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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第1章 『末期の雫編』

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第25話「古びた本の真実」

 翌日の早朝。

 僕は数枚の羊皮紙と古びた本を手にして、帝国軍南方領ミルディアナ軍総司令官室の中に通された。

 テーブルに紅茶が用意され、人払いを行なった後に僕はソファに座る。


 テーブルの向かいには、南方領の総司令官にしてミルディアナ領直属軍学校の学長でもあるリューディオ・ランベールが座っていた。

 彼は紅茶のカップを手にして優雅に香りを楽しんでいる。

 リューディオ学長は少し残念そうに言った。


「いやしかし、愛する生徒がわざわざ会いに来てくれるのは嬉しいものですが……華がありませんねぇ」

「本当ならみんなを連れてきたかったんだけど、こんな時間だしね。それに少しリューディオ学長とだけ話したいことがあって」


「ふむ、まあいいでしょう。しかし、よくここまで通されましたね。停学になった貴方がこの部屋まで通されるとは……我が軍の危機管理意識も地に落ちたかもしれません」

「かもね。もう少し警戒した方がいいんじゃない? はいこれ」


 僕は手にしていた羊皮紙をリューディオ学長に手渡した。


「反省文、ですか」

「うん。いや、僕も入学早々暴行沙汰を起こしちゃったからね。ここは一度学長にも謝っておかなくちゃって思ってさ」

「……貴方にそんな意識があったとは思いもしませんでしたし、何よりこの文章の内容は更に斜め上ですね。驚きを通り越して呆れ果てますよ」


 リューディオ学長は羊皮紙に軽く目を通して、ぱさりとテーブルに放り捨てた。


「全文、古代文字で書かれてるじゃないですか。これを守衛には見せたのですか?」

「もちろん。ミルディアナ軍の軍人さんならこのくらい読めるよねって言って見せたら、苦い顔をしながら通してくれたよ」


「……今日はエルフが当番でしたか。さぞやプライドを傷つけられたでしょうね。エルフの中でも古代文字を読める者はかなり少なくなってきましたし、特に若年ですらすらと読める者はまずいませんよ」

「プライドが高い無能ほど役に立たない者はいないから、教育し直した方がいいんじゃないかな」


 僕はティーカップを手にして芳しい香りを楽しみながら言った。


「検討しましょう。しかし、この文章の内容は本当に酷い。読める者がいたらどうするつもりだったんですか」


 文章には反省文などではなく、軍学校の批判から始まって最後には軍部の無能さをつらつらと書いてみせた。


「そしたら停学期間が延びるか、退学させられるかしたかもしれないね。まあ仮に読める人がいても、そんな人はそもそも守衛なんかやってないと思ってたから心配はしてなかったけど」

「やれやれ、とんだ問題児ですね。して、そこまでして私に会いに来た理由は何でしょう?」


 僕はあらかじめ持ってきていた1冊の本をリューディオ学長に手渡した。

 彼は訝しげにしながらも、ぼろぼろになったその本を丁寧にめくり首を傾げる。


「特待生だけが入れる図書室の中にあった本だよ」

「おや、これは珍しいですね。古代文字で書かれた本など滅多にお目にかかれるものではありません」


 そういう発言とは裏腹に本の内容を流し読みしかしない時点でもう完全にわかっていた。

 僕は率直にそれを伝える。


「その本を書いたの、リューディオ学長だよね?」

「何故そう思ったのでしょう?」

「その前に1つだけ確認。その本の中に書かれてあることに心当たりはあるかい?」

「……」


 沈黙を守るリューディオ学長。

 一見、無表情に見えるけど少しだけ口角が緩んでいる。彼らしい反応だ。

 ここでもう一息入れてやろう。


「この本自体は数百年前のものに思える。でもこの文章にはね、数百年前に書かれたにしては矛盾する箇所があるんだよ」

「と言いますと?」

「『愚者と賢者は相容れぬものなりけり。』というのはそのまま、人間とエルフは相容れぬものであるというもの。でもね、その後がおかしいんだ」


 僕は文章の肝心の部分を伝えた。


「『融和それすなわちゆめまぼろし。しかして愚者は過ちを認めず。人と野生の決して交わることなき隔たりを埋めんとした末路から学ばず。』っていうのは文脈的に考えて末期の雫を悪用した人間と、エルフの融和のことを指しているよね」

