第16話「魔王さまは高等魔法院を見学する」
翌日。
僕たち1年生は高等魔法院の見学をさせられることになった。
1年生全員と引率役の教師が軍学校から、ミルディアナの中央地区に位置する高等魔法院へと足を運んだ。
軍学校は軍部と隣接しているせいもあって、安易に無関係の人間が立ち入らないように街の端にあるため中央地区に向かうにはそれなりに時間が必要だった。
そして1時間後に到着。僕はその建造物を見上げた。
大きな敷地面積を誇るその建物は、ある種神々しい雰囲気に満ちていた。
建物は何柱もの太い円柱によって支えられている。
教師に率いられて内部に入ると、そこには多くの一般人がいた。
話によれば、建物内の一部は昼間に限り一般人にも開放されているらしい。
広間には、幾重にも封印術式が施されたケースの中に入れられている魔術に関する道具などが展示されていた。
ここで一旦自由行動となったので、色々見て回っていると気になったものを見つけた。
ケースの中に飾られているのは、複雑な意匠が施されたペンダントだった。
説明欄には『子爵夫人のペンダント』と書かれている。その内容は――
「そんなものに見惚れてると呪われちゃうぞー!」
「うわっ!?」
後ろから勢いよくドンと押されて危うくケースに頭をぶつけるところだった。
振りかえると、エルフの少女がにこっと微笑む。
「リズ。心臓に悪いからやめてよ」
「いやいや、だってさぁ、辺りを見回してたら『呪いのペンダント』に興味津々なテオくんがいたからこりゃー危ないと思って」
「呪い? 普通のペンダントに見えるけどね。高級な感じはするけど」
「そりゃそうだよー。『元』呪いのペンダントなの。持ち主を次々に不幸へと陥らせるほど強い力を持っていたけど、神聖術式で邪なる怨念を祓って云々(うんぬん)。このペンダントは高等魔法院に所属している魔術師が正常な状態に戻したから、こうやって誰でも見られるようにしてあるってわけ」
面白そうな曰くつきの代物というわけか。
「テオくんはミルディアナの高等魔法院は初めてかな? 良かったらデートしようよ! 案内してあげるし」
「そういうことなら頼りにしちゃおうかな」
「よしきた! それじゃ色々見て回ろ。次はね~」
リズは強引に僕の腕を引っ掴むと、色々な展示物を見せてくれた。
さっきの呪いのペンダントのようなものもあれば、魔術を宿した聖剣なども飾られている。
一通りの展示物を見せてもらった後は広間から離れた場所へと案内された。
「テオくんはさ、魔術にも詳しいんだよね?」
「まあ、人並程度には」
「またまた謙遜しちゃってー。第10位階の術式を使えるような人は人並なんていうレベルじゃないの。それとも何か。第7位階の魔術すら使えないあたしを馬鹿にしてるのかなー? んー?」
「い、いやいや、そんなことはないよ。リズだって十分凄いと思うよ? アレだけの結界を即席で張れたんだし」
魔術試験の時のことを伝えるものの、リズの表情はあまり晴れやかじゃなかった。
「普通のエルフならあのくらいは出来なきゃね。あたし、あんまり才能ないからさ。あのくらいのレベルになるまでだって結構苦労したんだよ」
才能がない? とてもそうは思えなかったけどな。
ジュリアンと比較して考えるならそれはお門違いだ。竜族はエルフよりも遥かに魔力に溢れてるし魔術への造詣も深いものだから。
リューディオ学長と比べるのも論外。彼はこの南方領の総司令官だし、少なくとも見た目通りの年齢ではない。
「他と比較するのはあんまり良くないと思うけど?」
「……それでもあたしはもっと上達しないといけないんだよ。なのに」
「リズ。物事を学ぶためには努力も必要だけど、時間も必要だよ。君はまだ若いんだから、そうやって自分を追い詰める必要はない」
「ふふっ、なんかテオくんが変なこと言ってるー。どこのおじいちゃんのセリフなのそれー」
説教みたいに聞こえたか。確かに年寄りじみた言い方かもしれない。
でも最後にこれだけは伝えておきたかった。
「君は恵まれてるよ。特待生になれたエルフなんて君1人じゃないか」
「それはそうだけどね。普通は、そこで喜ぶよね」
「普通の生徒は特待生にはなれないでしょ?」
「普通はね。でも、あたしは普通じゃダメで……」
「リズ……?」
リズはいつの間にか俯いて独り言のように呟いていたけど、いきなりばっと顔を上げて笑った。
