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喪女が人生やり直したら?  作者: 斉藤ナオ
12/13

12話


   37


 はて?

 私は誰? ここはどこ?


 と、そこまではいかなかったけど、私の知らない部屋にいるのは確かだった。

 上半身を起こして、部屋を見まわす。


 ここって•••。


 私は今、ダブルベッドの真ん中で服のまま寝ている。正面には大型テレビ。ベッドの左奥にはソファーがあって、上着を脱いだ飯田くんが寝ている。極めつけは天井が鏡張りになっていた。

 ガバッと起きて自分の服を確認する。ちょっと乱れているだけで、脱いだりは、してないようだった。

 少し安心して、ほっと息をつく。

 あらためて飯田くんを見ると、熟睡しているようだった。

 ベッドの上部分に時計やらなにやらいろいろある。時間は午前一時をまわったところだった。

 大きなため息とともに頭を抱える。


 私、酔って寝ちゃったの?


 泣きたくなった。

 もうやだ! を頭の中で連呼する。

 何も考えられなくなって、ぼやけた頭でもう一度時計を見ると、さっきより五分ほど経っていた。

 ふと、左手首の輪ゴムが目に入る。

 なぜか笑ってしまった。


 宮野さん•••。さすがにこれは輪ゴムではじいても切り替えられないよ•••。


 それでも習性になっているみたいで、無意識に


 パチン!


 痛い•••。

 はぁ、これからどうしよう•••。


 飯田くんを残して、このまま帰る?

 いやいや、そんなことしたら二度と飯田くんと会えないでしょう。


 じゃあ、飯田くんを起こして、一緒に帰る?

 今から? タクシーとかあるのかな。うーん、わからん。


 あらためて飯田くんを見ると、気持ちよさそうに寝ている。


 ••••••。


 音をたてないように近づく。飯田くんが寝ている横までいくと、寝顔がよく見えた。

 完全無防備状態。

 普段は少しこわい感じの飯田くんだけど、寝顔は•••。


 やべぇ、かわいい•••。


 ふと、自分の変質者的な行動を自覚して、頭をふる。


 「うーん•••」


 私の怪しい気配を感じたのか、飯田くんが寝返りをうつ。

 瞬間移動のようなバックダッシュをして、心臓をバクバクさせながら様子をみていたが、どうやらまだ寝ているようだった。

 四つんいで、再び近づく私。ベッドに腰を下ろした姿勢で、飯田くんの寝顔を眺めている。


 泊まっちゃおうかな•••。


 飯田くんを残して帰ることもできないし、起こせもしないなら、選択肢はそうなる。迷いながら、ふと、天井を見上げると•••。鏡に映る自分を見て


 ゲッ! け、化粧室は?


 ベッドの右側の奥がどうやら出入り口で、洗面所とかもありそう。静かに移動して、ドアを開けると洗面所とお風呂場があった。静かにドアを閉めてから電気をつける。別世界のように明るくなった。


 目が、目がぁ•••。


 こんな状況になっても、こういうことはしっかりやる自分のアホさに頭をおさえる。

 気を取り直して鏡を見ると、頬にヤクザのような傷痕が!

 一瞬びびったが、たんなるシーツの跡だった。


 って、これはこれでヤバいっしょ!


