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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第1章 『末期の雫編』

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第30話「久しぶりの温もり」

 すっかり暗くなった寮の部屋で僕はベッドに寝転びながら瞼を閉じていた。

 そんな時に扉がノックされる。


「どうぞ」


 そう告げると、ノックをした人物は扉を開けるのではなくすり抜けて部屋へと侵入してきた。

 その勢いのままベッドの上にダイブしてくる。


「ぐふっ!?」

「ルシファーさま! ハァハァ、ルシファーさま……嗚呼、魔王の匂いがしますぅ。あぁ、これ病みつきになるのぉ……」

「れ、レナ、落ち着け」


「お久しぶりですぅ、ルシファーさまぁ。ただいま帰還致しました。お夕飯にします? お風呂にします? もちろん私ですよね。いいですよ、私が昂ったルシファーさまを鎮めて差し上げますね!」

「待て、昂ってるのはお前の方だろう……」


 すぐに部屋に軽い結界を張った。これで防音は大丈夫だ。

 レナは安心したかのように姿を現した。完璧なメイド姿を保つ美少女は頬を紅くして私を見下ろしている。

 とりあえず抱きしめた。


「よく帰った。ご苦労だったな。危ないことはなかったか?」

「ありません。魔王の妻たる者、どのような任務でも華麗にこなしてみせますとも」


「そうか、それならいい。して、どうだった? 何か手掛かりは見つかったか?」

「……少々長いお話になりますが」


 レナは狭いベッドの上で私の隣に寝転んだ。彼女に腕枕をしてやると嬉しそうにしながらすり寄ってくる。

 そして彼女からもたらされる報告に耳を傾けた。


「……そうか。高等魔法院にそんなものが」

「はい。ルシファーさまのご指示の通り、ただ見守るだけに留めましたが……すべて破壊してしまっても良かったのではないかと愚考します」

「いや、それではダメだ。500年前の二の舞になる。今回はすべてを解き明かさねばならん。私の方でも色々あってな。少し付き合え」


「はい、もちろんでございます! 耳元でそっと甘やかに囁いてくださいませ」

「こんな時に妙な気分にさせる言い方はやめろ。いいか、話すぞ」


 レナが外部の調査を行なっていた頃に起こった出来事のすべてを話した。


「以上だ」

「……ルシファーさま。大変申し上げにくいことなのですが、危険です。そのような真似はおやめください」

「それは出来ん。既にリューディオ・ランベールや特待生たちとも約束を取り付けた。無下にするわけにもいかん」


「そんな約束など守って何になるのですか? 貴方さまにもしものことがあったら、私は」

「レナ。お前は私を過小評価し過ぎていないか?」

「恐れながら今のルシファーさまはとても弱々しいです。それこそ私の力ですら手折たおってしまえるほどに。もうこのような事件に関わるのはやめてテネブラエに帰りましょう?」


「それはお前が元人間にしては常識外れに強いからだ。この身体であっても特待生全員を相手にしても後れを取ることは有り得ん」

「でも……本当に失礼極まる発言をお許しください。それ以上わがままを仰るおつもりなら、今ここで私がルシファーさまを手籠めにしてしまいますよ」

「ちょっと待て。いきなり何を言い出すんだお前は」


 レナはふっと勝ち誇ったような笑みを漏らす。


「この部屋に閉じ込めてずぅっと私に攻められ続けるのです。そして屈服して干からびたルシファーさまを背負ってテネブラエに戻ります」

「お前に屈服させられるほど私の力は弱くないぞ」

「本当にそうでしょうか? 最初は強がっていても、時間を経るに連れて自分の無力感を痛いほど思い知らされて涙目になるルシファーさまのお姿を簡単に頭の中に思い描けますよ。試してみましょうか」


「500年前の意趣返しとでも言うつもりかお前は」

「メイドの身分でありながら無礼極まる行為ですが、それはそれで何だかとても愉しいような気がしてきました。今のルシファーさまは、力も気力も体力も精力も……性欲も私には及びません」