「あー! なんて、今のはナシナシ! せっかくのデートなのに台無しだよね。ごめんごめん。ほら、案内してあげるから行こ!」
あまりの変わり身の早さにびっくりした。
リズはいつもの明るさを取り戻して、強引に僕の腕を引っ張って歩きながら説明する。
「あっちが研究棟。魔導書や古文書の内容を研究して、魔術の探求をするところ。で、そっちが実践棟。申請をした後、実際に自分が造り出したオリジナルの魔術をぶっ放して成果を見たりするところ」
矢継ぎ早に説明されながらどんどんと奥へと歩いていった時、1つの扉が目に入った。
『関係者以外の立ち入りを禁ずる』と書かれている。
「ここはね。本当は入っちゃいけないところなんだけど……」
リズは懐から1本の鍵を取り出した。それを鍵穴に突っ込むとすぐに解錠される。
「さあ、テオくん! 未知なる世界へ行こう!」
「ちょっと待った。立ち入り禁止って書いてあ」
「そんな小さいこと気にしない気にしない! あたしがいいって言ってんだからいいの!」
なんて強引な子なんだ……。
僕はやや呆れながら彼女に連れられて部屋に入った。
そこに入ってみて、初めて部屋の異質さに気が付いた。
狭い部屋の中には大の大人くらいはありそうなほど巨大な水晶がどんと置かれている。
光り輝く青いそれにいくつもの封印術式を刻んだ鎖が絡まっていた。
「これはね、戦争の時にだけ封印が解かれる魔性の水晶なの。これがどういうものなのか、わかる?」
「……かなり強力な封印術式だね。魔術に換算すると……これは13位階に匹敵する。魔術としてはこれ以上ないほどの代物だ」
「他にわかることは?」
「そんな強力な封印術式も、この『鎖』によるものだけということかな。問題はこの水晶だ。魔術の域を明らかに超えている何かを封印しているのがよくわかる。中に封印されているのは……悪霊や精霊の類でもない。もっと力強い……凍てつくような雰囲気を纏った魔力の波動を感じる」
実に興味深い。
僕は思わず水晶を凝視して、それの真価を計った。
出来ることなら触りたいくらいだ。もし許されるなら破壊したい。中に閉じ込められてあるものが何なのか知りたい。
「テオくんってさ。物知りなんだね」
いつの間にか部屋の扉に寄りかかるようにして立っていたリズが言った。
「別にそういうわけでもないと思うけど」
「テオくんって、もしかしてキアロ・ディルーナ王国出身だったりする?」
「あの魔術大国のことかい……? 前にも言ったけど、僕はグランデンから来たんだ」
「テオくんは知ってるかな~? グランデンって剣術の教育が盛んで魔術教育は遅れがちなんだよね、このミルディアナと違って」
……何が言いたい?
「あんなところに住んでて、それほど魔術に詳しい人間なんて不思議」
「ま、まあ、僕は独学のようなものだったから」
「じゃあ問題。先のゼナン竜王国との戦争でリューディオせんせーと共に戦って、一番の功績を残した将軍は誰だったか知ってる? あの戦で大英雄とまで呼ばれたのはその人だけっていうのがヒント」
……まずいな。
昔のことならともかく、そんな最近のことは知らない。
「テオくんは好戦的だから英雄譚とか好きそうだよね。じゃあ、答えられるんじゃないかな~?」
「それは……」
「――なぁんて、ちょっと意地悪だったかな」
「え?」
思わず訊き返すと、リズはくすくす笑う。
「はーい、テオくんは落第でーす」
「な、何の話だい!?」
「もっとよく歴史を勉強しましょう。歴史って言ったって数年前の話なんだから、即答できなかったら恥ずかしいぞ~?」
「くっ……悪かったよ。知らなくて」
「あはは! じゃあ、今度一緒に勉強しようよ! 魔術でも歴史でもなんでもいいし、なんなら保健体育も実践形式で学んでみる~?」
イタズラっぽく笑うリズは何と言うか小悪魔のように見える。
ただ明るいだけじゃないのは察してたけど、彼女と深く関わると少し危ないかもしれない。
「ちなみにその水晶はリューディオせんせーの本体みたいなものだよ」
「は?」
いきなり思いもよらないことを言われて間抜けな声を上げてしまった。
「帝国内では『魔術を超えた』術式は原則として使用が禁止されてるの。そんなものが発動したら大惨事になる可能性もあるからね。それはあの中将閣下も同じ。その水晶とリューディオせんせーは魔力の糸で繋がっていて、戦争の時以外は全力を出せないようにされてる」
