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第2話「帝国に向かうためには下準備も欠かせないようだ」

「少々お待ち下さいませ」


 柔らかな声が響き、私の目の前の空間が歪んで1人の少女の姿を形作った。

 銀色の髪を腰まで伸ばした少女は、黒を基調としたメイド服に身を包んでいた。

 まだ幼さの残る顔とは裏腹に、その身体のラインは非常に起伏に富んでいて、つまるところ胸がでかくて腰が引き締まっている。素晴らしい身体つきだ。


「レナか。どうした」

「ルシファーさま。帝国に向かうにあたり、少々問題が……」


 レナと呼ばれた少女が語りかけた瞬間、彼女が立っていた場所から激しい火柱が上がった。ばっと振り返ると、ルミエルがその天使のように愛くるしい顔を敵意に満ちた表情で歪ませている。


「誰の許しを得てだ~りんの前に現れたの? この女狐が」


 憎々しく言うルミエルの顔を見れば並の魔族なら震えが走るどころか、下手をすればその身体から発せられる圧倒的な神気しんきの影響によって跡形もなく消し飛ぶだろう。

 しかし、不意打ちの火柱を華麗な動作でかわしたメイド少女は、そっと私の傍に立って腕を絡めてくる。


「お忘れですか、ルミエルさま。私だってルシファーさまの妻ですよ? 悩める夫の傍に立たない理由はありませんし、誰かの許しを得る必要もないかと存じますが?」

端女はしための分際で妻を名乗るわけ?」

「ええ。だって、私を『最愛の妻』だと認めてくださったのはルシファーさまですもの。ねえ? あ・な・た」


 レナはそう言って、濃紫色の瞳を妖しく輝かせながら私の腕を自分の胸に押し当ててきた。たわわで実に素晴らしい感触だ。

 何を隠そう、彼女も私の妻だった。ルミエルは第一夫人であり、レナは第三夫人にあたる。

 しかし、ルミエルがレナを嫌うのは何も私の妻が他にもいるということが理由ではない。


「わたしは今だって認めてないんだから! お前の姿を見るだけで、『あの時に飛ばされた右腕』が疼くの!」

「あらあら……それはルミエルさまが弱かったのが原因では? 腕を飛ばされた時のルミエルさまの滑稽なお顔は、500年経った今でも鮮明に覚えておりますよ」

「あら、そう。じゃあ、今ここであの時の続き、する? してもいいのよ?」

「私は構いませんよ? ルミエルさまの無様な姿を見るのは最高に愉快ですもの。また泣かせて差し上げましょうか?」


 ダァン!と凄まじい音を立ててルミエルがテーブルを叩き割った。というよりも木端微塵になった。

 これは少しまずいな。私は少し溜息を吐いてから言う。


「鎮まれ」

「で、でも、だ~りん」

「いいから鎮まれ。レナ、お前はわかるな?」

「はい。私はいついかなる時でも、ルシファーさまの忠実なるしもべ。その命令に背く謂われはありません」


 不満が爆発しそうなルミエルとは対照的に、涼やかな態度をしてみせるレナ。

 ……このレナこそが、500年前、私を討伐しにやってきた勇者その人だ。

 彼女が率いる大軍勢を相手にして、ルミエルたちが攻め込んできた時と同じくらいの被害が出たものだ。


 テネブラエの領内に入り込むばかりか、名だたる魔神たちを次々と討ち取ってこの宮殿内にまで侵入してきた時の様子は今でも覚えている。

 そして1対1の勝負にまで持ち込まれたわけだが、結果はまあ……気が付けば、またしても私は彼女を手籠にしていた。

 手懐けるまでに相当の時間がかかったらしいがよく覚えていない。とにもかくにも、気が付いた時にはあれほど憎しみに溢れていたレナの頬は赤く染まって潤んだ瞳で私を見上げていたのだった。


 彼女のことを気に入った私は3人目の妻として迎え入れることを決め、腕を飛ばされたルミエルはそれに当然猛反対をして凄まじい喧嘩をしたものだ。あの時は宥めるのにだいぶ苦労した。

