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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第1章 『末期の雫編』

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第23話「狂える白翼」

 午後。僕は医務室の中でやっとのことで落ち着いて眠りこけているリズの姿を見つめていた。

 ドアがノックされて返事をすると、顔を出したのはキースやロカを始めとした特待生の面子だった。

 キースが真っ先に問いかけてくる。


「リズが運び込まれたと聞いたが、大丈夫なのか?」

「うん。別に命に関わるようなことじゃないらしいんだけど」


 僕が事情を説明すると、キースは顎に手を添えたまま言った。


「俺も見たのは初めてだが……もしや『白翼はくよく恐怖症』ではないか?」

「なんだい、それ?」

「それなら知ってるぜ。人間とエルフの中にはたまに『白い翼を持つモノ』に強い恐怖心を覚える奴がいるらしい」


 ジュリアンが言うと、ロカとシャウラはお互いに顔を見つめた。


「よもやあのリズが小鳥を見ただけで取り乱すとはな……。シャウラ、お前は知っているか?」

「いいえ。少なくとも、獣人族の中にはそんな風におかしな恐怖心を持つ者はいないと思うけれど」


 獣人にはなくて、人間とエルフだけにそんなものがあるのか。


「俺は文献で見ただけだが、いつの頃からか人間とエルフの間でそのような恐慌状態に陥る者が現れたらしい。重症の場合、死亡例もあったと書かれていたな」

「オレの知り合いが同じ症状だった」


 ジュリアンが意外なことを言い出した。


「いつもは落ち着いた奴だったけど、白い――純白の翼を持った鳥を目にすると、錯乱したみたいに暴れ出してよ。それが気になって本を色々漁ったら、そういうものがあるらしいってわかったんだ」

「私のことは平気なのかしら? 純白よ、私。好きでこんな色になったわけじゃないけど」


「だから翼だけだっつってんだろ、色惚け狼」

「なんですって、このクソガキトカゲ。バラバラにされたいのかしら?」

「上等だよ。今すぐ塵にしてやろうか」


「まあ待て、阿呆共」


 ロカが尻尾でシャウラとジュリアンの頭をパシパシと軽く叩いた。シャウラは嬉しそうにしながら倒れ込んだだけだったけど、ジュリアンはまるで鈍器で殴られたかのような反応を見せてその場に倒れた。


「いってぇ!! くそ……てめえ、おい狐!」

「何だ、この程度でわめくな。鍛え方が足りんぞ、竜よ」


「てめえも一緒に燃やしてやろうか。そこの狼と纏めて消し炭にすんぞ」

「おい、ここは病室だ! 静かにしろ!」


 キースが一喝してみんなが黙った。

 リズが起きてしまうんじゃないかと思ったけど、彼女は深い寝息を立てたままだった。

 鎮静作用のある薬の効果がよく出ているようだ。


 僕はふとジュリアンがこの症状のことを知っているのに興味がいく。

 そういえば、以前図書館で彼はこう呟いていなかっただろうか。


『……狂乱の翼。白き流星……』


 これはあの古代文字で書かれていた本の引用だ。

 彼はあの時、何を考えていたのか。


「ねえ、ジュリアン。この前、君はリズの病気の名前を思い出していたんじゃないかい?」

「よく憶えてるな、お前。そうだよ、このバカエルフが罹ってたなんて知らなかったけどな」


「んん? おいおい、何の話だ。余も混ぜよー」

「ロカにはもう言ったじゃないか。例の古代文字のことだよ」

「……俺には何のことだかさっぱりわからんが」


 そういえば、キースにはまだ伝えていなかった。

 内容をかいつまんで教えると、彼は思案顔になる。

 それを尻目にジュリアンは言う。


「あの文章には『狂乱の翼』と『白き流星』っていう単語があっただろ。そんで、この女の症状を思い浮かべただけだ。調べたっつっても詳しくはなかったし、関係ないかと思ってすぐに頭ん中から消したけど」

「……テオドール、ジュリアン、お前たちはかつて帝国の東方領で起こったとされる『大暴風だいぼうふう』の話は知らないか?」


 僕は知らない。ジュリアンは『あんまり詳しくはねえが一応は』と答えた。

 この前図書室で見た歴史書にも災害の項はあったけど、そこまで重要視してなかったから適当に読み飛ばしちゃったんだよね。

 でも、意外なことに手を挙げたのはロカだった。


「話だけなら聞いたことがあるぞー。これは獣人族の中では広く知られている話だ。シャウラ、お前も流石に知っておろう?」

「ええ。確か、帝国歴530年前後のお話だったかしら? 帝国の東方で未曾有の大暴風が起こって、人も建物も自然も何から何まで吹っ飛ばされて大変なことになったっていう災害よね」


