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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第1章 『末期の雫編』

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第26話「ミラ~前編~」

 ミルディアナの中央地区に位置する大図書館は、軍学校にあった図書館とは比べ物にならないほどの大きさを誇っていた。

 原則として庶民の持ち出しは禁止。貴族や軍人であれば所定の手続きを踏めば、一定期間だけ書物を借りられるのだという。

 あのジュリアンから見ても面白そうな本があったらしいし、今度時間がある時にでもゆっくり眺めてみたいものだね。


 僕は受付のカウンターを見回し、すぐにエルフの女性の姿を見つけることが出来た。彼女が恐らくニアだろう。

 いかにもエルフ然とした佇まいの彼女とふと視線が合った。

 僕が紋章を見せた瞬間、彼女の無表情に近かった顔が少しだけ驚愕の色に染まる。


「第二倉庫へ」

「……かしこまりました。こちらへどうぞ」


 ニアは疑う素振りも見せずに、僕をカウンターの中へと招き入れてそのまま奥へと案内してくれた。

 薄暗い廊下を歩く中、彼女はずっと無言だった。

 やがて第二倉庫と書かれた部屋の前まで辿り着くと、ニアが言う。


「この扉のドアは鍵穴こそついていますが、実際には紋章をかざさねば決して開けることが出来ません」

「へえ、面白い仕掛けだね。誰かを不用意に立ち入らせないためかな?」

「そんなところです」

 

 僕はリューディオ学長の紋章をドアノブにかざした。

 すると、きぃと音を立てて扉が開く。

 わずかにカビ臭い匂いが漂ってきた。


「ここから先へ同行することは出来ません」

「了解」


「書籍の持ち出しは厳禁ですが、それ以前にまず不用意に本に触れないようご注意ください。魔力耐性のない者が中身を見た瞬間に発狂してしまうような、いわゆる禁書の類も保管されている倉庫ですので」

「時間があれば読みたいところだけど、今はそれどころじゃないからね」


「……あのランベール中将がお認めになったお方だけのことはありますね。肝が据わっていらっしゃいます」

「よく言われる。それじゃ、入らせてもらうよ」

「私は通常業務に戻りますので、お帰りの際にはお知らせください。それでは失礼致します」


 ニアが立ち去るのを見送って、僕は部屋の中に入る。

 第二倉庫というのはただの建前だというのが見ただけでわかるほど、ここに所蔵されている本は特殊なものだった。

 特待生だけが入れたあの部屋のものよりも遥かに危険なものが所狭しと並べられている。


 ふと目に入った本に不思議と意識が持っていかれるようなこの感覚。それは危険な魔導書の主だった特徴とも言える。

 当然僕にしてみれば何ともないけど、これは常人が見てもいいような代物でもないし、そもそもここは常人がいてもいい場所ではない。

 ほとんどの書物に何らかの曰くがあるのが一目瞭然だった。多分、あのへんで黒い瘴気を発している本なんかはジュリアンレベルの魔術の使い手でも読んだだけで『呑まれる』可能性がある。


 嗚呼、面白いなぁ。時間があったら全部読みたいのに。すべて読破するまで部屋から出たくないほどだ。

 そんな好奇心に駆られながらも、僕は一番奥の棚にある本に自然と目がいった。

 その背表紙には『ミラ』とだけ書かれている。他にそれらしきものはないから、アレが学長が言っていたものだろう。


 すぐに手に取った。

 この本自体は、ここに収納されている他の魔導書などと違って特別危険なものというわけではないようだ。

 中身を開く。そこにはこう書かれてあった。


『ミラの血潮ちしお事件についての簡易的調査記録』


 ミラの血潮事件。初めて目にする言葉だ。

 文章はすべて古代文字で書かれている。

 早速、その中身を読んでみることにした。


『事の発端は帝国歴521年頃とされている。

 当時のエルベリア帝国の東方領の一角には、バルザック公爵家が所有する領地があった。

 領主の名はミラ。当時の年齢はおよそ46歳ほどである。若くして夫を亡くした彼女はその莫大な財産を受け継ぎ、豪遊や淫蕩いんとうに耽っていた。若い頃の彼女の美しさを称える話は枚挙に暇がなく、何人の男たちと関係を持ったかすら把握出来てはいない。


 一方、領民へ課せられた税はあまりにも多く、取り立ても厳しかったとされる。税の滞納を理由に処刑された者すらいた。

 公爵家という高い地位を持ち、かつ元老院にも名を連ねている彼女に意見を挟める者などほとんどおらず、バルザック領の民は困窮していた。

 ミラは大変欲深い性格の持ち主で、中でも美しいものには目がなかったとされている。宝飾品や絵画などに留まらず、美しい容姿をした女たちを奴隷として囲っていた。


 特にエルフの女奴隷には並々ならないほどの執着を見せ、気に入ればどんなに高値であろうと買い取って侍らせていたという証言が残っている。

 奴隷は性的な目的で扱われることが多かったとされるが、詳細は不明。

 だが、ある時期を境にミラは自分の老いた姿を嘆き悲しむようになったという供述が複数の元使用人たちから得られている。その苛立ちは歳を重ねても美しいままのエルフの奴隷たちに向けられたらしい。