 こすっても直るはずもなく、横を見るとお風呂場がある。


 シャワー浴びたい•••けど、起きちゃうかなぁ。


 悩んでいると


 コンコン。


 ドアがノックされる。この時、本当に驚いて飛び上がった。


 「秋野さん? 大丈夫?」


 飯田くんが心配してか、声をかけてくれた。私は声をうわずらせながら


 「大丈夫! 大丈夫だから!」

 「あ、ゴメン。シャワーとか浴びてた?」

 「えーっと、こ、これから浴びるとこ!」


 思わず適当に答えてしまう•••。


 「わかった。気をつけてね」


 優しい•••。ってずいぶん心配してたなぁ? 私、どんな風にここまで連れてこられたんだ•••。


 思わずゾッとする。それにしても成りゆきとは言えシャワーを浴びることになってしまった。


 どちらにしろ、飯田くんも起きているし、顔の傷痕もなんとかしないと•••。腹をくくって服を脱ぐ。


 壁の向こうに飯田くんがいるよ•••。


 もうだいぶアルコールは抜けたけど、今は恥ずかしさでクラクラしている。普段からほとんど化粧しないのでスッピンでもあまり変わらない。ただ寝起きで目がヤバかった。

 熱いシャワーを顔にかけて、血行をよくする。はれぼったかった目もシーツの跡もなんとか復活した。

 風呂場を出て、自分のアホさにめまいがした。


 タオルは•••、あった! でも、着るものは•••。


 スッポンポンのまま、バスローブを両手で広げて、しばらく仁王立ちしてしまった。ため息をついて、ブラパン着けてから初バスローブに腕を通す。毛先の濡れた髪にバスローブ姿の女がいた、っていうか鏡の自分だった。


 うわーっ! な、何? こんな姿を飯田くんに見せるのか?

 丈が短くて、太もも全開だよ!


 とは言え、あまり時間が経っても、また心配させてしまうし。


 ええい、ままよ!


 覚悟を決めてドアを開け、ベッドのある空間におそるおそる入る。私に気づいた飯田くんは何か声をかけようとしたみたいだったけど、私を見るなりバッと反対を向いてしまった。私も恥ずかしさと、この場の雰囲気を変えようと、とりあえず声をかける。


 「ご、ごめんね。こんな格好で」

 「あー、えーっと、そう! 風邪、ひかないようにな」


 緊急しているのが私にもわかった。


 こんなのでも一応、気にはしてくれるんだね。


 お兄ちゃんには目がつぶれる、とか言われてたけど、いけるのかなぁ? いやいや、調子にのるなよ、芹香! ひねくれることは、もうしないって決めたけど、調子にのるのもダメでしょう。

 私はふとんに入ると、飯田くんに


 「明日、ちゃんと謝るから。ごめんなさい。おやすみ」

 「あぁ、うん。おやすみ」


 精神的に疲れきっていた私は、あっという間に寝てしまった。



   38


 目が覚めて最初に見たのは、天井の鏡に映る自分の寝姿だった。


 ギャーッ!


 思わず梅図風に驚く。シャワー浴びた時は、まだやっぱりアルコールが残っていたみたいで、今、初めてクリアな頭で現状を理解した。


 や、やっちまったぁ•••。


 ゆっくり身を起こすと、飯田くんはまだ寝ていた。

 私は何をやっているんだ。謝るために会ったのに、かえって迷惑をかけるなんて•••。

 落ち込んでいても仕方ないので風呂場に置きっぱなしの服に着替えようと静かに起きる。音をたてないように、どうにか風呂場のドアを閉めて着替えた。顔を洗い、髪をとかすと少し落ち着いた。

 風呂場を出ても、まだ飯田くんは寝ていた。

 時間は八時半。ベッドの上でしばらくボーッとしていると、飯田くんも目が覚めたみたいで身体を起こす。

 まだ眠そうなしぐさで、まわりを見わたすと、ベッドの上に座っている私と目があった。

 私は頭を下げる。


 「おはようございます」

 「え? あ、おはよう」


 飯田くんも今、状況を理解したみたいで、起き上がり頭を下げた。

 微妙な空気の中、先に話しかけてきたのは、飯田くんだった。


 「なんか飲むか?」


 ソファーの横に冷蔵庫と怪しい自販機がある。自販機は置いといて、確かにのどが渇いていた。


 「お茶とかあるかな?」

 「ん」


 冷蔵庫から二本取り出すと、緑茶と紅茶のペットボトルを私に見せる。私は紅茶を受け取って


 「ありがとう」

 「あぁ、うん」


 飯田くんはフタを開けて口をつけると、一気に半分くらいまで飲んだ。フタを閉めて小さなテーブルにペットボトルを置くと


 「ちょっとトイレ」


 そう言って、洗面所のとなりのドアに入っていった。

 その間、私も一口二口紅茶を飲む。ダイエットしてからは、甘い飲み物は控えていたけど、朝とかは血糖値を上げるため、自分でOKを出していた。

 冷たくて甘い紅茶が身体の中に染み渡る。ゆっくり少しずつ飲んでいると、トイレの水洗の音が聞こえた。


 私も次、行こう。


 音が心配だったけど、最後に流す音くらいしか聞こえなかったので、大丈夫だろう。ドアが開いたと思ったら、またとなりのドアに入ってしまった。身なりを整えているのかな。


 なんか、もっとワイルドな感じだと思った。


 などと自分勝手な感想なんか考えていたら、大型テレビの横にリモコンを見つけた。先ほどの微妙な空気を思い出すと、テレビくらいついていた方がいいのかもしれない。

 とりあえず電源ボタンを押すと•••


 朝一からお姉さんのセクシーボイスが大音量で流れる。私は完全にパニクって、リモコンのボタンを探していると、優しく笑いながら、歯ブラシを口にくわえた飯田くんが来てくれた。