「であるな。何故この話が獣人に伝わっているかと言えば、その災害復興のために獣人の奴隷が相次いで帝国へと連れていかれたからであろう」

「奴隷だけじゃなくて、肉体労働が得意な者は絶好の稼ぎ場だって言って喜んで行ったらしいけれどね。……で、それがどうかしたの?」


 森の賢者が姿を消した。

 それは帝国に住む人間ないしは化け物の仕業であった。

 天が怒り、狂乱の翼が白き流星となって舞い降りてすべてを破壊し尽くした。


「流石に人口密集地帯ではその痕跡は残っていないが、東方領の一部の地域では大暴風の名残として瓦礫の残骸などが散らばっている場所が多々あると聞いたことがある」


 森の賢者は末期の雫であり、人の手に渡ってはならない。

 ましてや人とエルフが相容れることは決してない。

 しかし人は学ばない。かつて人と獣人が融和を果たした国の末路を見ても学ばず。

 人とエルフの融和は有り得ない夢であり幻である。

 再び人が悪行をなせば、滅びの鐘が鳴る。


 ……なるほどね。

 今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。

 この古代文字を書いたのが誰なのかわかったよ。まったく性質が悪い。


「どーしたのだ、テオ。この話に何か面白い部分でもあるのか?」


 そして白き翼。僕が真っ先にその言葉を聞いて連想するのは、最愛の妻のルミエルだ。

 天使である彼女は魔族を殲滅しにやってきた。その天使たちを象徴するのが白翼。そして彼女たちは恐ろしいほど強い。魔族である僕でもそう思ったんだ。

 ――もしもその矛先が人間に向かったら、一体どう思われるだろうね。


「ああ、なんとなく話自体の検討はついてる。狂乱の翼は恐らく『天使』かあるいはそれによく似た何かだろうね」


 僕の言葉にみながぎょっとした。

 まあ無理もないか。彼らは本物の天使なんて見たことがないだろうから。


「天使ぃ? あの白い翼が生えてる人間のことを言ってるの?」

「うん。ただ少し変なのは『狂乱』という部分だね。天使は本当に理知的で合理的だから、狂乱するなんて普通は有り得ない」


「何でお前がそんなこと知ってんだよ?」

「……って本で書いてあるのを見たことがあるんだよ」


 かつて魔族国を壊滅させるために遣わされた天使たち。

 我が最愛の妻ももちろんのこと、他の者も恐ろしいほど強かった。普通の人間ならあんなものに襲われたら凄まじい恐怖心に襲われるに違いない。

 とは言え、少し疑問が残るのも確かではある。


「エルフを亡き者にした人間のとがを見かねて、天使たちが舞い降りて周囲を破壊し尽くしたというわけか?」


 キースが言っていることは恐らく正しい。起きた現象だけを考えるなら。


「そう。人間とエルフのみに発症する白翼恐怖症もそこから来たと考えれば合点がいく。症状が出た者の先祖が、狂乱した天使に殺されかけるかして恐怖心に駆られた結果が白翼恐怖症なんだろうね」

「強いトラウマは時として子孫にも受け継がれるということか。有り得ない話ではないな」


 そこでジュリアンが異論を挟んだ。


「まあ、天蓋てんがいからやってきたっつうならわからねえでもない。実際にオレもそこはちょっと疑った。でもよ、エルフを誘拐だか殺すだかするのはそこまで罪深いことなのか?」

「余も同意見だなー。誘拐や殺害など、今現在進行形で行なわれているぞ。なのに、我が祖国には未だに慈悲深い天使さまとやらは降り立ってはくれんな。それとも、獣人とエルフでは価値が違うとでも言うのか」


 ロカの祖国の現状を考えるとそういう意見が出るのもおかしくない。

 でも、彼女の言葉の中には矛盾するものがあった。それは。


「ロカ、それは少し違うよ。エルフに悪事を働いた罰として天使が遣わされたなら、どうして当のエルフであるリズが白翼恐怖症になっていると思う?」

「む……確かに。しかし、それでは話がおかしいではないかー。エルフがどうにかされたからこそ、裁きを下すために天使が降り立ったのであろうに?」

「それは古代文字の書かれ方に難がある。あたかも『人がエルフを害した裁きとして天使が降り立った』と誤解されるように書いてあるんだ」


 ロカは腕を組んで長い尻尾をゆらゆらと振った。


「うむ! 余は馬鹿だからさっぱりわからぬ。シャウラ、お前もわからんだろう?」

「失礼ね! 馬鹿にしないでくれるかしら!? さっぱりわからないけど!」

「余もシャウラも困ったら力で解決するのをよしとする故、頭を使うものはさっぱりだー。考察はテオらが勝手にするが良いぞー」


 くわぁと大きなあくびをしたロカは、未だに眠るリズの様子を窺いにいった。シャウラもそれに続く。


「俺は直接その本を目にしたわけではないが、つまりはこういうことか? エルフの失踪と天使が降臨した事象は一連のものではなく、別個によるものだと」

「……そこまではわからないね。ただ、リズが白翼恐怖症にかかっている以上、こう考えるべきじゃないかな。『天使はエルフも襲った』と」

「それが『狂乱の翼』の理由ってわけか? 頭のイカレた天使がやってきて人間もエルフも見境なく襲って何もかんもめちゃくちゃにぶっ壊した。それが東方領の話に残ってる『大暴風』の正体だとか?」


「……そこらへんももう少し調べたい」

「調べるって言っても、どうすんだ? 大暴風のことなら歴史書にも少しだけ載ってたぜ? 関係ないと思ったから飛ばし読みだったけどよ。災害や飢饉なんかも大規模なものはあそこの本にあらかた載ってただろ?」

「リズに確認したいことがあるんだ。だから話はまた今度かな」


 僕は深い眠りについているリズを見た後、窓辺へと目を向けた。

次回は幕間となりますので本日の夜に投稿致します。

視点は変わらずルシファー(テオドール)のままです。

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