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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第1章 『末期の雫編』

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第38話「暴虐の天使と絶氷の英雄」

 ルミエルはミルディアナ領の上空に到達した。

 そこには数え切れないほどの白翼の化け物たちがいた。


「……天使、よね」


 喜び勇んで飛んできたはいいものの、ルミエルは少し面食らった。

 どうしてかつての同胞たちがミルディアナに飛来してきたのか。

 そしてどうして人間やエルフたちを襲っているのか。


 すぐ下で逃げ遅れたエルフが天魔の槍に貫かれそうになっている。

 ルミエルはどうしようか迷った後、自分の首に装着していた黒いチョーカーに指を添えた。


「久しぶりの出番よ、『グラン・ギニョル』」


 ルミエルの言葉が呟かれると同時にチョーカーは一瞬で姿を変え、黒い剣となった。

 それを片手にルミエルは暴風を伴って着地。

 エルフを襲おうとしていた天魔の槍を弾き返した。その衝撃だけで神聖な力を持つ槍が粉々に砕け散る。


「ねえ、あなた、正気なの?」


 わずかに人型を保ってはいるが、その白翼を生やした者は異形だった。

 昔の同胞の姿とは違う。それでもなお理性が残っていないか、確認するように問いかけたのだが。


『グルルルゥゥゥ!!』


 理性があるとは思えないような唸り声を上げて、ルミエルへとその腕を伸ばしてきた。

 堕天使は即座に剣を振るい、異形の天使を惨殺する。


「理性もないし弱い。でも神気は確かに感じる……。ベルゼブブの言っていた術式と何か関係がありそうね」


 ルミエルは後ろを振り向いた。とりあえず襲われそうになっていたエルフに何か知らないかと問いかけようとしたのだが。

 エルフはとっくに遠くまで逃げ去っていた。


「ちょっと……! せっかく助けてあげたのに! ムカつく!」


 悪態を吐いたルミエルの周囲を天魔たちが囲った。

 その誰もが目に狂気を宿していた。もはや正気ではないどころか、姿さえ禍々しい。


「ねえ、あなたたち。事情は知らないけど、今のわたしは魔族だから。もしも襲いかかってくるつもりなら、まずは命の覚悟を――」


 一斉に剣や槍、触手による攻撃がルミエルへと迫った。

 それらを瞬時に薙ぎ払う。ルミエルが手にしていたグラン・ギニョルと呼ばれた武器は巨大な鞭へと形態を変えていた。

 その場にいた天魔は近くにあった建物を巻き込んでずたずたに引き裂かれてしまった。


 数十体もいた天魔のすべてが粉微塵こなみじんにされ、周囲の建造物が跡形もなく破壊される。

 煙がもうもうと立ちこめる中、ルミエルは叫んだ。


「話は最後まで聴きなさいよ!」


 怒りに我を忘れて足でドンと地面を突いた時、またしても天魔たちが集まってきた。

 ルミエルは額に青筋を作った。


「あー、そう、わたしとやるのね? 何がなんでもやるつもりなのね? なら、後で命乞いしても助けてあげないから」


 ルミエルは空中へと飛び上がった。

 彼女の体内から爆発的な魔力が噴き出す。

 それが即座に術式を造り出し、周囲に大爆発を引き起こした。


 百に迫るほどいたはずの天魔が跡形もなく消え去っていた。

 ルミエルは上位の禁術を使った後の疲労などまるで感じさせないような声で言い放つ。


「文句なら死んだ後に創世の大女神さまにでも言いなさいよ、バーーーカ!!」


 彼女の言葉は空しく大空に響き渡るだけだった。

 もう周囲には天魔の姿はない。

 この時、特に意識したわけではなかったルミエルは軍部の派遣が遅れて壊滅しそうになっていた地域を1分もかけずに救ったのだが当然そんな自覚はなかった。


「はぁ……もう、だ~りんはどこよ? このへんにいそうなんだけど」


 その時、ルミエルの直感がぴんと働いた。

 愛しの魔王の気配がわずかに感じられる。


「むむっ、あっちね~! 待ってなさいよ、だ~りん! 1ヵ月以上も第一夫人を放置してただで済むと思わないでよ? 絶対にとっ捕まえてめっちゃくちゃに犯してやるんだからー!!」


 とても元天使とは思えないようなことを叫んでルミエルはその方角へと飛んで行った。







「ランベール中将!!」


 普段はミルディアナ領大図書館の司書を務めているエルフの女性、ニアがハーフエルフのもとへと駆け寄った。

 リューディオ・ランベールは軍部の正門の前で立ち尽くしている。

 近くに辿り着いた時、彼の体内から凍てつくような雰囲気を纏う凄まじい魔力が溢れているのを感じてニアは息を呑んだ。


(これは……ゼナンと戦った時に感じた魔力よりも遥かに強い……!!)


