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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第1章 『末期の雫編』

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第37話「それぞれの攻防」

 風を纏って崩壊する高等魔法院から飛び出すと、異様な光景が目に入った。

 街の上空の至るところを白い翼を生やしたモノたちが飛翔していた。

 人型の者、頭だけが動物の者……それは紛れもなく天使の姿と同じだ。それだけなら。


 空中を飛び交い、地上にいる人やエルフたちを次々と襲っているモノの中には巨大な顔だけの者や、動物の胴体から真っ白な触手を生やしたような異形の者たちまでがいた。

 それらは白い翼を生やしているだけで、もはや天使と呼べるような者たちではなかった。

 僕が知る天使の姿とはあまりにかけ離れている。もはや化け物と言ってもいいだろう。


 天魔とはなるほど。言い得て妙なのかもしれない。でも、その身体から溢れているのは神気のみ。魔族が持っているような闇の力は感じられなかった。

 そいつらは数百以上の群れを作って、狂ったように暴れ回っている。

 腕や脚を振り回している者もいれば、魔術で編み上げた武具を使って狩りを行なっている者もいた。


 そんな中、凄まじい炎が天魔たちを覆い尽くした。魔術に換算すれば第10位階くらいかな。

 その方向を見ると、赤髪の青年が大剣を振るって次々と天魔たちを斬り捨てると同時に、剣先から炎を噴き上がらせている。

 キースだ。そして彼が手にしているのは聖剣。しかもかなりの上物だ。恐らくはアレがキースの魔力を高める補助をしているんだろう。


 すぐ傍で落雷が起こり、周囲の天魔たちを焦がし尽くした。

 そちらを見やれば、黒髪の少年が全身から魔力を迸らせながら次々と魔術を放っている。

 雷撃、爆発、氷結――第8位階程度の魔術を休む暇もなく撃ち続けるジュリアンとキースが背中合わせに立つ。


「こいつらの魔力耐性、イカレてやがるぜ。7位階程度の魔術じゃ傷1つつけられねえ」

「皮膚もまるで岩盤のような硬さだ! このままでは数に圧されるぞ」

「軍部ももう動いてるはずだ。軍人がどこまで役に立つかはわからねえが、それまでは踏ん張らねえとな」


 なかなかに頼もしい。

 そう思っていた矢先、天魔の1匹が逃げ遅れた住民たちに襲いかかろうとしていた。


 僕は暴風の勢いそのままに突っ込み、すかさず手のひらに魔力を込めて漆黒の剣を編み出してこちらに気付いていない天魔の頭に突き刺す。

 地上に降り立ってから、腰を抜かして震えている女性へと言った。


「怪我はないかい?」

「は、はいい……!」

「死にたくなかったら僕から離れないで」


 飛来してきた天魔に向かって指を向け、魔法陣を起動。瞬時に天魔の身体を爆発四散させる。

 第8位階の魔術が通じるということは下級の天使以下ということ。

 僕にとっては暇潰しにさえならない程度だけど、並の軍人程度ではまるで歯が立たないレベルだ。


 空を見上げれば、展開してある魔法陣から続々と天魔が召喚され続けている。

 禁術をも越えた『魔法』。あの術式を破壊する力は今の僕にはない。

 周りにいる人間たちだけなら守れるけど、それ以外は厳しいな。現に走って逃げていた住民が天魔の振るった槍に串刺しにされたところが見えた。


 次々と飛来してくる天魔を斬って捨てる。白翼から白い羽根が舞い散り、周囲に積もっていく。

 この程度の身体なら僕の魔力で作った剣で倒せる。


 神聖術式は魔族に対して絶大な力を発揮する。逆に闇を操る晦冥術式も神聖な者――天使や天魔たちのような者に致命傷を与えられる。

 この2つの術式はお互いに天敵のようなものだ。まさかこんなところで1000年前にルミエルたちが攻めてきた時の経験が生きてくるとはね。


「テオドール!」


 見ればキースが走り寄ってきていた。

 襲いかかる天魔たちを次々と斬り捨てているが、その顔には早くも疲労の色が浮かんでいる。


「キース。まだ大丈夫かい?」

「ああ、この程度なら問題ない!」


「頼もしい限りだ。隙を見て後ろにいる人たちを避難させるから力を貸してくれるかい」

「応!」


 その時、黒い軍服を着用した者たちが次々と現れた。

