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第9話「最強の魔王さま、美少女エルフにぐいぐい迫られる」

 澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで何とか煩悩を払う。

 昨日の試験の後に、学園に張られていた入学要項にざっと目を通した。

『各々がその分野で最大限の実力を示せ』というのがこの学園の理念らしい。正に実力主義そのものだ。面白い。たとえ入学試験で僕が全部の科目で1位になるとわかりきっていても、この身のうちからほとばしる闘争本能が僕を刺激してくる。


 今の僕は姿かたちは人間であっても、中身は紛れもない魔神だ。力の大部分を抑えていても、魔神の本性は変わらない。

 時間感覚の希薄さと、色々な欲の強さがそれを表している。レナが鎮めると言ってくれたのに、かえって昂ってしまったような気がする。

 魔神は愛し合うと長い。無限の刻を生きるからこそ、時の感覚がひどく曖昧で一度没頭してしまうと早くて数日。長いと数年かかる。今までで一番夢中になって過ごした時は気が付いたら10年経っていた。


 ダメだ。まずこの『気が付いたら』というのをどうにかしないと。人の姿を借りて人として過ごす以上、これは何とかしなければ。

 ……こんなことを考えていると疲れる。最近の破壊衝動の昂りとも関係してるのかもしれない。普段の僕はもう少しだけ冷静だからだ。


 あの時、気まぐれで勇者の育成機関を見に行くまではずっとルミエルと過ごしていた。それが何日か、あるいは何年だったかも曖昧だ。昨晩のレナと過ごした時と同等かそれ以上に濃密だったことだけは覚えているんだけど。暇を持て余した上に昂っている魔神はこれだから困る。


「ねえ、キミ、キミ」


 そういえば、ルミエルはどうしているだろう。どうせ普段は滅多に訪れる者がいないからと適当に玉座に座らせておいたけど、彼女はえらく飽き性なところがある。不満を爆発させてなければいいけど……。


「そこのキミ」


 ルミエルは一度怒らせると手がつけられなくなる。力で抑え込むことは出来るが、そんなことをしたら泣く。生意気な子が泣く姿はそそられるけど、いつも無邪気で明るいルミエルの泣き顔は見たくない。

 ご機嫌を取るために何か土産でも買って帰ろうか? 食べ物か宝飾品か。悩ましいな。


「も・し・もーし!! 聞こえてますかぁ!?」

「うわぁっ!?」


 僕は魔神ともあろう者が決して出してはいけないような悲鳴を出して跳び上がった。心臓が口から出そうとはこういうことか!?


「い、いや、そんなにびっくりされてもこっちが困るんだけど……」


 僕に声をかけてきた少女はエルフだった。

 深緑の髪を長く伸ばしていて、耳はエルフの理想をそのまま形にしたように美しい形をしている。

 瞳は薄緑色だ。今の僕は翠玉のような瞳をしているから、少し似ているかもしれない。


 外見年齢は16、7歳といったところだろうか。背丈は僕とほとんど同じくらいだ。ロングブーツを履いているからかもしれない。

 そして両の肩を大胆に露出させた上着に、えらく丈の短い襞が特徴的な濃紺のスカートと、そこから伸びる陶磁器のようになめらかで張りのある太ももに自然と目が行ってしまう。


 ああ、もう認めるよ。人通りがなかったらこの時点で襲ってるよ。どうせ僕は欲望丸出しの変態魔神だ……。

 半ば自棄になって「なに?」と問いかけると、エルフの少女は花のような笑顔を見せる。


「いやぁ~。こんな朝っぱらから、ぼろっちい宿屋の前で物憂げな表情をしてる美少年がいたからさぁ~。思わず声をかけちゃったと言いますか」

「はぁ」


 エルフにしてはずいぶんと気さくな印象を受ける。僕のエルフのイメージ像と言えば、昨日の受付嬢みたいにどこか傲慢で人を見下していて他の種族を寄せ付けない雰囲気を持っているような感じだ。

 この少女からはそれが感じられない。


「ねね、キミはさ。どこから来たの? このへんの出身じゃないよねぇ?」


 興味津々とばかりに顔を近付けてくるエルフの少女。いや、近い近い。僕は彼女をそっと押し返すような仕草をしながら答える。


「うんまぁ、西の方からかな」


 嘘は言っていない。西から来たのは本当だ。帝国の西方にあるテネブラエ魔族国から来たからね、うん。


「西ぃ? う~ん、じゃあ城砦都市グランデンとか?」

「ああ、まあそんな感じかな」


 グランデンはエルベリア帝国の西の要衝ようしょうだ。ずいぶん前に魔族が帝国に侵攻した時に、中にいる人間を全滅させてから魔族の拠点として使ったことがある。

 とは言っても、当時の僕は帝国よりもむしろテネブラエの真上にある小国レスタフローラ聖王国せいおうこくに睨みを利かせる意味もあって玉座でふんぞり返ってるだけだったんだけど。


「ふむふむ? グランデン出身? あそこって金髪の人が多いよね。キミみたいな青髪の男の子ってなかなか珍しいと思うなぁ」


 妙に踏み込んでくるな。あまり深入りされるとまずいか。今のグランデンがどうなってるかなんて知らないし。僕が最後にあの都市を通ったのはもう何百年前だったか思い出せないほど昔だ。