 私からリモコンを受け取ると、音量を小さくして、普通の番組に切り替えてくれる。


 「あ、ありがとう」


 リモコンを返してもらって、頭を下げる。その頭を•••。


 ポンポン。


 優しく撫でられた。ガバッと頭を上げると飯田くんも、アッ! という顔になり、


 「ごめん」


 歯ブラシで口ごもりながら謝る。


 「えっと•••あの、すみません」


 なぜだが私も謝ってしまった。私は撫でられた頭をおさえて、たぶん真っ赤になっている顔を隠すように下を向く。

 飯田くんは洗面所に戻って、またすぐにこちらに帰ってきた。ソファーに腰をおろして、お茶を飲む。

 せっかくつけたテレビの音も耳には入ってこなかった。まだ頭に飯田くんの手の感覚が残っている。


 うぅ、飯田くんが見れない•••。


 いつまでたっても、まだ恥ずかしい感じがした。

 飯田くんが身動きする気配を感じる。今、まともなリアクションができないのは、わかっていた。私は慌てて


 「ち、ちょっと•••」


 そう言ってトイレに逃げ込んだ。カギをかけようとすると


 カギ、ねーじゃん!


 マジか、と思いながら、さっさとすませる。流して、手を洗うと少し落ち着いた。

 戻って、私の場所みたいになっているベッドの上に足をのばす。

 紅茶を一口飲んでから


 「あの•••、昨日は本当にごめんなさい」


 正座に座り直して、土下座みたいになる。


 「いや、俺は大丈夫だから。秋野さんの方はもう平気?」

 「うん、大丈夫」


 足をくずす。少し落ち着いてから


 「それで、私、昨日、どうなっちゃったの•••かな?」

 「えっと、店を出たら倒れちゃって。最初、救急車を呼ぼうかと思ったら、なんか近くを通っていた女の人に『寝ているだけだ』って言われて。確かに顔色も悪くなかったし、震えとかもなかったから•••」


 あぁ•••、予想通りとは言え、実際聞くと凹むわぁ•••。


 「でも、秋野さんの家、知らなかったから、島田さんに聞いたんだ。そしたら•••」


 待て待て待てーっ! キミだと?


 「島田さんが、そこらへんに泊まれって。俺も秋野さんを引っ張りまわすよりいいかな、ってその時は思って」


 私が眉間に手をあて、うなだれているのを見て、


 「あ、変なことはしてないからな! これだけは信じてくれ」

 「うん。ていうか、私なんかに変なことする人なんていないでしょう」


 私の頭はキミへの表現しがたい感情でいっぱいで、そんなに深く考えないで言ったことだったんだけど


 「何言ってんだよ、俺がどれだけ自分の中で戦っていたと•••」


 素で話す飯田くんに驚いている私に気づいたみたいで、途中から飯田くんの勢いも消えてしまった。


 え? でも飯田くんて、そういうところは生真面目だったんじゃあ?