 そんなわけで、私の第三夫人となったレナは妻でありながらメイドの役割を果たしていた。なんでも、勇者になる前はどこぞの小さな屋敷でメイドとして過ごしていたから、是非私の世話をしたいというのが理由らしかった。以降、500年もの間、彼女は常に私の傍に控えている。いついかなる時でも。当然先程の会話も耳にしていたからこうして現れたのだろう。


「さて、レナ。乱入してきたからには会話は聞いていたのだろう? どう思う?」

「素晴らしいご判断かと。帝国から勇者が来なくなって早500年。一時期はルシファーさまの討伐にあれほど心血を注いでいた帝国が今何を思うのかは気になります。ただ」

「ただ?」

「このように些細なことを覚えておいでか存じ上げないのですが、ルシファーさまを最初に討伐しにやってきた勇者の死因は記憶にございますか?」


 最初に攻めてきた勇者か。確か1000年近く前にもなる。ルミエルが私に返り討ちにされて囚われたのが、そもそもの発端だっただろうか? 正直あまり覚えていない。

 あの時はどうやって始末したんだったか。


「鼻息よ」


 それまで黙っていたルミエルが面白そうに言った。


「だ~りんが『フン!』って気合を入れたら、勇者の子が吹っ飛んで宮殿の壁に叩きつけられて死んだんじゃない」

「ああ、そうだった。そういえば、そんなこともあったな」

「はい。初めてお話を伺った時には身が震える思いでありました。そして次に送られてきた勇者はどうなったか。こちらは覚えておられますか?」


「……確か、睨み上げた瞬間に動かなくなった気がする」

「そうそう。だ~りんがちょっと殺意を込めて睨んだら、それだけで死んじゃったのよね。心臓が破裂して」

「そうです! ルシファーさまはその『目力めぢから』だけで勇者ともあろう者を容易く屠ってしまったのです!」


 何でそんなに嬉しそうなんだ、レナ? 同胞が死んで心は痛まないのだろうかとちょっと心配になってきた。いや、元同胞ではあるが。

 きゃっきゃとはしゃいでいたレナがふと真面目な顔になって私を見つめてきた。


「そんなルシファーさまが帝国に向かったらどうなるとお思いですか? 鼻息と目力で勇者を殺せるのですよ? ただの人間であれば、貴方さまが近くを通りかかっただけでその魔力のプレッシャーに耐え切れずに身体が爆発四散します」


 確かに。今までの戦においても、勇者の補佐としてついてきた帝国軍の人間たちが戦場に現れた私の姿を見ただけで身体から血を噴き出して死んでしまったことが何度かあった。


「ですので、今のルシファーさまがそのまま帝国に向かえば、ただ立っているだけで平民の大半が死に絶えて地獄絵図になってしまい、勇者どころの話ではなくなってしまう可能性が高いと思われます」


 困った。ちらりと見てきたいだけなのだが。数日から数年くらいの短い予定で。

 しかし歩くだけで人間たちを死に追いやるのは面白くもないし、諸外国の反発も根強くなるのは必至。エルフや竜まで結束して襲いかかってこられると少し面倒なことにはなるな。


「では、私はどうすればいい?」

「だ~りんは、わたしと一緒に愛し合えばいいのよ! 今までみたいにいちゃいちゃして、あまあまな生活を続けましょう?」

「あの色情魔の言うことに耳を傾ける必要はございません。そこで私に1つ考えがございます。ずばり、ルシファーさまが人間に化けて帝国へと赴けばよろしいのではないかと!」


「ほう。私が人間に」

「ちょっと!? だ~りんを低俗な人間共と一緒にする気!?」

「ルミエル、少し黙っててくれ」

「……うぅ~……!」


 私がこのままの姿で行けば力を抑えていたとしても人間たちにいらぬ被害を与えてしまう。ちょっとくしゃみをしただけで大変なことになりそうだ。

 しかしレナが言うように人間に化ければそのような心配も無用か。現に勇者たちは凄まじい力を持っているのに、人間の中で問題なく生まれ育ったわけだからな。


「人間に化けてしまえば、身体から発せられる魔力の量は必然と抑えられます。後はその『お化粧』が不意に剥がれてしまわないよう、こちらで調整さえすればルシファーさまも立派な人間になれると愚考します」