「……ほう?」

「この筆者は末期の雫であるエルフを悪用した人間に警鐘を鳴らしている。だけど、その後に融和――すなわち人間とエルフの同盟関係を否定している。これは矛盾しているんだよ」


「どういう意味でしょう?」

「人間と獣人の融和の末路は悲惨なものだった。今現在もロカたちの祖国が戦争を続けているくらいに、ね。異なる種族の融和は有り得ない。なのに、人間はそれを学ばずにエルフと同盟関係になってしまった。正に融和だね」


 そして僕は最後に付け加える。


「人間とエルフの同盟関係が成立したのは100年前。500年近く前にこの本に書かれてある惨劇が起こっていたのだとしたら、その時期に人間とエルフが同盟関係を結ぶなんていう発想は出てこない。つまり、この本は二国間の同盟関係が結ばれた後に書かれた。そしてそんな本がどうしてわざわざ特待生だけが入れる図書室にあったかと言えば」

「くくっ……あっはっはっは!!」


 リューディオ学長がいきなり笑い出した。

 僕からすれば予想通りの反応だった。


「いやはや、なかなかに優れた生徒だとは思っていましたが……見事ですよ、テオドール。してやられました」

「やっぱり学長が書いたんだね。その意地の悪い性格が滲み出てる悪文だよ、これ」

「ええ、そうです。ふふ、いや、愉快ですね。――過去数十年間にわたり、この学園で学長を務めてきましたが……テオドール、貴方ほど優秀な生徒は他に見たことがありませんでしたよ」


「僕だけで辿り着いた結論じゃないよ。そもそも最初に図書室に入ったのはジュリアンだし、ロカたちからお伽噺を聞かされなければ検討もつかなかったし、リズが白翼恐怖症を見せなかったら本が伝えたい意図もわからなかった上に、キースがリズの症状と大暴風のことを教えてくれなかったら自力でここまで考えられたかどうかは怪しいからね。みんなのおかげかな」


「しかし、古代文字を読めなければ決して辿り着けない結論です。ふぅむ、長生きするというのも悪くはありませんね」

「ちなみにこの本、どういう風にして作ったんだい?」


 本はぼろぼろで扱いが悪ければすぐにでも破れてしまいそうなほど脆い。

 本当に数百年前の代物のように思える。


「簡単なことですよ。『腐食の術式』をかけたのです。これは複合術式による結果ですが……まあ面白いので、今度貴方に試験問題として出してあげましょうか」

「その試験なら今でも解けると思うよ。深水術式と晦冥術式の複合術式だよね。水の術によって本を湿らせて、闇の術によって形態の変化を促進――この場合は腐食を早めた。他のページはどうでもいいから適当に潰して読めなくしてる」


「これほど教え子として『面白見のない』生徒も他にいませんでした。テオドール、貴方は既に学生の域を越えています。どうでしょう。貴方さえ良ければ、特例として正式な軍人扱いで今すぐ雇い入れることも可能ですが」

「今はそんな話に興味はない。僕が知りたいのは、その本に書かれてある内容が本当かどうかだけなんだ」


「……すべてが本当ですよ。嘘偽りなどまったくない真実です」

「人間とエルフの同盟関係を根本から否定しているのも真実だとでも言うのかな?」


「ええ。エルフでありながら帝国軍の将校としての自分の立場を考えてもなお、そう思いますよ。人間とエルフは決して交わるべきではなかったと」

「ハーフエルフがそれを言うんだね。まあ、学長の思想に異議を唱えるほど歴史に詳しくないから別にどうでもいいけど」


「そこまでばっさりと切り捨てられるのもなかなか爽快ですね」

「それより、どうしてこんな回りくどいことをしてたんだい? 今回はたまたま僕とジュリアンが見つけたから良かったものの、下手をしたら誰も本を手に取ることすらしなかったと思うよ」


 ハーフエルフの学長はそこで頭を横に振った。


「まず最初に誤解を解いておきましょうか。私がこの本を作製したのはもうずいぶん前の話です。いまこの街で起こっている失踪事件とは何の関係もない。ただ過去にあった凄惨な事件を題材にした話を作っただけです」

