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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第1章 『末期の雫編』

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第34話「魔王の片鱗」

 強制転移。

 話だけは知っていたそれが起きたと思ったリズは、一瞬で救護室からどこぞの地下室のような場所へ転移させられたのを悟った。

 彼女の身体にエインラーナがもたれるようにして倒れ込んでいた。


 自分よりも小柄な母の身体を揺する。

 意識が朦朧としているエインラーナの頬に軽く張り手をする。

 ぴしゃりとした音が響いた時、エルフの現女王はぱちくりとまばたきをした。


「……リーゼ、メリア? ここは?」

「知んないよ。母さまが連れてきたんでしょーが」

「妾が……? くっ」


 エインラーナは強烈な頭痛に襲われたかのように眉間に指を当てて呻いた。

 その華奢な身体を支えながら、リズは周囲の様子を窺う。

 母の護衛として連れられてきていたと思われるエルフたちと、その場に居合わせていたラティス少尉が全員その場に倒れ込んでいた。


 リズはそもそもどうしてエインラーナがミルディアナの地に来訪したのかまったく知らない。

 救護室で目を覚ました時に事のあらましを聞きはしたが、いきなりのことで気が動転していた。

 しかもその直前には自分がラティス少尉を人質に取って、総司令官室に入り込んだと言われたのだからもうわけがわからなかった。


 その時、地下廊の奥深くから誰かが歩み寄ってくる音がした。

 警戒していると、やってきたのは不気味な者だった。


「誰……?」


 華奢な身体に黒いローブを羽織り、フードを目深に被っているためその顔はわからない。

 リズは瞬時に『眼』の力を使った。

 ツェフテ・アリア王国の王家にのみ伝わる力。真実を透かし見ることが出来るその能力を、リズはまだまだ未熟ではあるもののある程度使いこなすことが出来た。


(女性……だよね? しかも、エルフ)


 エルフの女だとしかわからなかった。

 そして彼女の背後には数人のエルベリア帝国軍の軍人たちがいた。将校の紋章が刻まれた軍服を着用している者までがいる。

 彼らの顔はよく知っていた。反エルフ主義者たちだ。


「雫が揃った」


 男と女の声が混じったような、不気味な声が地下に響き渡る。


「ギスラン殿。これでいよいよエルフを根絶やしに出来るのですね」

「根絶やし。然り。森の賢者はみな末期の雫なれば」

「天魔を呼び寄せ、エルフたちを駆逐させる。人間には被害が出ない。これも確かですな?」


 目の前で繰り広げられる会話に、リズは信じられないものを見たような顔で言った。


「あ、あのさ、お偉いさん方。本気でその怪しい奴の言うこと信じてるの?」

「エルベリア帝国は我ら人間のモノ。お前たちエルフが入り込む余地などあろうはずがないのだ。それがよりによって、同盟関係を結ぶとは……今でも信じられん」

「信じられないのはあたしの方なんですけど。今まで起こったエルフの失踪事件も、みんなあんたらのせいなわけ?」


 その言葉に答える者はいなかった。

 だが、その場にいる人間は誰もが笑っている。狂気を孕んだ瞳で。

 リズがこの現状から抜け出す策を必死になって考えていた時、エインラーナが口を開いた。


「帝国軍内部はここまで腐り果てていたか。妾の見込み違いも甚だしかった。もはや話し合いの余地すらないとは」

「黙れ!! もとはと言えば、森の猿共が同盟関係なぞ結んだせいであろうが! しかもその原因がいま目の前にいるではないか。またとない機会だ!」


 100年前の帝国とツェフテ・アリア王国の同盟関係を結んだのは、時の皇帝とエインラーナに他ならない。

 その時に帝国側はエルフに最大限の譲歩を許した。

 十分な功績を働いたエルフを貴族や将校として認めさせ、エルフを奴隷とすることを禁じ、ツェフテ・アリア王国からの輸入品にはほとんど税をかけない。


 エルフ側が提示した主だった条件はそれらだった。とにかく、帝国に蔓延るエルフへの差別感情を無くし人間と共存する形を模索したのだ。

 時の皇帝もまた帝国内の劣悪だったエルフへの待遇を憂慮していたため、それらの条件はほぼ全面的に呑んだ形となる。

 同盟締結後、100年の月日が徐々に人間とエルフたちの関係を良好なものへと変えていった。エインラーナは確かにそう感じていた。


 しかし、エルフへの差別感情を未だに抱いている者たちは数多い。

 保守的な貴族や軍人はその傾向が強く、エルフたちの地位の向上の陰で少なからぬ差別をしていた。


 そんな逆境でもエルフたちの中でも特に秀でている者は貴族の位を得て、数年前には遂に帝国軍の南方領総司令官にハーフエルフであるリューディオ・ランベールが任ぜられたことにより不満が爆発した。