「なるほど。よしわかった。早速化けてみようではないか」


 どんな姿がいいか。


「おい、お前たちはどう思う? 私はどんな姿で行けばいい?」

「はいはーい! 今みたいに蕩けそうなほど素敵でかっこいいだ~りんのままがいいなって思いま~す! ちょっと長いお耳と、少しだけ長く伸びた犬歯が可愛いの! それに真っ赤な瞳が素敵! きゃぁ! 抱いて!」


 うむ、それは微妙に人間じゃないな。

 私は魔力を練り合わせて姿見を作り出し、自らの身体を映し出した。

 漆黒の髪に赤い瞳、彫が深い顔立ちで長身。身に纏うのは黒い衣装と赤いマントだ。

 そう、私の姿はかなり人間に似ている。ルミエルの挙げたような特徴がなければ見分けがつかないくらいには。

 

「そうですね。ルミエルさまのご意見にも今回ばかりは賛成したいところなのですが……500年経っているとは言え、長命であり尚且つルシファーさまのお姿を記憶に残している種族がいないとも限りません。やはりここは完璧な人間になりすますべきかと」

「まあ、そうだろうな。出来れば警戒もされない方がいい。……無害そうな爺にでも化けてみるか」

「それはいや!!」

「それはいけません!!」

「お、おう?」


 珍しく同じ意見が飛んできて少し焦る。何だ、爺では嫌か?


「だ~りんは若くてかっこいい姿のままがいいの! 爺になっただ~りんなんて見たくない!」

「ルミエルさまの仰る通りです! ルシファーさまがよぼよぼの老体に化けるなど……嗚呼、おいたわしいにも程があります!」


 じゃあ、何だ。若ければいいのか。若くて警戒されない姿となると……。


「では、少女……いや、幼女にでも化けるか」

「だ~りんのバカぁ!!」

「ルシファーさまのアホ!!」

「何なんだお前らは!?」


「だ~りんは若くてかっこよくて男だからいいの! 女なんて絶対に認めないんだから!」

「まったくの同意見にございます! こんなにも完璧な造形美のルシファーさまが、そんなどこにでもいるような女子供に化けるなど嘆かわしい!!」


 わがままな奴らだな。となると結局もう若い男しかないではないか。今と大して変わらんぞ。

 少し造形を変えてみる必要があるだろうな。普通の人間をイメージしてみる。どこにでもいそうな感じのものを。

 う~む。では、これならどうだ。


「……待っていろ。少し姿を変えてみよう」


 魔術でささっと顔を弄ってみてから言う。


「ふっ、これでどうだ」

「……」

「……」


 2人の妻たちが何ともいたたまれないものを見るような視線を向けてきた。


「何とか言え!!」

「だって、その……ちょっと微妙かなって」

「ルシファーさまのお顔が残念なことになってしまっています……」


 この女たちは本当に……!

 ……まあいい。これもすべては私を愛してくれる可愛らしい妻たちのためだ。彼女たちの意見を慎重に聞いておこう。

 というわけで、それから容姿の相談を3日くらい続けた。



「これならどうだ」


 私はルミエルとレナの前でくるりと回って見せた。


「私としましてはなかなかの満足感です! 60点はあります!」

「んん……まぁ、可愛いからいいんじゃない? 35点」


 低くない? 思わず愚痴をこぼしそうになるが我慢せねばなるまい。

 散々弄りまくった挙句微妙な評価を受けたが、私は改めて自らの姿を確認した。


 髪の色は鮮やかな青、瞳は翠玉で細面の少年。年の頃は人間にして15、6歳といったところか。

 声が少し低いと言われたから少年のように若干高い声も出せるようにした。

 身長は高過ぎるからと調整して、レナより少し高いくらいの170cmに。

 どこから見ても優男然としている。個人的にはあまり好みではないが、まあもういい。調整は疲れた。


「よし、それでは早速帝国に向か」

「お待ちくださいませ!」

「ええい、まだ何かあるのか!?」

「その喋り方です! 今のような可愛らしさと凛々しさを混ぜ合わせたような美少年が、そんな喋り方では明らかに不自然です」


「くっ……では、どうすればいい」

「私がレクチャー致します。仕草から何から何まで、私めにお任せを」


 もう好きにしてくれ。



 レナが満足行くまで調整した結果、『僕』は帝国へ向かうことにした。

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