 やっと応援が来た。少しは足しになればいいけど、さてどうなるかな。








「ふっ!!」


 狐耳の少女が、黄金色の長髪をなびかせて強烈な蹴りを放つと天魔の顔面が砕け散った。


「はぁっ!!」


 白狼の少女の爪による一撃が天魔の首筋を斬り裂き、そこから鮮血が噴き上がる。


「キリがないな、これでは」

「ふぅ。硬過ぎよ。私の爪が台無し」


 シャウラの爪は通常時とは明らかに違うほど鋭く尖っていた。

 獣人族が本気を出す時、彼らの身体の一部は先祖返りをしたかのように肥大、硬質化して獲物を狩ることに特化するようにできている。


「これが天魔か。500年前に帝国を襲った災厄――確かにこれだけの者が襲いかかれば被害は甚大なものになるであろうな」

「私の天使のイメージが台無しだわ。白い翼を生やした美少女かと思ってたのに――」


 シャウラはそう言いながら真後ろに跳び上がり、自分を狙っていた天魔の身体に張り付いてその首筋を斬り裂く。

 頭が山羊で下半身は虎のような姿をした白翼の化け物が倒れ伏した。


「こんな化け物なんて詐欺もいいところよ、まったく」

「……帝国軍の兵士にも既に何人か犠牲者が出ているな。魔術のことなんぞほとんどわからんが、位の低いものはまったく効果がないようだ」


「みたいね。どうする、ロカ? 私たちだけさっさと逃げる? ランベール中将は命が惜しければ逃げてもいいと言っていたわ」

「何だ、シャウラ。怖いのか? ならば逃げても構わぬ。余だけでも戦を続けるぞ。久方ぶりにたぎってきた」


 主君の獰猛な笑みを見て、シャウラは肩を竦めた。


「私はロカの奴隷にして護衛役。あなたを置いて逃げ出すわけないでしょ」

「流石は余の臣下だ。後で少しだけ褒めてやろう」


「ほんとっ!? なら、張り切ってこの化け物共を皆殺しにしなくっちゃ」

「最近は軟弱な奴らばかりが相手で退屈していたところだ。久方ぶりの死闘と洒落込むとしようぞ!」


 不敵に笑い合った獣娘たちは、次々と襲いかかってくる天魔たちに真っ向から立ち向かった。

 彼女たちはただでさえ強靭な獣人の身体に、神の加護を与えられている。

 その拳や脚による一撃は天魔の頑強な身体を容易に貫通した。


「そこの軍人共! お前らの攻撃は通じんぞ。民の避難誘導に従事するが良い!」

「なっ、し、しかし……」


 何かを言おうとしたエルベリア帝国軍の鎧を纏った男の眼前に天魔が飛来した。

 人間の大人ほどしかない身体から生えたあまりにも巨大な頭部の口が開かれる。

 ロカは瞬時にその場から跳ね上がり、天魔の顔面を殴り飛ばした。衝撃で顔面が砕け、脳漿が飛び散る。


「ひ、ひぃ……」

「早く逃げろ。でなければ、次はあの化け物共によってお前がこうなる番だ」


 逃げていく軍人を眺めながら、ロカは背後に忍び寄った天魔の首を鋭い尻尾の一撃で叩き折った。


「天からの御使みつかいであるか、はたまたただの化け物であるかは知らんが余もこの街はなかなかに気に入っている。これ以上好きにはさせんぞ」


 ロカはそう呟き、目に入った白翼の化け物たち目掛け一気に跳びかかった。

 






「リーゼメリア。起きろ、起きぬか……!」

「ん……? ぁ、な、なに……」


 リズは気が付けば母に抱かれていた。

 周囲を見渡すとミルディアナの街にある民家にいることがわかった。しかし屋根は崩れ落ち、建物は半壊している。

 そして上空を高速で駆け抜ける白翼の化け物たちの姿を見てリズはその身体を跳ねさせた。


「ひっ……!?」

「大丈夫だ、リーゼメリア。妾がいる。汝に手出しはさせぬ」


 そうは言いつつも、エインラーナの額からは冷や汗が滲み出していた。

 昔のことはほとんど語ってくれない母から教えられた数少ない事柄の1つに白翼恐怖症があった。

 でも、何故エインラーナにそんな症状が出るのか。どうして自分もまたその症状を受け継いだのかについては一切教えてくれなかった。


「ひぅっ……はぁっ、はぁっ……かあ、さま……!」

「汝は妾よりも症状が強い。あまり使いたくはなかったが、やむを得んな」


 エインラーナの手から闇色の魔力が噴き出した。

 その手でゆっくりと頭を撫でられると、不思議と恐怖心が和らいでいった気がする。


「母さま、これ晦冥術式……?」

「そうだ。闇の力を使う術式を生物に使えば、その者の身体に影響を与える。いいものも悪いものも。この術式は相手の脳にある記憶を曖昧にさせる。完全とまではいかないが、恐怖心も薄れてきたであろう?」