「へえ。そんな仕掛けがあるのか、これには」
「まあ、歩く破壊兵器みたいなものなんだよ、彼は。色々おかしいの。だからその水晶は皇帝陛下の許可が出て、初めて封印を解除してもいいことになってたり」
あの水晶から感じた凍てつくような魔力は底知れないものを感じさせた。
封印していてもアレほどの強さを感じさせるものなんだから、もしもアレを砕いたらどこまで凄い力が噴出するのかに興味が湧く。
「でも不用心じゃない? そんなご大層なものが簡単に入れる部屋に置かれてあるなんて」
「だいじょーぶだいじょーぶ。その水晶、何やったって壊れないから。それに少しでも悪意を持って持ち去ろうとでもしたらすぐに反応して周囲に魔術を発動するという危険な代物なわけ」
なるほど。確かにそれは監視の必要がないように思える。
その時、リズは『さて、そろそろ時間かな。帰らないと』と呟いた。
そういえば、結構な時間を彼女と一緒にいた気がする。
「あ、そうそう。さっきの質問の答え合わせだけど。正解はクロード・デュラス将軍。何を隠そう、テオくんの住んでたグランデンを守護する大陸最強の聖騎士だよ」
僕は身じろぎすることも出来なかった。
ただリズを見つめるほかない。
リズは微笑みを崩さないまま僕を見つめ返した。しばらくそうしていると。
「じゃあ、帰ろうか。一緒に行こう、テオくん」
彼女にまた強引に腕を掴まれて、僕はそのまま部屋を後にした。
……この子は一体何者なんだろう。
いずれにせよ、これからはもっと注意をしないといけない。そう思った時、リズがいきなり立ち止まった。
「ちょっと耳を澄ませてみて」
彼女に言われたようにすると、高等魔法院の職員の者と思しき2人の男の声がした。
「また新入りでエルフが入ってきたのか?」
「らしいぜ。去年も一昨年もエルフが入り込んできたよなぁ。このままじゃ、そのうち人間とエルフの立場が逆転するかもしれねえ」
「軍部のトップがあのランベール中将になったんだ。そのうちどころじゃ済まないかもしれないな」
「気持ちわりいんだよなぁ、あいつら。どいつもこいつも似たような顔しやがって……しかも魔術が得意なもんだから、いちいちうるせえのなんの」
「いっそ全員いなくなってくれないものか。同盟などと馬鹿らしい」
そんなことを言いながら、職員たちはどこかへと行ってしまった。
「どうかな、テオくん。今のがミルディアナの現状なの」
「……意外だね。エルフはあまり歓迎されていないのかい?」
「若い子とかは気にしてない人の方が多いよ。でも、頭の固い研究者や軍人とかは差別意識が強いんだ」
「それなのによくリューディオ学長が総司令官になれたね」
「それはお上さんが決めることだからね。完全に実力主義なのは今も昔も変わらない、というか今の方がそういう傾向が強いのかも。この街でリューディオせんせーより強い人間なんていないから」
人間とエルフの同盟関係の裏にはそんな事情もあったのか。
街中にもエルフが多く見られたから、てっきり仲はいいのかと思っていたけどそういう単純な話でもないらしい。
「ま、エルフって同盟結んだ時に色々優遇されたんだよね。それが尾を引いてるのかなぁ」
違う種族同士の同盟や融和。
それは上手くいく一方で、また違った一面を必ず持ち合わせるものだ。例外はない。
100年前に結ばれた同盟。たった100年だ。僕たち魔族からすれば、ついこの前のことのように感じるほどの時間。しかも長命なエルフなら同盟関係以前の帝国との関係性もよくわかっているだろう。
昔から何かと差別感情を向けていた人間と、向けられていたエルフが分かり合うにはもっと長い時間が必要なのかもしれない。
「それじゃ、テオくん。あたしはこのへんで」
「あ、うん、またね」
「次のデート場所考えておくね! じゃあまた!」
いけないな。彼女といるとあの独特の雰囲気に呑まれそうになる。
……もはや僕が西方領出身でないことはとっくにバレている。それどころか帝国出身であることも疑っているだろう。
リズに素性がバレたところでさしたる問題はない。それが好奇心だけによるものならば。
もしも邪魔になったらその時はその時だ。消してしまうなり、なんなら……いかにも魔族的なやり方で強引に自分のものにしてしまうのもいいか。
そんなことを考えながら、僕は高等魔法院の見学に戻った。
前置きがだいぶ長くなってしまいましたが、次回から物語の核心へと進みます。