな手が出てきて、白翼を生やした巨人がずるりと這い出して一気に落下してきた。
ソレは真下にいた天魔を轟音と共に踏み潰しながら現れ、咆哮を上げた。
「んだよ、ありゃ……!?」
「なっ……あ、アレもまた天魔だというのか……!?」
ジュリアンとキースが呆然とした口調で言う。
無理もない。その巨大な天魔は優に20メートルを超えている。
全身は金色に光り輝き、低級の魔族なら浴びただけで蒸発してしまうほどの強い神気を放っている。
しかし頭部はもはや原型をとどめていない。顔には複数の瞳があり、触手のようなものが至るところから生えていた。
胴体や手足はほぼ人型のそれだ。遥か東方の地に住まう巨人族によく似ている。
「あいつが親玉で間違いなさそうだな。だったら、とっておきの魔術を喰らわせてやるよ!」
「――聖炎よ。我が戦いを見届けたまえ!」
ジュリアンが詠唱を呟き、キースが先陣を切った。
凄まじい速さで迫ったキースの聖剣による一撃が巨大な天魔の脚を斬りつける。
だが。
「ぐぅっ!? な、何という硬さだ……!!」
「キース、どけ!!」
聖剣を弾かれたキースがすぐに横っ跳びをした時、ジュリアンの手から第10位階に達する魔術が放たれた。
雷撃を纏ったその魔術が巨躯を穿つが、びくともしない。
「クソ! 馬鹿げた耐性だぜ……!!」
僕は周囲から完全に民間人がいなくなったのを確認する。
軍人の姿はちらほらと見かけるけど、誰もが疲労困憊といった様子だ。
――このままじゃ全員潰されて終わるな。リューディオ学長が到着するまで保たない。
僕は魔術で練り上げた漆黒の剣に触れ、術式を書き換えた。
今までは天魔の身体を貫きやすいように攻撃に特化した晦冥術式を帯びた剣を使っていた。
でも、今回は彼らの力も借りるとしよう。1人であの馬鹿でかい身体を斬り裂くほどの剣を作るには時間がかかり過ぎる。
「キース! ジュリアン! 僕の話を聞いてくれるかい」
2人は同時に僕を見やった。
その時、巨大な天魔がその見た目からは想像も出来ないほどの速さで僕に迫ってきた。
2人が愕然とする中、僕はすんでのところで回避する。瞬間、今まで立っていた場所に天魔の拳が刺さり、地響きと共に巨大なクレーターが出来上がった。
どうやら誰を優先して攻撃した方がいいのかわかるらしい。
空中を浮遊して襲撃の機会を窺っていた天魔たちが一斉にとある場所を見つめた。
なるほど。これが狂っていた天魔たちが突然暴れるのをやめて、一斉にエルフの国に襲撃をしにいった理由か。
狙いはやはり女王陛下だろう。残っていた天魔たちが一斉にそちらへと飛翔していった。
まあ向こうは彼女に任せれば問題ない。僕はこれの後片付けをしなくちゃね。
「2人とも! 僕が合図をしたら、自分が使える最大級の魔術を『僕に向かって』放って!」
「は、はぁっ!? 何言ってんだてめえ!」
「テオドール、どういうことだ!?」
「早く片付けたいから説明は後! ほら、早くしなよ! 時間がない!」
急かす間にも巨大な天魔は僕を執拗に狙う。
恐らく僕を片付けた後に女王陛下を狙いにいくつもりなんだろう。
まだ躊躇している2人へ向かって叫んだ。
「必ず打開して見せる。僕を信じろ!!」
「ちっ……わかったよ。後悔すんじゃねえぞ!」
「……承知!」
ジュリアンは瞬く間に竜の姿になった。その口の中から膨大な魔力が溢れ出る。
キースもまた聖剣を構え、その刀身に凄まじい魔力を込めている。
2人の詠唱が終わるまでの時間稼ぎとして、僕は巨大な天魔の各部を斬りつける。
脚。関節。指。腕。首筋。喉。瞳。
高速で移動してあらゆる場所を斬りつけるものの、まるでナイフで石畳を突いているかのような感触だった。
