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世界最強の魔王ですが誰も討伐しにきてくれないので、勇者育成機関に潜入することにしました。  作者: 両道 渡
第1章 『末期の雫編』

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第21話「稽古の後は優雅なひととき」

 僕は学園の入り口でロカたちと別れ、寮へと向かった。

 停学になったとは言え、数日に過ぎない。寮も問題なく使えるはずだ。

 そんな時、鋭い掛け声と共に風切り音が聞こえてきた。


 落日に照らされていたのは、赤髪の青年だった。

 もう誰もいなくなった模擬訓練場で、木剣を両手で掴んで素振りを行なっている。

 本当に生真面目な男だ。僕はそんな彼に声をかけることにした。


「やあ、キース。精が出るね」

「うん? テオドールか? ……貴族を半殺しにして停学になったというのは本当か?」


「いや、流石にそこまでしてないよ? 停学になったのは本当だけど」

「無抵抗を貫いた貴族を笑いながら蹴り続けたと聞いたが」


 噂に尾ひれどころの話じゃないな。


「お前は強い。だが、身分は低いことを忘れるな。おおかた貴族の方から何かやらかしたのだろうが、平民が何を言っても聞く耳は持たれない。呆れた話だがな」

「そういう君は違うみたいだね?」


「俺とて貴族としての誇りはある。聖炎を受け継ぎしレルミット伯爵家の嫡男として、相応の矜持も持ち合わせているつもりだ。だが、それは断じて身分が低い者を蔑んで馬鹿にするようなものではない」

「それじゃあ、僕の言い分を信じてくれるのかな?」


 キースは素振りを続けたまま言う。

 

「別にお前を信じたわけではない。特に入学式での件は明らかにやり過ぎだし素行も悪い。しかし、お前は何の意味もなく弱者を痛めつけるような真似をする男ではないと思っている。お前が興味を持っているのは強者だけだろう?」

「まあ、そんなところだね。僕は強い人がいるかどうかを見るためにここに来たわけだし」

「……では問おう。お前から見て、俺はどうだ。強くなれる素質はあるか」


 まっすぐな問いかけとは裏腹に、少しだけ不安を感じていそうな気配がした。


「急にどうしたのさ。まるで大きな壁の前で立ち尽くしてるような感じの言い方だよ。俺はこの壁を乗り越えられるだろうか、みたいに」

「! ……ふん、そうかもしれんな。して、どうだ」


「君は今でも十分に強いと思うけど、鍛錬を重ねればもっと強くなれる。才能もあるんだし、何より君は神使じゃないか。神にも認められている」

「神使などアテにはならん。神々は気まぐれだ。善人だろうが悪人だろうがその加護を得られるし、才能の有無などまったく関係ない。何故このような人物が神に選ばれたのかと問い詰めたい者を少なからず見てきたものだ」


 なんとなく、彼も伯爵家という身分でありながらそれ相応の苦労をしているんだろうなと思った。


「君が強くなるには実戦が一番だろうけど、この学園には少し荷が重いかもしれないね」

「同窓の者とはあらかた手合わせを終えたが……まるで話にならん。とりあえず入学して、適当に士官候補生となって卒業した後は佐官にでもなってのらりくらりと暮らす腹積もりの輩が多過ぎる」


「キースは佐官だけじゃ満足できない感じなのかな?」

「無論だ。俺の夢はこのエルベリア帝国の大元帥となること。レルミット伯爵家の威光を再びこの手で取り戻さねばならん」


 大元帥か。大きな目標だ。

 僕たちテネブラエ魔族国が帝国と相対していた時には、勇者の次に位が高くて全軍の最高司令官としての役目を持っていたはず。

 今の彼にはまだ果てのない夢に過ぎない。でも、いずれはそうなる時が来てもおかしくはないかもしれない。


「テオドール、これから時間はあるか? 良ければ俺と手合わせ願いたい」

「今日は何もないよ。寮に帰っても暇なだけだし、少しやろうか」


 木剣の用意をしてもらい、それを受け取って僕はキースとの試合を始めた――。




「ぐぉっ!?」


 キースが派手に吹っ飛んだ。

 つい力み過ぎてやってしまった。少し熱を入れ過ぎたかな。

 気が付けば、小鳥のさえずりが聞こえてくる。朝陽が昇っていた。


 アレから何時間経ったかわからないけど、僕とキースはずっと木剣を手にして試合をしていた。

 途中からは試合というよりも彼への稽古のようなものだったけど、なかなかに楽しかった。

 一戦交える度に強くなっていく彼への興味が僕を駆り立てたのかもしれない。ただ、ひたすら彼と剣を交えてわかったことを伝える。


「キース。君は人を傷つけることを怖がっていないかい?」

「……そう見えるか」

「最後の方は流石に本気になれていたと思うよ。でも、その前は剣の使い方に迷いがあった。他の生徒相手にはそれでも勝てるから、というよりも」


 僕はキースの手を取って立ち上がらせる。


「そうしないと相手が壊れてしまう。だから君はなかなか全力を出せなかったんじゃないかな?」

「……子供の頃に同年代の貴族の者と戦ったことがあってな。腕が立つ奴だと言われていたからはりきってしまった結果、いらない怪我を負わせてしまった。それが原因かもしれん」