 くっ……こいつは。今の私が弱いと思っていい気になっているな。

 失踪事件の犯人なんぞよりよっぽど怖い。何がってもう目がその気に満ちているからだ。濃紫色の瞳をぎらりと輝かせて、欲望に滾った目で私を見据えている。

 このままでは巷で相次ぐエルフ失踪事件の中で私までもが忽然と姿を消してしまうことになりそうだ。


「…‥大丈夫だ、レナ。私も無理はしない」

「本当にそうでしょうか?」

「もちろんだ。それにお前もほら、気になるだろう。事件の全貌が」


「個人的にはどうでもいいです。それよりも私は、屈服したルシファーさまがどんなお顔をなさるかの方がよっぽど気になります。今までそんなお顔を拝見したことが一度もないので」

「レナ、あまりいい気になるなよ? テネブラエに帰ったらそれ相応の仕置きをしてやるぞ?」

「おしおきですか!? はい、どのようなものでもお受けします! ですから、ここでは私がルシファーさまを」


 ……こうなったら自棄だ。


「ほう、そうか。お前はそんなに自分に自信がないのか?」

「? どういう意味でしょう?」

「弱体化した夫に付き添い、その身を危険から守ることも出来んのか。500年前の伝説の勇者さまともあろう者が」

「……っ!」


「まったくもって嘆かわしいな。私はそんなにも弱い妻を娶った記憶はないぞ?」

「そんなことはありません!! ルシファーさまに危険が迫ろうものなら、この私が全力を以てお守り致します!! よろしいですか、ルシファーさま? 私は最強の魔王の第三夫人なのですよ! 最強の魔王の! 第三夫人!! どんな危険が迫ろうとも私が切って捨てて見せます!」


「ならば私に付き合え。見事にこの身を守ってみせよ!」

「かしこまりました!」


 よし、単純な性格で助かった。

 それでは、これから作戦を……。


「でも、手籠めにはしますね?」

「えっ」

「ふふ、悪いようには致しません。500年前に貴方さまが私にしてくださったことをそのままやってみるだけです」


「待て、レナ」

「いい声で鳴いてくださいね? あ・な・た」


 レナが私に圧し掛かってきた。

 ――この日、私は色々な尊厳を失った。




「……どーしたのだ、テオ。大丈夫か」

「なに、その顔。暴漢に乱暴された女の子みたいな目になってるわよ」

「いや……ちょっと、ね」


 翌朝、僕は他のクラスを交えた大規模な体術の実技演習を見学していた。

 僕を殺る気満々だった獣人娘たちは露骨に残念そうな顔を浮かべている。

 勝負したくても、まともに足腰が立たなくてね……。回復するまでもうちょっとかかるかもしれない。

  

「せっかくお前と試合が出来ると思ったのに残念極まるな。きちんと養生するのだぞ?」

「こんなふぬけた顔をした男を半殺しにしても張り合いがないわ。しっかりしなさいよね、この役立たず」


「ごめん……」

「むー、消化不良だ! おい、誰でもいいから余の相手をせよ! ボコボコにしてやるぞ!」


 ロカが叫びながら走っていくと、演習に集まっていた全員が悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 そこにシャウラも加わると、審判役を務めている教官まで逃げ出した。入学から今までの短い期間でどれだけの人たちが彼女たちの犠牲になったんだろう。


 でも情けないと笑えない。今一番情けないのは紛れもなく僕自身だ。

 くそ、レナめ……少しは加減しろ……。死ぬかと思ったぞ、本当に。

 とは言っても、彼女がもたらしてくれた情報は有意義なものだった。


『ラティス・メイルディア少尉が事件の黒幕である可能性があります」


 名前を聞いても心当たりはなかったけど、入学試験の受付で僕に傲慢な態度を取って見せたあのエルフだと聞いて何となく思い出した。

 しかし、彼女からは特に強い魔力などは感じられなかった。僕のように偽装をしている可能性もなくはないけど、僕を相手に2度も気絶して動かなくなったような女にそんなことが出来るだろうか。


『彼女は高等魔法院に刻まれた特殊な魔法陣によって、建物内の地下に移動しました。その地下には複数のエルフが監禁され、しかも奥の広間で――」


 末期の雫の造り方もこれでわかった。

 よくもまぁこんな大それたものを考えたものだと言うしかない内容だ。

 緑色の奇怪な化け物。それがエルフを喰らい、紅い涙を流したのだという。


 魔法陣の上に鎮座していたその化け物は恐らく『魔導生物まどうせいぶつ』だろう。魔術大国キアロ・ディルーナ王国が遥か昔から研究を重ねてきた、複数の生物を合成して生成したものが総じてその名で呼ばれている。