これでも神気をある程度無効化する闇の力は保ったままなんだけどね。凄まじい硬さだ。
それでも諦めずに各部を斬りつけていると、少しだけ他と違う部分があった。額だ。
異形と化したその頭部はまるで軟体動物のような形をしていた。中でも額だけは多少の柔軟さがある。ここならあるいは。
そう判断した時、2人が魔力を最大限まで高めたのを感じ取る。
「いいよ! 僕に向かってありったけの魔術を放て!!」
『死んだ後に泣き言抜かすんじゃねえぞ馬鹿野郎!!』
「お前が言う最大級の炎をくれてやる!!」
僕の後方から2種類の炎が迫ってきた。
キースの業炎術式にジュリアンの青い炎。禁術に迫るそれらの軌道を読み切って、僕は漆黒の剣を振るった。
業火が一瞬で剣に吸収される。
2人の放った術式は魔術の第11位階程度のものだった。
1人分では心もとないけど、2人分が合わさればそれは禁術の領域にすら届き得る。
彼らの魔術を吸収した漆黒の剣がぶるぶると震え出した。
これは僕が入学試験でジュリアンに決めた術式の応用技だ。相手の魔術を吸い取って、それを更に高い威力に変換して放つ。それを魔力で編み出した剣で行なう。
ただ僕の作った剣は詠唱もせずに即席で作った代物な上、吸収した魔術の位階は極めて高い。放っておけばすぐにでも剣が負荷に堪え切れず爆発してしまうだろう。
僕は瞬時に地面を蹴り、巨大な天魔の頭上へと跳び上がった。
緩慢な動作でそれを見上げた巨大な天魔を見下ろして、僕は笑う。そして。
その額に剣を突き刺し、体内に剣先をねじ込んだ後一気に吸収した全魔力を解放した。
巨大な天魔の身体がぼこぼこと隆起したのを確認した後、すぐに飛び退る。
瞬間、天魔の身体が大爆発を起こして粉微塵に砕け散った。
2つの炎の術式の余波が熱風となって周囲に拡がった。
爆発の衝撃で地面までもが焼けて、煙が充満する。
その煙が晴れた時、巨大な天魔の姿は跡形もなかった。彼らの強固な魔力耐性も体内にまでは及んではいないらしい。
最大級の魔術を扱った2人はその場に座り込み、荒い息を吐いているが何とか無事なようだ。
さて、後は――。
「おぉっ!? テオよ、もしかしてもう片付けてしまったのか!?」
振り返れば、ロカとシャウラが駆け寄ってきていた。
「うん。僕だけじゃなくて、キースとジュリアンが協力してくれたおかげだけどね」
「あの馬鹿でかい化け物をよくもまあ倒せたものね……あんた本当に人間なの?」
「人間だよ」
少なくとも今は、ね。
流石に疲労感が強くなってきた。
後の問題はすべて『彼』にかかっている。でも彼なら問題なくやれるだろう。
そう思った時、粉々になった天魔の肉体が急速にぶくぶくと膨れ上がり、生き物のように這いずって密集し始めた。
強力な自己再生能力。ここまで徹底的に破壊されてもまだ倒せないのか。
呆れるほどの頑丈さだ。これは少し苦戦するかもしれない――。
僕が強敵を前にして笑いかけた瞬間、物凄い勢いで迫ってくる何かの気配を感じ取ってすぐにそっちを向いた。
純白の翼を生やした黒いドレス姿の少女が、再生しかけていた巨大な天魔の身体を黒い槍で貫いて跡形もなく消滅させる。
全身から凄まじい神気を放つ長い金髪をした少女は、こっちを見つめてぱっと顔を輝かせる。
いくら人間の姿に化けていて他のことに集中していたからと言って、どうして彼女の気配に気が付かなかった?
僕は冷や汗を垂らしながら、思わず頭を抱えたくなった。そして最愛の妻の姿を見つめて呟く。
「――どうして君がここに」
金髪の堕天使であり、魔王の第一夫人であるルミエルが明らかに場違いなほどの満面の笑みを浮かべてそこに立っていた。
残り3話です。日曜に1話、月曜に1話+エピローグを投稿します。