「う、うん……まだ怖い、けど……」

「一時的なものに過ぎんが、発狂するほど取り乱すことはないはずだ」


 リズは大空を眺めた。

 白い翼を携えて飛翔するその化け物たちは天使とは到底呼べないような姿をしている。


「妾が白翼恐怖症になったのも、あの天魔と呼ばれる者たちに襲われて危うく死にかけたからだ」

「500年前の事件っていうやつ?」


「うむ。あの時、天魔たちは帝国で暴れた後、一斉にツェフテ・アリアへと襲撃をかけてきた。幸いと言うべきか、当時は帝国と一触即発の状態であったからすぐに対応出来たがそれでもおびただしい数の犠牲者が出たものだ」

「そっか、そうなんだ……天魔たちはどうしてエルフを――」


 その時、それまで無関心だった天魔たちが一斉にエルフの母娘を睨みつけてきた。

 まるで何かに操られてでもいるかのように統一された動きに震えが走る。


 エインラーナが慌てて術式を発動する。攻性術式が苦手なエルフであっても、彼女は莫大な魔力を有していて禁術ですら容易に扱える。

 だが、発動するまでのわずかな時間に20体を超える天魔たちの凶刃が迫った。


 それまで母に抱えられていたリズは逆にエインラーナを庇うようにして立ち塞がる。

 リズの身体を目掛けて一斉に槍が突き出された時、突然天魔たちの身体が細切れにされた。

 あまりに一瞬の出来事に呆気に取られる中、天魔たちの鮮血を浴びた『空間』が揺らいで1人の女性の形を取る。


 メイド服を着用した長い銀髪が印象的な少女だった。年頃は自分と同じくらいだろうか。

 彼女は両手に帝国軍の兵士が使う剣を持ち、目で追えないほどの速さで20体の天魔の身体をすべて斬り払ったのだ。

 その事実に驚愕していると、メイドの少女はリズとエインラーナに振り返る。


「お怪我はございませんか」

「え、あ、う、うん……!」


「汝は一体……」

「ただの通りすがりのメイドにございます」


 白い羽根が宙を舞った。気が付けばまた数十の天魔がこちらを睨みつけていた。

 剣や槍を持つ者、そして異形の身体を武器とする者の攻撃が一斉に迫った時、凄まじい爆発が起きた。

 魔力が使われた。しかもそれはかつて入学試験で垣間見たテオドールとジュリアンの術式よりも遥かに位の高いものだった。


 銀髪のメイドの身体からは常軌を逸した魔力が溢れ出ている。

 彼女が何の予備動作もなしに恐ろしいほど強力な術式を使ったのだと知って愕然とした。


 その爆発に巻き込まれながらも何とか生きながらえていた天魔数体が一斉に襲いかかってくるが、まばたきするうちに数百にも及ぶ斬撃が繰り出されて天魔たちは木端微塵にされた。

 彼女の剣からは黒い魔力が溢れ出ている。恐らくは晦冥術式を使っているのだろう。アレだけの数の天魔を斬り捨てながら、刃こぼれ1つない。ただの兵士が使う剣に過ぎないはずなのに。

 メイドは呼吸1つ乱さずに濃紫色の瞳を向けてきた。


「貴女がたのことは私がお守り致します。決してこの場から離れぬよう」

「し、しかし、妾にも何か出来ることが」

「何もございません。むやみに外に出て天魔たちに嬲り殺されて死ぬのをご所望なら止めはしたくないのですが……我が主から貴女がたの安全を第一に考えよとの命を受けています」


「か、母さま。ここはこの人に任せた方がいいよ……!」

「くっ……! せめて、リューディオがどうしているのかがわかれば……!」

「それならば心配いりません」


 メイド少女は両手に剣を構えたまま、軍部の方へ顔を向けた。


「彼ならもう既に臨戦態勢を整えているはずです。それと同時にこの事件を終結へと導く方法もあると我が主は仰いました」

「リューディオの奴め……一体、何をしでかすつもりなのだ」


 リズは目の前の銀髪の少女に見覚えがある気がした。

 魔術の入学試験の当日。自分が初めてテオドールと話した時、古びた宿屋の入り口から彼女が――。


 その時、メイドは驚いたように西の方角を見た。

 これまでほとんど表情を浮かべなかった彼女がそんな顔をするとは思わず、リズもエインラーナも呆けてしまう。

 そしてメイド少女は呟いた。


「……どうしてこの地へ向かってくるのですか、あの駄目天使は」

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『世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。』第4巻が10月22日頃発売です!
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コミカライズ
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