 あの国とは直接的な戦をしたことはないけど、帝国が僕たち魔族を相手取ってその魔導生物を実戦で投入してきた記憶が蘇る。もう何百年前の話になるだろう。500年よりもずっと前になるか。


 確かにこれは公には出来ない情報だ。

 エルフが大量に虐殺されたからだけじゃない。

『エルフそのもの』が極めて強力な魔力増幅薬の素材になると知れば、どこから手を出されるかわかったものじゃないからね。痕跡をすべて消し飛ばしたとされる当時の帝国軍中将の判断は正しかったと言える。


『少尉には複数の協力者がいるようでした。ただ、彼女は全身をフードとローブで覆い隠していて、とても不気味な声――男と女の混ざり合ったような――そんな声で喋っていました。そして周りの者からは『ギスラン』という名で呼ばれていました』


 男と女の混ざったような声。これも大図書館で目にしたあの資料の情報と一致する。

 ギスランという名前は初耳だが非常に興味深い。


 事と場合によっては、500年前の事件の黒幕と今回のギスランという人物が同一である可能性も出てくる。

 ……しかし、あのひ弱なエルフが? にわかには信じられない。


『そして彼女は頃合いを見て軍部に侵入。リズさまを襲おうとしたので、やむなく気絶させました。いくらルシファーさまのご学友を助けるためとは言え、身勝手な行動をしてしまったことをどうかお許しくださいませ』


 リズは軍部の資料室で調べ物をしていたらしい。

 失踪したミリアム少尉というエルフのことをラティスに訊ねたところ、そんなことが起こったとか。

 ラティスが語ったというミリアムの奇怪な言動が気になる。それは本当にミリアムの発言だったのか。それとも、事件の黒幕であるラティスが自分の思想を適当に語っただけなのか。


 いずれにしろラティスは重要参考人だ。リズが軍部の人を呼び出して色々と説明したみたいだから、リューディオ学長にもその話は伝わっているだろう。

 ラティスが黒幕ならこれ以上エルフの失踪は起きないだろうし、後は高等魔法院を正式に調査するだけでいい。

 ……でも、話が上手く出来過ぎている気がする。


『ただ私が目撃した限りでは、ラティス少尉の精神は完全に崩壊しているように思えました。言動が不自然で自傷行為を繰り返していて……地下にいた時から様子はおかしかったのですが』


 ラティスが黒幕でないとした場合はどうなるだろう?

 何者かに操られていたにしては行動が不自然だ。

 程度の低い魔術師が不慣れな洗脳術式でも使って精神を破壊させてしまった可能性はあるけど。


 直接見に行ければいいけど、流石にこれ以上目立つ行動をするのは気が引ける。誰が相手でも情報源であるレナの存在を知られるわけにはいかないし。

 それに今頃、少尉は良くて軟禁状態だろう。会話することすら出来ないかもしれない。

 何か重要な話があれば、学長の方から呼び出しを受けるはずだし現状で出来ることは何もない。

 

 ちなみに高等魔法院に乗り込んで施設ごとぶち壊すのは可能だ。

 レナになら簡単に実行させられるし、僕1人でだって少し頑張ればやれるだろう。

 仮にギスラン以外にも事件に大きく関わっている者がいれば、そうする必要性も出てくるか。


 でも今やるわけにはいかないんだ。最悪でも事件の黒幕を捕らえるか殺害しなければならない。絶対に黒幕を逃がしてはならない。

 リューディオ学長は黒幕は必ずエルフの女王を手に入れるために動くと言った。彼がそう言うのなら間違いないだろう。

 いずれにしろ、最悪の場合を想定した一応の作戦は既に練ってある。後はただ女王の来訪を待つばかりだ。


 ふと僕は空を見上げた。

 雲1つない、きれいな青空が広がっている。

 果たして今回もまたこの地に白き翼が舞うことになるんだろうか。

次回は幕間なので本日の夜にもう1度更新します。

少し幕間が多くなってしまいましたが、今後は後1度あるだけなのでご容赦を…!

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