 ニアは退役軍人である。当時の階級は中佐にあたる。

 先のゼナン竜王国との戦で負傷した彼女は軍役を退き、今は司書として静かに暮らしている。

 だが、実際にはリューディオと細かな連絡のやり取りなどを通じて今もなお交流があった。


 今日は早々に司書の役目を放棄して、当時のように軍部の者たちの指揮をしていた。

 突然のことで統率が取れていない彼らを律し、何とか天魔を迎撃して民間人たちを守り、隙を見てリューディオのもとへと駆け寄ったのだ。


 リューディオは小声で何かを呟いていた。

 どんな言語なのかまったくわからない。しかしそれは恐らくは詠唱。囁くような声でそれを続けていた。


 彼の体内の凍てつくような魔力が一段と増していく。

 平時であれば高等魔法院では禁術以上の行使を禁ずるための封印術式が常に発動してあるはずなのだが、何故か今の彼にはまったく効果を及ぼしていないようだ。


 本来のリューディオは禁術すら詠唱無しで行使できる実力を持っている。

 その彼が長い時間をかけて詠唱を必要とするほどの術式とは一体何なのか。


 こうしていま自分が目の前にいるのに、それに気付いていないかのように瞼を閉じて詠唱を続けていたが、その瞳がゆっくりと開かれてこちらを向いた。状況を知らせろと無言で伝えてきているのがわかり、すぐに報告する。


「現在、天魔の襲撃は中央地区に集中しております。次に南方と西方でそれぞれ交戦中ですが、既に数十もの犠牲が出ました。東方地区だけはほとんど戦火に巻き込まれていないため、住民たちは……ひっ!?」


 いつの間にか、ニアとリューディオを取り囲むようにして数十体の天魔たちが飛来してきていた。

 ニアは佐官であった当時、リューディオの右腕的存在であった。当然、天魔たちの伝承のことは知っている。

 だが、こうして対峙すると震えが止まらなくなる。殺気を帯びた白翼の化け物たちに喰い殺されることを考えるだけで呼吸が止まりそうになった。


「ら、ランベールちゅうじょ……」


 舌が上手く回らない。

 1体倒すのですら魔術を専門に扱う軍人が最低でも5名は必要だった。それが今自分たちを囲んでいるのは百に近い軍勢。

 これではもう。ニアは絶望感に打ちひしがれる。自分は中将もろともこのまま死ぬ――。


 天魔たちが示し合わせたように飛びかかってきた。

 ニアはあまりの恐怖に涙を浮かべ、その場に座り込んでしまった。

 化け物たちにばらばらにされる瞬間を想像して頭を抱えて蹲った。


 ――それは突然の出来事だった。

 まるで極寒の最中のような猛烈な寒気を覚えて、死を覚悟したのだが――何も起こらない。

 ニアは両腕を抱きながら、そっと目を開けて周囲の状況を確認した。


 軍部のすべてが凍りついていた。

 地上から突き出した氷が太い槍のようになって天魔の身体を貫き、そのまま凍りつかせていた。

 百にも迫る数の天魔たちのすべてがその強い魔力耐性を貫通した氷に串刺しにされ、全身を氷結させられている。


 目の前に立つリューディオは無表情だった。いつの間にか小声で囁き続けていた詠唱も止めている。

 彼は言った。


「続けなさい」

「……は……え……?」


 まるで何事もなかったかのようにリューディオはこちらを見つめていた。

 いつもの穏やかな表情ともまた違う。何の感情も覚えさせないような、正に氷のような表情だった。


 ニアはその言葉の意味を察して慌てて立ち上がり、軍部や街の状況説明を再開した。

 リューディオを黙ってそれを聞き、こくりと頷く。そして。


 パァンッ!と両手を叩いた。

 瞬間、地上から無数に飛び出していた氷塊とそれに貫かれて凍っていた天魔たちが一瞬で砕け散った。

 その氷のかけらがきらきらと光を放ちながら、リューディオ・ランベール中将の周囲に舞い落ちる。


「さて、遅くなってしまいましたがこれからは私も指揮に向かいます。貴女にまだ戦う意思があるのならついてきなさい」


 彼が使った術式は禁術。階梯はわからない。だが、恐らくは禁術の更に上位に位置するものと極めて近い術式。

 それを何の詠唱も予備動作もなく扱い、まったく意に介した様子も見せない。

 なら、先程の詠唱は一体……。


 リューディオはこちらに一瞥いちべつもくれないまま歩き出した。

 その遠ざかっていく後ろ姿を見て、ニアは呆然とした面持ちになりながらも後に続いた。


(……これが、英雄。これが、リューディオ・ランベール中将。エルフの血を引きながら攻生術式に長け、将校にまで上りつめた男)


 かつての大戦争で数多くの竜族を屠った帝国最強の魔術師。

 数々の禁術をも超える魔法で地形すら変えたと言われ、あの大英雄と並び称されるほどの天才。

 ニアは、改めてその異常とも言える男の偉業を深く噛みしめた。

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