 その頃から既に周囲とは明らかに違う力があったわけか。

 今までに試合をして全力を出せたのは数えるほどしかないのかもしれない。


「テオドール、もう1戦頼めないか」

「僕はいいんだけど、もうそろそろ朝食を摂ってもいい時間じゃない?」

「なっ……も、もうこんな時間か。すまない、まったく気がついていなかった」


 彼ももしかしたら僕と同類かもしれない。

 良く言えば、凄まじい集中力だ。悪く言えば、熱中し過ぎると周りが見えなくなってしまう。

 まあ性格は正反対だけど。


「これからも時間さえ合えば、訓練でも稽古でも付き合うからさ。もちろん剣術だけじゃなくて魔術の方でもいい。また今度やろうか」

「助かる。……では、俺は色々と用意せねばならんのでこれにて失礼する」


 キースは慌ててその場を去っていった。

 さて、停学中の僕はどうしようかなぁ。寮に帰って寝るのもいいけど、この身体に休息なんてほとんど必要ないからどうせなら何かしていたいんだけど。


 昨日とは逆に僕からロカやシャウラを誘って街を巡るのも楽しいかもしれない。

 そんな考え事をしながらも、背後からこそこそ近付いてくる気配に気付いた僕は言った。


「驚かせようと思ってるなら失敗だよ、リズ」

「ありゃ、気付かれちゃった? う~ん残念残念」


 飄々(ひょうひょう)とした調子で言ったリズはそのまま近付いてきて、いきなり僕の背中に抱きついてきた。


「そりゃっ!」

「なっ、ちょ、リズ!?」

「甘い、甘いよテオくん~。驚かせるっていうのは何も背後から近寄って大声で叫んだりするだけじゃなくて、こういう方法もあるんだから~」


「君には女の子としての慎み深さとかそういうのはないのかな?」

「そんな役に立たないものはゴミと一緒に捨てちゃったから! それにテオくんみたいな子って絶対こういう風にぐいぐい責めた方が落とせると思うんだよね~。ほれほれ、どうだ~。背中に感じるやわらか~い感触は」


 嗚呼、心地いい。

 大きさや弾力はレナの方が遥かに優っているんだけど、こっちはこっちでなかなか素晴らしい感触だ。本人の性格とは違ってやや控えめながらも出るところはちゃんと出ているからこその柔らかさというかふくよかさというか。

 ……いかん。また暴走してしまいそうだ。落ち着け。レナにも言われたじゃないか。こういう手合いの女性には気をつけろって。


 僕は背中に張り付いているリズから上手くすり抜けて、彼女を正面から見つめる。

 朝陽を浴びてきらきらと輝く深緑の髪が実に綺麗だ。長く伸びた耳もついつい触れたく……じゃなくて。


「リズ、何か用かな。登校するにはまだ早い時間だよね」

「昨日の夕方からテオくんとキースくんが勝負する声とか音がずっと聴こえてたからさ~。ちょっとうとうとして朝になったらまだやってるからびっくりしちゃった。そんで茶化しに来ただけだよ」


「そういえば、エルフは耳がいいんだっけ。……まずいな、他のエルフにも迷惑をかけてたかもしれない」

「んー。自慢じゃないけどあたしが特別耳いいだけだと思うから心配しなくていいと思うよ。帝国に住んでるエルフはみんな騒音なんか慣れっこだし、気にならないんじゃない?」


 そういうものなんだろうか。


「あ~、いいなぁ。あたしもテオくんと1日中語らいたいなぁ。テオくんの好きな女の子のタイプとか~、好きな食べ物のお話とか~、結婚するなら新婚旅行はどこにしようかとか、子供は何人作ろうかとかぁ」


 クソ、何でこのエルフはこんなにもぐいぐいと迫ってくるんだ。

 とっくに夫婦の間柄となっているルミエルやレナならわかるが、彼女とはつい最近会ったばかりで話だってろくにしてないのに。

 ……だが、まあいい。今回は彼女の話に合わせるとしよう。ちょうどこっちからも聞きたいことがあるしね。


「じゃあ、少し一緒に話すかい? 朝食でも摂りながらさ」

「ほんと? やった! よーし、それじゃあたしのお気に入りのお店に連れてってあげる!」


 そう言われて僕は彼女に引き摺られるような形になりながらそのお店とやらに連れていかれることになった。

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