幕間「受け継がれる恐怖」
「ん……」
「リズ? 起きたかい?」
夕陽がリズの顔をほのかに照らしている。
彼女はぼんやりとした顔をしながら、少しだけ瞼を開けた。
「気分はどうだい?」
「最悪……」
「喋れるなら大丈夫かな」
「もー少しいたわってよ……テオくんの意地悪……うぅ、頭いたぁ……」
リズの顔色は未だに優れないし、具合が悪いのも確かだろう。
「記憶はどうだい? 何が起こったか覚えてる?」
「……む~、恥ずかしいな……あんなとこ、見せるつもりじゃなかったのに」
バツが悪いかのように頭を掻くリズ。どうやら記憶はしっかりしているようだ。
「キースたちもここにお見舞いに来たんだよ。あと、このバスケットに入ってるのはさっきロカが置いていったお見舞いの果物」
「そーなんだ、明日お礼言わなきゃ。みんなには呆れられちゃったかなぁ」
「心配そうにしてたよ。僕も最初に見た時は驚いたしね」
「ごめんねー……せっかくのいちゃらぶデートが台無しだったね。また日を改めてしようね?」
「そんなことしてた記憶は僕にはないけど」
「あの後、テオくんが停学処分中なのをいいことに街中に連れ出して人気のないところに連れ込んで色々するつもりだったの! 予定がぱぁだよ」
「ロカもシャウラも大概だけど、リズは本当にやんちゃだね。そんなこと言ってたら襲うよ?」
「むしろそれ待ちなんですけどー。どうして寝てる時に襲ってくれないかなぁ? なんなら今からでも寝たふりするから襲っちゃう? ほらほら」
リズは寝転んだまま布団をばさばさと捲ってアピールしてくる。
……短いスカートから覗く白い太ももは目に毒だ。
僕はとりあえずナイフで果物の皮を剥いて食べやすく切ってから、リズの口に突っ込んだ。
「もごっ!? ちょっ……んぐんぐ」
「そこまで軽口が叩けるなら心配なさそうだね。少し君と話したいと思ってたんだ。大事な話」
「こくっ。あたし、そーいうノリ苦手だなぁ……まあ、テオくんには看病してもらってたお礼として付き合ってもいいけどさ」
「リズはいつから白翼恐怖症なんだい?」
「……知ってるんだ、それ」
「キースやジュリアンが教えてくれたよ。医務室の先生はあんまり詳しくなさそうだったけど」
「そりゃーそうっしょ。罹ってる人自体少ないし。むしろあの2人はよく知ってたね。ほんとーに頭いいんだ。流石特待生」
あまり面白くなさそうに答えるリズは身体を起こしてベッドに座り込んだ。
「これは生まれつき。理由はわかんないけど、本当に『白い』翼を持つ鳥がダメなの」
「白い鳥自体はそこそこ見かけるような気がするけど、今まで大丈夫だったのかい?」
「あぁ、うん、遠くにいるくらいなら見ないようにすればいいし……今日は本当に不意打ちだったから、頭真っ白になっちゃってさ」
生まれつきか。彼女自身が白い鳥を怖がるような体験をしているわけではないのがわかった。
なら、これはどうだろう。
「リズの身内や知り合いにも同じ症状の人やエルフはいる?」
「ん、何人かね。ツェフテ・アリアだと帝国より多いんだ、この症状。あたしの母さまもそうだったみたい」
「失礼な話だけど、君のお母さんは何歳くらいだい? エルフは長命な種族だから少し気になってね」
「もー少しで500のお婆ちゃんだよ。見た目は若いけどねー。あ、これ一応内緒でお願いね?」
500歳のエルフか。
普通のエルフの寿命は200歳程度だったと記憶してるけど。
とは言え、彼女の母親の年齢はあの本に書かれていたことやお伽噺の元の事件が発生したと思われるのとほぼ同じ年代と言えそうだ。
「リズ、良かったらそのお母さんと直接話せないかな?」
カップに注いだ白湯を呑んでいたリズは盛大に噴いた。
「ぶふっ……ちょ、ま、無理! 絶対無理!」
「何で?」
「な、何でもだよ! べ、別にいいじゃんあたしの母さまのことなんて!」
「近くにいるなら話してみたいなと思ったんだけど」
「残念でした、ツェフテ・アリアにいますー。それよりもどういうこと、テオくん!? こーんなに若くて魅力的なエルフを目の前にしておきながら、どーして500歳近くのおばばを気にするかなぁ!?」
レナもそのくらいの歳だから何とも思わないんだけど、まあ会うのは現実的じゃなさそうだな。
リズから訊き出せるのはこのくらいが限界か。
最後にもう1つだけ。
「君のお母さんはツェフテ・アリア出身なんだね?」
「そうだけど……?」
「『帝国にやってきたこと』はあるかい?」
「? んん、確か前に来たことはあるって聞いたような……」
「帝国とエルフの同盟関係が結ばれたのは100年前だよね。それ以前の話かい?」
「ううん、詳しくは知らないけどその後だと思うよ。同盟関係になる前は帝国にやってくるエルフなんて物好きしかいなかったし。あの保守的おばばが来るわけないんじゃないかなー」
レナも言っていたのを思い出す。昔の人間とエルフの仲はあまり良いものではなかったと。物好きな者かわけありな者しかいなかったんだろう。
リズの証言自体は多少不確かな面もあるけど、収穫は十分だ。
彼女の母親は同盟関係を結ぶ前に帝国にやってきたことはない。それだけ知れれば良かった。
つまりこういうことになる。
その天使かあるいはよく似たナニカは帝国の東方領に現れた後、わざわざ遠方の地にあるツェフテ・アリア王国へ向かったと。
「そっか。じゃあ、そろそろ医務室の先生を呼んでくるから大人しく休んでてよ」
「あ、ちょ、テオくん……!」
僕はそのまま部屋を後にした。
おかげさまでブクマ100に到達しました。
そして素敵なレビューも頂きました。初めての経験なのでとても励みになります。
ありがとうございます。
今後の展開が少しでも気になったり、お話が面白いと思って頂けたら是非ブクマや評価で応援してくださると幸いです。
また、次回は違う人物視点でのお話となります。