 当時、帝国の一部で流れていた噂に『エルフの血を飲めば若返る』といったものがあり、ミラはそれを実践したとされている。エルフの血を飲むだけでは飽き足らず、肉を喰らい、血の風呂に入り、宝玉のような輝きを持つ目玉を魔術の触媒として使用するなど数々の常軌を逸した行動をしていた。

 そのような行為をいくら繰り返しても、ミラが若返ることはなかった。彼女は遂にはエルフの奴隷すべてを殺してしまい、その全員の生き血を吸っても何も変化が起きることはなかった』


 エルフの血を飲めば若返るというのはレナが言っていた噂と同じものだろうか。

 でも、やはりと言うべきか何の効果も得るには至らなかった。普通ならここで終わるはずだ。たかが普通の人間如きが老いを克服出来るわけがないのだから。


『ある時、ミラは1人の客人を招き入れた。全身をフードとローブで覆ったその者は男女の区別すらつかず、その声もまるで男と女の声を合わせたような聞くに堪えないおぞましい声色であったという。

 ミラはその怪しげな客人と丸1日を費やして話し合った。客人が帰った後、彼女はこう言ったという。『末期の雫』さえあれば私は若返ることが出来る、と。

 使用人たちは誰1人としてその意味を理解することが出来なかった。ミラ曰く、客人は彼の魔術大国からやってきた大魔術師であり末期の雫の製造方法を知っているという。それを口にすれば若返ることが出来る。


 誰もが耳を疑った。だが、客人はしばしの間を置いて再び屋敷に招かれ、その末期の雫の現物を持ってきた。それは小瓶に入れられた紅い液体だった。ミラは半信半疑ながらも口に含んだ。そして信じられないことが起こったという。

 四十路を過ぎた女の顔から皺が消え、肌も艶やかさを取り戻し、在りし日の美しいミラ・バルザック夫人そのもののようになってしまったのだという』


 ……馬鹿な。一口飲んだだけで若返っただって? 寝言にしても性質が悪い。

 とは言え、これはあの学長がわざわざ僕に対して見せるほどのものだ。嘘偽りが書いているとは思えない。

 末期の雫とはそんなにも驚異的な力を持った代物なのか。


『ミラはその現象を見て歓喜に震えた。それも当然だろう、長年の想いが遂に叶ったのだから。だが、客人曰くその効果は長続きしないらしい。定期的に末期の雫を得なければ、再びその身体は老いてしまうのだという。

 ミラはすぐにでも末期の雫を買い付けたいと言った。しかし客人は首を縦には振らなかった。末期の雫の生成は困難を極めるため、それ以上の持ち合わせがないらしい。


 その生成方法とは何かと詰め寄った夫人に、客人は言った。『エルフだ。エルフを用意しろ』と。

 彼女はその言葉に落胆を示した。エルフの血肉などとっくに口にしている。誤魔化そうとするのはやめろと叫んだ。

 だが、客人は「それではいけない。もう一度エルフを用意せよ。我が術式にかかれば、エルフを末期の雫とすることができる」と述べた』


 話は更に続く。


『偶然にもその時期、東方領にはエルフの商隊が滞在していた。彼らの取り扱う品物は大変に質が良くて高値で取引されていた。

 帝国とエルフの関係は良好ではなかったが、こういった商売目的で帝国に通うエルフたちがいたのも確かである。

 そして2~30名規模で東方領を回っていたそのエルフたちが忽然と姿を消した。バルザック領にある小さな村付近での出来事である。


 商隊は商売道具や馬車などを残したまま、まるで神隠しにでも遭ったかのように消え去った。

(注記:住人たちへの聞き込み調査を行なうことになったが、村には住民のものと思われる腐乱死体が多数散乱しているのみで生きた人間は1人もいなかった。別紙の添付資料を参照のこと)

 この件が公になったのはすべてが終息した後であったため、詳細は不明。この時点ではまだ騒がれた形跡はなかった。』


 エルフは姿を消し、人間は死んだのか。

 口封じで殺された可能性もなくはないだろう。公爵家の力があれば小さな村1つを潰すことくらいなら容易い。


『その後、数年をかけて徐々にエルフの失踪の噂が広まり始めた。帝国の情勢は悪化を極めており、山賊や野盗などの類が多かったのも影響したのか、そのような輩の凶刃にかかったのではという噂程度の域を出なかった。

(注記:この時点で既にエルフの失踪者は200名を越えていたと思われる)

 しかしここで決定打が起きる。帝国歴525年のことである。当時のツェフテ・アリア王国から帝都に派遣されたエルフ総勢121名が、皇帝陛下との謁見を終えて帰路に着くにあたりその全員が姿を消したのである。


 彼らは外交の他にも東方領を中心に起きていたエルフの失踪事件の調査も任ぜられていたため、この件を耳にして激怒したツェフテ・アリア王国の女王から皇帝陛下に説明と早急な事件解決を求める書簡が送られた。

 それからすぐに調査が行なわれたが結果は不明であると言わざるを得なかった。

 その旨を報せると、ツェフテ・アリア王国から通告も無しに総勢3000名を越える旅団規模の軍が派遣されるに至り、エルベリア帝国とツェフテ・アリア王国の2国間で一触即発の極めて危険な状態に陥った』


 これがロカの言うお伽噺に出てきたエルフの軍隊だろうか?

 本当に大きな問題が起こるのはここからだろう。

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