「名前は? 何て言うの? 教えて教えて!」

「……テオドール」

「テオくんかぁ。ほほぅ。美少年だけど名前はよくいる感じなんだね。あ、嫌味とかじゃないよ~?」

「僕のことよりもさ」


 僕はエルフの少女を建物の壁にどんと押し付けて、彼女の片手の手首を握りながらその細い顎をくいと持ち上げて見せた。


「君のことの方が色々と知りたいな。名前は?」


 プライドが高いエルフはこういうことをされると激昂するか不快になることが多い、とレナが前に教えてくれたことがあった。出来るだけ早く僕への興味を失わせるためにも効果的な手法のはず。


「リズ。呼び捨てでいいよ」


 リズは逆に興味深そうに僕を見つめながら言ってくる。しぶとい。


「じゃあ、リズ。これから僕と一緒にイイことをしない? 幸い、ここは宿屋だしさ。音がよく鳴るベッドもあって最高だよ」


 我ながら下品な誘い方だ。ちょっと自己嫌悪に陥りかけるものの。


「イイことかぁ。別にいいよ? それで、テオくんはあたしに何をしてくれるのかな? ん? イイこと、なんだよねぇ?」


 ……何だこのエルフ?

 ちょっとだけ焦りが出てくる。こんなにも欲望丸出しのことを言われて、どうして怯むどころかぐいぐいと迫ってくるんだ?


「教えてほしいな。イイこと。それとも」


 リズは壁から身を離してから逆に僕を壁に押し付け、両手で壁をどんと突いた。

 彼女の愛らしい顔が間近に迫る。


「口では言えないこと、なのかなぁ~?」


 冷や汗が出てきた。何だ、どうしてこうなった? 何で立場が逆転してる?


「ほら~、言ってごらんよ? ね? お姉さん、怒らないからさぁ」

「い、いや、その……」

「その、なに? ん~?」


 ぐいぐいと顔を近付けられて、心臓が高鳴る。どうする? こういう時、人間の男はどうするんだ?


「テオくんって、責める時はぐいぐい行くけど迫られるとおどおどしちゃうタイプ? かーわいい!」


 リズは先程の意趣返しとでも言うように僕の顎を手でくいと持ち上げた。

 その薄緑色の瞳がきらりと光る。


「ねえ、最近のエルフは肉食系なんだよ? キミみたいな子に誘われたら我慢ならなくなっちゃった。ほらほら、早く宿に入ろ? なんならあたしがエスコートしてあげる。ふふふ、ベッドギシギシ鳴らしてあげようかぁ?」


 思考が停止して固まる。

 本人がこう言ってるんだからいいんじゃないかという思いに駆られる。ああ、いつもの自分ならその誘いにも乗ったんだろうけど今はダメだ……クソ。


「じょ、冗談きついね、リズ」

「ん? あたし本気ですけど?」

「冗談抜きで襲うよ?」

「どうぞ? さあ、きたまえ。あたしは外でも歓迎だよ? ほらほら~」


 じっとりと眺めてくる瞳が本気なのか冗談なのか感じさせない。どうするのが正解なんだという思いが頭の中を駆け巡った時。

 唐突に宿屋の扉がバンと開いた。


 メイド服を身に纏った銀髪の美少女が、僕たちへと視線を向ける。

 レナだ。しかも姿を消していない。みすぼらしい宿とはあまりにも不釣り合いなほど見目麗しいメイド少女は無言で僕たちを見つめてくる。エルフに壁際に迫られてるのを見られたと思うと情けない気持ちが込み上げてきた。


「あちゃ~、見られちゃった」


 何を思ったのか、リズはぱっと手を離した。僕は逃げるように彼女から距離を置く。


「そんなに逃げることないのに~。ちょっと本気で迫ったらすぐ逃げちゃうの? そんなところも可愛くて好きだけどなぁ、うんうん」

「り、リズ……ごめん。僕もうそろそろ用事が」

「知ってるよ。学園の入学試験でしょ?」


 僕はぎょっとして彼女を見る。リズは変わらない笑顔で言った。


「昨日、たまたま学園の近くでテオくんを見かけちゃってさ。すぐに中に入っていったからそうなのかなって。違う?」

「あ、あ~、うん、そう。これから試験なんだよ」

「でも珍しいよね、3科目も受けるなんて。普通1人で1科目だよ?」


「ちょっと事情があって」

「ふぅん。ま、いいけど。実はね~、あたしも今日試験受けるんだぁ」


 リズは長い深緑の髪を翻してから、もう一度だけ僕を見る。


「じゃあ先に行って待ってるね。2人で頑張って合格しよ?」

「あ、う、うん。出来るといいね」


 彼女はにっこりと笑うとさっさと学園の方へと歩いて行った。

 僕は安堵の息を吐いてレナに振り返る。しかしレナは人差し指を唇に持っていった。喋るな、ということか?


『エルフは耳が良いので、会話を聞かれてしまいます』


 レナがいつものように脳内に声を響かせてくる。

 確かに。色んな種族の中でもエルフは特に聴覚に優れると聞く。とは言え、そろそろ出歩く人の数も多くなった頃合いだから大丈夫だとは思うけど。

 レナはそのまますっと姿を消してしまった。


『さあ、学園に向かいましょう。試験の時間まであまり余裕もありませんし』


 そうだった。僕はそのまま学園へと足を運ぶ。するとレナが語りかけてきた。


『ルシファーさまは女性から迫られると弱いですよね。よく存じております』

「うっ……」

『それもその余りあるほどの圧倒的な強さ故。脆弱な女に迫られた経験が薄いが故。敬服致します。でも』


 レナはそこで区切ってから続ける。


『ただの人間の演技を続けるのであれば、ああいう手合いの女性には用心なさった方がいいです。裏で何を考えているやら。ですが、この後は私がしっかり見守っておりますからご安心くださいませ』


 ありがとう、レナ。もう素直に感謝するほかなかった。

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