 「飯田くん。その、私の•••なんかに興味あるの?」


 私としては、普通に疑問に思ったことを聞いただけのつもりだったんだけど、飯田くんは先ほどの勢いを取り戻して


 「当たり前だろ! 好きな子が目の前にいるんだから•••」


 途中から自分の感情を抑えながら話す。


 「だから、言っただろ。•••好きだって」


 私はそのままベッドに倒れ込む。あれ? という顔になる飯田くんに対して


 「昨日、倒れたの、半分は飯田くんのせいだからね!」



   39


 思わず口にしてしまった。でも、もう止まらない。そうしたら飯田くんは慌てて


 「え? 俺、何やった?」


 心配してくれているのはわかるけど、普通に真顔で聞いてくる飯田くんに、私はクルンと寝返りをして背中を向ける。


 「何? マジでわからねえ。悪かったから教えてくれ」


 私は飯田くんの方に向き直ると


 「飯田くんは悪くないけど、飯田くんのせいなの!」

 「どういうことだよ•••」

 「飯田くん、さっき私の頭、ぽんぽんて撫でてくれたけど、なんで?」


 私は、自分の中でも整理できていないことを、思ったまま飯田くんに聞いていた。意表を突かれた感じの飯田くんは少し考えてから


 「なんか上手く言えねえけど•••」


 一つ息をはくと


 「あー、正直に言うわ。なんかすげーかわいいって思ったら、知らないうちに頭さわってた」


 それを聞いた私は頭も身体もどうしようもなくなって、布団に顔をうずめて、足をバタバタさせる。


 「な! 本当にどうした?」


 動きを止め、起き上がり、正座する。ちょうど目線が同じところ。手を伸ばせば、ふれられる距離。

 私はジト目で


 「私の頭、ぽんぽんしたのは、私のこと、好きだからだよね?」

 「あ、あぁ」

 「わかった」


 そう言って私は手を伸ばし、飯田くんの頭に手をあてる。


 ポンポン。


 驚いた顔の飯田くん。昨日から何回目のアップだろう。

 私はそのまま飯田くんの頭を優しく撫でた。私のより固い手触り。毛先は少しくせっ毛なんだ。

 今まで味わったことのない、本当に胸のあたりから出てくる感覚、でもドキドキという感じはなくて、ジワッと幸せな感覚。

 そんな不思議体験に夢中になっていた。

 気がつくと飯田くんは耳まで赤くなっている。


 「あ、あの、秋野さん」

 「はい?」


 私が手を止めると、差し出すようにしていた頭を上げて、飯田くんがこらえるような顔で


 「すいません。わかったから、もう勘弁してください」


 うわぁ、かわいい•••。


 私は自分でも信じられない行動をしていた。でも緊張とかはなくて、自然にそうしてしまった。

 私は飯田くんの頭を抱きしめると


 「私、男の人を好きになるって、今まで知らなかった」


 優しく、でも少し力がこもる。


 「でも、今こうしているとわかる気がする。すごく幸せで、癒やされていく感じ•••」


 飯田くんは私の肩に手を置いて、私の胸から頭をはずす。


 あ•••。


 寂しい気持ちになったが、次の瞬間、もっと幸せな、気持ちのいい、頭の芯がジーンと痺れる感じになる。

 飯田くんの唇と私のが重なっていた。

 飯田くんは私なんか折れるんじゃないか、っていうガッチリした腕で、優しく壊れないように、でもギュッとしてくれる。

 普通のキスを飛び越えて、いきなりの大人のキスは、私の全身から力を抜いてしまった。

 そんな私を優しくベッドに寝かせてくれる。

 私の息が落ち着くまで上から見つめている飯田くん。

 力の抜けきってしまった私は、薄く目を開け、ただ息をしているだけだった。

 深呼吸して私が復活すると、飯田くんはそのままの態勢で


 「秋野さんも俺が好きなんだよな?」


 そんな飯田くんがかわいくて、また頭を抱きしめてしまう。


 「はい、私は飯田くんが大好きですよ」


 自分で言っておきながら、現実じゃないような、変な感じがした。

 私の言葉を聞いた飯田くんは私の胸から起きると


 「やった!」


 そう言って、私を抱きしめると、そのままあお向けになった。私を自分の胸にのせて、嬉しそうに笑っている。


 「ち、ちょっと、飯田くん」


 飯田くんは自分の胸の上にある、私の頭を撫でながら


 「本当に嬉しい•••」


 それを聞いて、私も飯田くんの胸に頭をのせる。


 あぁ•••、こんな私に『こんなこと』が起こるなんて•••。


 数ヶ月前に私の身に起こったタイムリープ。

 そこで学んだことを実践した結果•••。


 今、こんな気持ちになれるなんて。


 タイムリープのおかげなのは確かだった。でも、もっと大切なのは、その時に自分の意識を変えられるか、なんだと思う。


 だから、これからも色々あると思うけど、その度に考えて、勇気を出して、自分が変わっていけばいいんだ。


 私は少し身を起こすと、今度は自分から飯田くんにキスした。



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