「その理由は?」


「これは一種の『試験』だったのですよ。私が学長の座に就いた頃から特待生のみに課していた、特別なものとでも言えばいいですか。結局、数十年間にわたって出題を続けて解けたのは貴方だけでしたが。しかも幸か不幸か、500年前の惨劇が繰り返されている今になって現れた貴方が、です」


 懐かしむかのように言うリューディオ学長は視線を僕に向けた。

 ティーカップを置いて、真摯な眼差しで見つめてくる。


「本来であれば、この試験を突破した者には先程私が提示したような条件ですぐにでも軍人となることを保証する予定でした。この試験を解けるほどの熱意と知識を持った者なら、必ずこの条件に食いつくとも思っていましたが……今は状況が違う」

「エルフの失踪事件のせいかな?」

「ええ。断られた手前、軍人としてではなくあくまでも個人的な頼みとしてですが――この事件を解決するために、私に協力して頂きたい。乗って頂けるのであれば、私が知っている限りの情報をすべて開示しても構いません」


「貴族の出でもないし、身元を保証出来るような人がいない僕でも構わないと?」

「……ある意味その方が助かると言えば、私が何を考えているか貴方になら察しがつくかもしれません」

「つまり、軍人としては頼めない個人的な頼みとして、僕に軍の介入を一切なくした上で事件解決に挑んで欲しい。手段は問わない、というところかな」


 学長は何も言わなかったけど、否定はしない。僕が引き受けるかわからない以上、『はい』とは決して言えないことだから無理もないか。


「学長にはもう犯人の目星か、もしくはエルフの所在といった事件の全容はわかっているのかな。その上でなお、軍部として手出し出来ないところにしか解決の目途がないと」

「もう驚きはしませんが、見事な推理力です」

「このまま放っておけばどうなる」


 慎重に問いかけると、彼は確信を帯びた口調で言った。


「このミルディアナ領は間違いなく滅びます。そして、ツェフテ・アリア王国との同盟関係が崩れ戦争に突入。おびただしい量の死者が出ることでしょう」


 帝国軍南方領ミルディアナ軍総司令官リューディオ・ランベール中将がその力と権力を以てしてもなお、絶対に手出し出来ないもの。

 そして、恐らくは他の領土の軍部に対しての協力要請はもちろん皇帝やその取り巻きたちに対しての助力懇願すらままならない事態。

 僕は自然と口角が上がった。


「面白そうだね。受けてもいいよ」

「率直に申し上げましょう。死ぬかもしれませんよ?」


「生徒にそんなことを頼もうとするなんて酷い先生だね。もちろん構わない。そういう刺激がある方がもっと楽しめそうだからさ」

「……貴方を信じましょう、テオドール。その上でこれを託したい」


 リューディオ学長は懐から特殊な金属で鋳造ちゅうぞうされた紋章を取り出した。

 複雑で精緻な紋様が刻まれたそれは、特待生の証となる魔銀の紋章よりも遥かに優れた逸品であることは一目でわかる。

 帝国軍の中将である証か。


「これを持って、大図書館の将校のみが入れる『第二倉庫』へ」

「……ずいぶんと地味な名前の部屋だね」


「表向きは。中に入ればわかります、そこが特殊な空間だというのがね。その部屋の書棚には背表紙に古代文字で『ミラ』と書かれた本が1冊だけあります。それを読んできてください。この事件について貴方が知りたいと思うであろう情報がそこに書かれてあります」

「でも、僕がこんなものを持っていったら怪しまれると思うんだけど」


「司書のニアというエルフの女性を探してください。大図書館の司書を務める女性のエルフは彼女しかいないのですぐにわかります。紋章を提示して第二倉庫へとだけ告げなさい」


 信用出来る部下がいるというわけか。


「了解。早速、今からでも行った方がいいかな」

「もちろん。ちょうどいいので、この事件が終わるまで貴方の停学は継続とみなします」

「あのつまらない授業を受けなくて済むならそれに越したことはないよ。それじゃ行ってこよう」


 僕はさっさとソファから立ち上がり、すぐに部屋を出た。

 『ミラ』か。人間の女性の名前としてはありふれていると思うけど、さて何が書いてあるのかな。

 久しぶりに愉快な気持ちになって、僕はミルディアナ領大図書館へと足を運んだ。

おかげさまで昨日は日間ハイファンタジーランキング90位に入ることが出来ました。

昼間だけという短い期間でしたが……。

引き続き応援してくださると嬉しいです。

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