 反エルフ主義者たちの勢いが増したのはその時期からとなる。


「森の賢者とも謳われるエルフを猿扱いとは笑止。では、その猿に総司令官の座を奪われた汝らは人間ではなく何だと言うのだ? 猿以下ならば狗か」

「き、貴様ぁ!!」


「か、母さま! なに挑発してんの……!」

「もとより妾は穏便に済ませようなどとは露ほどにも思っておらぬ。なんなら、この場にいる者共は全員焼き尽くしてやっても良い。仮にも同盟国の現女王に不敬を働いたのだからな」


 エインラーナの体内から爆発的な魔力が発せられる。

 その凄まじい力を受けて間近にいたリズは身動きすることが出来なかった。

 反エルフ主義者たちも動揺する中、1人だけ何の反応も示さない者がいた。ローブを羽織ったその人物はぼそぼそと呟く。


「女王。森の賢者の。禁術に届き得る。素晴らしき力。雫に相応しい」

「ぎ、ギスラン殿! あのエルフは危険です! すぐに対処を……」

「させぬ!」


 すかさず立ち上がったエインラーナの手から高温の炎が噴き出した時、彼女は――その場に崩れ落ちた。


「母さ……ぁ……」


 すぐに助け出そうとしたリズもその場に叩きつけられる。

 瞬間、目の前に霞みがかかり身体が痙攣した。頭の中身をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたような不快感を覚えて、呻き声が出る。


「お、おお、おお……これだ。この力だ。エルフなら決して抗うことの出来ぬ術! 流石はギスラン殿ですな」

「素晴らしい! 早速この者たちを末期の雫へと変えてしまいましょう!」


 反エルフ主義者たちが歓喜に湧いた時、くっくと忍び笑いがした。

 その場にいた誰もがきょろきょろと辺りを見回す中、彼らの眼前に1人の少年が現れた。


「へえ。面白いことをしてるんだね。それはどんな術なんだい? 僕にも教えてよ」


 青髪の少年がその場に似つかわしくない陽気な声で言った。

 彼の瞳はローブ姿のギスランと呼ばれた者に釘付けになっている。 


「て、テオ……くん……」


 床に顔が貼り付いたようになりながらも、リズはテオドールに目を向ける。

 彼は一瞬だけその翠玉のように輝く瞳でこちらを見やったが、すぐに興味をなくしたかのように目の前を見た。


「な、何者だ貴様は!?」

「やだな、軍人さん。軍学校の入学試験を素晴らしい成績で突破した生徒の名前くらいは覚えておいてくれないと」


「て、テオドールという者です! あの500年前の勇者と同じ成績を残したという……!」

「こ、このガキがそうなのか!? だ、だが、多勢に無勢とは正にこのこと。どうやってここに入り込んできたのかは知らぬが、切って捨ててくれ――」


 叫んだ将校の頭が消し飛んだ。

 いつの間にか突き出されていたテオドールの右手の指先で雷光が光り輝く。

 詠唱も必要としない高位の雷轟術式が一瞬で将校の頭を貫いたのだった。


 頭部のない身体がどさりと床に倒れ込んだ。

 将校クラスの軍人のあまりに呆気ない最期を見て、その部下たちは一様に頭を混乱させながら怯えている。


「えっ、な、何を……何を……」

「ごめんね。僕が興味を持ってるのはそこのフードを被ってる『お姉さん』だけなんだ。後はいらない」


 本能的な危機感を覚えたのか悲鳴を上げて逃げ出そうとした反エルフ主義者たちの身体から炎が噴き上がった。

 一切の予備動作を必要としない禁術に迫るレベルの高度な業炎術式。

 絶対に敵に回してはいけない男だった。そう思った時には既に彼らの身体は灰すら残さず消え果てていた。


 1人だけ残った反エルフ主義者の軍人が悲鳴を上げてその場に膝をついた。


「た、助けてくれ! 頼む! 俺は……俺はあいつらにやらされてただけなんだ!」

「そうなんだ?」

「な、何でもする! だから助けてくれぇ! お願いだ!!」


「エルフの女王陛下を襲った罪を償う気はあるかい?」

「も、もちろんだ! 何でも、何でもするぅ!! 俺は何をすればいい!? 教えてくれぇ!!」


 冷たい石畳に頭をつけた軍人が必死に懇願したのを見て、テオドールは優しく言った。


「死ねばいいよ」


 軍人の身体が暴風で吹っ飛ばされ、遥か彼方にある壁にぶち当たった音がした。

 ゼナン竜王国との苛烈なる戦を生き延びてきた実力派の軍人たちが、たった数秒で全員死に絶えた。

 絶対的であまりにも一方的な蹂躙を終え、青髪の少年は皮肉を込めて言う。


「女王陛下に対する不敬は万死に値する。なんてね」


 鼻で笑ったテオドールは、フードを被った人物を改めて見やった。


「さあ。色々積もる話もあるし、ゆっくりお話しでもしようか。まずは自己紹介から。僕はテオドールって言うんだ。よろしくね、ギスラン?」

「……」


 薄暗い地下廊の中で、得体の知れない2人が邂逅かいこうを果たした瞬間だった。

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