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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第1章 『末期の雫編』

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幕間「ミリアム」

 深夜、リズは軍部の資料室にいた。

 体調を整えた彼女は資料の束と睨めっこしている。

 『失踪者一覧』と題された資料には、エルフの失踪者の性別や年齢、経歴などがわかる範囲で記載されている。


 これまでも何度かこの部屋に足を運んでずっと資料をあたっていた。

 リューディオには関わるなと言われていたが、そうも言っていられない。失踪者の中には少数ながらもリズの知り合いがいたからである。


 それにテオドールに聞かされた末期の雫の件が頭を過ぎる。大昔にも今回と似たようなエルフの失踪が起こっていたのは間違いないだろう。

 ただの勘にしか過ぎないが、このまま放置しておけば大変なことになると思った。


 そしてリズは資料の最後に書かれている者の名前に注目する。


名前:『ミリアム・ステイシス』

性別:女性

年齢:18歳

経歴:エルベリア帝国東方出身。貴族であり子爵位。3年前にミルディアナ領直属軍学校へと入学。授業態度、成績は平均であり突出したものは見られない。卒業後は帝国軍の少尉の位に就く。


備考:明るくて活発な性格であったが、幼少の頃より精神面に軽度の障害が見られたとされる。また、体力面から見ても病弱であった。入学以前から、時折咳き込んで動けなくなることがあると指摘されていた。しかし、薬を用いればすぐに回復したため問題視されるには至らず。


失踪届:軍学校の同窓であり軍部の同僚でもあったラティス・メイルディア少尉と同伴中に姿を消したとの報告がある。メイルディア少尉は負傷しており、また重度の精神的ショックを受けているため容態が回復次第、調査される見込み。


 ラティス少尉と言えば、リューディオにたしなめられて涙目になりながら何度も頭を下げていたエルフの女性だ。面識もあるが特別に親しいわけではない。

 そしてミリアム少尉のことも知っている。ラティス少尉とよく一緒に並んでミルディアナの街を歩いている姿を見かけたものだ。

 何度か一緒に食事をしたこともあるが、特に変わったところのない普通の女性のように思えた。


 自分の知り合いがまたも失踪を遂げたという事実に、何とも言えない胸の苦しさを感じた。

 これ以上見ていても辛くなるだけだ。そう思い、資料を閉じて棚に戻そうとした時。


(エルフなのに帝国出身の貴族か。リューくんも似たようなもんだけど珍しいかも)


 リズは自分でも気が付かないうちに、資料室の中から尉官以上の者の詳細な経歴が記載されている資料を探し出していた。

 頭の中で何かが引っ掛かっていた。


(あった。ミリアム少尉の目録)


 そのページを開こうとした時、突然に資料室の扉がバンと大きな音を立てて開かれて、リズは悲鳴を上げた。

 作業に集中していたため、自慢の聴力すらその役割を放棄していたせいで誰かが近付いたことにまったく気付かなかったのだ。


「うぉわっ!? ……ら、ラティス少尉? ど、どしたの?」

「……」


 そこには眼鏡をかけたエルフの女性がいた。いまいち目線が定まっていないせいでどこを見ているのかわからない。


「せめてノックくらいしてよー。びっくりしちゃったじゃん」

「……申し訳、ございません」


「ん、まあまあ、いいよ。あー、その、今ちょっとお話出来るかな?」

「お話」

「うん。えっとね、気を悪くしないで欲しいんだけどミリアム少尉のことで」


 何か反応するかと思ったが、ぴくりともしない。まるで心ここにあらずといった感じだった。

 そのまま話を続けようかとしたところで、唐突にラティスが口を開く。


「ミリアム。ミリアムの。ミリアムの何がお知りになりたいのですか」

「え? あ、ああ、彼女って軍学校に入学する前まではどこで過ごしていたのかなって」


「東方領ですよ。そこの。領地の。1人娘で。ステイシス家の。父と母と姉と妹がいていつも楽しく賑やかな家族でしたよ」

「そう、なんだ。それで、ちょっとだけ聞きにくいことなんだけど……彼女には幼い頃から精神に障害があったって書いてあるんだけど、何か知ってる?」


 ラティスは部屋の壁に寄りかかるようにしながらじっとリズを見つめている。

 辛抱強く待っていると、ラティスはゆっくりと言った。


「いえ。良好でした。精神的に。普通の女です。何もありません」

「そ、そうなの? でも軍部の資料にそういう記載があって」


 ガン!


 あまりに突然の出来事にリズは何の反応も出来なかった。

 ラティスが自分の頭を思いきり壁に叩きつけたのだ。


「ちょっ、な、なに、どうしたの!? 大丈夫!?」

「記載があった。資料に?」


 ガン! ガン!


 立て続けに頭を壁に叩きつけ、自らの血が滲む壁にぐりぐりと頭を擦り付ける。

 理解の範疇を越えた行為を見てリズは立ち尽くすほかなかった。


「心を痛めていました」

「え……?」


 ラティスは続ける。


「穢れていると。この地が。正常ではないと。女神に相応しくないと嘆いて」

「……女神?」

「女神です。ご存じないのですか。尊き存在。慈悲深く、下々の者に愛の手を差し伸べ、温かく包み込んでくださる美しき光」


「えっと、それは創造の女神の――エルベリア帝国の主神であらせられる『オルフェリアさま』のことを言ってるの?」

「違います。オルフェリアは。違いますよ。創造の女神などと。嘆かわしい」


 リズはもはや正気を失っているとしか思えないラティスを前に注意深く質問を続ける。


「ミリアム少尉は他の神を信仰していた、のかな」

「他の? 女神は彼の至高の御方のみ。他の神など有り得ない。まやかしに過ぎない。愚物なり」


 ガン!


 リズはわけがわからずに泣きそうになりながらも、目の前の存在をその特殊な眼で見る。

 ……ただのエルフだ。何も不自然なところはない。リズ自身がよく知っているラティス少尉と同一人物にしか思えない。

 だからこそこの状況は異常だった。何故彼女はこんなことを言いながら自傷行為を続けるのか。意味がわからなかった。


「雫が足りぬ」


 ラティスの声はいつの間にか、男と女の声が混ざったような不快なものになっていた。


「……え?」

「浄化の白翼を呼ぶ雫が。足りぬ」


 そう言って、ラティスはゆっくりと近づいてきた。おぼつかない足取りで歩み寄ってくるのを見て、リズは後ずさりする。

 ドンと背後の壁にまで追い詰められた。ラティスは歩みを止めない。

 彼女の手がぐっと伸びてきたその時――。



 ドガンッ!


 鈍い打撃音と共にラティスの全身が壁に叩きつけられた。衝撃で眼鏡が外れると同時に彼女の身体は糸の切れた人形のようにどさりと床に倒れ込む。

 リズは顔を真っ青にしながらラティスへと近づき、その様子を窺った。

 生きている。リズはそれだけを確認すると、すぐに部屋を出て大声で助けを呼んだ。

明日も1話+幕間構成の予定です。

少々長くなってしまっていますが、物語は既に終局へと向けて進んでいます。

最後までお付き合いくだされば幸いです。

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